21 錬金術師
若干の疲労をにじませながら家に到着すると、ダンジョンに出かけていたルイ達も既に帰宅していた。
初のダンジョンアタック。その成功祝いを準備しておけば良かったと後悔しつつ、家族の無事にほっと安堵した。
「おかえりなさい! ダンジョンはどうだった?」
「あらアリー、遅かったわね。おかえりなさい」
「ただいま、お母さん」
いつも通りのアネッサの穏やかな笑顔。すごくほっとする。
「めっちゃ楽しかったぜ! スライムとかフラウアもどきとか、襲ってくる魔物をバッタバッタ倒してさ。あぁ~楽しかった。また早く行きたいよ」
頬を上気させて、身振り手振りで状況を語るルイ。目がキラキラと輝いていて、本人が言う通り、とても楽しかったことが伝わってくる。
「ルイもマリも大活躍だったな。冒険者としての資質があるのかもしれん」
「えぇ、特に最後のゴブリン戦の動きは、ふたりとも見事だったわ」
「あぁ、マリが水壁で敵を分断している間に、ルイがゴブリンアーチャーを射止めてたな。初めてなのに、良い連携だった」
大絶賛の両親。どうやら、初めてのダンジョンアタックは、大成功だったらしい。
「へへへ。あれは俺も気持ちよかった。魔石も取れたから、グレイスさんにも褒めてもらえたし」
「グレイスさん? あぁ、あのギルドの受付の? まぁあの方、美人だものね。でも、そっかぁ。ルイは美人系の女性が好みなのね」
「はぁ!? 別にそんなんじゃないし……」
ルイ達が美人受付嬢の話で盛り上がる中、ふとマリの姿が見えないことに気づいた。
「あれ? マリは?」
「マリちゃんは『疲れたから』って、帰ってすぐに寝ちゃったわ。今日はゆっくり寝かせてあげましょ」
「うん、分かった」
寝室にマリの様子を見に行くと、既に布団に包まって寝ているようだった。
出発前、かなり緊張しているようだったし、気を張って疲れたんだろう。
「お疲れさま。怪我なく帰ってきてくれてよかったよ」
もうすでに夢の中であろうマリに、そっと囁くアリアンナだった。
◆◇◆◇◆
三日後に迫るフラウア祭り。
出店で扱う商品の最終確認を終えて、少し暇になったアリアンナは、新たな試みに手を出すことにした。
「石鹸、作ってみますか」
新しい試みとは、石鹸作り。
ツバキ油を作れるようになった時から、いつかは作りたいと思っていた石鹸だけど、今日改めてその必要性を感じたのだ。
だって、アリアンナ達が出店で扱う商品は、鶏肉のからあげとザコクおにぎり。
どう気を付けて調理をしても、油で汚れてしまう。この油汚れを綺麗に落とすには、石鹸が不可欠だろう。
油のベタベタが取れない両手を、恨めしそうに見つめる。
幸い、材料となる油と灰汁___いわゆる植物の灰と水を混ぜたものはたくさんある。
前世で見た小説では、熱した油と灰汁を混ぜただけで石鹸が出来ていたし、もしかしたら私にも作れるかもしれない。
そう信じて、取り敢えず何となくで混ぜ合わせてみた。そして、適当なところで異空間にあった容器に移し、竹林まで持ってきたのだ。
家の付近で乾燥させて、ルイが遊んで火傷でもしたら大惨事だからね。
「なんでこんなブニブニなの?」
翌日、期待半分、心配半分で、石鹸の様子を確認に来たアリアンナだったのだが。
出来上がった代物は、果たして石鹸と呼んでいいのか。触るとなんだかブニブニしていて、なんだか気持ち悪い。
それに、石鹸といえば、真っ白なイメージだが、アリアンナが作ったものは黄色味がかっていた。
手を清潔にするためのものなのに、清潔感がない石鹸……。
「これは失敗作だね」
アリアンナはそう結論づけた。
「やあ、よく会うね」
「ダン君!」
そんな時、呼ばれた声に振り返ると、右手にタケノコを持ったダン君がいた。そういえば先日、竹林を見つけた時に、タケノコは食べると美味しいって教えたんだっけ。
「難しい顔して、どうしたの?」
「あぁ、何でもないんだよ。ただ、試しに石鹸を作ってみたんだけど、上手くできなくて。あ、石鹸って分かる? お貴族様とかが使う、手を綺麗にするやつなんだけど」
「分かるよ。でも凄いね、アリアンナちゃん! これが石鹸なんだね」
「ううん。これは石鹸の失敗作だよ」
こんなブニブニした物、とても石鹸とはいえない。
「そうなの? 上手く出来ているように見えるけど。……といっても、僕、石鹸見たことないから、よく分からないんだけど」
「ううん、ありがとう。ダン君が褒めてくれてちょっと元気出たよ。もう少し頑張ってみる」
たった一回失敗しただけ。
落ち込むにはまだ早すぎる。油と水の配分がまずかったのかもしれないし、そもそも乾燥時間が短すぎるだけの可能性もある。
時間はたっぷりあるし、ゆっくり試していこう。
そもそも石鹸作り自体が暇つぶしということもあり、いつか完成できればいいくらいに考えているアリアンナ。
だったのだが……。
「ねぇ。アリアンナちゃん。僕にいい考えがあるんだけど」
「?」
自信満々に言い切ったダン君に手を引かれ、やってきたのはここ、【ガルニエ】。
ちょっと怪しげな錬金術師、サングリアさんがひとりで営むお店だ。
「ダン君。まさか、良い考えって……」
「そう。サングリアさんに相談するんだ。前に言ったでしょ、何か困ったことがあれば相談したらって」
「そ、そうだけど」
まごつくアリアンナを置いて進むダン君。アリアンナはその背中を追いかけた。
「サングリアさ~ん、今ちょっといいですか~?」
「……いらっしゃい」
「サングリアさん、今日は相談なんだけど、見て、アリアンナちゃんが石鹸を作ったんだ。ほら、アリアンナちゃん、石鹸を出して」
実は、この石鹸で一儲けできればと画策していたアリアンナは、まだ未完成の石鹸を誰にも、特に大人には見せたくなかったのだが。親切心でここに連れて来てくれたダン君に、守銭奴で返してはいけないと、おとなしく石鹸を取り出した。
「はい、これ」
「ほほう。これがお嬢ちゃんが作った石鹸か……」
「どう?」
「上出来じゃないか。これほどの品、並みの大人でもつくれやしないよ。たくさん勉強して、たくさん失敗して、ここまで作り上げたんだろうね。偉いね、お嬢ちゃん」
サングリアさんは、優しい笑みを浮かべながら、アリアンナの石鹸を評価してくれた。
「え?」
驚いた。まさか、こんなにストレート褒めてくれるとは思っていなかった。
悪い大人なら、「これじゃ売り物にはならないね」なんて適当なことだけを言って、技術だけ盗むとか、そんなこともあるんじゃないかと警戒していたのだが。
考えすぎだった?
それとも、この石鹸もどきにそんな価値はない?
「やっぱり! これすごく上手く作れているよね? でもアリアンナちゃんは失敗作だって言ってるんだ」
「……だって、触った感じブニブニで気持ち悪いし、見た目も黄色くて清潔感ないし」
「なるほどね。じゃあお嬢ちゃんはどんな石鹸を作りたいんだい?」
「……真っ白で、少し固めの石鹸を目指してる」
「こんな感じかい?」
そう言って差し出されたのは、先程の石鹸もどきとはまったくの別物だった。
「何したの?」
「何って、私は錬金術師だよ。錬金術を使ったに決まっているだろ? で、どうだい、お嬢ちゃんが求める石鹸になっているかい?」
触り心地は見た目では判断できないので、触って確かめてみる。
「色は完璧。固さは、もう少し柔らかくて、手触りがいい感じがいい」
「ほう。じゃあこれくらいかい?」
「……うん。完璧」
「やったー! やったね、アリアンナちゃん」
隣で大喜びのダン君はさておき、気になったことを素直に尋ねてみた。
「あの、何で手伝ってくれたの?」
「何でって、お嬢ちゃんだろ? 最近この子の薬草採集を手伝ってくれているのは。この子は私に薬草を卸してくれる貴重な冒険者でね。なに、ちょっとしたお礼さ。まぁその代わり、次回からはちゃんとお代をいただくからね」
大きく頷いた後、アリアンナは口を開いた。ありがとうの代わりに。
「あの、また来てもいい?」
「あぁ、またいつでも来な」
店を出ると、ダン君が弾けんばかりの笑顔でアリアンナを見ていた。
「良かったね、アリアンナちゃん」
「うん、ダン君も手伝ってくれてありがとう。はい、石鹸。今日のお礼だよ」
手渡したのは、片手で収まる程度の小さな石鹸。サングリアさんが加工してくれたものだ。
「え? いいの?」
「うん、だってダン君も手がベタベタでしょう?」
「実はそうなんだ。ありがとう、シュナと大事に使うよ」
「うん」
人を見た目で判断してはいけません。
それは前世でよく耳にした言葉だ。
でも、清子は逆だと思っていた。
人は見た目だ、と。
それは造形とかではなく、顔つきや表情、雰囲気に滲み出る何か。考え方や経験等のことだ。
今日、初めてまともに会話したサングリアさんは、確かに変わった服装や見た目をしているけれど、アリアンナに向ける視線や声色は優しくて。
「きっと良い人なんだよね」
そういう意味での見た目で判断するのならば、サングリアさんは良い人なのだろう。
アリアンナは空間に収納した石鹸を思い出しながら、そう判断した。




