❼
問題児の二人が去った事により、空間が少しずつだが軽いものへと変化していく。クベルト伯爵は両手で顔を隠すように、肘をつき、独り言を呟いた。
「手のかかる子供達だ」
彼の脳裏に浮かぶのは幼少の頃から見てきた彼女達の記憶。リオンと遊びながらも、ミシャが恋をしていた事には気づいていたが、昔から危うい所のある子だと思い、様子を見てきたのだ。
怒りの感情はいつの間にか静かな悲しみへと変換され、悲しそうに微笑みながら、言った。
「昔のようにはいかないのだよ、ミシャ嬢」
今まであえて令嬢として扱ってこなかったクベルト伯爵が初めて『ミシャ嬢』と言った。近かった関係性の崩壊の始まりは、私達の想いも知らずに加速し始める。
その先にある、現実の苦しみなんて知らずに、私はリオンと共に甘いひと時を再開していた。
昔の私なら、このような事態に陥ったらアタフタしていただろう。でも年齢が年齢。少しぐらいは心のわだかまりを消化する術を知っている。心配だったのはリオンの事だった。幾ら問題を起こしたとしても、幼馴染に変わらないミシャに対してショックが大きいと考えていたのだが、私の杞憂だったみたい。
「落ち着いたようだし、僕達も部屋へ戻りますか」
「え」
「後はお父様がどうにかしてくださいますよ。僕達は僕達の空間を楽しみませんか? それとも僕では不服?」
「……そんな事ないわ」
私の返答に安心したように微笑むリオンが眩しく感じた。まるで陰と陽を見せつけられているみたい、そう感じてやまなかったの。
「それでは」
「きゃっ」
リオンは何の躊躇いもなく、私を抱きかかえる。この年齢になってお姫様だっこはさすがに恥ずかしい。それも庭園で……
私は頬を赤く染めながらも、まじかにある彼の瞳にアイコンタクトをする。彼の瞳は純粋に光っていて、私の瞳と重ね合った。どんどん距離が近づいてきている気がする。
「リオン……」
「ちゅ」
ん──
ただのキス、軽いキスなのに、どうしてだろうかこんなに安心するのは、まるで魔法にかけられたみたい。甘さの中で酔わされながら、堪能している自分がそこにいる。
小鳥がついばむように何度も軽いキスを繰り返す私達。周囲にいた人達はいないのが唯一の救い。こんな所、見られたら……と思うと『シャデリーゼ嬢』としての表面が崩れてしまうもの。
年下の癖に、どうしてリードしているのよ──
そう思っていると、甘酸っぱさは余韻を寄越しながら、唇を離した。
「安心して、僕がいるから」
キスの後にその笑顔と言葉はずるいと思ってしまうのは私だけだろうか。