16 ソウルフード②
ダン君が指さした食材を目にした時、アリアンナは歓喜で胸が震えた。
間違いない。これは前世で毎日欠かさず食べていた食べ物。お米だ!
まだ精米前の玄米の状態だけれども、この世界にもお米が存在していた。アリアンナにとっては、それだけで神に感謝したくなる出来事だった。
「玄米だ、玄米だ、玄米だ! おじさん、私はこれ、銅貨三枚分ください!」
アリアンナのグレーの瞳が、キラキラと輝いた。
「ほうほう。君たちまだ小さいのにお手伝いして偉いなぁ。よし、坊主が銅貨一枚分で、お嬢ちゃんが三枚分だな。でもお嬢ちゃんの方は、銅貨三枚分となれば結構量も多いぞ。持って帰れるかい?」
「大丈夫! 私、収納上手なので」
何度口にしたか分からないセリフを言いながら、三~四十キロはありそうな米俵を、シュッと空間に収納した。
「こりゃ驚いた。お嬢ちゃんは噂の愛し子ちゃんか」
◆◇◆◇◆
「ちょっと遅くなっちゃったね」
「急いで帰ろうぜ」
お米との出会いに興奮気味のアリアンナは、その後の雑貨屋でも爆買いをして、今日の稼ぎ銅貨八枚を一日で全部使い切ってしまった。
その爆買いもあり、ダン君をお肉とザコクの運搬がてら家までお見送りし、ようやく帰路に就く頃には、空がもう暗くなっていた。
前世とは違い、街灯も何もないこの村は、夜の訪れが早く感じる。
なんだか急に心細くなったアリアンナ達は、速足で我が家に向かった。
時間にしたら十分程度だったかもしれない。
優しい光が漏れる我が家に到着し、ほっと一安心のアリアンナ達。
「ただいま~」
「やっと着いたね」
だが、彼女達を待っていたのは……。
「遅かったわねぇ~。あななたち。こんな時間まで、何をしていたのかしら?」
「か、母さん」
額に怒りマークを浮かべたアネッサだった。それだけではない。
「ギルドで聞いたぞ。三人とも。結構奥深くまで行ったそうじゃないか」
普段は穏やかな父レオルも、今日は厳しい表情でアリアンナ達を見据えている。
「で、でも、ダンジョンには入ってないよ」
「あったり前だ!」
そして、反論したルイを中心に、夜空に星が浮かぶまでお説教されたアリアンナ達だった。
翌朝。今日はマリとルイと一緒に、掃除、洗濯をすることになった。
普段は、アネッサとアリアンナでこなしているが、昨日のお詫びをかねて、今日はアネッサにはゆっくり休んでもらうことに。
ただ、アリアンナの空間魔法があれば、子ども達だけでも充分だ。
今は、ルイが朝食の食器を洗ってくれているので、その間にマリとふたりで洗濯を行う。
普通の洗濯と違うのは、服に着いたしつこい汚れは、空間魔法の消去を使って取り除くことと、洗濯に使った汚れた(?)水も空間魔法で消去するので、捨てに行く手間が省けることである。
キレイに洗い終わった服を物干し竿にかけながら、ふたりは自然と昨日の話をし始めた。
「そういえば、マリは結局何も買わなかったよね」
「うん。私は欲しいものがあってさ。お小遣いは全部貯めてるの。でもアリーのお陰で、思ったより早く買えそうだよ」
「そうなんだ。偉いね」
本当に嬉しそうに微笑むマリ。
一瞬、何が欲しいのか聞こうかとも思ったが、マリの性格上、言葉を濁すということは内緒にしたいという意味なのかなと考え直したアリアンナは、当たり障りのない返事をした。
「それよりアリーだよ。ザコクをあんなに買って、いったいどうするの?」
「どうするって、そりゃ美味しく食べるんだよ」
「美味しく食べるって、あのザコクを? そんなことができるの?」
ポカンとした表情のマリが面白くて、アリアンナは「ふふっ」と笑みをこぼした。
「もっちろん!」
家事を終えて、魔法の訓練に出かけたマリとルイを見送ったアリアンナは、部屋に戻り、空間魔法から道具を取り出した。
取り出したのは、小さめの瓶と木の棒。昨日、市場で爆買いした雑貨の一部だ。
それから、一握りのザコク。
これを瓶に入れたアリアンナは、木の棒を瓶に突っ込み、トントンとザコクを叩き始めた。
「美味しく食べる準備をしなくちゃね」
前世では、玄米よりも白米を好んで食べていたアリアンナは、今世で食べる初めてのお米は、どうしても白米が良かった。
だから、どうにかしてこの玄米を精米したい。
そう頭を捻った末、ひとつのアイデアを思いついた。
それは、前世で得た知識を活用すること。
前世ではまったゲームのひとつに、米作り要素のあるアクションRPGがあったのだ。
このゲームは、お米を食べると強くなるという特質をもった主人公が、現代日本のような機械がない中で、お米を作りをしながら強敵に立ち向かっていくアクションゲーム。
このゲームの中の主人公は、精米機がない中で、臼と杵を使って手作業で籾殻やら何やらを除去していた。
これが、農家でも何でもない普通の現代人だったアリアンナが知る、唯一の精米方法だ。
さすがに市場で臼や杵を見つけることはできなかったが、この際、似たようなものでも構わない。
頭の中が、お米が食べたいという感情で埋め尽くされたアリアンナは、早速小瓶の中の玄米を無心で叩き始めたのだった。




