第3話 闘技場での試合(※主人公、一人称)
闘技場に着いた。戦士達が戦える場所と、それを眺められる観客席。席の後ろには露店が並んで、観客達に軽い食べ物や飲み物を売っていた。僕達は彼等の間を縫って、闘技場の中に入った。
闘技場の中には、恐らくは血だろう。僕達よりも先に戦った戦士達の血が、地面の上に広がっていた。僕達は、ではない。僕は地面の上に広がる血を眺め、そして、少女達の顔に視線を戻した。
「ねぇ?」
「なに?」
そう返す声は、とても挑発できだった。「怖気付いたの?」
僕は「違う」と否んで、例の血を指差した。血の広がり方にどうも、違和感を覚えたからである。「この量は、少し多くない?」
フィリヌは、「プッ」と吹き出した。僕としては自分の疑問を言っただけだが、彼女には「それ」が「冗談の類」と思ったらしい。彼女の周りを囲う男達も、彼女と同じように「ガハハハっ」と笑っていた。彼女は僕の目を睨んで、観客席の方を指差した。「当たり前よ。アタシが、そう言う風に変えたんだから」
僕は、その返事に言葉を失った。「そう言う風に変えた」と言う事実に。彼女の言葉から推して、恐ろしい想像を抱いた。僕は彼女の所に歩み寄り、周りの声を無視して、その胸倉を掴んだ。
「殺し合いをしているのか?」
「そうよ?」
即答。
「実際は、殺し合い擬きだけどね? 実戦に近い形じゃなきゃ、周りの客も満たされないでしょう?」
彼女は得意げな顔で、僕の目を見返した。「アタシの意見に反論は、許さない」と言う顔で。「何か不満?」
僕は、その声を無視した。人間の価値観が無い相手に情を掛ける意味は、ない。僕は彼女の胸倉から手を放して、その顔面を思いきり殴った。「ふざけるな!」
人の命をそんな! こんな風に弄ぶなんて。彼女の身分が何であろうと、その意識だけはどうしても許せなかった。僕は男達の腕や手を振り払って、彼女の胸倉をもう一度掴んだ。
「今すぐに止めろ」
「え?」
「ギルドの事だけじゃなくて。こんな」
僕は、試合の観客達に視線を移した。今の会話に言葉を失っている、観客席の人々に。「人の生死は、見せ物じゃない!」
彼女はしばらく無言だったが、やがて「うるさい!」と怒鳴りはじめた。「ここは、アタシの町よ。貴族のお父さんが収める、ね? その娘であるアタシが、町の中をどう扱っても」
僕はまた、彼女の言葉を無視した。そんな考えは、聞いていられない。領主が(正確には、その娘だが)その権力を好き勝手に使うなんて。平民の僕からしても、「おかしい」と思った。僕は彼女の、彼女の一族に怒りを覚えて、相手の胸倉から手を放した。
「僕がもし、この試合に勝ったら」
「うん?」
「ギルドの事だけじゃない。闘技場の事も」
「変えるわけないわ。そもそも負けないし、試合ひとつで意見を変えるつもりもない。アタシは、アタシが思ったままに生きる」
僕は、頭が痛くなった。「この相手に説得は、無理だ」と。最初の時点で薄々思っていたが、こっちの彼女は傲慢で、しかも救いようのない屑だった。屑な人間に人間の道理は、通じない。僕は闘技場の真ん中に立って、相手の戦闘を促した。「分かったよ、それじゃ」
彼女は、僕の声に眉を上げた。僕自身にも自覚はあったが、彼女から見ても滅茶苦茶怖い顔らしい。観客席から今のやりとりを見ていた小さい子供が、母親の足元に「うわん」としがみついていた。彼女は頬の上に汗を浮かべて、目の前の僕に「ああもう、面倒臭い」と怒鳴った。「潰して!」
男達は、その命令に従った。試合は一対一のタイマン勝負である筈だが、闘技場のルールすら変えている彼女にとって、その形式は有って無いような物らしい。観客席から今の光景を見ていたネイラが「ラルフ、逃げろ!」と叫んでいたが、その声すらも「うるさい!」と黙らせていた。男達はそれぞれの腰から剣を抜いて、僕の所に次々と襲いかかった。「串刺しにしてやる!」
僕は、相手の攻撃を避けた。最初の攻撃は、様子見。相手がどれくらい動けて、自分もどれくらい避けられるかを見る。相手の斬撃に剣を当てて、それを捌けるかかどうかを見た。
僕は相手の剣が動く瞬間、剣の一部に力が集まるポイント、最小の力で「それ」を捌ける部分、それらを素早く見つけて、相手の剣を次々と防いだ。
相手は、僕の動きに表情を変えた。普通に考えれば、数秒で終わる勝負。最初の一人はダメでも、二人目の剣で終わる試合だ。全員の剣が防がれて、今も戦いが続くような試合ではない。僕の腕なり足なりが切られて、即終了の試合である。
相手は困惑顔で互いの顔を見合ったが、すぐに「この野郎!」と開き直った。「生意気な! 今すぐにぶっ殺してやる!」
そう叫んでまた、自分達の剣を振るった。彼等は観客達の響めきを背景にして、僕の体に剣を振いつづけた。それに合わせて、僕も相手の剣を捌きつづけた。腕力の差はあっても、技術の方は生前と変わらない。ひとつひとつの技術が、そのまま子供になった感じだ。
正面からの力比べがなければ、相手の攻撃もほとんど無力化できる。背後からの攻撃も、自分の反射を活かせば良い。彼等は力任せの攻撃が当たらず、しまいには息切れを、明らかな体力の消耗を見せはじめた。「はぁ、はぁ、はぁ」
僕は、彼等の前から距離を取った。自分の技術(今の場合は、回避力)はもちろん、相手の体力も減って、「自分の優位も分かった」となれば、様子見の状況からも抜け出せる。攻めの状態に転じて、相手の部隊を滅ぼせる。元の世界では「一騎当千」と言う言葉があるが、「今はそれを使っても許される」と思った。僕は自分の剣を構えて、相手の所に突っ込んだ。
相手は、僕の動きに「ニヤリ」とした。躱す事と攻める事は、違う。「自分達の攻撃を躱せるから」と言って、「僕の攻撃が自分達に通じる」とは限らない。彼等は「僕が油断した」と思い込んで、僕の攻撃を「そんなもん、通じるかよ」と煽った。でも、「え?」
それが甘い。相手の攻撃を躱すのは、(それが熟練者になるほど)攻撃を当てるよりも難しいのだ。「躱せる」と言うのは、「相手の動きも分かる」と言う事。彼等は僕の動きに驚いて、その表情に「恐怖」を表した。「なに?」
僕は、それを無視した。相手の下に回って、そこから一気に斬り上げる。相手の命を奪うまでは行かないが、少なくても二度と戦えない、こんな試合は続けられない体にする。後ろから切り掛かってきた敵や、前から体当たりしてきた敵にも、同じ反撃を加える。
僕は相手の動きを使って、相手の腕や足、肩や太腿などの筋を斬った。「そこはたぶん、今の医学では治せない。生きるのに必要な筋」
相手は獣のような声を上げて、地面の上に倒れた。それを見ていた観客達も、それぞれに悲鳴を上げている。悲鳴すらも忘れたネイラは自分の口を押さえ、それすらも忘れたフィリヌは「あ、あああっ」と震えていた。男達は子供のように泣きじゃくって、地面の上に「う、ううううっ」と倒れつづけた。「痛い、痛い、助けて!」
僕はまた、その声を無視した。彼等はきっと、(「主人の命令があった」とは言え)僕と同じ事をやったに違いない。同じ事をやって、相手の命を救わなかった。町の生活困窮者達に死体の処理を任せて、自分達はのうのうと生き、酒場の一角で「今回の敵は、雑魚だった」と笑い合っていたに違いない。「そんな奴らに慈悲なんか要るか」
僕は自分の怒りに任せて、フィリヌの顔に目をやった。フィリヌの顔は、今の光景に青ざめている。「さて。手下供は、倒したし。次は」
フィリヌは、僕の前から逃げ出した。冒険者の装備は着ていたが、今の戦いを見て、その意欲がすっかり消え失せたらしい。「お父様に言いつけてやる」と言って、闘技場の中から出ていってしまった。彼女は恥も外聞も忘れて、恐らくは自分の屋敷に帰った。
僕は、彼女の性格に溜息をついた。あっちの彼女を知っているからこそ、その違いに「まったく」と呆れてしまった。僕は鞘の中に剣を戻して、自分の頭を掻いた。「やれやれ」
面倒な事になった。そう思った瞬間に柔らかい感触が。僕は感触の主に目をやって、その頭を「大丈夫」と撫でた。「ごめん」
ネイラは、それを無視した。試合の結果は見ていたらしいが、それでも心配だったらしい。僕の胸を何度も殴って、「バカ、バカ、バカ」と言いつづけた。彼女は嬉しそうな顔で、僕の体を抱きしめた。「ラルフが強くて、良かった」
僕は彼女の頭をまた撫でて、その前から離れた。今も喚きつづけている男達の所に。僕は彼等の服を破り、その傷口に破った服を結んで、闘技場の観客達に「この人達を運びます」と叫んだ。「誰か手を貸してください!」




