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追放

夜になったらトーマスと過ごす事が出来る。

そう思うと何だか落ち着かない。本を読んでみても、内容が全く頭に入ってこなかった。

諦めて本を閉じ、散歩でもしようと部屋を出たのが不味かった。


部屋を出てすぐの事だ。ふいに背中に衝撃が走る。

呼吸が詰まり、予想外の衝撃に耐える事が出来なかったリリーは、べしゃりと廊下に倒れ込む。何が起きたのか理解が出来ず、痛みに顔を歪めながら振り返った。


額に青筋を立てたエラが立っている。

フーフーと荒い呼吸を繰り返し、拳を握ってぶるぶると震えていた。


ああ、怒っている。

一目で分かる程、エラは酷く怒っていた。


「何を…アンタ…!」


言葉を紡ごうとしても、怒りのせいで上手く言葉が出てこないのだろう。

ゆっくりと立ち上がったリリーの肩を突き飛ばし、言葉にならない言葉をぶつけ続けるエラが何を言いたいのか分からない。


エラの手から逃れるように身を捩り、体を腕で庇った。執拗に殴りつけてくるエラの指には、大粒の宝石が輝く指輪が嵌っている。それが当たる度、痛みに小さく呻いた。


「何がしたいのよ!」

「何って…」

「私が何をしたって言うの?どうして私が泥棒扱いされなくちゃならないのよ!」


漸くエラが怒っている理由が分かった。昨日のお茶会での出来事を怒っているのだろう。

ちらりと視線を周囲に走らせるが、生憎廊下には誰もいない。助けを求めようにも、誰もいないのではどうにも出来ない。


「指輪なんて知らないわ。アンタの指に嵌っているそれでしょう!どうして私が盗んだって話になるのよ!」


エラの怒りは最もだ。盗んでなどいない。心当たりがない。何故なら本当にエラは何もしていないから。

最初からこうなる事が分かっていて、狙って指輪を外さなかった。招待した客人たちにも見えるように見せ付けた。


「外すのを忘れていたのよ」

「嘘!アンタ私に嫉妬でもしているの?平民から王太子妃になったのが羨ましいんでしょう!」


嫉妬という言葉が気に食わなかった。

嫉妬などしていない。ただ恨んでいるだけだ。

国中に流された運命の恋。あれはリリーとトーマスの恋だった。その思い出を奪い、汚したのはエラとルーカスだ。

どうしてそんな事をされなければならなかったのだろう。ただ、森の中で出会った二人の男女の再会を夢見ただけだったのに。


妹を屋根裏部屋に押し込めて、妹のふりをして舞踏会に出たのはエラだ。妹の初恋を奪い取ったくせに、悪いとも思っていない姉に嫉妬などするものか。


「奪い取ったのは誰…?」

「はあ?」

「私の物語だったわ!森の中で王子様に出会ったのは私!どうして舞踏会の日、私を屋根裏部屋に閉じ込めたの?どうして私のふりをして王子様に会ってしまったの?どうして!」


どうして結婚までしてしまったの。


悔しくてボロボロと溢れて止まらない涙。泣きたくなどないのに、溢れてくる涙はどうしても止められなかった。

目の前で泣きながら喚く妹に冷めた視線を向けながら、エラは言った。


「私が主役の人生だから。貴方は脇役なのよ」


同じ顔をした妹にどうしてそんな事が言えるのだろう。

生まれる前から一緒だった。もしかしたら母の腹の中で手を繋いでいる事もあったかもしれない。幼い頃は仲良く遊んでいた筈なのに、いつからこうなってしまったのだろう。


昔は大好きな姉だった。だが今は違う。

世界で一番大嫌いな人間。許す事の出来ない人。いつまでも妹を便利に使おうと傍に置き、実際便利に使っている姉が大嫌いだ。


「便利だから傍に置いておこうと思ったけれど…もう良いわ」

「は…?」


スッと目を細め、エラはピンと背中を伸ばしてリリーを睨みつける。

もう良いという言葉の意味を理解するまでに時間がかかった。にんまりと笑ったエラが、言葉の続きを吐き出した。


「王太子妃の権限で、お前を城から追放します」


偉そうに。そう思ったのは無理もないと、きっとトーマスならば言うだろう。

ぽかんと口を半開きにしているリリーに、エラはにっこりと微笑んで付け足した。


「夕食までに出て行ってちょうだい」

「そんな…行く宛ても無いのに」

「実家があるわ。あそこで大人しくしていなさい。お義母様たちみたいになりたいの?」


そこまで言って満足したのか、エラはくるりと踵を返して歩き出す。

王太子妃の権限と言われても、エラの独断で決めた事だろう。城に居て良いと決めたのはこの国の王なのだから、従う必要は無いかもしれない。


だがきっと、エラは夕食の後もリリーが城にいると知れば酷く怒るだろう。どうしよう、どう動くべきだ。


トーマスに泣き付けば、きっと出て行かなくて良いと言ってくれるだろう。守ってくれるだろう。それが最善か?と考え、リリーはふと思い付く。


にんまりと口元を緩ませ、先程出て来たばかりの自室へと戻った。夕食の時間まで、あまり時間は無かった。


◆◆◆


ぱちぱちと薪が爆ぜる。それを眺めていると、不思議と心が落ち着いた。

久しぶりに戻った実家は埃とカビの臭いがした。戻って来られたのは嬉しいが、真夜中になってしまった事で、大した掃除も出来なかった。


せめて換気をしようと窓を開け放ち、眠れるようにとベッドを整えてみたが、流石に眠れる程綺麗では無い。所々カビの生えたベッドで眠れば病気になるような気がした。


今頃トーマスはどうしているのだろう。夜に一緒に過ごすと約束をしたのに、その約束を果たす事が出来なかった。

忙しい中時間を作るのは大変だろう。折角時間を作ったのにと怒っているだろうか。それとも、突然いなくなったからと心配しているだろうか。


出てきてしまったのだから、今更考えても仕方がない。路地裏に連れ込まれず無事帰って来られただけ良いじゃないか。

暖炉の火に当たりながら、リリーは膝を抱えてスンと鼻を鳴らす。

埃のせいか、鼻の調子が悪い。


城から歩いて来たせいか、何だかとても眠い。重たくなる瞼を持ち上げる努力をしてはいるのだが、起きていても意味が無い事に気付いて抗う事をやめた。

起きていても、トーマスは来ない。何も言わずに城から出たのは自分なのだ。


明日から暫くは此処にいよう。だが、ただ黙って姉の言いなりになるつもりは無い。

トーマスから贈られた指輪をそっと撫でながら、リリーは暖炉の前で寝転び、意識を手放した。


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