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第2話 お化けと話す悪魔付き

絵美は中学2年生になっていた。

あの事件のことは未だ心の中に大きな刺として残っていた。


(本当の事を言っただけなのに、どうしてみんな絵美のことを信じてくれないの?)


そして賢い絵美は徐々に悟った。


『この世の中には自分にだけしか見えない物がある。』


という事実に。


きっかけは祖父だった。

自宅に居るとき絵美の側にはいつも祖父がいた。

幼い頃は祖父の存在を認識することはできても祖父との会話はできなかった。

しかし絵美が長じるにつれて祖父との意思疎通が可能になったのだ。

最初は祖父の簡単な感情を知るだけだった。

例えば

「お腹すいた。」

「絵美は可愛い。」


くらいのだった。

ところがあの事件、ユウキの怪我の事件があってから祖父の意思をより深く強く感じるようになっていた。

最初に複雑な感情が伝わってきたのは、あの事件の夜だった。

両親に説明を求められ、絵美は見たままのこと、あったままのことを一生懸命両親に伝えたが、やはり叱られるだけで信用はしてもらえなかった。


絵美にとっては事件のことよりも、両親に信用されないということの方が大きなショックだった。

ショックを受けて自分のベッドで泣き伏しているときに、だれかが絵美の肩を叩いた。

それまで祖父の存在や感情を感じることはあったが、これほど明確に、かつ物理的に祖父の存在を感じることはなかった。


肩を叩かれた絵美が上体を起こす。

目の前には悲しそうな表情の祖父が立っていた。

祖父を見た途端に絵美の体が淡く輝いた。


「絵美ちゃん。ごめんね。」


悲しそうな表情の祖父が、そう言いながら絵美に手を伸ばす。

岡村源治、絵美が3歳になる少し前、病気によってこの世を去った。


絵美にもほんの少し源治の記憶が残っている。

絵美を抱き上げる力強い腕。

抱き上げられて頬ずりをされたときの源治の顎髭のチクチク。

何よりも絵美のことを愛しているという感情が幼い絵美にも感じられた。

もっとも、絵美にとっては生前の源治よりも霊体となってからの源治の方が染み深かった。

絵美が自宅に居るときには源治は必ず絵美に寄り添っていたからだ。


「じいちゃん。・・・どうしたの?」


「ん?絵美ちゃん。じぃちゃんの言葉がわかるのかい?」


「うん。今までと一緒でしょ。どうして?」


「あぁ、そうだったんだね。じぃちゃんはじぃちゃんの言葉が絵美には届かないとばかり想っていたんだ。それに絵美ちゃんの言葉が、じぃちゃんに伝わるのは今日が初めてだよ。成長したんだね。」


「そうなんだ。それでじいちゃん、どうしてそんなに悲しそうなの?」


「そりゃ悲しいさ。絵美ちゃんが正しいのに、周りの大人達は何もわかってない。絵美ちゃんの悲しみは何倍にもなって、このじいちゃんに届いてしまうからさ。」


「そうなの?それじゃじいちゃんが悲しまないようにするには、どうしたらいいの?」


「それは、簡単。絵美ちゃんが笑ってくれるだけでいいんだよ。」


「そんな簡単な事?」


「うん。そうだよ。絵美ちゃんの笑顔は、じいちゃんの大きな喜びだよ。」


「わかった。それじゃ絵美、できるだけ笑顔でいるようにする。」


源治は微笑んだ。


「うん。そうしておくれ。それとね、絵美ちゃん。」


「何じぃちゃん?」


「じぃちゃんとお話しできることは誰にもいっちゃだめだ。」


「どうして?」


「じぃちゃんが見えるのはここでは絵美ちゃんだけだ。じぃちゃんのことが見えない人には絵美ちゃんの方がおかしいと思われてしまうからね。」


「そうなの?お母さんにもいっちゃだめなの?」


「うん。そうだ。お母さんにも言っちゃ駄目だ。」


「絵美、わからないことがあるけど、じぃちゃんの言うこと聞く。」


「うん。良い子だ絵美ちゃん。ふふ」


それ以来絵美は祖父の言いつけを守った。

絵美が成長するにつれて祖父以外の霊魂もしばしば見かけるようになったが、そのことは祖父の言いつけを守り誰にも話さなかった。


ただ少し気になるのは街を彷徨う霊魂の数が日に日に増えているということだった。

幼いときから近しい者以外の霊魂の存在も感じることはできていたがお互いに干渉しなかった。

だが、その数が日増しに増えてきているのだ。

幼児期には街を歩いていてもすれ違う霊魂は一日2~3体だったが、ここ最近では家の外へ出れば必ず数十体の霊魂に遭遇してしまう。


霊魂の中には源治のように絵美の存在を感じて近寄ってくる者もいたが、その感情や言葉は絵美には届かなかった。


普通の人ならば可視化できる霊魂が近づけば恐れおののく。

しかし絵美にとっては生まれながらにしてその存在を認知しているので何ら恐怖を感じることはなかったのだ。


ある日の下校中、一つの霊魂が絵美に近づいてきた。

髪の長い若くて綺麗な女性だ。


その女性はフワリと絵美の前に立ち塞がった。

絵美はその女性の横に回り込むようにしてぶつかるのを避けた。


「やっぱり!!見えるのね。」


女性は驚いた表情で絵美の前に回り込む。

絵美は再度その女性を避ける。


「まって、お願い。まってちょうだい。」


絵美は仕方なく立ち止まる。


「何のご用ですか?」


髪の長い女性は嬉しそうな表情で絵美の顔をのぞき込む。


「よかった。やっと出会えたわ。」


何のことだか絵美にはわからない。


「なんですか?」


「貴方のような人が現れるのを待っていたの。ずっと。ずっとよ。もう何年も。貴方は私の姿が見えているようだし、それに・・それに、私の言葉が聞こえるのでしょ?」


女性が少し興奮気味に早口で言った。


「うん。お姉さんのこと、見えているし言葉もわかるよ。」


女性は絵美に抱きついた。


そして涙をこぼした。


「どうしたの?」


「ね、貴方お名前は?」


「・・・岡村絵美です。」


「そう。絵美ちゃんね。うん。絵美ちゃん、貴方にお願いがあるの。」


女性は絵美の前で両手を合わせた。



絵美とその女性のやりとりをブロック塀の影から見ている複数の人物がいた。

もっともその者達には絵美が一人で振り向いたり、誰も居ない方向にしゃべりかけたりしているようにしか見えないのだが。


翌日、絵美が登校すると自分の机が脚を上にして逆さまにされていた。

絵美が無言で机を元に戻すと机の上には張り紙がしてあった。

そこにはこう書かれている。


「エクソシスト。」


その当時「エクソシスト」という海外のホラー映画が大流行していた。

悪魔に憑かれた少女が180度首をねじって笑ったり、背面で四つん這いになったりする恐怖映画のことだ。


「首曲げてみろ。ワハハ。」


男の子の声がした。

その男の子の額には大きな傷跡がある。

あの時、公園で黒い影に引きずられた山田ユウキだ。

ユウキの周りの何人かも笑っている。


「ほらな。言ったとおりだろ?あいつオバケと話すんだぜ。」


ユウキの隣に居る小太りの男の子が相づちをうつ。


「うん。僕も見た。絵美がオバケと話すところ。」


「本当なの?オバケって。そんなの信じられなーい。うふふ。」


中学生なのに、やけに色気のある艶っぽい声の女の子が小太りの男の子の肩を叩く。


「美由紀ちゃん、本当だよ。僕とユウキ君。それに田島君も一緒に見たんだ。絵美がオバケと話すとこ。」


美由紀と呼ばれた女性は田島を見る。

田島はウンウンと首を縦に振った。


「絵美、今度は誰と話していたんだ?俺達見たんだぜ、昨日公園の近くでオバケと話していただろう?またあの黒い影が出たのか?アハハ。」


ユウキの言葉に美由紀が反応する。


「何?ユウキ君。黒い影って。」


ユウキは美由紀を見ながら自分の額の傷を指さした。


「この傷だけどね。絵美がやったんだ。それなのに絵美は私じゃ無い。黒い影がやったって、嘘つきやがるんだ。サイテーだぜ。きっと昨日も俺達が見ているのを知っていてオバケと話すふりをしていたんだよ。自分の嘘をごまかすためにね。」


美由紀が驚いた表情をする。


「へー、それはサイテーね。絵美さんて昔から変だったものね。廊下を歩く時、何も障害物が無いのにクネクネと歩いてみたり、時々変な方向見ているし。やっぱりあれ?悪魔付きなの?首、曲がるの?わー怖い。」


絵美は何か言い返そうかとも思ったが真実を話したところで誰も信用しないことはわかっていたので無言を通した。


「何か言えよ。悪魔付き。幽霊女。」


ユウキが尚もはやし立てる。


「あんたら、ええかげんにしいよ。ぶちまわすぞ!!」


突然、土佐弁の怒鳴り声が教室に響き渡った。

昨年の秋に高知から転校してきたばかりの前田千夏だ。

中学生にしてはグラマラスな体型でショートヘアがよく似合う活発そうな女の子だ。

転校してきた時に千夏の方から絵美に声をかけて少し親しくなりかけてきたところだった。


そして愛くるしい面相からは想像もできないような荒い言葉でユウキ達を叱りつけた。


「何がオバケじゃ。幽霊女じゃ。そんなの映画だけの話じゃろが。オイ!ユウキ!!」


千夏はズカズカとユウキに近づく。


「な、なんだよう。」


「おどりゃ、ええかげんにせいよ。机ひっくり返すだけでも腸がにえくりかえっちょったに。絵美のこと悪魔付きや言うたな。」


「そ、それが、どうした。」


「絵美が悪魔付きいうなら、オマエは悪魔そのものじゃ。絵美が何の悪いことした?何にもしとらんろうが、その絵美を悪魔付きと呼ぶ方が悪魔じゃ、ボケ!!」


ユウキは千夏の勢いに少し押されたが周囲の目を気にして少し前に出た。


「なんだと。高知の田舎者が何を偉そうに言ってるんだ!!」


「アホか。高知には腐った都会にはない、えいもんがどっさりある。オマエ、深い海の底が見えるような海岸へ行ったことがあるか?虹色に輝く八色鳥を見たことがあるか、カツオのたたきを食うたことがあるか?あん?全部見てから文句言え!このモヤシの都会っこが!!土佐をなめたらいかんぜよ!!」


と千夏がたんかを切ったところで教室のドアが開いた。


「どうしたの皆さん。もう始業のベルは鳴りましたよ。席に着きなさい。」


担任の女性教師だ。


「覚えていろ、田舎者」


「あたしゃ頭悪いき、モヤシがいったことらぁすぐ忘れるわ。ハハ。」


「ぐっ・・」


千夏は散らばった教科書を拾い集めながら絵美の顔を見た。

絵美は、微笑みながら言った。


「ありがとう、ちなっちゃん。」


千夏は頬を少し赤らめた。


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