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25 トラスト商会



 三日間連続で開催されたフラウア祭り。

 普段は見て回るだけのアリアンナ達だったが、今年は前世の記憶をもとに作った鶏のからあげとザコクおにぎりのお店を出店。

 見事に大成功を収めた。



 初日、二日目と、多くの人に来てもらったため、最終日はそれほど忙しくないはずと予想していたけれど、実際は、「今日で食べ納めだから」と、リピーターが次々に訪れ、三日間で一番忙しい一日となった。



「これだけあればマリの杖も買えそう?」

「う~ん、多分まだまだ全然かな。でも、なんだか頑張れそうな気がするよ」


 目の前の銀貨を眺めていると、自然と頬がゆるむ。


 三日間の売上は、なんと銀貨三枚と銅貨七五枚だった。ちなみに、銅貨百枚で銀貨一枚なので、日本円にすると、約三十八万円程の売上だった。


 ツバキ油は落ちていたツバキの種で作っているので無料(ただ)だし、ザコクだって格安だ。


 材料費としては大半を鶏肉が占めた結果、原価率は二割程に収まった。


 意外とザコクおにぎりが人気だったので、思った以上に原価を抑えられた形だ。



 そして、三日間の収益を五人で山分けし、アリアンナ達兄弟の取り分が、目の前の銀貨二枚というわけだ。





「子どもがこんな大金。持っていたら危ないわ。これはお母さんが預かっておくわね」

「あぁーっ!」


 アネッサがひょいっと銀貨を摘まみ上げると、マリが悲痛の声をあげた。


「む。でもまぁ仕方ないか。……お母さん、勝手に使ったりしたら駄目なんだからね。それで、マリの杖を買うんだから」

「マリちゃんの? そういうことなら分かったわ。大事に預かっておくから、必要な時に教えてちょうだい」 


「分かったよ」

「絶対だよ! 絶対大事にしてね」



 空間に入れておくのもひとつの手だけれど、マリと違って散財癖がある私が持っていたら、気づいたら無くなっていそうだし。

 マリは少し不服そうだったけれど、最終的にはアネッサが管理することになった。



「それよりアリーちゃん。今日は商会の、えぇっと。ナントカさんとお約束しているのよね? 準備は終わったの?」

「あ……」





◆◇◆◇◆




「改めまして、私はトラスト商会で商会長を務めております、トラストと申します。本日はお時間を頂戴しまして、ありがとうございます」

「同じくトラスト商会のトニーです。本日はよろしくお願いします」


「これはご丁寧にどうも。アリアンナの母で、冒険者をしております、アネッサです」

「アリアンナです」



 冒険者ギルド内の一室にて。

 アリアンナとアネッサは、フラウア祭りにて知り合った商会関係者と向き合っていた。

 どうやら、からあげとザコクおにぎりを大層気に入ってくれたらしく、是非話を聞きたいとのこと。



「それで、本日お時間をいただきましたのは、他でもありません。あのからあげとザコクおにぎりです。あの商品は素晴らしい。あんなに美味なる食べ物は初めて食しました。あのからあげの肉肉しい香りと、おにぎりのほのかな甘味を思い出すだけで、よだれが出そうです」

「……ありがとう」


「単刀直入に申し上げます。王都に、からあげとおにぎりのお店を出店しませんか?」

「お店、ですか?」

「勿論、場所や従業員はこちらで準備します」


 なるほど、そうきたか。話を聞きたいと言っていたから、てっきり作成方法を教える代わりに、いくらかお小遣いを貰えるのかと思っていたけれど。


 というかむしろ、商会にとっては、小さな子どもを巻き込むよりも、レシピを買い取る方が都合が良いのではないだろうか?

 いまいち腑に落ちないアリアンナは、そのまま疑問をぶつけてみることにした。


「何故レシピを買い取らないの?」


「それは、こちらには値が付けられないからです。あれほどの美味なる食事です。王都に出店すれば、間違いなく人気店になるでしょう。この商品から得られる利益はいかほどになるか、私にも想像できません」

「別の商会の人は、金貨一枚で買い取るって言っていたよ?」

「なるほど。まあ、妥当な金額かと思います」


 金貨一枚ということは、千万円くらい? あれ、普通に良い金額? じゃああの高圧的な商人も、特段足元を見ていたわけじゃないのか。


 まぁいくら適性価格でも、あの商人とは関わり合いにはなりたくないけれど。


「金貨一枚でもいいよ?」

「……トラスト商会は、信頼関係を大事にしておりますので」


 アリアンナとしては、金貨一枚での買い取りでも不満は無いのだけれど。

 とはいえ、今世ではスローライフを目指しているアリアンナとしても、継続的な収入源は魅力的だ。


 それに、今金貨一枚を貰ったとしても、食材やら機材やらで、数年で使い切ってしまいそうな予感がする。

 トラスト商会は誠実な組織のようだし、一考の価値はあるのかもしれない。



「トラスト商会さんは、もともと食べ物も扱っているの?」

「トラスト商会は、曾祖父が興した商会です。私の代に至るまで、お隣のジョージアの村を拠点に、平民向けの装飾品を取り扱ってきましたが、この度販路拡大のため、王都にも店を出店しようとしていたところでした」


 少しはぐらかされたような気もするけれど、要するに、トラスト商会は装飾品専門の商会で、食に関するノウハウは無い、と。

 これは難しい。アリアンナだって、商売のやり方は分からない。

 全てお任せして上手くいく保証があれば、検討の余地もあるが、トラスト商会さんも初めての試みとなると……。

 

 気持ちは自然と、お断りの方向に傾いていた。





「装飾品!?」

 

 だが、アネッサは違ったようで。興味津々、身を乗り出した。



「こちらです。先日、アリアンナちゃんが興味を持ってくれたリボンと……、こちらはお母様に」


 それは、後でアネッサを連れて買いに行こうと思っていたリボン。そしてアネッサには、かんざしのような美しい髪留めが手渡された。


「まぁまぁ、こんな綺麗な髪留め、いただいちゃっていいのかしら」

「勿論です。お美しいお母様にお似合いです」

「えぇ。アネッサ様は、とてもお綺麗ですからね。特に、お肌のハリと艶。まるでお貴族様のようです。失礼ですが、何かお手入れをされているのですか?」


 確かに、三人の子どもがいるとは思えない程、アネッサは若々しい。


  

「まぁ! いやだ、そんな。でも、そうねぇ。特には何もしていませんわ。ねぇ、アリー?」


 毎日、アリアンナのオリジナル化粧水を使っているアネッサが、窺うようにちらりと視線を向けた。

 そのあからさまな視線に、苦笑いのアリアンナ。

 だが、かえって都合が良かった。


 そのお陰で、両者Win-Winの良案を思い付いたのだから。


「トラストさんごめんなさい。私はまだ子どもだから、お店を出すなんて難しいことできないよ」

「……そうですか。残念ですが、仕方ありませんね」

「商会長っ!」

「いいんだ、トニー。彼女が言うことはもっともだからね。でも、アリアンナちゃん、少しでも気が変わったら、いつでも連絡しておくれ」


 意気消沈のトラストさんに、アリアンナがふっと微笑む。彼女の話はまだ終わっていないのだ。


「……これあげる。リボンと髪留めのお礼」

 

 そう言って、袋の中から何かを取り出し、ふたりに差し出した。

 

 無論、家から持ってきたのではなく、たった今、空間から袋にお目当てのものを取り出し、あたかも初めから持っていたかのように振舞ったのだ。


「これは、石鹸!? そしてこの乳白色の液体は?」

「石鹸!? 嬉しいけど、こんな高価なもの、もらえないよ」


 ふたりに差し出したのは、アリアンナ特製の石鹸と化粧水だった。

 化粧水はともかく、石鹸のことは分かるようで、トラスト商会長も、トニーさんも大慌て。

  


「ア、リ、イ、ちゃん? お母さん、石鹸を作ったなんて、聞いてないわよ?」

「ひぃっ」

 

 隣を見ると、鬼のような表情のアネッサ。


「作った? 今、アリアンナちゃんが作ったと仰いましたか?」

「あらやだ」


『アリアンナが作った』 

 トラストさんは、アネッサが口を滑らせた言葉を聞き逃さなかった。



「ごめんお母さん。これ、最近完成したばかりなの。しかも最近お祭りの準備で忙しくて。でも、お母さんの分はちゃんと作ってるよ。米ぬか石鹸。普通の石鹸より、美容に良いんだよ」

「まぁ! まぁまぁ! 本当にありがとう、アリーちゃん」


 パッと花が咲くように笑うアネッサ。

 うふふと微笑みながら、石鹸に頬をすり寄せている。


 石鹸を作れるようになった後、空間に残っていた米ぬかをどうにか活用できないかと考えていた時に、思いついた米ぬか石鹸。試しに作っていて良かった。

 

「ちょ、ちょっと待ってください! 情報量が多すぎて、何が何だか……。聞きたいことは沢山あるけれど、まずはアリアンナちゃん。この石鹸は君が作ったというのは本当かい?」


「本当だよ。……ねえトラストさん、この美容に良い米ぬか石鹸と化粧水。トラスト商会さんで取り扱ってみない?」


 トラストさんの喉が、ゴクリと音を鳴らした。



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