第1話 警備室へようこそ
「きゃ〜!遅刻、遅刻!初日から遅刻なんて、絶対にイヤ!」
私は早朝の暗がりの中、裏門から飛び込んだ。
今朝は、5時に家政婦の椋野さんに叩き起こされて家を飛び出したのだ。椋野さんは「何も、さやかお嬢様がそこまでなさらなくても…」って不安そうだったけど、パパにだけは内緒よと念を押して、ここに来た。
ここは華苑女子大学。まだ寝静まっているような構内に、1室だけ明かりが灯っている。この警備室が、今日からの私の職場――そして、学園の“秘密”が集まる場所だ。
私は制服の袖を確認し、背中に背負った竹刀にちょっとだけ触れた。
ノックして、ドアを開ける。
「おはようございます!本日より配属になった花園寺…じゃなくて、花園さやかです!よろしくお願いします!」
勢いよく一礼して、顔を上げた先にいたのは――
シルバーヘアを丁寧に撫でつけた、優しい目つきのオジサンだった。オジサンは、一瞬、眩しげに目を細めて、私に微笑いかけた。
「やぁ、本社から連絡を受けていますよ。花園…さやかさんだね。私は、華苑の警備担当、守屋です」
これが、私と守屋さんの最初の出会いだった。
守屋さんは、ちょっと不思議な感じの人だった。偉ぶるわけでもなく、ペコペコ遠慮するわけでもない。もちろん、若い女の子の私に鼻の下を伸ばすでもない。
ただ、淡々と立ち上がって、握手した。
「さやかさんは、警備の仕事は初めてかな?じゃぁ、業務の説明をします」
まず、一番大事なのが、入館者のチェックと学内巡回。私は、ぐっと拳に力を込めて頷いた。
そもそも、私が警備派遣会社のアルバイトに入ったのは、この華苑女子大学を不埒な奴らから守りたいからだ。配属先も、人事の人に食い下がって、持ち回りじゃなく華苑に固定してもらった。
「この仕事は、女の子には不安な場面もあるかもしれないけど…危ない時は、迷わず私を呼んでください」
守屋さんの言葉に、私は大きく鼻息を吹いた。
「ハイ!大丈夫です!私、剣道3段なので!!」
守屋さんは、一瞬目を丸くしてから、ふふっと笑った。
「そうですか。…それなら安心だな」
また。不思議な笑顔。警備員というより、執事みたい。
「それから、次に重要なのが、忘れ物対応。預かったものはこの箱に入れて。拾得者の名前と連絡先を控えてください。館内連絡先の一覧はここに貼られているから…」
私は、ちょっと首を傾げて館内連絡先一覧を覗き込んだ。学長室、事務室、各先生たちの研究室。学生相談室に、PC管理室。そして…
「へぇ、茶室まであるのね…」
厳しかったけど大好きなお祖母ちゃまを思い出す。お祖母ちゃまは、私が小さい頃から茶室に入れてくれて、よく一緒に“お招きごっこ”をした。
お花を見て、お掛け軸を見て、ご挨拶をして…今思えば、茶道の手ほどきをしてくれてたのだろう。
「華苑はね」
柔らかな声が聞こえた。
「女の子が安心して学べる場所でなきゃいけないんですよ」
「それ…」
私は、ハッとして顔を上げた。まるで、お祖母ちゃまの声と重なるみたいだったから。
「私の祖母も口癖で」
守屋さんの瞳が一瞬揺れて、遠くを見るように呟いた。
「そうですか。…お祖母様も」
「はわわ!何でもないです!!」
慌てて、私は目の前に出されたお茶を啜った。
危ない、危ない。自分から正体をバラしちゃうとこだった。
外が明るくなり始め、職員の皆さんがパラパラと出勤してきた。
私は、「花園さやか」。今日から、この学園の番人だ。
―つづく―




