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夜中のあの嵐のような感覚は寝ると収まっていた。日常と何も変わらない朝の光景に安心しながらも、支度を始める。色々考える事はあるのかもしれない、でも具現化していない現状では様子を見るのが一番だと、私は自分に納得をさせた。
「時間ギリギリね。どうしようかしら……」
馬車で向かうと時間に間に合わない可能性が高い。今日はリオンと話すのは勿論、クベルト伯爵の親族に紹介される日。正直、あのリオンに依存している女性と会う可能性を考えるとゾッとしているけど、幼馴染だと聞いていたし、大丈夫だと思う。確信はないけどね。
今日の私は昨日の風に当たられたせいか、移動魔法を使う事を決めた。本来なら外で使うのはご法度だ。でもどうしてだか、久しぶりに使いたくなった。どうしてこんな気持ちになるのか、自分でも疑問に思いながら唱える。
「ギア」
そうすると、私の体は異次元に吸い込まれていった。
移動魔法と言っても、すぐに到着はさせない。何も考えずに使うと誰かに見られてしまう可能性が高いからだ。だったら使わないのが一番なのだけど、間に合わないのだから仕方がないじゃない。
灰色の世界の中で浮いている私は移動ポイントを探る為に、指で空間をなぞる。すると画面が出てきて、何処に人がいるのか、いないのか適格に表記されてくれるのだ。最初はこんな精密じゃなかったけど、自分なりの工夫を加えて、ここまで進化させたのもある。
(おばあ様が言ってたっけ、魔法は作るものって……)
私はそれをしただけ。特別な事をしている感覚はなかった。子供の頃、遊び感覚でしていた事が大人になって役立つとは思ってもみなかった。
リオンの屋敷の裏には森林がある。そこなら誰にも気づかれないポイントと出た。正直整備されているかと言えば、微妙だが、仕方がない。今日はいいタイミングでシンプルでスタイリッシュなドレスを着ているから、どうにかなると変な自信でそこに降りた。
「ふう……まぁまぁ近い所に降りれたわね。これなら早く着くわ」
その時だった、近くの木の上からガサガサと音がなり始めた。何事かしらと近づいていくと、そこには黒くて長い髪を靡かせながら、読書をしている一人の男性がいた。
(どうして? 人がいないポイントだったんじゃないの?)
今までこんな事などなかったから余計不安になってしまう。でも顔に出したら終わりだ。相手は見ていないかもしれない。勘違いして、空から降って来たとか思うかもしれない。
まぁ、その前に私が近づいても、読書に集中しすぎて、気づかれていないのだけどね……
スルーするのも変だし、とりあえず声をかけてみる事にした。でもこの人何処かで見たような気がする。誰か思い出せないけれど。
「あの……」
「……」
ペラッ──
男は次のページへと進めた。
「聞こえてますよね?」
「……」
「ちょっと」
「……うるさいですね」
何度か繰り返した中でやっと返答がかえってきた事にホッと胸を撫でおろす。よくよく考えたら、大切な読書の時間を邪魔しているんだからそう言われても仕方ないわよね。見るからに頭がよさそうだもの、学ぶ事が大好きって顔に書かれているようにしか見えない。
「ここはクベルト家、所有の森ですよ。部外者は立ち入り禁止なのですが」
「すみません、あまりに素敵な森でつい」
「叔父には言いつけておきますね。失礼極まりない強欲な女性が侵入しましたと」
「なっ」
綺麗な顔をしているのに、毒舌すぎる。リオンがどこまで優しいのか噛みしめている自分がいる。それに何なの、この男、さっきから言いたい放題、言ってくれちゃって。
カチンときた私は屋敷まで聞こえそうなくらいの大声で叫んだ。
「私の名前はグール・シャデリーゼですわ」
怒りを噛みしめた笑顔でそう言ってやると、男は目をまん丸く見開いて、口に手を添えた。まるで笑いを堪えているかのように──