❸
ソッと触れた手から温もりが広がっていく。リオンとの関係性とはまた違った新鮮さを感じた。だけど、きっとこの予感は心の中から消してしまわないといけない。自分が苦しむ結果になると予感してる。
「ここまでくれば大丈夫でしょう」
口調が元に戻っている事に気が付いた。私はクロウを見つめると、悪戯な笑みでウィンクをする。二人の内緒だと言うサインでもあるようだ。どうにか察する事が出来た私は、ソッと手を離し、いつものシャデリーゼに戻った。
「それではご案内しますね、シャデリーゼ様」
「はい」
私はここから歩いていく。勿論リオンの元へと満面の笑みで向き合う為に、だ。令嬢として、一人の女として歩いていく決意は出来ている。リオンの傍にミシャがいようと、そんな事なんて関係がなかった。
歩いていくと、皆様が待っていると言う部屋についた。緊張しながらもコンコンとノックをし、ドアを開ける。私がクロウと一緒に現れる事により、周りの視線が少し気になるけど、ここはひるんではいけない。
「──失礼します」
私の背中には見守るようにクロウがいる。私は真っすぐな瞳でリオンを見つめた。その横にはクベルト伯爵が驚いた表情でこちらを見ている。
「遅れて申し訳ありません」
私が一言添えると、我に返ったクベルト伯爵はいつもの表情を取り戻し、笑みで迎えてくれる。リオンは少し表情が曇っている様子だが、今の私には関係ない。視線を動かしてミシャがいるのか確認したのだが、そこに彼女はいなかった。
少し気が抜けそうになるが、まだ予断は許されない。もしかしたら遅れてくるかもしれないからだ。クロウが親戚なのだから、ミシャも来るに決まっている。私はそう判断していた。
彼女を見ていて分かる。リオンに対して愛情よりも恐ろしいものを抱いているのが。執着心に近いものかもしれない。いや、それ以上にもっと闇が深い。
愛情は持ちすぎると憎しみに変化してしまうから、恐ろしいものだ。リオンは気づいているのかいないのか、はたまた気づかない振りを貫いているのか、それは本人にしか分からない答えだが、放置する事はしないと思っている。
いくらクベルト伯爵がミシャとの関係性を切り捨てようとしても、難しいのだから。
正面から見るとこう感じるのだけれど、また違う感情が見え隠れしている事にも気づいている。
クベルト伯爵のミシャへの異常な警戒心は普通じゃない。
「しかし驚きました。まさかクロウと共に来るとは……」
「私もです。迷っていたようなのでこちらへお連れしたまで」
私が口を開こうとした瞬間にクロウが阻止する。彼なりにもシナリオを用意しているらしい。まぁ、私が言うよりも、クロウがそういう方が安牌。私は同調するように言った。
「クロウ様にはお手数をおかけしました。ありがとうございます」
「いえ。後はリオン、お前が彼女をエスコートしなくてはいけないな。私は元の立ち位置に戻りますね」
爽やかな笑顔を周囲に振りまきながら、私の横から離れてクベルト伯爵の左隣へと移動し、そこに立つ。それと入れ替わるようにリオンが私へと近づいてくる。
私は再びリオンを見つめた。優しく包み込むように。そんな私の笑みに答えるように曇っていた表情がいつものリオンの顔色へと戻っていくのだ。
「お待ちしていましたシャデリーゼ」
「リオン」
二人の時間がこれから始まっていくような感覚の中でクベルト伯爵が自分達の存在を忘れているのではないかと言わんばかりに、ゴホンと咳を零す。私とリオンは甘い時間の流れを感じながらも、少し抑える。ここには他の人もいるのだから、少しは制御しないといけない。リオンにそれが出来るかはリオン次第になる。けれど私は彼よりも長い年月を生きているのだから、それくらいは出来て当然だろう。
開けたドアは閉められている事に気付く。クロウが閉めてくれたのだと知ると心の中で「ありがとう」と感謝の言葉を呟いた。
私はリオンにエスコートをされながら、クベルト伯爵、そしてクロウの前へと向かった。
「私の名前はグール・シャデリーゼと申します。今日はこのような素敵な空間を用意していただきましてありがとうございます」
「ようこそシャデリーゼ」
クベルト伯爵ははっきり私を受け入れると、右手を差し出した。リオンのエスコートしていた手は離れ、代わりにクベルト伯爵の手に置く。
これが婚姻の儀式──
認められた婚姻は天使の加護を受けると言われている。今日だけは特別な日なのだから。