父が遺した日記
床を殴りつけていたペテルはフィオナに止められ、床を殴ることをやめた。
「こんな事態なのに、なんで大人はわからないんだ!」
そんなペテルをフィオナは泣きながらなだめる。
「手を、見せて」
赤く腫れ上がったペテルの拳。フィオナは初級回復呪文スフルを詠唱した。
徐々にペテルの拳は回復していった。
「ねぇ、フィオナ。ジュリ姉は国境沿いの山荘にいるって書いてたけど、それってどこか分かる?」
「それはステム山の山荘のことよ。あそこには私たちライム王家の別荘があるの」
少しの間、ペテルは考え込んだ。
「フィオナ、ジュリ姉をグランドバレーに避難をさせる方法があるかもしれない」
「え?どうやって?」
「母上の部屋に行こう。この時間は王様としての謁見の時間だ。母上が部屋に戻る前までに」
二人はペテルの部屋を出てフレイヤの部屋へ向かう。
「ねぇ、こんなことをしてあとで怒られない?」
「もうそんな事を言ってられる場合じゃないよ」
フレイヤの部屋の前についたペテルはドアをそっと開けようとしていたが、鍵がかかっていた。
「鍵がかかっているということは、母上は今、部屋にいないということだね」
「でもペテル。鍵がかかってるならフレイヤ様の部屋には入れないわ。」
するとペテルは懐から小さなマジックステッキを取り出した。
「こうするのさ。」といい、ペテルはブツブツと詠唱を開始した。
すると、カチャ、と音がして鍵が開く。
フィオナはペテルに向けて「ペテル、王子が使う魔法じゃないわ」というが、ペテルは「構わないさ」とつぶやき、静かに二人で部屋に忍び込んだ。
フレイヤの部屋はしん、と静まり返っている。
ペテルは小声でフィオナに問いかけた。
「フィオナ、グランドバレーとライムがカウカと戦っていた時、お互いすぐに移動しあえるように瞬間移動魔法陣を作っていたって話、知ってる?」
「聞いたことがあるわ。でもその魔法陣はカウカとの戦いが終わったら、消されたって聞いたわ。」
「軍隊が移動できるくらいの大規模な魔法陣は、公式に消されたのは知ってる。でも、もしも僕の母上と父上、それとフィオナのお母様であるカタリーナ様が個人的にカウカ戦の際に魔法陣を作っていたら?」
フィオナはハッとした。
「移動魔法陣がフレイヤ様の部屋にあるの?」
「いや、流石にそれはないよ。でも、ヒントはこの本棚にある。僕の死んだ父上が残した日記だよ。」
二人はフレイヤの部屋の一番奥にある棚に移動した。
そこにはペテルの父・アイスが幼少の時からカウカとの最終決戦前日までを記した日記帳が並べられていた。
「フィオナ、グルージャ歴1241年から1246年までの日記を全部持っていこう。でもさすがに2人では一気に読めない。明日分担して小学校に持っていって、エマ、エゼ、ジェラ、サトにも読んでもらって瞬間移動魔法陣のことが書いてないか一緒に調べてもらうんだ。」
フィオナは思わずためらった。
「それって、4人を巻き込むことよ?」
「日記を読んでもらうだけさ。それに、フィオナのジュリ姉とカタリーナ様の命がかかってる。時間がないんだ。覚悟を決めよう。」
今まではどちらかと言えば、フィオナがなにかとペテルを騒動に巻き込んでいた。
しかしこの場においてはペテルがフィオナを引っ張っている。
ペテルとフィオナは1241年から1246年までの日記を取り出し、フレイヤの部屋をあとにした。
もちろん、鍵をかけることを忘れずに。
―翌日の朝―
王立学院小学校4年A組の教室の片隅に、ペテル、フィオナ、ジェラ、エマ、サト、エゼの6人は6冊の日記帳を見下ろしていた。
ペテルはライム王国で起きている偽女王事件を手短に伝えて、こう告げた。
「一人一冊ずつ、日記帳を読んで欲しい。そして魔法陣のことが書かれていたら声をかけてほしんだ。」
伯爵家の次男・ジェラは思わずペテルに声をかける。
「しかし殿下、これって王家の、しかもグランドバレーだけでなくてライム側の王家の情報も盛り込まれてるんじゃ……?」
「うん。間違いなく。でもみんな頼む。フィオナのお姉様とお母様の命がかかってるんだ。」
するとエゼはみんなに声をかけた。
「フィオナの母ちゃんと姉ちゃんのためだもんな。みんなやろうぜ」
するとサトは「たまにはいいこと言うじゃない」と感心した。
エマは学級委員らしく、「でも、授業中はやめましょうね」と声をかけた。
フィオナは涙を流しながら、「みんな、ありがとう」と感謝をし、サトとエマの2人の少女は「大丈夫」とフィオナを抱きしめた。
各々は休憩時間を利用して日記帳を読み始めた。
そこには妖怪カウカの侵略がいかに凄惨であり、当時の人々を苦しめたのかが生々しく伝わってくる。
―若き英雄であり悲劇の王配アイス―
少年少女たちはそのように大人たちから教えられていた。
だがこの日記には、ただの若者でしかないアイスが抱えた個人的な恐怖、しかしそれでも愛する一人の女性・フレイヤのため何度もくじけそうになりながらも妖怪軍と戦う描写がアイスの感情が止めどなく描かれている。
特にグランドバレー人であるサト・ジェラ・エマはフレイヤとアイスはカウカを『倒し』国を救う英雄女王と悲劇の王配として教えられてきたが、この1人の人間としてのアイスの感情に触れることはなかった。
小学4年生の彼ら、彼女らには酷な日記ではあるが、それでも魔法陣に関する記述がないか読み込んでいく。
そうして、最後の授業が終わり、終わりの会が始まるまでの時間の間に1244年の日記を読んでいたエマはついに見つけた。
『--1244年2月3日--
俺はミヒャエルと、王立学院大学の古代生物学マルティン教授研究室とステム山のライム王家山荘との間に瞬間移動魔法陣を作った。
マルティン教授は快く引き受けてくれた。
これを使い、今後は俺とフレイヤはライムのカタリーナ女王とミヒャエル夫妻と戦争の情報共有を私的にしていくことになる。』
終わりの会の後、エマはペテル、フィオナ、エゼ、サト、ジェラにこの日の日記を見せた。
フィオナはつぶやいた。
「ミヒャエルとは、私の父上だわ。今は世界の何処かを1人で放浪しているの。どこにいるかは母上しか知らない。」
ペテルはみんなにお礼を言った。
「みんな、ありがとう。僕とフィオナは今からマルティン教授のところに行くよ。皆はこのことは大人には秘密にして家に帰ってほしい」
その言葉に、エゼは怒った。
「ちょっと待てよ!フィオナの母ちゃんと姉ちゃんが危ないって聞かされておいて、俺たちにはもう帰れって!?王子、いや、お前!俺たちは友達じゃないのかよ!」
サトも「そうよ!」とエゼの意見に賛同する。
ペテルは思わずうろたえた。
「でも、ここからは危ないんだ。みんなを巻き込むわけには……」
ここでジェラは一歩前に出て、ペテルの方に手を添えた。
「殿下、僕たちはもう巻き込まれてますよ。」
フィオナは涙を流しながら「みんな、ありがとう」と言い、エマは無言でハンカチを取り出しフィオナの涙を拭いた。
ペテルは覚悟を決めた。
「分かった。6人でマルティン教授に会いに行こう」
一方その頃、1人のとある中年の男は砂漠の国の首都にある、1軒の喫茶店でコーヒーを飲んでいた。
熱い砂漠の国で熱いコーヒーを飲みながら、タバコを胸ポケットから出そうとしたが、タバコの紙袋にはもう1本も残っていなかった。
「ちっ、さっきの通りの角にタバコ屋があったな。」とつぶやき席を立とうとした時、ある男が1本のタバコを差し出した。
「ライム王国のミヒャエル様とお見受けします」
「よく言われるんだよね。人違いだよ。でもタバコはもらっておくな。ありがとさん。」
すると男は一通の封筒をテーブルに置き、喫茶店を出ていった。
その封筒にはグランドバレー王国フレイヤ女王の『私的』な蜜蝋が施されていた。
この『私的』な蜜蝋の存在を知っている人物はごく僅かだ。
タバコを吸いながらミヒャエルは「ほう……」とつぶやき封筒を開けたのであった。




