❼
全ては思い出と杞憂から始まった関係だった。妻以外を愛する事などありえないと自分をいさめたものだ。私はベッドの中で彼女の温もりに包まれながらも、本当の彼女の正体を掴もうとしていた。
闇に愛された女──
そう呼ぶにふさわしい。そう感じるのは他の男も同じだと思う。
「ん」
「起こしてしまったか」
綺麗な黒い髪を靡かせながらゆっくりと起き上がる彼女は、ふうと息を吐くと、私に視線を向けた。
「いいのよ。起きたい気分だったの」
寝ぼけまなこの彼女を見て、嘘をつけ、と苦笑いしてしまう自分が可笑しくて仕方がない。異国の血を引いた彼女は、名前を教えてはくれなかった。何度も聞いたが、同じ返答ばかり。
「貴方も立場を隠している。なら私も隠して当然じゃないの?」
尻尾が掴めない狐のように、怪しく微笑みながら私の腕からスルリと抜けていく。
もう朝だ──
いつもの彼女なら夜明けの前に姿をくらますのに、今日の彼女は違った。どういう気まぐれか知らないが、自分の名前を明かしたのだ。
「私の名前は……露庵」
「ロ……アン」
「覚えておくといいわ。私は貴方の事をよく知っているのよ。知らなかったでしょう?」
そう言いながら、木製の深い椅子に座りながら、お腹をさすっている彼女を見て、まさかと感じた。
「もしかして、露庵、君は……」
返事の代わりに母親の温もりに満ちた笑みが私の眼に映りこんで離さなかった。
「貴方は「魔法」が使えるのでしょう? 実はね私もなのよ」
「……!!」
「それがどういう意味か理解出来るかしら?」
私は彼女に自分が「魔法」を使える事を伝えた事など一度もない。それなのに何故、理解しているのかと言うと、その理由は一つしか考えれなかった。
彼女は「魔女」
私の血筋も魔女、しかし純潔ではない。だから自分が使えるものは限られていた。それを上回る力を持っているからこそ、力の弱い私の能力にも気づいたと言う訳だ。
私はハッとし、兵士の亡きがらを思い出した。あの時の特殊な魔法……いや呪術に近いものを発動させたのは露庵、私の目の前にいる彼女本人の可能性が限りなく高い。
「君が……彼を始末したのか?」
「くすっ。私の懐に入ろうとした罰よ。仕方がない「運命」だと嘆けばいい」
「っ!!」
何度も体を重ね、色香を覚え、骨をなぶられるように彼女にはまっていた私は現実を見た。グッと拳を握ると、感情の高ぶりが能力を開放させていく。自分で何をしたいのか、彼女を消したいのか、混乱する頭と心はどんどん壊れていく。
「貴方の力じゃ私を上回る事は出来ないのよ? 私は自分の役目を全うしただけ。自分の命を注いで、この子を産み落とすわ」
やはり妊娠していたか。そう思っているのに、力を抑える事が出来ない。話し方を聞いていて感じた違和感は確信に変わり、真実へと導こうとしている。
「……感情による力の暴走」
露庵は右手で私に向かいかざし、何かを唱える。すると私の力は抜けて、彼女の体へと吸収されていく。
ドクン──
両手から少量だが血が道になり、彼女の口の中へと取り込まれていく。その光景を見て、私は幼少の頃に見た「魔女狩り」の光景を思い出しながら、涙を流した。
思い出したくない過去は忘れたままで……
懐かしい声に守られながらも、意識を保つのでやっとだ。私はこんな所で倒れない、そんな事許されないのだから。
「ゴクン、美味しい。やはり魔女の血を持っていたのね」
「な……にを」
「この血は貴方には相応しくないわ。私達の子供となる種の栄養として頂いたのよ」
「!!」
「この時を待っていたわ。後は私の命を代償にするだけ……この子の存在は貴方にとって歪みになる事でしょう」
くすくすと笑い続ける露庵は、私の見てきた美しい女とは違う醜い笑みを見せている。そして自分のお腹に両手を向け、魔法を唱えた。その瞬間、彼女の肉体は崩れ落ち、その代わりに赤ん坊が残されていた。
<その子は貴方と私の子。きっとクベルトが事実を知ると怒り狂うでしょうね。だからあえて預けなさい。貴方を苦しめる事になるその子を>
何故、彼女がそんな言葉を残したのか、未だに分からずにいる私がいるのだ……