続 あなたがそれをおっしゃいますか
短編「あなたがそれをおっしゃいますか」の続編となります。そちらを読んでからこちらを読んでいただけると助かります。
前作の後日談となります。
私、インゲボルク・ファウストがランカスリー王国の王宮に着いたのは夜遅くなってからだった。
あの、婚約破棄からの騒動後、ナタリアナ王国を出発してから三日。なるべく急いで戻りたいというユーリの意向で明るい時間帯ほぼほぼノンストップで馬車を走らせてきた。本来なら五日はかかるところをここまで短縮してきたのにはわけがあった。
ユーリの仕事のこともあるのだが(王太子としての仕事を全てほっぽり出してきたらしい)何よりも夜会の日程が迫っていたからだ。
「ごめんね、無理言って。でも少しでも早くお披露目したくって」
ランカスリー王国に向かう馬車の中で説明された。ユーリのお母様、すなわちランカスリー王国の王妃が一日でも早く!とユーリがナタリアナ王国に私を迎えに行くとわかった途端に、じゃあと、行き帰りの日程を見積もって、夜会の開催を決めたらしい。
その夜会が明日の夜、なのだ。
「いえ、間に合って良かったです」
インゲボルクがそう返すとユーリは溜息を一つつきながら
「母上には誰も逆らえない」
「お元気そうで良かったです」
インゲボルクもこの傷ができるまでは何回かランカスリー王国を訪れており、その際非公式にではあるが、王妃様とも会っている。
でもこの傷ができてからは一度も訪れてないし、ランカスリー王国の方々には誰にもお会いしていない。
インゲボルクは右手で傷をおさえた。
その行動に気づいたのか、ユーリはそっと手を伸ばしてインゲボルクの右手に左手を重ねる。
「何も心配することはない。誰にも何も言わせない。イルはイルだ、昔と何も変わっていない」
その言葉がスッと胸に染み込む。精一杯の微笑みで
「ありがとうございます。でも国王陛下や王妃様は……」
「あの人達が何か言うわけないだろう?早く連れてこいとけしかけられていたのだから。うるさいのは寧ろ『あいつら』だろうから。そこらへんは私が抑えるつもりだが、イルにも嫌な思いをさせるかもしれない」
「大丈夫です。ユーリが隣にいてくれるのなら何の不安もありませし」
そう答えると、馬車の速度が落ちて、停車した。
どうやら王宮に着いたらしい。
馬車の中では二人きりだったので、傷を隠すための仮面は外していたのだが、流石にと思い、つけ直す。
「ついでにと言ってはなんだけど」
ユーリがマントを渡してくる。
「明日の夜まで君が到着したことをあまり知られたくないからね」
色々としがらみがある世界だ。それはどの国でも変わらない。説明を受けて、了承し、マントを羽織る。フードも被り、顔が見えないようにする。
インゲボルクもナタリアナ王国では一応王太子の婚約者だったので色々な教育は受けている。ナタリアナ王国王太子妃として、と思っていたのだが、父と母はこうなることを見越していたのだろうか、教育は王宮ではなく、自宅であるファウスト公爵邸で受けていた。一体いつからユーリとの話は進んでいたのだろう。
ユーリが手を出してきたので、一度目を合わすとにこやかに微笑んできた。こちらも微笑み、その手を取って馬車を降りた。
夜遅い事もあり、あまり目立つことなく王宮に入り、そのままユーリの私室に近い客間に案内された。
「今夜はここで過ごしてくれる?湯浴みの準備も出来てるし、あとで夜食も運ばせるから。終わったらゆっくり休んで。明朝は早起きの必要はないからね。午後から夜会の準備に入る予定で」
「あ、ありがとうございます。でもドレスとかは……」
「心配しなくていいって言ったでしょう?大丈夫だからゆっくり休んでね」
そう言いながら側近の方に何やら指示を出している。すると入口の扉が開き、女官らしき女性が二人入ってきて、頭を下げてきた。
「とりあえず今日と明日はこの二人がつく。母上のところからの派遣だから信頼できる二人だし、事情もわかっているから安心して」
そう説明されたのでよろしくお願いしますと挨拶すると二人もニッコリと笑って告げてきた。
「こちらこそよろしくお願いいたします。何なりとお申し付けくださいませ」
ではまた明日ね、とおでこにサラリと口づけてユーリは去っていった。あまりの流れるような動きに驚く事も忘れていたが、何が起きたか気づいた時にボッと顔が赤くなるのがわかった。
女官二人も、あらあらととても微笑ましいものを見ましたわ、と笑っている。動きが止まっている私を時間も遅いですしね、と浴場に入るように促してきた。
流石王妃様付きの女官、手際は半端ない。あっと言う間に全てが終わった。気づいたら寝間着を身に着けてベッドの上にいた。
「ではごゆっくりお休みくださいませ。何かありましたら、そちらのベルを」
と言って二人は退出していった。
お言葉に甘えてベッドで横になると、身体は正直であっと言う間に眠りに落ちた。
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朝少し遅い時間だったが、すっきりと目覚めることができた。よし、と気合いを入れる。昨晩と同じ女官二人が入ってきて準備が始まる。
二人に色々と質問をし、話を聞く。しかし彼女らの手は止まることなく、インゲボルクを磨き上げていく。そうして、夕方、ユーリが迎えに来る頃には完璧に仕上がっていた。
「綺麗だよ、イル」
「あ、ありがとうございます」
何せナタリアナ王国では王太子の婚約者という立場ではあったが殆ど引き籠もりだったので、エスコートされることもなく、こんな甘い言葉をかけられることもなかったのだ。
免疫がないので、どうしても照れてしまう。
「これから毎日何度も言うから慣れてね」
「………ほどほどでお願いいたします」
後ろで女官の二人も微笑んでいる。
「こんな素晴らしいドレス、ありがとうございます。サイズもぴったりで」
薄い水色で華やかだが気品もあり、そして何よりもサイズがぴったりすぎるほどインゲボルクに合っているのだ。直しが一つもいらないほどだ。
「ファウスト家からちゃんと聞いていたから。間違いなくて良かったよ」
家から?一体いつの間に?
――――本当にいつから画策していたのだろうか。
インゲボルクが少し考えていると、ユーリは少し笑って
「呆れた?」
「いえ、とてもありがたいなと思いまして」
本当に七年も時間が過ぎたのに、こんなにも良くしてくれて。
それじゃあもう一つ、とユーリが女官から箱を受け取る。開けると首飾りらしきものが二つ、入っている。どちらもこのドレスと同じ色の宝石だ。所謂ユーリの瞳の色だ。
着けるね、とまず首に着けてくれた。
「で、こっちは」
そう言いながらインゲボルクの顔につけている仮面につけ始めた。インゲボルクは少し驚いて
「これは?」
「母上がね」
「王妃様が?」
「私はこういうのに疎いから。イルが一緒なら聞けたけど、今回ばかりは間に合わなくなるから母上に尋ねたら、せっかくならこの仮面も少し華やかにしてもいいんじゃないかって」
仮面の縁の部分に引っ掛けるようにしながら、宝石のついた細いチェーンを垂らしていく。今まで白く単調な仮面が一気に華やぎ、仮面ではなく、アクセサリーの一つになった感じだ。
「どう?」
女官が鏡を持ってきてくれた。
「凄いですね。印象が随分変わります。嬉しいです」
「良かった」
ユーリが安心したように微笑む。
「じゃあ行こうか。大変かもしれないが、今日はよろしく頼むね」
「はい。覚悟はできております」
インゲボルクのその言葉にニコリと微笑み、腕を差し出してきた。
「よろしくお願いいたします」
そう言ってユーリの腕を取り、部屋を出た。
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既に主だった貴族が夜会の広間内に入っている。今夜はいつもより参加者が多いらしい。とくにご令嬢方の参加が。
どこからかの噂でこのランカスリー王国王太子の婚約者がとうとう発表されるということで、もしかしたら自分ではないかと淡い期待を持った人々が次々とやってきているのだ。
もちろんそんなことはないのだが。
「でも本当にどなたになられるのかしら?」
「やはりライスタス侯爵家のエルネスタ様ではなくて?年齢やそのほかのことを考慮しても、ねぇ?」
「年齢や後ろ盾でいうならサウスト公爵家のリーゼロッテ様ではないの?」
「まぁそのお二方のどちらか、よね、きっと」
会場内のアチラコチラからそんな噂話が聞こえてくる。
会場の外、扉の前でユーリにエスコートされたインゲボルクは深呼吸をする。
「緊張してる?」
ユーリが優しい声で尋ねてきた。
「もちろんですわ。してないほうがおかしいかと」
「大丈夫、イルなら」
じゃあ入ろうか、と二人が一歩踏み出すと同時に扉が開かれた。
それまでも話し声でなかなかうるさかった会場だが、ユーリがインゲボルクを伴って入ってきたことによって、さらにボリュームが上がった。
「……あの方は……?」
「どこのご令嬢だ?お見かけしたことがないが」
「王太子殿下がエスコートされている、ということは彼女が?」
「え?エルネスタ様ではなかったの?」
「どなたなの?」
そういった声があちこちから聞こえる中をインゲボルクは一切気にせずに歩く。緊張はしているが、今まで受けた教育が活きている。ユーリと一緒というのも安心材料の一つだ。
「もしかして、隣国の……」
「あの仮面は」
貴族の中でも外交に強い方々は気づいた者もいるようだ。流石にあれほどのゴタゴタはこちらにも届いているようだ。
加えてこの『仮面』だ。勘のいい者ならすぐにわかるだろう。
ゆっくりと歩んでいるとどこからか凄い視線を感じた。少しだけ目線を動かすととある令嬢がこちらを見ている。見ているというより睨んでいるといった感じだ。
あの方がライスタス侯爵家のエルネスタ様か。
王太子妃教育として自国の貴族はもちろん、他国の高位貴族も絵姿を見て記憶している。間違いない。
どうやら自分がユーリの婚約者に選ばれると思っていたのか、ドレスの色がインゲボルクのドレスの色と被っている。所謂ユーリの瞳の色だ。しかしインゲボルクがユーリにエスコートされている今、どちらが不利かは一目瞭然だ。
あぁこれは後で来る、だろうな、と思いつつ、会場を進む。
ランカスリー王国国王陛下と王妃様の前まで辿り着く。ユーリのお父様とお母様だ。頭を下げて、最上級のカーテシーをし、挨拶する。
ユーリに促され、横に並ぶと国王陛下がユーリと私の婚約を宣言した。と同時に会場からは拍手となんとも言えない声が上がる。
さて、この声を抑えねば。
歓談が始まり、私とユーリの前には挨拶の列ができた。皆当たり障りのない言葉を言って行く中、表情からして雰囲気の違う男女が並んだ。やはりきたか。
ライスタス侯爵とその娘であるエルネスタ様だ。
「初めまして、インゲボルク・ファウスト様。私、エルネスタ・ライスタスと申します。この度はおめでとうございます」
ニッコリと笑ってそう言ってきた。心の中ではおめでとうなどとは思っていないだろうに、貴族というのは中々大変だ。
「……ありがとうございます」
インゲボルクが小さくそう呟くと、ニヤッとした笑顔で
「インゲボルク様はナタリアナ王国の王太子殿下の婚約者だとお伺いしておりましたが、どうなさったのでしょうか?何故我が国に?」
流石にまだあの婚約破棄の騒動から四日ぐらいか。こちらには伝わっていないのだろう。それか知っていてわざと、か。
まぁどちらでも構わないのだが。
ユーリの方を一度見ると頷いてきたので、では、と一度呼吸を整える。
「こちらの皆様にまだ伝わってはいないのでしょうか?私とナタリアナ王国王太子殿下の婚約は破棄されております。もちろんあちら側の有責で」
そこまで言ったところでユーリがグイッと腰を引き寄せてきた。
「私もその場にいて、ならばこれ幸いと私の方からインゲボルク嬢に求婚させてもらった。そしてすぐに一緒に来てもらったということだ。片時も離したくなかったのでな」
と言いながら頭上にユーリの口唇があたるのを感じた。すると周りからキャーという声が聞こえる。
「で、では、インゲボルク様を迎えたのは、その……」
「ん?もちろん私の意思だ。向こうの王太子には感謝しかないな、インゲボルクを手放してくれて」
微笑みながらまた口唇が頭上にあたる。
すると、エルネスタ様の隣にいた男性、ライスタス侯爵が口を挟んできた。
「ユーリ殿下の一目惚れ、ということですかな?でもそういった感じで王太子妃を選んでよろしいのですか?」
「どういうことかな?」
ユーリの問いかけにライスタス侯爵はニヤッと笑って
「いえいえ、もちろんファウスト公爵家も素晴らしい家柄ですが、しかしそこはあくまでナタリアナ王国でのこと。このランカスリー王国と比べると、ねぇ?」
「そうですわ、王太子妃となるとこちらの社交界でのこともありますから。その仮面のこともありますし、ね。いくら飾り付けたからといってもそのセンスはいかがなものかと」
「そうです、そうです、ランカスリー王国での立場というものも考えて王太子妃を選ばなければ、と思うのです。いくらファウスト公爵家が素晴らしくても、ランカスリー王国での後ろ盾がないご令嬢が王太子妃などとは、少し、ねぇ。その点我が娘でしたら」
本人の眼の前でここまで言えるのも大したモノだな、とインゲボルクは心の中で思いながら、さてどこから言おうかしらと考えているとその声が響いた。
「後ろ盾、ですか?」
エルネスタ様と侯爵の後ろに立っていたご令嬢がそう告げた。よく通る声だ。
「リーゼロッテ様!」
エルネスタ様の声が響く。インゲボルクも確認した。
ランカスリー王国のサウスト公爵家令嬢のリーゼロッテ様とそのお父様であり、この国の宰相でもあるサウスト公爵だ。
エルネスタ様と同じようにユーリの婚約者候補として名前が上がっているご令嬢でもあり、肩書き的にはエルネスタ様より上だ。
「ごきげんよう、エルネスタ様。お話の邪魔をしたかしら?」
「いえ、そんなことは」
少し慌てるエルネスタ様だったが、横からライスタス侯爵がこれはこれはと声を出す。
「どうです?リーゼロッテ様もそうは思いませんか?我が国での後ろ盾のない王太子妃など……」
「後ろ盾がそんなに大事なのですか?」
ライスタス侯爵の言葉を遮るようにリーゼロッテ様が質問する。一瞬詰まった侯爵だが、気を取り直して
「あ、当たり前ではないですか?!」
そう叫んだ所で、扉の方からざわめきが起こり、何事かとそちらを見ると初老の男性が一人、こちらに向かって歩いてくる。
ザワザワとした声をものともせず、一直線にこちらに来る。
「あ、あれは……あの方は」
「大公か?サウスト大公では?」
「このような場にいらっしゃるなんて、何年振りだ?」
周りの声が示す通り、その初老の男性はサウスト大公と呼ばれる、今眼の前にいるリーゼロッテ様のお祖父様でありサウスト公爵の父親だ。
前宰相であり、息子にその肩書きを譲ってからは表舞台には出てこなくなったが、その力がなくなったわけではない。それこそ、彼の言葉一つでいろんなものを覆せるくらいに。
私達に近づくにつれ、周りの声も大きくなる。
「やはり、王太子妃が……」
「自分の孫娘を差し置いてなどは……」
「大公が認めなかったらどうなるんだ……?」
コツンコツンと靴音を響かせ、私達の前に到着したところで立ち止まった。
「これはこれはサウスト大公!やはり大公もこの婚約には……」
反対、と言いかけたところで初老の男性はスッと右手を挙げて、ライスタス侯爵の声を遮る。威厳は衰えることはない。
ユーリにスッと促されたので、インゲボルクは一歩前に出てカーテシーをする。
「………インゲボルク・ファウスト……か?」
確認するような声が聞こえた。
インゲボルクは精一杯の微笑みで答える。
「はい。ナタリアナ王国ファウスト公爵の娘、インゲボルクでございます。サウスト大公閣下におかれましては」
「堅苦しい挨拶はよい。顔を見せてくれ」
ユーリも一緒に歩いて近づく。周りは誰も話さず、静かだ。三人の一挙手一投足に視線が集まる。サウスト大公がインゲボルクの仮面に手を伸ばす。触れるか触れないかギリギリのところで
「痛み、はないのか?」
「はい、今はもう」
「……そうか。すまなかった、遅くなって。昔のように呼んでくれるか」
「……よろしいのですか?」
「もちろんだ」
「では。お久しぶりです、お祖父様」
インゲボルクのその一言に今日一番のざわめきが起こる。皆、驚いている。
驚いていないのはユーリと国王陛下と王妃様、そしてサウスト公爵家の面々だけである。
サウスト大公の瞳から涙が流れる。インゲボルクの仮面を触りながら
「……痛かっただろうに。どれほど辛かったか。代わってやれるものなら」
「大丈夫ですよ、お祖父様。痛みはもうありませんし、少し表情がうまく動かせませんが、あとは別に」
サウスト大公の腕に自分の手を重ねる。
「何度迎えに行こうと思ったことか。皆と相談して、あの男に一番痛い目を見せるためにこんなにかかってしまった。辛かっただろう、すまなかった」
「いえ、こうやって迎えにきてくださって本当に感謝しております。お祖父様もご尽力くださったのですね。ありがとうございます」
やはりか。私のためにユーリや王室だけではなく、宰相一家も動いてくれていたのか。
「可愛い孫のためだ。どんなことでもするに決まっておる」
一連のやり取りを聞いていたライスタス侯爵の顔色が青くなっている。
「……ま、孫…?」
インゲボルクは侯爵とエルネスタ様の方を向きながら
「皆様はあまりご存知ないかもしれませんが、私の母はここ、ランカスリー王国サウスト公爵家出身でして」
「私の妹だな。だからインゲボルク嬢は私の姪だ」
サウスト公爵が加えて説明してくれる。
まぁ知らないのも無理はない。
私の母である、現ファウスト公爵夫人は15才の時にランカスリー王国に来ていた父と恋に落ち、周りを説得し、ナタリアナ王国ファウスト家に嫁いできたのだ。16才になると同時に。
なのでこちらランカスリー王国では社交界デビューもしておらず、その存在自体あまり知られていないのだ。本当に小さな頃から仲が良かった者しか連絡もしていないらしい。
「……後ろ盾、でしたわよね」
リーゼロッテ様がニッコリ笑っている。
「………あ、その…」
ライスタス侯爵の声が小さくなっていく。
「我が孫娘、インゲボルクとユーリ王太子殿下の婚姻に際して何か問題でも?ライスタス侯爵よ」
インゲボルクに対する声色とは全然違う厳しい声が会場内に響き渡る。ライスタス侯爵の顔色がどんどん悪くなるのがわかる。
ほぼこの王都にいる貴族が集まるこの夜会で前宰相のこの宣言は間違いなく、この王国全てに瞬く間に広がることだろう。
「先程後ろ盾がどうとか言っていたが、もちろん私も我が娘と同様インゲボルク嬢を見守っていくつもりだ。インゲボルク、不都合な事があればユーリ王太子殿下だけではなく、私も頼ってくれていいからね。昔のように呼んでくれると嬉しいな」
「ありがとうございます、伯父様」
前宰相と現宰相とのこのやり取りを見ていて、これ以上何も言えないと思ったのか、ライスタス侯爵とエルネスタ嬢は悔しそうしている。
インゲボルクがふう、と一息つくとその首元にガバッと抱きついてきた人物がいた。
「あーやっと会えたわ!もうどれだけ会いたかったことか!昨日到着したと聞いたのに夜会まで会えないって言われてどれだけ文句言ってたかわかる?」
「リーゼロッテ様……」
「だめよ、私のことも昔のように呼んで!私もイルって呼んでいいでしょ?」
「もちろんです、リゼ」
従姉にあたるリーゼロッテとはユーリ同様、こちらに母や兄と遊びに来た際、それこそ一緒に駆け回って遊んだ仲だ。姉妹のように育ったと言っても過言ではない。
「早くこちらに連れてきて、ってお父様にもお祖父様にもお願いしてたのに、タイミングがって言って中々話が進まなくてイライラしてたわ。周りからはユーリ殿下の婚約者、とかなんとか言われるし」
「ごめんなさい、お待たせしました」
インゲボルクが微笑んでそう言うとリーゼロッテも
「大丈夫よ、絶対来るって信じてたし。そうならなかったらお父様達のこと、無能って叫ぶところだったわ」
「そんなこと言えるのリゼだけだぞ」
隣でサウスト公爵が笑っている。
「まぁこれで後ろ盾云々言われることはないと思うし、何かあったら私に言ってね、力になるから。ユーリ殿下もイルのことよろしくお願いしますね」
「もちろんだとも」
あぁそうだ、と思い、インゲボルクはエルネスタ嬢の方を見る。
「エルネスタ様、この仮面のことですが」
「……な、何のこと」
かなり顔色が悪いが知るものか。
「先程センスがとかおっしゃってましたが」
「そ、そんなこと言ったかしら?」
「いやですわ、数分前の自分の発言も忘れるなんて。こちら王妃様に考えていただいた飾り付けなんです。どこらへんを直せばよいか教えていただけます?」
さらに顔色が悪くなって、何も言えなくなったエルネスタ嬢に
「後ででもよいので、教えてくださいね」
と言ってユーリとともにダンスフロアに向かった。
ユーリと踊ったあと、お祖父様とも踊ったインゲボルクにもう誰も何も言えなかった。
夜会が終わり、部屋戻ったインゲボルクをユーリは優しく抱きしめて
「お疲れ様」
「ユーリこそ。あれで良かったですか?」
「もちろん!ありがとう十分だ」
こちらに向かう馬車内で色々と教えてもらっていた。いきなりインゲボルクを婚約者として紹介すると必ずあの侯爵がつっかかってくるとも。現に今までも夜会などではエルネスタ嬢がさもユーリの婚約者のように振る舞っており、どうやってやるのが一番痛いかを画策していたらしい。サウスト公爵家とも連絡を取り、お祖父様にも協力を願ったのだ。
「本当に色々画策するのがお得意ですね」
「こんな私は嫌かい?」
嫌われるなど微塵も思っていない笑顔で問いかけてくる。インゲボルクも彼にしか見せない笑顔で答える。
「あなたがそれをおっしゃいますか。私のため、ですもの。嫌など言うわけがありませんわ」
「それは良かった」
優しい声がインゲボルクの口唇近くで聞こえた。
前作より間が開いてしまいましたが、ようやく書くことができました。
前作では沢山のいいね、ブックマーク、評価、ありがとうございました。
ぜひ、今回もいいね、ブックマーク、評価の★★★★★をいただけると嬉しいです。
よろしくお願いいたします。