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第6話 ミカエル小太郎


母親と言い争ってしまい家を飛び出た絵美は、夕暮れの街をあてもなく歩いていた。

家路を急ぐ人々。

人混みの中に買い物帰りなのだろうか、嬉しそうに手を繋ぐ親子の姿も見える。


(どうして、いつもこうなるの・・・お母さんが悪いわけじゃ無い。そのことはわかっているのに)


「絵美ちゃん。」


不意に後ろから呼びかけられた。

絵美が振り向くと、そこには岡村源治の霊魂が立っていた。

絵美の祖父だ。


「じいちゃん。ついてきたの?今まで家から出たこと無いのに。」


「いやね、絵美ちゃんの後ろ姿があまりにも寂しそうで、心配になってついつい、ついてきてしまった。ワシが家から出られるとはワシ自身もおどろきじゃよ。フフ」


呪縛霊より寂しそうとは絵美の心情がうかがい知れる。


「無理しないでよ、おじいちゃん。お歳なんだから」


「お歳も何も、これ以上年を取らんし、健康状態も悪化することはない。ワシ幽霊じゃしのアハハ」


「それもそうね。うふふ。」


「それで絵美ちゃんは猫を飼いたいのかい?」


「うん。飼いたいというか、猫さん、ミカエルさんっていうんだけど、その猫さんと仲良くなりたいの。でもね、その猫とっても高価だから私には手が出ない。お母さんにお願いしようと思ったけど・・・あのとおりで。」


「うん。ワシも途中から見ていたよ。でもね絵美ちゃん。絵美ちゃんもわかっているだろうけど加代さんの絵美ちゃんに対する愛情はとても深く大きいんだよ。」


「そうかなぁ?」


「そうじゃよ。ワシが保証する。今はわからなくても、いずれ絵美ちゃんにもわかる時はくる。」


絵美にもわかってはいる。

でも母親の奥深い愛情を理解するには人生の経験が乏しすぎるのだ。


「それは、そうと絵美ちゃん。」


「うん。」


「お金の工面はワシがなんとかしてあげよう。」


「え?おじいちゃんお金持っているの?」


「うむ。たいした額じゃ無いがワシのヘソクリ、まだ誰も見つけていないから、それを絵美ちゃんにあげるよ。」


「いいの?」


「あたりまえじゃ。絵美ちゃんはワシの孫、ワシの命の続きじゃもの。なんでもするわい。ハハ。」


「おじいちゃん・・・」


絵美は源治にだきついた。

源治のぬくもりを感じる。

源治も何かを感じたようだ。


「こりゃ驚いた!!絵美ちゃんのぬくもりを感じるぞい。」


「私もおじいちゃんを感じるよ。」


絵美の霊力は成長を続けている。


その後、絵美は源治の案内で源治が生前、大切に磨いていた陶磁器の中から封筒を見つけた。

封筒には10万円が入っていた。


翌日、絵美と千夏がくだんのペットショップにいた。


「ちなっちゃん。本当に大丈夫?」


「うん。大丈夫。今うちには一匹いるけど、もう一匹くらいなら良いよって母さんが認めてくれた。」


その日、学校で事のあらましを千夏に相談したところ、猫は絵美が購入して、飼育は千夏が行うということで話がまとまったのだ。


目的のアメリカンショートヘアーの子猫はゲージの中で丸まって寝ていた。

千夏が目を輝かせている。


「この子?」


「うん。そうよ。ちなっちゃん。」


絵美と千夏の声に気づいたのか、子猫が立ち上がり絵美達を見た。


「なんて綺麗なの!!なんて可愛いの!!この子本当に私んちで飼ってもいいの?」


千夏は相当な愛猫家のようだ。


「うん。そのためにここへ来たんでしょ。」


「嬉しい!!嬉しすぎる!!」


子猫が二人を見ながら「ニャオン」と鳴いた。

千夏には「ニャオン」としか聞こえていないが絵美には


『騒々しいな。』


と、はっきり子猫の意思が伝わった。


『こんにちは。ミカエルさん。約束通り迎えに来たわ。』


『うむ。ご苦労。待っていたよ。』


絵美とミカエルは音声を発することなく会話した。

支払い手続きを済ませて絵美と千夏は千夏の家へ。

千夏の家は、ごくありきたりの一軒家。


広くは無いが庭もある。

持ち家では無く父親の会社の所有物、つまり社宅だ。


「ただいま~。」


千夏がドアを開けながら家の中に声をかけるが返答は無い。

父親は仕事で母親は買い物か何かにでかけているのだろう。


「おじゃまします。」


絵美が千夏に続いて家の中に入る。

家には誰もいなかったが、猫が一匹トコトコと歩み寄って来て絵美達を迎えてくれた。


「フニャ~」


先住の猫のようだ。


「ただいま。チーコ」


千夏が猫の頭をなでる。

猫は千夏の足にすりより『ゴロゴロ』と喉を鳴らす。

そして絵美の持つゲージに興味を示し、体を伸ばしてゲージ内をのぞき込み匂いを嗅いだ。

その途端


「フギャッ」


と悲鳴をあげて千夏の後ろに回り込んだ。

そして頭を引き四肢を曲げ、体を低くして尻尾を体に仕舞い込んだ。

さっきまでピンと立っていた両耳も後ろに寝かせている。

猫の服従ポーズだ。


「あら?ここの子、どんな猫にも負けたこと無いし、誰にもこんなポーズを見せたことがないのに・・・」


千夏が不思議そうに先住の猫を見ている。


絵美がゲージの中のミカエルを見たところ、ミカエルは「フン」(あたりまえ)という表情をしている。


絵美と千夏は二階にある千夏の部屋へ入った。

千夏の部屋は四畳半、ベッドと勉強机、本棚には歴史小説や少女漫画等が並べられている。

特に目を引くのが忍者物のノベルだ。


部屋に入ってすぐゲージの扉を開けるとミカエルがゆっくりとゲージから出てきた。

ミカエルは周囲を見渡した後、千夏のベッドに飛び乗り、赤いクッションの上でくつろいだ。

クッションの凸部分に頭を乗せ、足を頭より高い位置に伸ばしたかと思うと目を閉じた。

まるで何年もここで住んでいるかのように。


見た目は子猫だがその姿は威厳さえも感じる。

子猫の動作に目を奪われていた千夏が我にかえる。


「それで、この子、ミカエルさんだっけ?」


「うん。ミカエルさん。」


「絵美はどうやって、その名前を知ったの?名札でもあった?」


「うううん。ミカエルさんが自分から名乗ったの。」


「ん?」


「私もまだよくわからないのだけれど、このミカエルさんと私、会話ができるの。」


「???」


「無理も無いわよね。私だって不思議なんだ。」


「いや、幽霊さんと会話できる絵美だから、不思議じゃ無いけど・・・」


絵美と千夏の会話を聞いていたミカエルが目を開ける。


『しょうがないの。』


と言って起き上がり絵美を見た。


『ここで、しばらくやっかいになるのだから、宿主だけには私の正体を明かしてもよいぞ。』


『いいの?ミカエルさん。』


『良いとも。』


『それで・・・どうすれば?』


ミカエルは周囲を見渡して勉強机の上のトランプに目をとめた。


『あのカードを絵美に見えないようにして千夏に見てもらえ。それを私が千夏の後ろから見て、絵美に伝えよう。』


『うん。わかった。』


絵美はトランプを机から取り千夏に持たせた。


「ちなっちゃん。私に見えないようにしてどれかカードを選んで。それをミカエルさんが見て私に教えてくれるから。」


「え?」


「論より証拠。言うとおりにしてみてよ。」


「わかった。」


千夏はトランプをシャッフルした後、何のカードか絵美には見えないようにして一枚引いた。


ミカエルは千夏の肩に飛び乗った。


『クラブの7』


「クラブの7だって。」


「おう!すごい。でもまぐれもあるし。」


そう言いながら千夏はもう一枚カードを引いた。


『ハートのキング』


「ハートのキングだって。」


「うぉ~、すごいすごい。」


千夏は更に、もう一枚引いた。


『ダイヤのA』


「ダイヤのA」


「・・・・本物だ。ほんとうだったんだね。」


「うん。ミカエルさん、頭良いの。」


「ということは、私の言葉も届いているってことよね?」


「うん。わかっているわよ。」


千夏はミカエルを見て言った。


「ミカエルさん、私、忍者小説が好きなんだけど、この本棚の中の本のうち、どれが忍者小説なのかわかります?」


『くだらん。』


ミカエルはそう言いながらも本棚に飛び乗り、数ある本の中から「風魔小太郎」というタイトルの文庫本をくわえてベッドに降りた。


『ほれ』


ミカエルが千夏の膝に「風魔小太郎」を乗せた。


「うあぁぁぁ、すごいすごい。猫様と会話できるなんて、最高!!私幸せ!!」


千夏はベッドにひっくり返って手足をばたつかせた。


『それは、そうとミカエルさん。』


『なんじゃ?』


『貴方は何者?どうして私と会話できるの?』


絵美とミカエルは霊話をしているが千夏が不満げに言った。


「ねぇ、ねぇ、私にもわかるように会話できない?私もミカエルさんと話したい。」


「わかった。やってみる。」


「ミカエルさん。霊話ではなく通常の会話をしますけど、良いですか?」


ミカエルは


『わかった。』


と応えた。

しかし千夏には


「にゃ」


としか聞こえていない。


「ミカエルさん、もう一度聞きます。貴方は何者ですか?どうして私と・・私達と会話できるのですか?」


『話せば長くなるが、お前達は天使軍団の天使長「ミカエル」という名を聞いたことはあるか?』


「大天使ミカエルと言う名は大抵の人が知っています。」


千夏が絵美を見る。


「天使?」


『ならば、多くを説明する必要はあるまい。私がそのミカエルだ。』


「え?ミカエルさん、大天使ミカエル様なの?」


『そう言うたであろうが。』


「え、え、え?」


『後から詳しく話すが、その前に二人に注文がある。』


「注文ですか?どうぞ。」


『私は天使長ミカエルに間違いないが、その名を大きな声で連呼するのは非常にまずい。』


絵美が千夏を見て言った。


「ミカエルさんの名前を声に出すとまずいんですって。」


「どうして?」


「それを今から聞くわ。どうしてです?」


絵美は再度ミカエルを見た。


『君達が私の名前、ミカエルという名を知っておるならば、「サタン」という名も耳にしたことがあるだろう?』


「サタン・・・はい、知っています。悪魔のサタンですよね?」


『そうだ。私の兄弟でもあるがね。サタンと私は今でも交戦中だ。そしてサタンの部下インプは、私を探して世界中でうごめいている。だからミカエルという名をインプが耳にすれば、たちまち駆けつけてくるだろう。』


「ミカエルさん、インプに勝てないんですか?」


ミカエルの表情がむっとした。


『バカを言うでない。インプごときに・・・といっても今の私はかなり弱い。霊力が落ちているからね。心配なのは私のことより、お前達の事だ。インプは狡猾だ。どんな目に遭わされるか。』


「わかりました。それではミカエルさんをどのように呼べばいいのですか?」


ミカエルは千夏の膝の上のノベル、風魔小太郎を見た。


『そうだな。小太郎という名はどうだ?一般的だしお前達も呼びやすいだろう。』


「はい。わかりました。ミカエル・小太郎さん。」

挿絵(By みてみん)



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