主役は私
民は口々に囁き合う。
王太子が替わる、王太子妃も替わる。
双子同士の王太子とその妃は囚われ、この先どうなるか分からない。夫婦は揃って民を騙し、神に偽りの誓いを立てた。
許されない。許すべきではない。そう怒る者も多かった。王の許しを得ず結婚した王子は庶子をたんまりとこさえ、男としての責任を弟に押し付けた。それだけでなく、運命の恋として弟の初恋を奪い、二人目の妻を迎えたのだと。
王子の妻も偽りだらけの女だった。王太子妃として民に微笑みながら手を振る優しい女性であると思わせて、実は妹を利用し面倒事を押し付けた。己の地位を盤石な物にしようと、王家の血を継がぬ子を王家の子としようとした。許されない、悪魔のような女。恐ろしい事を考えた女。
ルーカスは次期国王の椅子から引き摺り降ろされ、城の自室に押し込められている。
エラも身重の為丁重に扱われてはいるが、自室で軟禁状態だ。子供が生まれ次第城から追い出され修道院で監禁される事になっている。
兄と姉を閉じ込める事となったトーマスとリリーに後悔は無かった。いつまでも自分の片割れを便利に利用しようとする事が許せなかった。自分の人生を歩んでみたかった。
「トーマス様は、何故王太子になりたかったのですか?」
晴れた空の元、リリーはトーマスの腕に掴まりながら歩く。いつもの散歩を楽しんでいる最中なのだが、誰もが気を遣っているのか、二人の周りには誰もいなかった。
「許せなかったんだ。兄上が贅沢をして遊んでいられるのは、国民の血税のおかげだというのにいつまで気が付かない。民がいなければ、国は滅びてしまうのに」
フッと口元を緩めてそう言ったトーマスは、兄が王になった時国が荒れてしまう事を恐れたのだと続けた。
父である国王も愛人を作ってばかりであまり政治に興味の無い王。そんな王が二代も続いてしまう事が怖かった。大規模な反乱が起きるかもしれない。そうなれば武力で対抗する事になる。そうなってしまえば、兵も民も沢山の人が死ぬかもしれない。それは避けなければならないと考えた。
「それに、兄上に言われた事がどうしても許せなかった。俺は兄上の予備でしかない。予備が煩く説教をするなと」
「予備、ですか」
「予備は大人しく言う事を聞き、仕事をしておけば良いんだそうだ。煩く言うのなら、王になった時お前を追い出すとも言われたな」
くっくと喉を鳴らし、トーマスは笑う。
そっと顔を見上げたリリーの目に、あまり人に見せてはいけないような顔をしているトーマスの表情が映った。
「追い出される前に追い出せば良い。遊び回るだけの無能な王子など、この国に必要あるまい?」
やられる前にやれ、という事なのだろう。
上手く行ったと満足げなトーマスは、事が落ち着き次第正式に後継者として指名される事になっている。まだルーカスは自分が正統な王だと騒いでいるようだが、その言葉に賛同しているのは無能な王を取り込もうとしている貴族だけ。多くはトーマスこそが王に相応しいと認めているようで、ルーカスに仕えようとする貴族は殆どいなかった。
「君の姉だが…このまま修道院で死ぬまで監視される事になるだろう。血を分けた姉相手に心が痛むかもしれないが…」
「いえ、何をするか分からない人ですから、その方が宜しいかと。見張りが男性なら体を使ってでも逃げようとするでしょうから…」
「女性も手配しなくてはな」
やる事が多いと溜息を吐いたトーマスが言うに、エラは出産しても子供と過ごす事は出来ないらしい。お前こそが正統な王とでも言って育てられれば、その子供が本気にしてしまうかもしれない。祀り上げられ、王位を狙って反乱を起こすかもしれない。
生まれてくる子供には申し訳ないが、母を知らぬ子として孤児院で育てる事になるそうだ。
「何だか…可哀想です」
「仕方ないさ。子は親を選べない。殺されるよりマシだ」
「お義母様にお願いして、ルメジャン伯爵様の養子にしていただくとか…」
「夫人はお優しい。だが、伯爵に利益が無い」
どうにかして子供を救えればと考えるが、リリーにはどうする事も出来ない。不安の芽は出来るだけ小さいうちに摘んでおいた方が良い事くらいは分かる。
リリーにとっては甥か姪。出来れば良い環境で育ててもらえるようにと願ってしまうのは甘いのだろうか。
「お願いするだけなら構いませんか?」
「国王が許可すればな」
あまり期待するなと困り顔をしながら、トーマスはそっとリリーの頭を撫でた。
侍女として仕えてくれる事になったジュリアは、髪を結い上げるのが上手かった。すっかり王太子妃として相応しい姿をするようになたリリーは、以前と比べて少しだけ華やかになった。
エラと比べるとまだまだ控えめだが、城の人々はリリーを倹約家の女性として見ているようで、貴族女性たちの間でシンプルなデザインのドレスが流行り始めている。
「あの女、大して長い期間いたわけでもないのに随分金を使ってくれたからな…リリーはもっと使っても良いくらいだが」
「充分使わせていただいておりますが…」
「国庫に充分すぎる余裕が出来そうだ。これならもう少し街道整備に金が回せる」
「一度見に行きたいです。沢山の人が集まるのでしょう?」
異国の商人が沢山の品物を持ってくると聞いた事がある。どんな物があるのか見てみたい。父の仕事であった商人がどういう人なのか、どんな仕事だったのかを見てみたかった。
「トーマス殿下!」
嬉しそうな顔をしたエリスが走ってくる姿が見えた。どうしたんだと首を傾げるトーマスに、エリスが言う。
「国王陛下がお呼びです」
「陛下が?何故だ」
「戴冠式の冠を作ると仰せでした」
「そうか。分かった」
リリーとの時間を邪魔するなと不満げなようだが、国王からの呼び出しならば断わる事は出来ない。寂しそうな顔をして、トーマスはリリーの手を握って溜息を吐く。
「リリーの冠は母上が手配するだろう。今度時間を作ってもらおう、デザイナーの相談をしなければ」
「お伝えしておりませんでしたか?王妃様が以前王妃として戴冠した時お使いになられた冠を頂く事になったのですよ」
まだ使えるのだから、わざわざ新しい物を作る必要は無い。サイズを少し直し、磨き上げてやればそれで充分だと笑ったリリーは、何故だか知らないが王妃に気に入られている。
「養育費だけでもかなりの出費ですから…抑えられるところは抑えなければ」
「倹約家だな」
「姉が使いすぎましたし…」
城に来てからあまり長い期間経っていない筈なのに、エラは呆れる程沢山のドレスを作り、宝石を買い漁った。国庫が大変な事になっていると頭を抱えていたトーマスを知っているから、リリーはなるべく金を使わないように気を付ける事にしたのだ。
「さあトーマス様、エリスが困っていますからお早く」
「ありがとうございますリリー様。行きますよ殿下!陛下はお忙しいのですよ!」
走れと急かす従者に嫌そうな顔をしながら、トーマスは渋々といった様子で走り出す。その背中を見送りながら、リリーはふと城を見上げた。
エラの部屋からは庭がよく見えた。いつも夜に眺めていたが、昼間なら明るいし誰が歩いているのかも見えるだろう。
思った通り、エラの部屋の窓に人影があった。何か叫んでいるようだが、窓が閉まっているせいで何を言っているのか分からない。
だが、恐らく自分に向かって罵詈雑言を浴びせているつもりなのだろう。
「主役は私よ、姉さん」
にっこりと微笑み、窓の人影にひらひらと手を振った。早く修道院に行ってしまえば良い。もう二度と会えなくなるというのに、リリーの胸には寂しいなんて感情は無かった。
もっと妹を大切にしてくれていたら、こんな事にはならなかった。もしかしたら城に来る事も無かったのかもしれないが、仲良く生きる事は出来たのかもしれない。
「リリー様!」
城を見上げているリリーの元に走ってくる女性が一人。侍女として仕えてくれているアリスだった。
「どうしたの、アリス」
「王妃様が午後のお茶を一緒にどうかと…」
まだ正式に王太子妃になったわけではないが、今後そうなるのだからとアリスは自分を侍女として扱うよう言った。慣れないが慣れるしかないと自分に言い聞かせ、リリーは何とか笑顔を作った。
「是非と伝えてくれる?」
「そう仰ると思って、ジュリアが既に支度を始めております。参りましょう、あまり時間がありませんから」
急げ急げと速足で歩きながら、リリーは左手に輝く指輪をそっと撫でる。もう指輪を奪われる心配などしなくて良い。
これからは王太子妃の椅子を守っていけば良い。姉と同じ過ちはしない。
この世界の主役は私。フェアリーゴッドマザーになんてならない。望んだものは手に入れたのだから、これ以上欲張らない。手の中にある宝物だけを大事にすれば良い。
思わず漏れた小さな笑い声は、アリスの耳には届かなかった。
これにて本編完結です。気が向いたら番外編が生えるかもしれないといういつものやつです。
シンデレラをモチーフにと思っていたのに、書いているうちにシンデレラ要素が消え失せましたおかしいな?面白いと思っていただけたら評価ボタン、ブクマボタンをぽちっとしていただけましたら嬉しいです。ありがとうございました!