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第1話 似て非なる世界(※主人公、一人称)

 本編スタートです。仲間に裏切られたラルフの運命は、如何に?

 これが、死? 全身の力が抜けて、その精神が飛んでいく感覚。今までの苦しみが消えて、気持ちの充実だけが広がっていく世界。世界の轟音がふわりと遠ざかる感覚はあるが、それ以外の感覚は見事なまでに残っていた。僕は妙に澄んだ空気を吸って、その両目を開いた。


 両目の先には、遠く澄んだ青空があった。見る者の心を洗うような空、雲の気配が死んでいる世界。その空気が様々な足音と重なって、僕の意識に飛び込んできた。僕は呆けた顔で、その青空を眺めはじめた。「へぇ。天国って、綺麗」

 

 ぐふっ。誰かに腹を踏まれた。人が天国に浸っている上で、僕の腹を踏み、そして、僕の前から走り出した。僕は地面の上から起き上がって、今の犯人を睨んだ。僕の方に「あっかんべー」と言っている、()()()()()()を。「こらぁああああっ!」

 

 待て! いくら天使(だと思う)でも、こんな悪戯は許さないぞ! 人の腹を踏んづけて、それも笑いながら逃げるなんて。僕の隊に居たら、その頭を殴っている。僕は今も逃げている少年を追って、その場から勢いよく走り出した。


 でも……あれ、おかしい? 相手は、十歳前後の子供。わんぱく坊主のような足だが、流石に追いつけないのはおかしい。体格も、体格も? そう言えば、目線の高さが変だ。生前(と言って良いだろう)の頃よりも、低く見える。僕の隣をすれ違う大人達も、普段よりずっと大きく見えた。

 

 僕は「目の錯覚か?」と思ったが、例の少年に捕縛術が撃てたので、その疑問もすぐに忘れてしまった。今は、疑問よりも説教である。僕は相手の足を封じて、顔の前に仁王立ちした。


「あんな事をして、ダメじゃないか! 相手の腹を踏んづけるなんて!」


「うるさい!」


 間髪を入れずに反撃。コイツは、かなりの負けず嫌いであるようだ。「寝ている方が悪いんだろう?」


 道の真ん中で! 彼はそう、言い添えた。まるで、僕の体に挑み掛かるように。「こっちはただ、お前の願いを叶えただけだ!」


 ガルルルっ。そう睨まれたが、そんなのでは怯まない。相手が僕を睨むように、僕も相手の顔を睨んだ。僕達は互いの顔をしばらく睨んだが、僕の方はだんだん阿呆らしくなって、相手にも「もう良い」と言った。「止めよう。こんな争いは、不毛だ。僕は、君と争いたくて」


 その続きも、飲み込んだ。今は今後の事、これからの事を考えなければならない。僕は彼の前に歩み寄って、自分の周りを見渡した。露店の前に天使達が集まっている光景を。


「神様は?」


「へ?」


「不遜かも知れないが。旅の感謝を伝えたくて」


 相手は、顔を歪めた。それも、地面の上を踏みつける程に。「神」と言う言葉に対して、文字通りの嫌悪感を見せた。彼は両目の端に涙を浮かべて、両手の拳を握りしめた。


「居ないよ」


「居ない?」


「神様なんて。この世に居るのは、邪悪な魔王だけだ!」


 僕は、言葉を失った。「天国にも魔王が居る」と言う事実に。驚きよりも怒りが勝ってしまった。僕は彼の肩を掴んで……掴んで? 自分の体に視線を移した。少年の「え?」を無視するように。見える範囲で、自分の体を見たのである。僕は少年の肩から手を離して、自分の両手をまじまじと見た。「子供の、手?」



 露店の店主から借りた手鏡。そこに写っていたのは、見た事のない子供だった。ふわりとした黒髪に痩せ細った体。肌艶の良い顔と青っぽい服。肩から掛けられている革製の鞄。腰の部分には、「生前の名残」と思われるサーベルが、子供サイズに姿を変えて、この体を守っていた。

 

 僕は、自分の姿に戸惑った。生前の自分は茶髪で、(どちらかと言うと)色黒だったのに。今は国の東洋史に出てくるような、そんな感じの子供になっていた。僕は今の状況が飲み込めず、まるで救いを求めるかのように、少年の顔を見返した。少年の顔も、僕の反応に戸惑っている。「どうして? 僕は」

 

 そう言って、相手の肩を掴んだ。相手がそれに驚くのを無視して。


「別人の子供に? 死ぬ前は」


「ちょっ、ちょっと? 落ち着け! お前は」


 何者なのか? そんなのは、僕が聞きたい。


「とにかく、名前。お前の名前は、なんて言うんだよ?」


 僕はなお取り乱したが、その質問にだけは答えられた。深呼吸を何度か繰り返して。


「ラルフ」


「そうか」


「あた」


 その質問を遮った。相手の名前よりも、自分の精神を守りたかったから。僕は自分の胸に手を当てて、今の情報を整えた。自分は何らかの理由で、子供の、それも()()()()()になっている。それが天国のルールなのか、その原因は分からないが、とにかく別の存在になっていた。


 僕は(理由の探求は)とにかく後回しにして、目の前の彼に「君の知っている事を教えてほしい」と言った。「君が知っている範囲で構わないから」


 少年は「う、うん」とうなずいて、僕の質問に答えた。「分かったよ」と言う風に。彼は奇妙な物でも見るような顔で、僕に(彼が知り得る範囲だが)世界の情報を話した。


 世界の情報、「その概要」と言って良いのか? それをまとめると、「ここは、似て非なる世界」らしい。僕が生前に居た世界と似ている、あるいは、その近似らしき世界だった。細かい部分は違っていても、大体の部分は同じ。(錬金術師の言葉では)「平行世界」や「並立世界」と言う世界だった。


 僕は、自分の状況に混乱を覚えた。自分は、確かに死んだ筈なのに。僕は(どう言う理由かは分からないが)その平行世界らしき場所に飛ばされ、新しい体と人生を得て、この場所にいま立っているらしかった。「それすらも幻、死に際の走馬灯かも知れないけど」


 それを否める証拠もまた、見つかっていない。僕が僕として在る意識が、この世界を認めているだけだ。魂の錯乱が、この認知を歪めているわけではない。僕は(とりあえずは)「ここが、仮の現実」と定めて、その現実が正しいかどうかを「これからの生活で見極めて行こう」と決めた。「そうと決まれば、まずは仕事だね。君の言う魔王? を倒すためにも。今は、生きる糧を見つけなきゃ」


 少年は不思議な顔で、僕の顔を見返した。「生きるための仕事」は分かるが、それに「魔王」が結び付く点に疑問を抱いたらしい。「皿洗いじゃ、魔王は倒せないよ?」


 それに思わず吹き出した。それじゃ、確かに倒せない。


「当たり前だよ。だから、軍隊に入る。前の世界……お父さんも、軍人だったし。軍隊に入れば、魔王軍とも戦える。世界の平和も、守られるし。その中で、生活の糧も」


 得られる。だが、どうしたのだろう? 僕が「それ」を言った瞬間、少年が恐ろしい顔で僕の事を睨んできた。僕は彼の反応に首を傾げたが、少年は僕の反応を無視して、地面の上に目を落とした。


「軍隊なんか役立たずだ」


「え?」


 役立たず?


「どうして?」


 少年は、その質問に唇を噛んだ。まるで、嫌な記憶を思い出すように。


「アイツらはもう、戦わない。町の人達は、守ってくれるけど。魔王軍とはもう、戦ってくれないんだ」


 ……固まった、彼から聞かされた事実に。軍人としての部分が、ガラスのように「パリンッ」と砕けた。僕は彼の両肩を掴んで、その顔を思い切り睨んだ。涙と嗚咽に濡れた、少年の顔を。「そんなの、あり得ない! 軍隊が、国を守る人々が、魔王との戦いを諦めるなんて! そんな」 


 少年も、「そう言う奴らなんだよ!」と言い返した。僕の手を両肩から払って。「アイツらは、諦めたんだ。『人間の力では、魔王には敵わない』って。魔王の前から逃げちゃったんだよ。国の人達がまた、『助けて』って叫んでいるのに。アイツらは仲間の命よりも、自分の命を選んだんだ」


 僕は、地面の上に両膝をついた。国を守る人達が、国を見捨てる? そこに住んでいる人達も? 彼の話が「本当だ」とすれば、それは文字通りの背信行為だった。僕は自分が軍人だった事も含めて、彼らの行為を恨み、そして、少年の事を憂えた。「それじゃ、誰が? この世界を守っているの?」


 少年は悲しげな顔で、都の東側を指差した。都の東側には、煉瓦造りの建物が並んでいる。


()()()


「冒険者?」


「魔王と戦う専門家だよ。その人達が軍隊の代わりに魔王と戦っている。自分の命に懸けて」


 僕は、彼が指差す方向を見つめた。頭の中で、今の話をまとめるように。


「それは、僕でも成れる?」


「え?」


「冒険者、()()()()()()()()()


 少年は答えに戸惑ったが、やがて「死んじゃうかもよ?」と言った。「お前みたいな奴、魔物に『パクッ」と食べられちゃうかも知れない。それでも」


 行く。そう、返した。自分はこれでも、(元だが)魔王と戦う専門家である。今更、ビビるもクソもない。「僕も、アイツらに人生を壊されたから」


 少年は、それに溜め息をついた。「コイツにはもう、何を言っても無駄だ」と思ったのだろう。諦めたような顔で、僕の前に手を差し伸べた。


「分かったよ。それじゃ、ついてこい」


「うん。ありが」


 とう、の部分である事に気づいた。


「そう言えば」


「うん?」


「君の名前、聞いていなかったね?」


 少年も、「ああ」と笑った。彼は嬉しそうな顔で、僕に自分の名前を言った。「ネイラ、だよ。ネイラ・ジス。それが」


 彼の、ではない。()()()()()()()()。僕の事を裏切った、あの女と同じ名前。あの女とは似て非なる、この少女の名前だった。「何だよ? まさか! あたしの事、『男だ」と思っていたな?」

 第1話を読んでいただき、ありがとうございます。

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