第3話 友達だから
放課後、絵美と千夏は学校近くのバーガーショップに来ていた。
「それで、何があったん?」
千夏がポテトフライを口に放り込みながら絵美に尋ねた。
絵美は迷っていた。
本当のことを話せば千夏も絵美のことを警戒してしまい、疎遠になる可能性もある。
小学生の頃もそうだった。
霊魂が見えるばかりに絵美は普通の人と少し違う行動をしてしまう。
例えば道を歩いていて霊魂に出くわすと絵美は、その霊魂とぶつからないように霊魂に道を譲ったり、霊魂を避けて通ろうとする。
それは絵美にとっては自然な動作でも常人から見ればおかしな動作なのだ。
何も無い空間なのに何か目に見えない物を避けている。
またあるときには霊魂から話しかけられて、思わず返事をしてしまう。
霊魂の見えない者からすれば、絵美が独り言を言っているように見える。
いや、独り言に見えるならまだしも、絵美は実在する対象と話しているのだから、相手の言葉にアクションしてしまい、明らかにおかしな挙動にみえてしまうのだ。
祖父の言っていることが年齢を加えるにしたがい理解できて、できるだけ霊魂を無視するように気配りはしていたが、それでも他人とぶつかりそうになればそれを避けるのは絵美にとっては自然な動作で、それをごまかすことは至難の業だった。
そんなおかしな挙動を他人に見られて絵美は「変な女の子」というイメージが定着してしまった。
友達も居なかった。
友達を作ろうとしても、親から「絵美ちゃんに近寄ったら駄目よ。」というように命じられていた子供達は親の言いつけを守り、子供達の方から絵美に近づくことはなかったのだ。
しかし千夏は今年の秋、わずか3ヶ月前に高知から転校してきてまだ、絵美の噂は耳にしていないようだった。
なぜクラスで孤立する絵美に千夏の方から近寄ってきたのかはわからなかったが、千夏が絵美に対して悪い感情を持っていないのは明らかだった。
悪感情どころか好意を寄せているようにも思えた。
「ちなっちゃん。どうして私と仲良くしてくれるの?」
「どうしてって、そんなもん。理由なんかいらんやろ。友達になるのに何か検定でも必要か?アハハ。」
「でも、私の噂は知っているでしょ?」
「悪魔付き?」
「うん。」
「アホかwそんなもん、あるかいな。」
「でも本当なら?」
絵美は真剣な表情で千夏を見た。
「・・絵美に悪魔が憑いてるって?・・・」
千夏は、ほんの一瞬真面目な顔をしてからこう応えた。
「絵美に悪魔が取り憑いているなら、その悪魔とも友達になったるわ。アハハw」
「ちなっちゃん・・・」
(ちなっちゃんになら本当の事を話してみよう。)
「ねぇちなっちゃん。」
「ほいよ。」
「ちなっちゃんにだけは嘘をつきたくないから、本当のことを話したい。」
「おうよ。はなしてみんかい。アハハ。」
「今から本当の事を話すけど、私のこと嫌わないでね。お願い。」
「おうよ。きらうもんかい。全部はなしてみ。」
絵美は初めて家族以外の者に自分の生い立ちや霊魂のこと、祖父の事、それに今日のいじめにも繋がった髪の長い女性の霊魂について時間をかけて話した。
千夏は時折ウンウンと頷くだけで何も質問せず、黙って絵美の話を聞き続けた。
全てを話し終わった時、絵美の顔には安堵の気持ちと不安な気持ちが入り交じった不思議な表情が生まれていた。
「ほー。苦労したね。絵美。」
千夏の反応は絵美にとっては不思議なものだった。
「それだけ?驚かないの?疑わないの?」
千夏はシェイクに手を伸ばしながら言った。
「驚いたちや。けんど疑わん。」
「疑わないの?」
「うん。」
「どうして?」
「友達やき。うん。」
絵美の目が充血した。
目尻に涙が貯まっている。
「ちなっちゃん・・・」
「何?」
「ありがとう。」
絵美の目尻に貯まった涙があふれ出てキラリと光った。
「なんちゃぁ。礼を言われるようなことはしてない。泣きなや。アハハ。」
「だって、だって・・・・」
絵美は嬉しそうに微笑んだ。
(ああ、話してよかった。・・・)
絵美が生まれてからこのかた、絵美のことを本当に信用してくれる者は祖父以外皆無だった。
その祖父は霊魂だ。
両親も絵美のことを愛してくれてはいるのだろうが、あの事件以来、絵美にとっては余所余所しいと思える態度をとり続けていた。
生きている人で絵美のことを理解してくれるのは千夏が初めてだったのだ。
「そんで、さっきの続き。その女の幽霊?霊魂?は、何をお願いしてきたの?」
「信じてくれるんだ・・・」
「信じるっていうたやんか。それ以上いうたら殴るぞ。」
笑いながら千夏が拳を振り上げた。
「ああ、ごめんごめん。殴らないで。うふふ。」
絵美の顔に不安を示す表情は見えない。
「えーとね。あの人ね、旦那さんに殺されたんだって。それで、子供も二人居るんだけど、その子供さんが、同じような暴力を受けているそうなの。だからその子供さんを助けるために旦那さんを・・・」
千夏が息を飲んだ。
「ころすん?」
「いやーねー、そんなこと私に出来るわけ無いでしょ。」
「そんなら、どうするん?」
「その女の人ね、殺されたんだけど、警察では事故死になっているらしいの。だから今でも子供さんは旦那さんと一緒に暮らしているって。」
「ほんで?」
「だから、私が殺人の証拠を見つけて警察に提出するの。そしたら旦那さんは刑務所へいくから子供さんは安全でしょ。」
「そりゃ、そのとおりやけんど・・・そんで、証拠ってあるん?」
「うん。あるらしいの。あの人、純子さんて、言うのだけど、霊魂になってから旦那につきまとっていたら、旦那さんが自分の愛人さんに全てを話したんだって。」
「その会話が記録されていた?」
「うん。愛人さんは用心深い人で、自分に危害が及ぶ場合の保険として、その会話を録音したらしいのよ。」
「探偵小説みたいやね。あは。」
「うん。事実は小説より・・・なんとか・・・」
「そんで、その記録はどこにあるん?」
「愛人さんの家。」
「なーんや。簡単やん。そこに忍び込んでデータとってくるだけですむやん。」
「ところがね、その家って言うのがコールウエストマンションなの。」
「え?あの高層マンション?セキュリティー最強。っていう。」
「そう。だから簡単じゃ無いのよ。それに最近、旦那さんが、その愛人さんと一緒に住み始めたらしくて、そうそう簡単じゃ無いことは確かね。」
「そりゃ、中学生のあたし達には到底無理な話やん。断れんの?」
「断ろうと思えば断れるんだけどね・・・」
絵美は千夏から視線を外して首を斜め右上に向けた。
そこには髪の長い若い女性が悲しそうな表情でたたずんでいた。
千夏の顔が少し青ざめた。
「そこに・・・おるん?・・・」
絵美が首を軽く縦に振った。
「・・・はじめまして・・・前田千夏と言います・・・」
千夏は軽く頭を下げた。
髪の長い女性も頭を下げた。
「オバ・・・幽霊さんに挨拶したの初めてや・・・・ずっとおった・・ずっといらっしゃった?」
「うん。学校の机がひっくり返っていた時からね。」
「そう・・・じゃぁ・・断りにくいわな、そりゃ。」
「だから、私のできることはやってみようと思うの。」
千夏が掌を絵美に向けた。
「ちょっとまったぁ~!!」
「何?ちなっちゃん。」
「絵美、今『私』と言ったな。」
「うん。」
「それやき、『ちょっとまった』や。」
「どいうこと?」
「今『私』って言うた。それ一人称やんか。」
「うん。」
「それは、おかしいやろ。この流れで一人称っていうのは。」
「え?」
「そこは、ほれ、『私』じゃなくて、『私達』っていうのが正解でしょうが。水くさすぎるよ。」
「いいの?」
「エイも悪いもあるかい。この千夏さんを見くびるな。オイ!あはは。」
絵美の傍らにたたずむ髪の長い女性も思わず口に手を宛てた。
絵美が横を見てから笑った。
「笑ってる。」
「幽霊さんが?」
「うん。うふふ。」
髪の長い女性が絵美の肩をつついて何か言ったようだ。
絵美は千夏からすれば何も無い虚空に頷いた。
「あのね。この人ね八神純子さんていうの。ちなっちゃんに『ありがとう。』って言っているよ。」
千夏は虚空に向かって掌を振った。
「いえいえ、お礼には及びません。親友の為です。頑張ってみます。」
軽く頭を下げた。
高層マンションの一室。
薄暗い部屋の中にその子達は居た。
部屋には灯りが無い。
7歳くらいの男の子と5歳くらいの女の子だ。
7歳くらいの男の子が移動する度におかしな音が発せられる。
ジャラジャラ・・・
金属製の鎖か何かを引きずるような音だ。
部屋の片隅には小さな女の子が居る。
うずくまる女の子には鎖はついていない。
男の子が、部屋の中からドアをノックする。
「なんだ?」
野太い声が返ってくる。
「ご飯・・・ください。」
「メシは朝やっただろう。もう食っちまったのか?卑しいガキだな。」
今は夕暮れ時だ。
朝食があったとしても昼食は無かったということになる。
「おい。メシだとよ。」
「なんで、アタシが・・・」
ソファーで下着姿のまま横たわる女。
面倒くさそうに上体を起こす。
ソファーの前のテーブルには白い粉が長さ10センチくらいに伸ばしておかれている。
それが二筋ある。
男が女の足を蹴飛ばして、そのテーブルの前にしゃがみ込む。
女がストローのような筒を男に渡した。
男はそのストローを自分の鼻の穴に宛て、片方の手で残った鼻孔を塞ぎ、大きく息を吸い込んだ。
「クアッ・・はっハッハ。いいぜ、上物だぜこれ。フアハハ。」
男がもう一筋残っている粉に顔を近づけた時、女が言った。
「やだぁ、アタシの分は残してよ。」
「わかってるって。」
そういいながら男は白い粉の残りの半分を吸い込んだ。
男は粉を吸い込んだ後、ストローを女に渡した。
女は残った白い粉を男と同じような動作で鼻から吸い込んだ。
「ハァ~・・・いいわ・・・あぁ」
女は再びソファーに横たわった。
子供達のいた部屋のドアが少し開いた。
「あの~」
男の子が女に声をかける。
女は振り向きざまテーブルの上の灰皿を男の子に投げつけた。
灰皿はドアに当たって粉々に砕けた。
「やかしい。クソガキ、今、幸せの絶頂なんだからジャマすんな。一日二日食べなくても死にゃしないよ。ひっこんでろ。」
男の子は静かにドアを閉め部屋の隅でうずくまる女の子を抱き寄せた。
「お兄ちゃん、大丈夫。?」
「うん。大丈夫だ。ご飯もうちょっとまってね。」
「うん。我慢する。」
二人は抱き合った。
抱き合っている二人を髪の長い綺麗な女性が更に抱きしめる。
「兄ちゃん。」
「何?」
「少し暖かくなったね。」
「うん。暖房切られたのにね。不思議だね。」