第5話 さやかの結論
小野さんは、掛け軸を抱きしめてポロポロと涙をこぼしていた。
「…昔…弟がいたんです。早くに亡くなってしまったけど、書道の上手い子でした」
茶道部員たちは、戸惑うように顔を見合わせている。
小野さんが、そっと掛け軸を広げる。その手つきは優しくて、少し震えていた。
「あの子を偲んで、この掛け軸は何十年もずっと実家の床の間に掛けられてたんです…」
「でも!私たちが買った時は、骨董屋さんの百円コーナーに放り込まれていました!自分で売り飛ばしたんでしょ、盗人猛々しい!」
春日さんがイライラした様子で叫ぶ。
小野さんは俯いて、掛け軸を撫でた。
「…私の両親が亡くなって…実家は空き家になりました。それでも思い出のある実家です!なかなか手放せなくて…」
そうこうしているうちに、小野さんの娘さんが片付けようと言い出したのだそうだ。
「…娘は“廃屋を放っておいたら近所迷惑”、“断捨離だ”、と言って、私が入院している間に骨董屋さんを呼んで…実家のものを売り払ってしまったのです。売れ残ったものは解体業者に頼んでまとめてゴミに出してもらったって…私が動けるようになった頃には、実家は何もない、更地になっていました」
小野さんの言葉に、ギュッと胸が締め付けられるような気がした。
私だって、大好きだったお祖母ちゃまの遺したものは大事にしたい。そう思うから。
「大事な弟の掛け軸も、きっと一緒にゴミに出されてしまったんだ、そう思っていました。でも、以前チラリと茶室の中が見えた時に、よく似た掛け軸があるなと思ったんです…気になって、どうしようもなくて。今朝、床掃除をしていたら鍵を見つけて…」
小野さんが肩を震わせて泣き出した。
「あとはもう、夢中でした。思わず茶室を開けて…、そこにあるのが、二度と会えないと思っていた弟の掛け軸だってわかったら、もう止まれなかった…!!」
ワァァと泣き崩れる小野さんに、私はそっとしゃがんで寄り添った。
「そ…そんなの、関係ないでしょ!私たち茶道部は、ちゃんとお金を出して買ったんだから!!恨み言なら娘さんに言ってください。掛け軸は返してもらいますからね!!」
春日さんが、掛け軸を引っ掴んで、取り上げる。
「待って!!」
思わず私は立ち上がっていた。
「あの、窃盗が許せないのはわかります。この掛け軸は、茶道部に返すべきだと思います」
守屋さんが、じっと私を見つめている。私は勇気を振り絞って、言葉を続けた。
「でも、床の間に戻すのではなくて、茶室の看板がわりに表に飾るというのはどうですか?小野さんが、仕事の合間にいつでも弟さんの掛け軸を見られるように」
「そんなこと!この泥棒オバサンにまた狙ってくれって言ってるようなものだわ!!」
春日さんが一瞬ぽかんとして、次に真っ赤になって言い返す。
「…きっと、大丈夫です。小野さん、それでいいですね?弟さんの掛け軸は、この華苑女子大学で、茶道部の看板に生まれ変わる。長く愛されることでしょう」
キッパリ言い切った私に、小野さんが小さく頷く。春日さんが戸惑うように拳を下ろした。
守屋さんは何も言わなかった。
ただ、ほんの一瞬だけ、目を細めた。
――それだけで、私の頬は熱くなった。
―つづく―




