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36 事件②




「ふたりとも、落ち着いて聞いてね。ご両親が、ダンジョンで怪我をしたそうよ」

「う、嘘だよ。……だって強いもん。お父さんもお母さんも強いもん。だから怪我なんて」

「泣かないでマリちゃん。私はこれから、村長の使いに貰った手紙を冒険者ギルドに持っていく。だから、貴方たち二人で村長さんのお家に行ってほしいの。ご両親は村長宅で保護されているみたいだから」



 両親が怪我をした。

 その事実を受け止められず、すぐに声を出して泣き出してしまったたマリ。


 ただ、冷静では居られないのはアリアンナも同じ。

 小さな身体を制御できず、今にでも走り出したい衝動に駆られる。


「あの、両親は無事なんですよね……?」


 グレイスさんのただならぬ様子から、大怪我を負ったのだと勝手に想像してしまったが、軽いかすり傷の可能性だってある。いや、そうであってくれ。そう願いながら口にした。


「私も詳しいことは……。ただ、村長宅で保護しているとだけ聞いているわ」

「そうですか……」


「とにかく、私は一刻も早くギルドに報告しないといけないの。マリちゃんはしばらく動けないだろうし、アリアンナちゃんひとりでも村長のお宅に行ってくれないかしら?」


 泣きじゃくって呼吸すらままならないマリの背中をさすりながら、眉を下げたグレイスさん。そう言われてしまっては、アリアンナの答えはひとつしかない。


「分かりました。行ってきます」


 その言葉を発するや否や、アリアンナは衝動に身を任せ、全速力で走り出した。




◆◇◆◇◆




 人間、気が動転している時は、物事を正しく認識できないものだ。


 つまり、何が言いたいかと言うと、アリアンナは、自分が村長宅の場所を知らないことに気がついたのだ。村の北西あたりにあるのは知っているが、それ以上は分からない。


「はぁ、はぁ。誰かに聞くしかないね」



 とはいっても村の長の家だ。きちんとした大人に聞けば、教えてもらえるだろう。

 アリアンナは、咄嗟に選択肢が三つ浮かんだ。


 ひとつは、サングリアさん。村長宅への通り道でもある。

 二つ目は、ダン君のご両親。村長宅より、少し北になるはずだ。

 三つ目は、冒険者ギルド。グレイスさんと二重の報告になってしまうが、問題はないだろう。


「ギルドかな」


 アリアンナは、少し道をそらして冒険者ギルドに立ち寄ることにした。若干遠回りではあるが、不在の可能性があるサングリアさんやダン君のご両親に頼るよりも、そちらの方が安パイだと思ったからだ。



 冒険者ギルド中に入り、受付を見渡す。今日はユーリさんは居ないようだったので、知らないお姉さんに話しかけた。 


「すみません! 村長さんのお宅を教えてください。両親が待っているんです!」


 思ったより大きな声が出たからか、お姉さんは一瞬目を見開いたが、「ええ。いいですよ」と微笑んだ。


 だが、お姉さんが口を開くより先に、聞きなれた声に話掛けれらた。


「あれ? アリアンナちゃん?」

「シュートおじさん!」


「ひとりでギルドに来るなんて、どうしたんだい?」

「そ、それが、お父さんとお母さんが怪我したって。村長さんのお宅で保護されているから、すぐ行かないといけなくて」


 必死に説明するアリアンナ。それに連れて、シュートおじさんの顔も険しくなっていく。


 だが、シュートおじさんの表情の変化は、アリアンナが予想していた理由によるものでは無かった。



「なんだって? 俺はさっきまでレオル達と一緒に居たけど、怪我なんてしてなかったぞ」


 何ですと?

 この状況の意味が分からず、頭が真っ白になる。

 だが、シュートおじさんが嘘をつく理由はなく、きっとこの言葉が真実なのだろう。


「……え? じゃあお父さんお母さんは無事ってこと?」

「あぁ。無事どころかピンピンしているさ」

「な、なんだぁ」


 ホッとしたら、腰が抜けてしまった。

 その場にへたり込むアリアンナだったが、シュートおじさん抱きかかえられ、視界が一気に空に近づく。


「家に帰ろう、アリアンナちゃん。子ども達が心配だ」




 家に帰ると、レオルが大慌てで家を飛び出してきた。一歩後ずさるシュートおじさん。


「うわ! いきなり飛び出すなよ、レオル」

「すまん。だが、今はそれどころじゃないんだ。アリーが、アリーが連れ去られたかもしれないんだ」


「おい、レオル、ちゃんと前を見ろ。アリアンナちゃんは無事だ」

「お父さん、ただいま」

 


「アリー! 無事だったのか。良かった」

「それは私のセリフだよ」


 シュートおじさんが言った通り、ピンピンしている両親。かすり傷さえ見当たらない。



「アリー。あぁ、良かった」


 家の中を覗くと、髪を乱したアネッサが居た。

 隣には、目元をパンパンに腫らしたマリと、いつの間にか帰ってきていたルイも居る。


 マリの話から、アリアンナが騙されて村長宅に向かったこと察知した両親は、これからアリアンナの捜索に向かうところだった。


 だが、村長宅を知らなかったことで、間一髪大事故を回避したアリアンナが、シュートとともに帰宅したというわけだ。



「念のため村長の様子を見てこよう。何があったのか、確認しなくては」



 そう言って、シュートおじさんとともに村長宅に向かったレオルが戻ってきたのは、それから数時間後のことだった。



「まだお前たちは子どもだが、この事件の当事者だからな。何があったか話しておこう。ドウ村長は、何者かに襲われ、村長宅のクローゼット内で、ロープで拘束されていた」


「まさか。そんな恐ろしいことを……」

「誰が? 何のために? それも分かっているの?」


「あぁ。村長が言うには、犯人はアリーの誘拐を企んでいたらしい


「え? 私?」


 まさか狙われていたのは自分だったとは。それは微塵にも思っていなかった事だった。


「アリーをおびき寄せるよう脅され、断ったために拘束されたのだと言っていた」


 ドウ村長とは一度会ったことがある。確か、石鹸をこの村の特産品にしたいと相談された時だ。

 そのお願いを断ったアリアンナだったが、それでも村長は自分を守ろうとしてくれたのか。

 


「何故アリーを?」

「目的までは分からないそうだ」

「そっかぁ」



 まさか自分が誘拐されかけていたとは。

 恐ろしさに身が縮む。

 

 魔法の収納くらいしか身を守る手段がないアリアンナは、誘拐の目的が分からないこともあり、しばらくは単独行動を控え、大人しく過ごそうとそっと決意した。


 それから、鋭意制作中のフェイパックを頭に浮かべながら、もしあれが完成しても、世に出せるの当分先になりそうだと溜息をついた。


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