第4話 王様の説明資料が一番信用ならない件
王立行政庁から戻ってきた日の夕方。
まだ頭の片隅で【書類監査眼】の表示がちらついているのを感じながら、俺は勇者用簡易ゲストルームのベッドにダイブした。
(……疲れた。けど、妙に頭は冴えてるんだよな)
第二書類保管庫。
“前例なし”スタンプの山。
封印された第0号成長戦略案。
どれも現実感がないようでいて、妙に“見覚えがある”感覚があるのが腹立たしい。
(どこの世界も、マトモな案ほど埋もれるのは共通なんだな)
そんなことを考えながら天井を見ていると——
ドアが、控えめなリズムでノックされた。
「ユウト、入るわよ」
「ノックの意味ぃ!」
ツッコむ間もなく扉が開き、エリシアが入ってくる。
相変わらず冷静沈着、制服はシワひとつない。
「王から召喚命令が出たわ」
「うわ、嫌な単語並べないでくれる?」
「“勇者”なのだから当然でしょ」
「勇者って、もっとこう……もうちょっと自由じゃない?」
「この国の勇者は“職員扱い”よ」
(勇者も公務員かよ……)
◆
■ 王様の前で、また責任を押しつけられる予感しかしない
玉座の間は、昨日と同じくバカみたいに豪華だった。
相変わらず王様の目は死んだ魚系。
その左右には大臣らしき男たちが並び、奥には偉そうなローブの老人もいる。
(……うわ。見るからに“決定権なさそうな人たち”が並んでる)
「勇者ユウトよ!」
王がどこか芝居がかった声をあげる。
「昨日は見事、スライム討伐を最短時間で達成したそうだな!」
「まあ、はい。一匹だけですけど」
「さすがは我が国が選びし勇者よ。
これで魔王討伐も成功間違いなしだ!」
(まだ魔王のマの字も見てないけどな)
王は満足げに笑い、手を叩いた。
すると左右の側近たちが、どこからともなく紙の束を持って現れる。
「そこでだ。勇者に本格的な任務を与える前に——
この国の状況をきちんと知ってもらう必要がある」
(いや、あの第二書類保管庫でだいたい察したけどな)
「これが、“王国公式・状況説明資料”だ!」
側近の一人が、どさっとテーブルに紙束を置いた。
同時に——
視界の隅で、何かがピカッと光る。
【書類監査眼が発動しました】
【虚偽・改ざん・抜け落ち判定中……】
(おっと)
紙束の上に、うっすらと色付きのマーカーのようなものが浮かび上がる。
ところどころが赤く、ところどころが黄色く光っている。
(あからさまに“怪しい部分”を教えてくれてるっぽいな、コレ)
エリシアが隣で小声を落とす。
「……王国が自分に都合よくまとめた資料よ。
全部鵜呑みにしてはだめ」
「安心しろ、スキル的にも信用できなさそうって出てるから」
「便利ね、それ」
王が咳払いをして、ドヤ顔で説明を始める。
「よいか勇者よ。我が国が成長していないのは——
すべて“魔王”のせいなのだ!」
(いやそれ、第0号には“魔王じゃない”って書いてあったんだよなぁ)
「魔王のせいで交易路は閉ざされ、
魔王のせいで人々の心は萎え、
魔王のせいで技術者は育たず、
魔王のせいで会議が増え——」
(最後だけ違うだろ)
俺が心の中でツッコむのとほぼ同じタイミングで、
書類監査眼からメッセージが飛んできた。
【文言の一部に虚偽の可能性:高】
【“魔王”の影響は限定的です】
【関連する過去書類:第43次成長戦略案、第0号試案】
(思ってたよりガチガチに監査してくれるな、おい)
王の説明は続く。
「ゆえに勇者よ! 余はお前にこう命じる!
全ての元凶たる魔王を倒し、
この国に成長と繁栄を取り戻すのだ!」
大仰なジェスチャー。
しかし、書類監査眼の表示は冷静だった。
【因果関係:不明】
【責任の過度な外部転嫁を検知】
【国王及び重臣の政策責任:未記載】
(……さすがに笑うわ、これ)
思わず口元が歪む。
エリシアが肘で俺の脇腹を小突いた。
「笑いをこらえて。今はまだ」
「無理じゃないかなぁ」
◆
■ 書類監査眼、王様の資料に容赦なし
説明が一通り終わると、王は満足げに言った。
「さあ勇者よ。これで我が国の現状は理解できたな?」
理解できたのは“責任転嫁の技術レベル”だけだが。
「……あの、陛下」
口が勝手に動いていた。
「ひとつだけ、確認してもいいですか」
「何だ? 申してみよ」
側近たちが「余計なこと言うなよ」という目でこちらを見る。
エリシアがほんの一瞬だけ眉をひそめた。
(ヤバい橋なのは分かってる。でも、言わずにいられない)
「この資料なんですけど——」
俺は紙束の最初のページを指でつまみ、
ゆっくりと掲げた。
「“魔王の出現により交易路がすべて閉ざされた”ってありますよね」
「うむ、そうだ」
「でもこの注釈部分、
“実際に襲撃されたのは北方第七交易路のみ”って書いてあります」
書類監査眼のマーカーは、その注釈の部分だけ緑色に光っていた。
どうやらここだけが“事実”らしい。
「つまり、交易路が全部止まったのは——
魔王のせいじゃなくて、“王国側が安全のために全部止めた”んですよね?」
玉座の間の空気が、ピシッ、と音を立てて凍った気がした。
王は一瞬だけ目を泳がせ、慌てて取り繕う。
「そ、それも魔王のせいだろう!
魔王がいなければ止める必要もなかったのだから!」
「でも、“止めるかどうか”を決めたのは陛下と大臣たちですよね?」
書類監査眼が追い打ちをかけるように表示を出す。
【責任の所在:王及び重臣の決定】
【説明文からの意図的な削除を検知】
(うん、これはもう完全にアウト)
横でエリシアが小さく息を呑むのが聞こえた。
側近の一人が慌てて口を挟む。
「し、慎重な判断だったのだ!
国民の安全を第一に考えた結果であって——!」
「じゃあ“魔王のせいで交易が止まりました”じゃなくて、
“魔王が出たので、王国が全部止めました”って書いたほうが正しくないですか?」
沈黙。
どこからか、誰かの喉が鳴る音がした。
(あ、これ完全に会議室で空気凍ったときの感じだ)
やばい。
内心でそう思う一方で、
妙な爽快感が胸の中に広がっていく。
“書類監査眼”は、確かに世界を見やすくしてくれていた。
目を逸らしていた“責任の所在”を、
白日の下にさらけ出してしまう。
◆
■ エリシアの立場が一瞬で危うくなるやつ
「……エリシア」
沈黙のあと、王がゆっくりと口を開いた。
「はい、陛下」
「この勇者の言っていることは、本当なのか?」
エリシアは、ほんの僅かに視線を落とし——
すぐに真っ直ぐ王を見た。
「……記載内容としては、勇者の指摘通りです」
その瞬間、側近たちの視線が一斉に彼女に突き刺さる。
「国家監査官ともあろう者が、
陛下のご判断にケチをつけると?」
「これは“ケチ”ではなく“事実の確認”です」
淡々とした声。
でも、わずかに握りしめた拳が震えているのが見えた。
「国家監査官の役目は、“国の現状を正しく把握すること”です。
それが時に、不都合な事実を含むこともあるでしょう」
「ふ、不敬だぞ!」
ローブ姿の老人が杖で床を叩く。
「陛下の決断はすべて正しいのであってな!」
「それを証明するのも、本来は書類と数字の役目でしょう?」
玉座の間の温度が下がっていく。
俺は心の中で土下座していた。
(いや、これ完全にエリシアさんの立場悪くしてるの俺じゃん……)
しかし、王は意外な反応を見せた。
「よい、静まれ」
軽く片手を上げると、場の騒ぎがぴたりと止まる。
王はしばらく黙ったまま、俺たちを見ていた。
「……余は、勇者と監査官に問いたい」
さっきまで死んだ魚みたいだった目に、
ほんの少しだけ光が宿っているように見えた。
「余のせいで、この国は終わっているのか?」
誰も答えない。
エリシアでさえ、即答できずにいる。
その沈黙が、逆に“答え”をはっきりさせていた。
……だからだろうか。
俺の口が、また勝手に動いた。
「“陛下だけ”のせいではないです」
王の視線がこちらに向く。
「でも、“陛下にも責任はある”と思います」
正直に言えば、斬首案件だ。
だけど——
ここまで来たら、黙って見過ごすほうが気持ち悪い。
「二百年間、まともな成長戦略は山ほど出てたのに、
“前例がない”の一言で全部潰してきたのは……
書類を見る限り、この玉座の側にいる人たちです」
書類監査眼が、静かに同意するように光った。
【責任分布:王:中/重臣:大/官僚機構:大/魔王:小】
(魔王、責任小さいのかよ)
さすがに笑いそうになったが、こらえた。
「でも、まだ完全に終わったわけじゃない。
少なくとも——今から“前例を作る”ことはできるはずです」
エリシアが、わずかに目を見開く。
王は黙ったまま、俺をじっと見ていた。
◆
■ 魔王軍の動き、という便利なブラフ
そのときだった。
玉座の間の扉が勢いよく開き、
全身鎧の兵士が駆け込んできた。
「し、失礼いたします! 緊急の報告です!」
絶妙なタイミングで現れるな、こいつ。
「何事だ」
王の声が、先ほどよりわずかに“生身”に近い。
「北方の前線基地より伝令!
——魔王軍の旗を掲げた部隊が、
王国領に向けて進軍を開始したとのことです!」
玉座の間がざわついた。
「なにっ……!」
「ついにか……!」
「これも魔王のせいだ!」
最後のやつは黙れ。
書類監査眼が、視界の端に小さな表示を出した。
【新規事象:魔王軍の進軍】
【既存データとの関連性:不明】
【“本当の元凶”のカモフラージュとして利用される可能性:中】
(おい、情報が生々しいぞ)
エリシアが俺の耳元でささやく。
「……タイミングが良すぎるわね」
「俺もそう思う」
「でも、これは“絶好の機会”でもある」
彼女の瞳に、静かな火が灯る。
「魔王軍の進軍という“分かりやすい危機”があれば、
王も重臣も、ある程度は動かざるを得ない。
……そのタイミングで“本当の停滞の原因”に手を付けられたら」
「“前例を作る”ってやつか」
「ええ。あなたの言葉を借りるなら、そういうことになるわね」
王がこちらを振り向く。
「勇者ユウトよ」
「はい」
「余は、先ほどの無礼を許す。
代わりに——この国を救うための“前例”を、お前に任せたい」
思いがけない言葉だった。
(……この人、本当に全部分かってないわけじゃないんだな)
もちろん、だからといって今までの責任が消えるわけではない。
でも、少なくともこの瞬間だけは、
“ちょっとだけ変わろうとしている”ようにも見えた。
「分かりました」
俺はひとつ息を吐き、王を見据える。
「魔王が本当に“元凶”なのかどうか、
確かめに行ってきます」
王はゆっくりと頷いた。
「エリシア」
「はい、陛下」
「お前も、勇者の同行監査を命ずる。
国の現状を余に報告せよ。
数字と事実で、な」
「謹んで拝命いたします」
エリシアが軽く会釈する。
その表情は相変わらず冷静だったが——
その目の奥には、はっきりとした決意が宿っていた。
(……なんか、本当に“バディ”っぽくなってきたな)
書類の山の中で生まれた、
不格好なチーム。
ブラック国家とブラック異世界と魔王と。
全部まとめて、監査し直してやる。
【新規クエストが発生しました】
【《魔王軍進軍の真相を調査せよ》】
【成功報酬:大量経験値/国家評価の変動】
【失敗ペナルティ:いつもの“責任”】
(最後のいらねぇ……)
俺は内心で頭を抱えながらも、
どこかワクワクしている自分に気づいていた。
——第4話 完




