幼竜の世話と迫りくる危機
シルベリーがグランドバレー城で飼育されるようになってから1週間が経った。
ペテルは学校がある平日は朝のうちにシルベリーがいる元牛舎に赴き、家畜係とともに世話をする。
とは言っても、犬や猫ならともかく、9歳であるペテルが幼体とはいえ、古龍相手にできることは少ない。
家畜係がシルベリーの排泄物の処理をしている間に、ペテルは干し草の束を浮遊魔法を使って動かし、シルベリーに与える。
「クルル……クルルル」
干し草の準備をしている間にも、シルベリーは尻尾をピンと立てつつ、頭をペテルの体に擦り付けて甘えてくる。
シルベリーの体は硬い皮膚に覆われているが、その皮膚から温かい温もりが伝わってくる。
「おい、ちょっとご飯の用意をしてるのに、邪魔だぞ!」
そうは言うもシルベリーの甘えは止まらない。
その姿に、ペテルはシルベリーの頭を撫でながら、「お前もまだ赤ちゃんだもんな」と甘やかす。
そして干し草を用意したペテルはリンゴを一つ、雑に小さくぶつ切りにしてシルベリーに与える。
シャクシャクシャク……
「お前、大人になったらどんだけリンゴがいるんだろうなぁ」
しかしこの言葉にはシルベリーは反応しなかった。
まるでペテルの言葉を理解しているかのようだ。
「ペテル殿下、そろそろ朝食の時間ですよ。」
城の侍女が声をかけてくる。
ペテルはシルベリーの背中をさすって元牛舎をあとにした。
食堂に向かうと、すでに母であるフレイヤ女王が先に椅子に座っていた。
「シルベリーが来て一週間は経ったわね。今朝はどうだったの?」
「うん。母上。今日もすごく甘えてきた!思わずリンゴをあげちゃった!」
「あらあら。あまり与えすぎるのも駄目よ。癖になるから。」
少しペテルをたしなめた上でフレイヤは話を続けた。
「今日は国会に行かなくてはならないわ。内務大臣の任命式があるからね」
「へえ?誰がなるの?」
「マヌエル議員よ」
ペテルは特に興味なさそうに、母の顔をぼーっと見つめた。
そうしているうちに、サラダとトーストとベーコン、スクランブルエッグが運ばれてきた。
そして飲み物としてペテルには牛乳、フレイヤにはブラックコーヒーが運ばれた。
ペテルは牛乳を一気に飲み干した。
「何時くらいに返ってくるの?」
「任命式のあとに晩餐会もあるから、9時は回るわね。あ、こら。今、スクランブルエッグ落としたわよ。ばっちいわね。」
しかしペテルは特に気にしなかった。
「9時かぁ。あ、そうだ。今日はフィオナやジェラたちが城に遊びに来るからね。」
「あぁ、はいはい。シルベリーを見に来るのね。
一言言っておくけど、許嫁のフィオナ姫はともかく、ここは王城なんだから頻繁に子どもが遊びに来るところじゃ……」
するとペテルは「うん、うん」と言いつつ、母の小言を遮るようにサラダを口に無理やり詰め込み、席を立って「ごちそうさまー!」と言って私室に戻った。
ぽつん、と残されたフレイヤは思わず
「もしかして、反抗期……?」と呟いたのであった。
ペテルは小学校の制服に着替え登校するために私室を出ると、近衛兵シーザーと鉢あった。
シーザーはペテルが通う王立学院小学校4年A組の担任であるサビーナと近く結婚を控えており、新婚旅行のため近く休暇を取る予定だ。
ペテルはシーザーに手を振った。
「じゃあね、シーザー!先生に今日もシーザーに会ったって言っておくから!」
「あはは、殿下、余りからかわないでください。では、お気をつけて行ってらっしゃいませ。」
そうしていつも通りペテルはラスク大通りを抜けて小学校へ登校した。
小学校では特に何も起こることはなく、3時にその日最後の授業が終わった。
あえて言えば、帰り間際に城でシーザーに会ったことをサビーナに伝えると、「先生をからかうものじゃありません!」と一喝されたことくらいである。
ペテルはフィオナとジェラ、エマを連れて小学校からラスク大通りを歩いて城に帰った。
ちなみに、ペテルはサトとエゼも誘ったが、今日は用事があると言うことでこの二人は来なかった。
「すまん。今日はムアグ寮で新入寮生の歓迎会の準備があるんだ」と、エゼ。
サトは「今日はB組のヴィアンと約束があるの。ごめんね。」とのことだった。
4年A組の問題児と女番長が来ないことに物足りなさを感じたペテルであったが、そこは仕方ないので諦めた。
城に帰り、ペテルは先ず友人たちを私室に案内して通学鞄を置いた。
フィオナはベッドの上に散らかった漫画を見て、少し小言を言った。
「ペテル、もう少し整理整頓をしたほうが良いよ。私の将来の夫がこれじゃ心配だわ!」
実に小4の背伸びをした少女の発言であるが、ペテルはドキリとして「ちょっと待ってね」と言い、慌てて漫画を片付け始めた。
エマはクスクスと笑い、ジェラは「殿下、手伝いますよ」と言い、片付けを手伝った。
その後、4人はシルベリーがいる元牛舎に向かった。すると、シルベリーの生態調査に来ていた王立学院大学のマルティン教授と学生たちがそこにいた。
マルティンたちに囲まれていたシルベリーは、ペテルたちの姿を確認すると「くるるー!」と鳴きながら一目散に駆け寄ってきた。
「相変わらずあったか~い!」とシルベリーを抱きしめるフィオナとエマ。
ジェラは遠慮がちにシルベリーの腰をポンポンと触る。
ペテルは「ただいま」と言いつつ、シルベリーの頭を撫でた。
マルティンは「相変わらず殿下たちのことが大好きですな。ワシたち大学チームにはそっぽをむくんですぞい」
「何かシルベリーについて分かりました?」
子どもらしく雑な質問をするペテル。
しかし、マルティンは嫌な顔をせず質問に答えた。
「分かったこととして、おそらくシルベリーはオスだということくらいですな」
その瞬間、エマはニヤリとしてシルベリーに話しかけた。
「危なかったわね。もう少し早く性別が分かってたら、シルベリーの名前はエゼの案の『ギガマン』になってたかもしれないよ」
しばらくして侍女がデザートの準備ができたと話しかけてきたので、いったん子どもたちはペテルの私室に戻った。
シルベリーは寂しそうに「クルルル……」と鳴いた。
ペテルたちは侍女が用意したプリンを食べつつ、宿題に手を付けていた。
「分度器で直角となっている角を探しましょう……?直角って何でしたっけ?」
ジェラが鉛筆を手に悩むと、エマが分度器を手にとって教える。
「ほら、ここよ、ここ。今日の授業で90°ってならったでしょう?」
この会話を見ていたフィオナはノートに何かメモを書いてペテルに見せた。
『エマちゃんとジェラ、良い感じじゃない?』
するとペテルは何のことかわからず、
『何が?』とメモを書いて渡した。
するとフィオナは『男子ってどうして鈍いの?』とさらに返し、ますますペテルはフィオナが何を言いたいのかわからなくなった。
―だが、その時―
唐突に城内中に耳をつんざくような警報が鳴り響き、続けざまに緊急を伝える女性の声が響いた。
『王軍司令本部より緊急事態通達!
巨大ドラゴンが光線を吐きながら西方より王都に接近中!
高等魔法官は直ちに王都に魔法防御結界詠唱配備!
兵士は直ちに戦闘配備!
文官は来客を地下室に誘導避難!
これは訓練ではありません!』
ウ〜ウ〜と城中に鳴り響く警報。
その警報にエマとジェラは呆気になり、フィオナは鉛筆を落とした。
フィオナはペテルに「ペテル、これって……」と聞く。
ペテルは「僕も本物の緊急警報は生まれて初めて聞くよ。」と言いつつ、壁に立てかけていたマジックウェポン『夢見の杖』を手に取る。
その時、ノックもなしにペテルの部屋のドアが開いた。
近衛兵のシーザーだ。
「殿下、皆さん、地下室へ案内します!すぐに着いてきてください!」
しかし、ペテルはフィオナたちに向かって叫んだ。
「みんなは地下室に逃げるんだ!僕はシルベリーを地下室に連れて行かなくちゃ!」
しかしシーザーはペテルの肩を掴み、たしなめようとする。
「危険です!ご学友たちと地下室へ!」
しかし、ペテルはシーザの腕を力いっぱいに払いのけ、シルベリーがいる元牛舎へ走る。
「1人じゃ危ない!私も行く!」とフィオナも続けてシーザーをかいくぐりペテルの後を追う。
エマとジェラは立ちすくんでいると、他の近衛兵たちが部屋に来た。
シーザーは2人に、「君たちはとりあえず地下室へ。王子と姫は別の兵が地下室へ案内するから。」と促され、地下室へ避難しに向かったのであった。




