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パンジャンドラムに笑顔をみせて

作者: 二筒

パンジャンドラムは話の本筋に関わってこないですごめんなさい。

「やあ、いらっしゃい。」


特に決めているわけではないが、ここに来た者への私の第一声は大体いつも似たようなものになってしまう。私の部屋に来たのは見たところまだ若い男性のように見えるが、驚愕!という言葉をそのまま表情にしたかのような、なんとも言えない表情のまま固まってしまった。


「え?喋った?誰?あの……ここは、一体?」


しばらくの沈黙の後、彼はようやくそれだけの言葉を口にした。


「死後の世界、とでも言うべき場所だね。長いトンネルのような通路を通ってきたのだろう?そしてここに来るまでにいくつもの部屋を通り過ぎたはずだ。」


ここは私の部屋、どこまで続くかわからない通路にある、いくつあるかわからない部屋の一つだ。


「はい。ずっと通路を走り続けて、通路の突き当りが部屋になっていて、でもどの部屋も空っぽで、部屋からまた通路が……」


「すべての部屋には私のように部屋の主が存在するのだよ。ただ君は彼らをというかお互いを認識できなかっただけさ。そして君にはこの部屋で行き止まりに見えているはずだ。」


どうも彼は混乱しているらしい、キョロキョロとあたりを見回してから私の背後に続く通路を覗き込む。だが彼には通路は見えず、ただの壁に見えているのだろう。


「壁に見えるかね?私にはまだこの先に続く通路が見えるのだけどね。君はここまで来ることができた、というべきか、ここまでしか進めなかったと言うべきか、煩悩、業、執着、どう呼ぶかは人それぞれだがその強さでどこまで進めるかが異なるのだそうだよ。」


「はあ……」


どうにも腑に落ちないといった表情だが無理もない、100人いたら99人は大体同じような反応をするだろう。今までにここに来た者たちと同じくしばらく考えを整理する時間が必要だろう。


「……………………」


「……………………あの、僕は死んだんですか?」


短い沈黙の後、彼は絞り出すように囁くように私に問いかけた。なんとも普通の反応で好感が持てる。通路がどうとか部屋がどうとか、そんなものよりも自分が死んだことが気になるのが正しい人間の在り方ではなかろうか。


「そうだね。ここに来たということはつまりそういうことさ。だが安心してほしい。ここに関しては私のほうが君よりもずっと先輩だからね、今後君がどうなるのかちゃんと説明してあげるよ。だからまずは心を落ち着けるといい。時間は沢山あるのだからね。」


「あ、はい。ありがとうございます?」


またしばらくの沈黙が続く。彼は私を見て、私の背後を見て、自分の背後を見て、とさっぱり落ち着く様子が見えないがそれも時間の問題だろう。


「あの……あなたは神様……ですか?」


「んん!?いきなり何を言うのかね?もう少し落ち着くまでゆっくりしていいのだよ!?」


まったくいきなり何を言い出すのだろうか。ここに来る人間が神を信じているはずがないというのに、いや自分の中に漠然とした神というもののイメージだけを持っていて信じてはいないということなのかもしれないな。


「あー……うん、まあ落ち着くまでこちらから少し話をしようか。ずっと無言だとプレッシャーに感じる人もいるだろうからね。」


さて、何から話したものか。下手に多くの情報を教えても混乱するだけだろうし、まずはこの世界と神の不在についてが良いかな。

私は考えをまとめるとゆっくり説明を始めた。


「まず、ここに神はいない。この先にも神はいないし、君が今まで通ってきた部屋の中にもいないだろう。これは我々が神よりももっと他のものに執着しているからに他ならない。」


思ったとおり、彼は神がいないと言われても特にショックを受ける様子はない。


「神に執着、という言い方は良くないか。神を信仰しているという表現のほうがいいね。まあ、そういう人たちはそういう人たち向けの行き先があるのさ。天国とか、地獄とか、極楽浄土とか、高天原とか、黄泉の国とか、冥界とか、ニライカナイとか、あるいはそうだね、輪廻転生も行き先といえば行き先だね。」


「黄泉の国って、ここがそうじゃないんですか?あと輪廻転生っていうことは生まれ変われるんですか?」


「まずここは黄泉の国ではないし、ここに来てしまった我々が行けるようなところではないよ。ここで選べるのは止まることと戻ることだけさ。戻ることというのは輪廻転生を選ぶことに近いね。ああ、進むことはもちろんできるけど、必ずどこかで行き止まりになるからね。行き止まりに到達したあとの選択肢が2つしかないってことさ。つまりこの後の君の選択肢ということだよ。」


私は彼が「口」に「手」を当てて考え込むのをじっと見つめる。「顔」が顔のまま、「手」が手のままの形をしているのにここまで来られるのはなかなか珍しい。ただの予想にすぎないが、彼の姿を見るにその執着は物質的なものではなく概念的なものかもしれない。ただ見た目の割に少々言動が幼く感じるのが気になるところだが、まあここでは外見も年齢も意味を持たないのだから気にしてもしょうがないだろう。いつぞやの蠢く金塊のような外見の女に比べればよほどましと言うべきか、それともわかりにくいと言うべきか。


「あなたもどこかで行き止まりに到達したのですか?それならなんで必ず行き止まるって言い切れるんですか?」


「君が私を、私が君を認識できてしまったからさ。もし君がまだ先に進めるならこの部屋は空き部屋に見えて、更に先に続く通路も見えたはずなんだ。確かにこの先がどこまで進めるのかはわからないが、私の説明は私の部屋が行き止まりになった者への説明だからね。それで問題ないと思うのだけどどうだろうか?」


「……止まると戻るについて教えてもらえますか?」


どうも彼は話していたほうが落ち着いて考えられるのかもしれない。目に力が戻ったとでも言おうか、まだなにか遠慮している感じはあるものの先程までのような迷子が途方に暮れているような雰囲気に比べると声もいくぶんか力強くなった気がする。


「もちろんだとも。戻るというのはただ単にいま来た道を引き返すということではなくてね、次に進むべき道としてしっかりと自分の中で覚悟を決めてこの部屋を出るということだよ。中途半端な気持ちで部屋を出ても意味はない。過去に試した奴がいたけど、ずっと歩き続けたらまたこの部屋に着いたと言っていたね。ループしているわけではなさそうなのだけど、結局は進むべき道に戻されてしまうんだろうね。」


ただ道を選ぶと言ってもここではたった2つしかない選択肢の1つだから大体の場合は決断に時間がかかる、彼もまたそうだろう。だがまあそれもまたいつものことだ。


「ちゃんと戻ることができれば、君は生まれ変わることになる。これはいわゆる輪廻転生に近いと言えるかもしれないが、当然その本質は大きく異なる。六道輪廻ではないということだね。まあ単純にどこかの世界の何かの生き物として生まれるということさ。念の為言っておくけど、当然だけど引き継ぎ要素だの転生特典だのは存在しない。ゲームやアニメじゃないからね。」


「はあ……?特典ですか?」


「ピンとこないなら気にしなくていいよ。どのみちそんなものは存在しないんだ。ただまあ稀にそういう物があると思っている奴もいるから念の為の説明さ。」


あまりサブカルチャーに詳しくないのか、それとも彼が生きていた時代ではもう流行らない考え方なのか、なんにしても特典があるはずと信じ込んでしまったやつは大体ろくな結果にならない。

最も、転生特典なんてものは死後と来世に大きく関わる執着だ。本当にそれを信じていたならここには来ないで転生しているだろう。ここに来るということは本人は転生特典なんてものを信じていないか、信じていたとしても他にもっと執着したものがあるからここに来ている。それなのに別のものに目移りしてしまうのはとても危険だ。ここではどんなものであれ自分が最も執着したものを心の中の軸としなければ様々なものがぶれてしまう。


「さて、もう一つは止まることだね。これを選ぶと私のようにここにとどまり続けることとなる。どこかに部屋を一つ割り当てられて、君がこうして私のところに来たように、君も誰かの行き止まりになるということだ。そうなればいつ来るかわからない来訪者をひたすらに待ち続けることとなるが、誰も来ないときは自分のためだけに膨大な時間を使うことができるのが魅力だね。」


もしくは、生まれ変わることで自分が執着したものを忘れてしまうことを惜しんだが故にここにとどまるのだけど、どうも彼の執着はそういう物ではなさそうに見えるから説明を省いてもいいだろう。


「あなたはなぜ止まることを選んだのですか?」


やはりな、と私は思う。止まりたい奴は大体他人の理由なんて気にしない。せいぜい参考までに自分とは違う選択肢を選んだ相手の心理が気になる、といったところだろうが彼は本当に理由を知りたがっているようだ。


「うーん……そうだね。部屋を割り当てられる前は、そうだなあ布教できるかな、と思ったんだよ。もしくは研究というか理解を深めたかったんだね。だから止まることを選んだのさ。でも部屋を割り当てられた後は布教は諦めてもっぱら研究だね。部屋を割り当てられるとね、ここに関する知識がもらえたんだ。さっき誰もが必ず行き止まると言っただろう?それももらった知識の中にあった。後は他の誰かの執着を邪魔をすることが最大の禁忌であるということも知ったから布教は諦めたのさ。誰かと好きなものについて話したいというだけだったんだけどね。ここではそれこそが最も危険な行為と言っても過言ではないんだよ。」


私は布教したかった。己の好むもの、執着してやまないものの素晴らしさを誰かに伝えて、共感してもらいたかったのだ。


「よくわからないです。好きなものを好きと言ってはいけないんですか?」


「そういうことではないけど、相手の価値観に影響を与えるような行為は厳禁なんだよ。そうだな、例えば神を信じている人がいたとしよう。さっきも言ったとおり信仰を持っている人は我々とはまた異なる行き先があるんだ。さて、その人が天国に行くことになったとしようか、でもその直前でその人が神を信じられなくなってしまったとしたらどうなる?仮にその人が天国に行けたとしてそれは良いことだろうか?信仰によって進むべき道で信仰を失ってしまったら、その人はもうどこにもいけなくなってしまう可能性だってあるんだ。だから、その人にとって一番大事なものを変化させてしまうようなことは禁忌なのさ。」


そう、禁忌なのだ。だから私は幸運だったと言えるだろう。布教が一番、研究が二番目だったがその対象は同一のものだったため、一番執着していた布教を失っても大きく揺らぐことはなかった。もし私が布教にのみ執着していたとしたらどのような結果になっていたかは想像がつかない。わざわざ禁忌であるという知識が与えられるのだから、きっとすごろくのように振り出しに戻るとかそういうことにはならないのだろう。


自分が死んだことがショックなのか、それとも事実を受け入れられずに戸惑っているのか、彼は俯いたまま黙ってしまった。かつての私もそうだったなあと、ふと懐かしい気持ちになる。もっとも今の私からしてみればそんなものは些細なことにすぎないのだが。

ふるふると彼の肩が震える。泣いているのだろうか?


「あの……」


「なんだい?なんでも聞いていいのだよ。」


私はなるべく優しく聞こえるように言ったつもりだったが、彼はまた黙ってしまった。とはいえ泣いているような声でもなかったし戸惑っているのだろうか?


ここに来るものは生前の姿とはかけ離れてしまい、かつて最も執着していたものに近しい姿となる。

見たところ彼の執着は馬だろうか、神話に伝わるケンタウルスとでも言うべき姿に見えるが、果たして馬に執着しているのか早く走ることへのこだわりなのかはわからないが大したことはあるまい。

なにせ体の半分は人のままなのだから執着と言ってもそれほど強いものではないのか、あるいはある程度人であることが重要なのだろう。


「あの、走りたいんです。ずっとずっとそう願ってきました。病院の窓から近くの小学校が見えて、本当は僕もそこに通えるはずだったんです、でも行けなくなっちゃって。校庭で沢山の人が走り回っていて、僕もその中に入りたかったんです。だから走れるのが嬉しくて、ずっとずっと走ってきたんです。でもここで行き止まりなんて……」


「なるほど。」


なるほど、とは言ったもののこれはなかなか厄介かもしれない。無限に進めるほど執着が強いわけではなく、かと言って止まってしまえば走れるスペースも制限されると推測される。そうすると止まることを選んだせいで歪んでしまう可能性が非常に高い。


なんとも矛盾した状態になったものだと思ったが、ひょっとするとここまで走ったことで執着が弱くなって行き止まりになったのかもしれない。だとすればいっそ戻って走り続けてまたここにたどり着くのを繰り返すのもいいのかもしれない。そういうものと分かって繰り返すなら心がブレることもなさそうだし、以前ためしに戻った奴もそれなりに歩き続けてからここに戻ってきたと言っていたしな。


「うーん……そうだなあ、問題の先送りにしかならないが、ひとまず覚悟を決めずに戻って走り続けてみたらどうだろうかね?止まってしまえば部屋の中でしか走れないと思うがね。覚悟を決めずに戻ればまた道を走り続けられるのだよ。まあ、またここに戻ってきてしまうと思うがね。そして走って走って満足できたら、ちゃんと覚悟を決めて戻るというのはどうだろうかね?ある意味、部屋を持たずに止まるようなでも走り続けるような、非常に中途半端な状態ではあるが、君は走り続けているのが一番心が安定しそうではあるね。」


「!」


彼は「それだっ!」と言わんばかりの表情で顔を上げると私に背を向けた。


「ありがとうございます!」


そう言うと彼は一度だけこちらを振り向き、そして走り去った。


ここでは自分の執着以外のものに興味を引かれることは非常に危険なことではあるのだが、それでも私は彼にわずかながら興味を持ってしまった。彼はまたここにたどり着くことができるだろうか、そしてまたここから走り出すことができるだろうか。


今しがた彼が去り際にそうしたように、私に、いや私の執着の化身の姿、パンジャンドラムに笑顔を見せて。


最初にタイトルを決めて、最後にタイトル回収をしようと思って書き始めて数年かかりました。

未熟なくせに変なことを思いつきでやるもんじゃなかったです。

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