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17 ソウルフード③

別作品の書籍化効果で、アリアンナの物語もたくさんブクマしていただきました。

ありがとうございます!


今のところスローライフしかしていませんが、そろそろ物語が動き出す予定です。

皆様に癒しをお届けできるよう、週1回更新を目標に頑張りますので、ゆっくりお付き合いいただけると嬉しいです。




「もう無理! 手が痛い!」


 無心で叩き続けたアリアンナだったが、五歳になったばかりの身体ではすぐに限界がくる。それでもめげずに、お手伝いの合間に叩き続けること三日間。だったが……。


 叩いても叩いても、見た目の変化が乏しいこの作業。

 だんだんと飽きてしまうのは当然のことで。

 

 精米が終わるより先に、アリアンナの心が折れてしまった。

 

 


「結局、予定の半分も精米できなかったなぁ。でもまぁ、一合分くらいはありそうだし、最初はこのくらいで充分だよね」


 ザコクは、正しい方法で調理すれば、美味しく食べることができる食材だ。

 それさえ分かってもらえれば、きっと今後は体力自慢のレオルが精米してくれるだろう。


 それに、別に必ずしも精米が必要なわけではない。

 この地域では、なぜかザコクをそのまま炒めたり、大量の水と一緒に湯がいてドロドロにして食べたりといった、謎の調理法でザコクを食べているが、正しく炊けば玄米もちゃんと美味しいのだ。

 

 だから、今回の白米で、ザコク=美味しい食材と認識し直してもらえれば、それだけで大成功なのだ。


 そう結論づけたアリアンナは、これ以上の精米は諦めて、次の作業に移ることにした。




 思い立ったら即行動! のアリアンナ。

 タタタタッと向かった先はお台所。この時間ならば、アネッサが夕食の準備をしているはずだ。


「お母さん!」

「あらアリー。どうしたの? お腹でも空いたの?」

「ううん。私もお料理してもいい?」


 お料理といっても、ザコクを洗って鍋に移すだけ。

 五歳児にだって簡単だ。



「お料理って、アリーに包丁はまだ危ないわ」

「大丈夫。包丁は使わないから」

「包丁は使わないって。あぁ、分かった。温野菜が食べたいのね? 野草を拾ってくてくれたの?」


 アリアンナは、五歳児にしては珍しく、野菜好きだ。きっと、前世の記憶があるから、味覚にも何かしらの影響があるのだろう。

 

 そして、それを知るアネッサは、お腹を空かせたアリアンナが好物の野菜を欲しているのだと勘違いした。



「違うよ! 今からザコクを美味しく作るんだよ。きっとお母さんも気に入るから、後で絶対食べてね」

「……ザコクを美味しくって。まさかそんなはずないじゃない。……アリー? 一体どうしちゃったの?」


 末娘の謎の行動に、頭の上に大きなハテナが浮かぶアネッサ。


「これ見て」

「あれ? これがザコク? 市場で見かける物とは色が違うわね」

「そう。これがあのザコクだよ。茶色の部分を取り除いたの」


 

 普段よく見る茶色のザコクと違って、アリアンナが持ってきたのは白っぽい粒。ザコクと聞かなければ、それとは分からない見た目だ。

 ザコクを美味しく食べると聞いて最初は疑ったが、このザコクなら美味しく食べられるのかもしれない。

 もしかしたら、もしかするかも? 

 少し期待し始めるアネッサ。

 


「ザコクはね~、素晴らしい食材なんだよ。パンと比べてビタミンが豊富だから、疲れがう~んと、とれちゃうんだよ」

「ビタミン? アリーちゃん、ビタミンって何? それに、疲れがとれるなんて、どこでそんな話を聞いたの?」

「……」

 

 念願のお米に興奮しすぎて、ついつい前世で得た豆知識を披露してしまったアリアンナ。当たり前の疑問を持ったアネッサの質問に、内心焦ってしまい、とっさに良い言い訳が思いつかない。


 そこで、アネッサの気をそらすために、別の現代知識を披露する作戦に出た。


「それにね。今捨てたお米、……じゃなかった。ザコクのとぎ汁はね、美容にも良くて、化粧水としても使えるんだよ」

「化粧水!? それってお貴族様が使っている、お肌が綺麗になるっていうあれよね? アリーちゃん、そのとぎ汁ってやつ、少しちょうだい!!」

「あ、ごめん。もう全部捨てちゃった」



 アリアンナの予想通りというか、それ以上に化粧水に食いついてくれたアネッサ。

 しかし、肝心のとぎ汁はもう全て捨ててしまった後。


 しょんぼりしたアネッサに、罪悪感しかないアリアンナだった。



「お水の量、これくらいでいいのかな? いや、もうちょっと入れる?」


 どれくらいのお水を入れたらいいか分からないので、水は目分量で入れた。多すぎてしまった場合は、その分少し長めに炊いたらいいだろうと思い、気持ち多めに入れてみた。


 それから、火をつけるのは、申し訳ないけれど、失意のアネッサにお願いした。


 この地域には現代日本のような、ガスや電気といった便利なエネルギーは波及しておらず、火をおこすときは火魔法や火打ち石を使っている。

 アリアンナは火魔法は使えないし、火打ち石を使ったこともないので、今回はアネッサにお願いすることにした。

 まぁ一番の理由は、まだアリアンナに火起こしは危ないと、アネッサが石を触らせてくれなかったからなのだが。


「え~と、火加減は、はじめチョロチョロ、なかパッパ……。あれ? なかパッパの後ってなんだっけ? 確か最後は、赤子泣いてもふた取るな、だよね」

 

 アネッサが火を起こしている間、アリアンナは小さな声で独り言。昔の言葉に、お米を炊くときの火加減を表した歌があったはず。

 であるのだけれど、途中が思い出せない。


 でも仕方ない。だって前世では、炊飯器という文明の機器があったから、実際にかまどでご飯を炊いたことなんて無かったのだ。


「お母さん、とりあえず最初は弱火にしてね」

「はいはい」


 

 覚えていないものは考えても仕方ないので、とりあえず最初は弱火で、沸騰したら強火になるよう調整してもらった。その次は言葉が思い出せないので、見た目と音でなんとなく判断して、火から離してもらう。後は蓋を落としたまま、蒸らすだけだ。

 

「なんか良い匂いがしてきたぞ」

「まだだよ。赤子が泣いたって、蓋は取っちゃ駄目なんだから」


 お米特有の甘い香りに誘われて、ルイが様子を見に来た。中を覗こうと鍋に手を伸ばしたので、サッと制止するアリアンナ。


 その様子を微笑ましく見つめるアネッサだったが、パンパンっと手を叩いて、ふたりに声をかけた。


「ルイもお腹が空いたのね。ちょうどお父さんも帰ってきたし、夜ごはんにしちゃいましょう。ルイ、アリー、準備を手伝って」




◆◇◆◇◆




「今日のご飯はアリーが手伝ってくれたのよ。さぁアリー、蓋を取ってちょうだい」


 家族五人が席につくと、アネッサが蓋を取るよう促した。


「うん、開けるよ。……刮目せよ。これが本物のザコクだ!」


 よく分からない言葉を使う五歳児には目もくれず、鍋を覗き込む四人。

 すると、むわっと立ち上る甘い香りをまとった湯気が、その顔を包んだ。


「まぁ!」

「すげぇ。これがあのザコク?」


 鍋の中を見ると、見慣れたザコクとは違い、白っぽく、そしてつやつやと光沢を放った粒があった。

 ザコクと言えば、玄米のまま野菜と一緒に炒めて食べるか、水と一緒に湯がいてドロドロになるまで煮込むか、調理法はこのふたつ。

 いや、()()()()()()()()()()()()彼らは、アリアンナが作った白いザコクに大興奮。


「すごいなぁ。これ、美味しいよ、アリー」

 普段は寡黙なレオルも、美味しそうにパクパクと食べてくれた。


「うん! これがザコクなんて信じられない」

「これ、ダンに言ったら喜ぶぞ」

 

 双子も素直に喜んでくれている。


「じゃあ今度は一緒に作ろうよ!」


 今世初めての料理。しかも大好物の白ご飯を、家族に美味しいと言ってもらえて、大満足のアリアンナだった。


 



「アリーちゃん。お母さん、また白いザコクが食べたいわ。ついでに、ザコクのとぎ汁も欲しいなぁ」

 

 今世初の白ご飯が大成功に終わった翌日。そうお願いされたのはアネッサとふたりで洗濯をしている時のことだった。


 そのお願いに、ちょっぴり苦笑いのアリアンナ。

 何となくだけれど、白いザコクが食べたいという気持ちよりも、とぎ汁が欲しい気持ちの方が強そうに見える。


「いいよ。でも精米が大変だから、お母さんも手伝って」


 三日間かけて、手が痛くなるまで頑張って、やっと一合程しか精米できなかった。

 あの作業をもう一度やるのは骨が折れる。次は誰かに、できれば大人に手伝って欲しい。


「精米? あぁ、あの茶色の部分を取り除く作業を精米っていうのね。あら、あれって大変だったの? お母さん、てっきり空間魔法で取り除いているのかと思っていたわ」

「空間魔法? どうやって?」

「どうやってって、お洗濯の時いつもしてくれているじゃない。服の汚れだけササっと。『消去』って言いながら」


「……。それだーーー!!!」





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