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リオンが私以外の女性を愛する所なんて見たくない。想像もしたくない。私の隣にはいつもリオンがいて、その横で私は笑ってて……クロウとクベルト伯爵は温かい目で見守ってくれる……。
それがミシャの願いであり、夢だった。リオンに会えると必死で走ってきたのに、誰にも気づかれないように、庭から彼の部屋へ行こうとしたら、ミシャの目に映るものは、あの時のダンス相手の女とキスをしている姿だった。
ミシャは現実を見たくない一心で目線を逸らそうとするが、どうしてだか体がいう事を聞いてくれない。リオンのあんな表情を見れるのは自分だけだと思っていたミシャからすればショックだっただろう。
「何よ……あれ」
物陰に隠れている事も忘れて、茫然と立ち尽くすミシャ。その様子に気付いたお付きの方々がミシャを取り押さえた。抵抗する事も忘れて、放心状態の彼女はすんなりと屋敷の奥へと連れていかれる。
ガチガチと歯ぎしりを立てながら、指を噛み続けるミシャの姿からは美しさの欠片も何もない。あるのは狂気。しなやかで綺麗だった指も、何度も思いきり噛むのだから、血まみれになっている。
「あんなの嘘よ……私のものなのに」
ガチガチと歯ぎしりをする音が廊下中に響き渡っている。お付きの方々はミシャの事を知っているが、婚約者が決まった今、彼女はこの屋敷に簡単に出入りが出来ない立場へと堕ちていた。
連れていかれたのはクベルト伯爵の自室だ。ミシャは狂ったようにブツブツ言いながら、自分が今どういう状況にいるかも把握出来ていない。純粋な想いは、少しでも歪みを知ってしまうと、ここまで闇に支配されてしまうのかとミシャの様子を見ているクベルト伯爵は感じた。
その部屋には勿論クロウもいる。
「ミシャを見ても、同じ言葉が言えるかい? クロウ」
「なんでミシャがここに……」
「クロウ、君が思っている程、彼女は子供ではないのだよ。どうせ見たくないものを自分で勝手に見て、現実を受け入れる事が出来ずに、逃避しているだけだろうが……哀れだな」
「……」
こんな光景を見せられて、クロウも何も言えない状況に追いやられた。ミシャを守る為にこの屋敷に来たのに、自分が目を離したせいでこの有様なのだから……