第2話 下町暮らし
長期間の生活に不安のあった第一拠点から下町に引っ越した4人。そこで下町再興のためにロボットのノートリアスと共に仕事に取り掛かるがそれがまた難航し…。
ノートリアスの説明が割といい加減だったため諸々の問題を解決するのには時間はかかったが何とか全員で協力して何とか下町に引っ越す事が出来た。特に浄水器の修理はまとまった食料の確保と水の確保で何度も何度も行き来する事になった。
多大な時間と労力を叩いた甲斐もあって町はずれの第一拠点と違ってまず雨漏りに怯えなくていい。雨が降る事は今までも脅威だったが逆に長らく雨が降らなかった時に水不足に怯える事もあった。しかし下町では貯水量も多いのでこの4人で暮らす分には余程の日照りにならない限り怯えなくていい。復旧した浄水器が発電所にしかないため現在彼らは発電所に住んでいる。会議室を清掃して机を集めてベッド代わりにして並んで寝ている。
食料は町中に入り込んだドゥーテロを狩っているが今のところ肉の不足に困りそうにない。第一拠点から植物の苗や種を持ち運んで育てているがそちらも土壌に問題はなく順調だ。ホームセンターから肥料を持ち出し、ノートリアスから助言を貰いながら作っているのでより収量も増えそうだ。
生活に余裕が出て来たのでズィーマの提案で家畜用の小屋を使える様にしてドゥーテロの生態調査、並びに可能なら飼育・管理も試みる事になった。とまあ、新居で様々な試みを始めたはいいが…様々な事に一度に手を伸ばし過ぎて何もかも中途半端になってしまっている。
ズィーマは発電所のロビーに向かうとレインコートをポールハンガーにかけた。それからロビーで食料の在庫チェックをしているタンタに声をかける。
「タンタ、モヒウスはどこ!?」
「え?あー…多分、寝室」
「もう、またあ!?」
どすどすと足音を立てて廊下を歩くズィーマ。彼女が思い切り扉を開くとモヒウスとヴァネッサが全裸でキスをしていた。
「「わあっ!!!」」
2人共驚いて離れる。
「なな、何だよズィーマ。お前も休みに来たのか?」
ズィーマは両手に拳を握ってわなわなと震わせる。そして怒りが爆発すると頭を掻きむしりながら叫んだ。
「セックス!!!」
それから目を見開き半狂乱に叫びながら2人の方へ近づく。
「セックス!!セックス!!!!セックス、セックス、セックス、セックスセックスセックス…!朝起きたらおはようのセックス、昼になったら気まぐれセックス、夜はおやすみのセックス、朝から晩までギシギシアンアン、ギシギシアンアン!!頭がおかしくなりそう!!!」
「「すみません」」
ここ最近のモヒウスとヴァネッサは特に情熱的だった。一応隠れて行っているが行動範囲も広くなく人数も4人と少ない事もありいなくなればすぐに目立ち偶然目に入る事も少なくない。
タンタは特に興味ない様子だったが神経質なズィーマは日々強いストレスを感じていた。それがついに爆発したのである。彼らに対して不満を抱いていたのはただそうした行為をする事だけではない、本来仕事の時間をも削ってまで情事に耽る事がしばしばあったためだ。
ズィーマは深呼吸をして息を整えた。
「えと…それで、何の用なんだ?」
ヴァネッサに言われて要件を言おうとするズィーマ。
「…何だっけ」
しばらく間が空いた後、困惑した2人の目も気にせずズィーマが壁際まで歩くと壁に両手をついで頭をぶつけ始めた。
「思い出せえええええっ!!大事な用だったはずうううううう!思い出せえええええええっ、思い出してっ、何だっけええええええっ」
2人は急いでベッドから出ると頭を打ち付け続けるズィーマを止めてベッドに寝かせてあげた。掛布団を被せてやると虚ろな目で天井を眺めて乾いた笑いを浮かべる。
「何やってんのかな私」
「気にするなズィーマ。私達はずっと働き詰めだ。疲れてるんだよ」
モヒウスとヴァネッサは元より仕事に対して熱心ではない。タンタは程々に手を抜いたりサボったり要領よく仕事をこなせる。ズィーマは真面目過ぎる性格で誰よりも働きづめていたため身も心も限界が来たのである。後貴重な睡眠時間を廊下の性行為で妨害されてメンタルを削られていたのもある。
「…思い出した。小屋だよ。小屋。ドゥーテロを飼ってる。近くにルーガスがいるのか、あるいはドゥーテロがそうしたのか分からないけどとっと破損個所があるんだ。早く修繕しないと脱走するかも」
「それはまずいな」
ズィーマにその気はないがモヒウスはいざという時は小屋のドゥーテロを食料にする事を考えている。探しに行く手間が省けるのでいつでもそこにいて貰わないとまずい。
「さすがに私1人じゃルーガスの相手は無理。だからモヒウスについて来て欲しかったんだ」
そう言って彼女が体を起こそうとするとヴァネッサがズィーマを寝かせた。
「寝てろって。私達が見て来るよ」
「ごめん、お願い」
そう言って彼女は言葉に甘えてそのまま寝る事にした。それからモヒウスとヴァネッサは外に出て早速とドゥーテロ小屋に向かう。
「いい所だったのになぁ。どこかで続きやんねえ?」
ヴァネッサがモヒウスを小突いた。
「これ以上仕事をサボるとズィーマが怖い…」
「ちぇっ」
そうして彼らがドゥーテロ小屋に着くと周辺にルーガスが複数体いた。大した相手でもなく群れで行動していた訳でもなさそうだったので各個撃破する。それからモヒウスは小屋の破損個所を対処し、ヴァネッサはズィーマの日誌のチェック項目の確認と今日の様子を書いた。それからヴァネッサもモヒウスに協力して仕事を終わらせた。
モヒウスの今日の仕事は家電店やホームセンターを巡ってノートリアスの注文の品を探す事だった。彼らは下町で生存者を集める方法を相談し合っていた所、ノートリアスが下町にあるラジオ放送のための送信所の修理を提案したのだ。それがまた骨の折れる作業で、付近で適したパーツが見つからなければより広範囲を探し回らなければならなくなる。そうすると今度は乗り物を修理も視野に入れなければならない。
下町に住めるようになるだけでも気が遠くなるほどの時間と労力が必要だった。言葉にして言わないがモヒウス、ヴァネッサ、タンタは大仕事を終えたらしばらくは充実した水と肉と安心できる屋根の下でゆっくり休むつもりだったのだ。
ところがズィーマが綿密なスケジュールを作った。それもノートリアスが彼女の下町復興のための計画にアドバイスしたりより効率的な方法の入れ知恵をしたりするものでゆっくり休んでいられるどころではなくなった。
彼女自身も疲労困憊しているのだが、ここまで生存者保護に躍起になるのは彼女自身が家族や家族同然の人々を亡くして自分と同じ思いをしてもらいたくないと言う切実な願いからだったため3人も強くは反対できなかった。
モヒウスやヴァネッサも仲間の中では舌が回るタンタに何とか説得を試みたが彼は『一度は体調を崩すまで好きなようにやらせましょう。彼女には頭を冷やす時間が必要だと思いますが、今の彼女との関係を傷つけないようにしつつ説得するのは不可能です』と言ってそのままズィーマに従う事にしたのだ。
それでやむを得ずモヒウスは引き続きパーツを探しに行き、ヴァネッサも寝込んでいるズィーマの代わりに同行した。
「ゲホッゲホッ…」
ベッドで寝込んでいるズィーマが咳をした。息を荒くしてただ薄暗い天井を眺めている。ドアをノックする音が聞こえると彼女は返事をする。するとご飯を手にタンタがやって来た。
「ううう…情けない。働きもせず、ただ惰眠を貪る穀潰しの私に、生きてる価値などあるのか…」
そう言って彼女は目に涙を浮かべた。タンタが微笑む。
「大変愚かな考えですズィーマ。どうして利用価値と言う秤で命を測量する事などできましょうか。」
タンタは食べやすく砕いた野菜と肉のスープをスプーンで掬ってズィーマの口元に持って行く。彼女は躊躇いがちに口を開くとタンタはそれを口の中に流し込む。塩気がきいていてとても美味しかった。
怒り、後悔、悲しみ、色んな感情が混ざり合って食事をする気ではなかったズィーマだったが一口食べるとお腹が空いて来た。茶碗を受け取るとそれを流し込む様に食べる。美味しくてまた涙が溢れた。
「皆、元気になったズィーマと会いたがっていますよ。沢山食べて、沢山寝て、元気になってくださいね」
「ありがとう。その、とても聞きづらいんだけど…仕事の方は、どう?」
「送信所の修理パーツ探しも車探しも今ひとつなままです。ドゥーテロの生態調査についてはルーガスと違って何も食べない事、食べなくても死んだり弱ったりしない事が分かりました」
タンタはモヒウスがまたサボってると疑わない様に廃屋探索では風化で水漏れしてる所もあり念の為レインコートを常備しておかなければならず、また床や壁が崩れたり廃材でレインコートをひっかけない様に細心の注意を払わねばならないため時間がかかる事を強調しておいた。
ズィーマの兄も廃屋探索でレインコートを破いてしまったために雨に打たれて死亡したので慎重になる事と時間がかかる事には理解を示した。
「そっか…」
タンタは嘘をついていないがズィーマが寝込んでからは断りを入れずにスケジュールを見直して自由時間を増やした。ノートリアスは何か言いたげだったがズィーマが寝込んでいては自分の意見も通りづらい考えている様で無難な物言いだけして基本的に人間に任せる様にしている。
現在ズィーマが寝ているのも以前の寝室ではなく、自由時間が増えた事で個室を作る時間もできたのだ。これによってそれぞれがストレス少なくプライベートが大幅に守られるようになった。
「食事を終えたら茶碗は近くに置いたままにしておいてください。後から回収します。また何か用事があればお気軽に申しつけください」
そう言ってタンタは立ち上がった。
「あっ…」
席を離れ扉の方へ向かうタンタ。ドアノブに手をかけて捻るとそのままピタリと止まった。
「もちろん、用が無くとも呼んでもらっても構いません。何分、僕も仕事をサボるのが好きでして」
そう言って彼はドアを開けた。
「た、タンタ!」
彼はドアから先に半身身を乗り出した所で上半身だけ振り返った。
「はい、何でしょう」
「…えっと…もう少しだけ、一緒に…いて欲しい」
ズィーマは話し相手に飢えていた。神経質で気難しい所はあるが一方で寂しがり屋だった。3日ほどは仕事を優先させて自分の事は後にしていたが彼女自身が想像したより回復が長引いていて孤独に耐えられなくなっていた。
戻って来て椅子に座るタンタ。ズィーマは呼び止めたからには何か話そうかと考えたが、一体どんな話をしようか迷った。しばらく沈黙が続くとタンタはこれまでの旅について話し出した。明るい話ばかりではなかったが彼の語りが上手く引き込まれる様にズィーマは話を聞いていた。
モヒウスとタンタは同じ集落出身だった。そこでは40人ほどが一緒に暮らしていて、災害やルーガスの襲撃とは無縁の生活をしていた。あまりの奇跡の環境の整い方におそらくこの地が人類再興の土地であり、自分達が選ばれた人間なんだろうと考えるほどだったと言う。
しかしそれはあまりに突然に、何の前触れもなく大型のルーガスに襲われた。集落は崩壊しそれぞれ散り散りになった。数人の大人子供と一緒に逃げたが死んだりはぐれたりしてる内に2人だけになった。
幸いモヒウスもタンタも集落での生活でこの時代においては比較的高度な勉強を教わっていたため直接的な危険以外はそれなりに対処して生きていく事が出来た。土地を転々としながら住むのに適した地を彷徨っていると1人で彷徨っているヴァネッサと出会った。出会ったばかりの彼女は自暴自棄になっておりレインコートすら持っていなかった。
どういう環境で生きて来たのか言葉を話さず意思疎通は難航した。幸い言葉は理解できる様だったが何も発言しないため何を考えているかさっぱり分からず独断行動したりしてはぐれたりする事もあった。
レインコートを持たないヴァネッサとの旅は辛く厳しい物だったがやっとの事で彼女の分のレインコートを手にして渡すとその時になって初めて自分の名前を教えてくれた。
「彼女は過去に何があったの?」
「僕も尋ねた事はあるんですが、思い出したくもないと言ってました。まあ無理に深入りする事じゃないと思ったのでそのままにしてます」
「そうなんだ…」
「僕達はそれぞれ辛い過去がありますが、だからこそこれからは楽しい思い出をいっぱい作ろうって決めてるんです。過去より未来。そうでしょう?」
「うん…。そうだね。私も早く元気になって、生存者を見つけて…。楽しい思い出を沢山作らなきゃ」
「その意気ですよズィーマ。気負わず、気に病まず、牛の涎の様に辛抱強く頑張りましょう」
2人は一緒に微笑んだ。
ズィーマはやがて無事に回復し、それぞれ持続可能なペースで仕事を進める。やがて送信所の復旧もかなり進んだ。ある日の夜、皆が揃って夕ご飯を食べている時だった。珍しくノートリアスの方からやって来ると席に座る。彼は全員の話が終わるまで待つつもりの様子だったが変に思ったズィーマが彼から話を聞いてみる事にする。
「はい、実に話したい事とは送信所の事でして」
「修理するにはまだパーツが足りないはずだけど、ひょっとしてまた交換が必要そうなパーツが見つかった?」
ノートリアスは首を横に振る。
「いえ、そうではなく…。実は動作確認した所、送信所から宇宙の衛星にアクセスできてしまいまして」
3人は首を傾げた。宇宙は知っていても衛星は知らない。それを確認するとノートリアスは衛星について簡潔に説明する。どういう訳かまだ生きている衛星があったらしくそこから下町近辺の地図を確認できたらしい。
「動作はやや不安定だったものの、ここより北東の方角に林を見つけたのです」
3人は顔を見合わせる。外じゃ雨のせいで木が育たない。耳を疑った。しかし確かにノートリアスはそう言った。
「枯れ木とかじゃなくて?」
ズィーマが尋ねるがノートリアスは首を横に振る。
「枯れ木はそこら中で見ますが青々とした緑の葉を付けた木を見るのは久方振りですね。ご存じの通り雨のせいで普通はまともに木が育ちません。そこに何かあるのかも…」
そう言うとノートリアスは地図を書いて3人に見せた。第二拠点から50kmは離れているだろうか。このメンバーにとって50kmはそう遠い距離ではない。しかし下町でやる仕事も少なくないので全員行くわけにもいかない。誰が行くのか、何人行くのか、支度も含めて話し合う必要がある。
それぞれが話し合っているとノートリアスは(痒くないだろうに)でこの辺りを掻いてうなる様に、あるいは独り言を言うように呟いた。
「実は黙っていましたが車の修理はそう難しくなさそうなのです」
モヒウスとズィーマが首を傾げる。
「難しくないって…ロクなパーツか見つからないから広範囲を探し回る事になってるんだが…」
「どういう事なの、ノートリアス」
「実の所、私はひっそりと人類史ミュージアムを作っておりまして。この頃は結局、見る人がいないなら作っても意味ないと諦めておりました。しかし皆様にあってミュージアムを完成させたい欲が再燃したのでございます」
3人はノートリアスの言いたい事を考える。
「つまり何か、車や送信所の修理のパーツの在り方を知ってて私達にわざわざ下町中を歩かせたって事か?」
ヴァネッサが単刀直入に尋ねる。
「そう怒らないでください。人類の命と歴史を後世に残すのが私の生き甲斐なのです。私が心血注いで作ったミュージアムが荒らされる事、本当はこの上なく不快です。未来と過去と天秤にかけ、少しばかり未来が重かったため皆様に提供する事としたのです」
生き甲斐、心血を注ぐ、不快…。日頃のノートリアスは感情や価値観や哲学を語る事はないが、この時の彼の様子は少し違っていた。冗談を言ってる風でもなく、おどけてる様子もなく、顔も声色も変わらないがいつもより真剣だった。
それぞれ愚痴の1つでも言いたい気分だったが彼がミュージアムを作ろうとしなければ、彼がその展示物を使って良いと言わなければまだまだ苦労したには違いない。ここは彼に感謝してパーツを借りる事にした。
モヒウスは軽い気持ちで案内してもらおうと考えたがそうは行かないらしく食料や水の準備、戦闘にも備えるように言った。支度をしながらモヒウスがため息をつく。
「大事に保管されてるミュージアムならルーガスの心配なんてないんじゃないのか…?」
「皆様も熱心にドゥーテロを研究されている様ですが、生態は何1つ分からないでしょう?どこで生まれてるのか、どう育つのか、何を食べてるのか、何も分かりません。発生してない事を保障できないのですよ」
それからフィルター付きゴーグルを顔に装着した。ノートリアスは他に何か大き目の受話器の様なものをモヒウスに持たせた。
「何だこれ」
受話器の様な物体の先端から10cmぐらいの所に切れ目ができると、その先の所が急に空を飛んだ。それは空中で変形してプロペラで飛ぶラジカセの様な形状になる。
『私は自分の仕事があるのでこれを通して皆様を案内します。バッテリーは6時間、充電3時間かかります。こまめに充電しながら探索しましょう』
「という事で私は戻りますね」
『それでは中に進みましょう。こちらです』
皆はノートリアスと別れ、ノートリアスと一緒にミュージアムへ向かう。建物はそこまで広くないなと思ったが、どうやら彼の作ったミュージアムは地下にあるらしい。
それぞれ足元に気を付けてながら地下に降りていった。
元々1話で終るつもりだったので蛇足感あるかもしれないけどうっかり連載にしてしまったから仕方がないんだ。しかも後何話続くか全然分からないんだ