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お風呂のドアを開けると、水が張られている事に気付いた。そしてそこには一枚のメモが貼られている。私はネグリジェを脱ぎ、そのメモへと手を伸ばした。
<いつでも入浴出来るように水を張っています。後は自分で調整してください>
筆跡を見るとルビーの字だ。私は見抜かれていた事に、肩を落としため息を吐く。最後に小さな文字で、書かれていた言葉を見つめながら──
<隠そうとしても無駄ですからね>
綺麗な文字でそう書かれていた。ああ、また怒られる……まぁ、昨日時点で気づかれても仕方ないか、と割り切ると、水だけ張られている浴槽に近づいた。
私は右手でどれくらいの冷たさか確認すると、そのまま水を浸透させていく。
「今日はいつも以上に冷たいわね。まるでルビーの怒りのよう」
ポツリと呟くとその表情が頭の中で浮かんできた。私はくすっ、と笑うと浸していた手を抜き、代わりに左手で波紋に合わせながら魔法を発動する。
「ルーツ」
私の言葉に反応するように、コポコポと水の温度が上昇していく。今日は熱めに入りたいから、意識を集中させて、っと。数秒の間で自分の期待通りの温度になった事を確認し、体を沈めていった。
「ふぅ」
本来なら令嬢は「魔法」を使う事が出来ない。しかし私の場合は違った。祖母の血が原因のようだ。まだ祖母が生きている時に試しで「お前もやってごらん」と言われ、見よう見真似でしてみると出来てしまったの。
普段はルビーが温度管理してくれて入っているんだけど、何せこんな事が多いから、スパイスの一環として、使用しているようなもの。
「気持ちいい。温度もベストね」
さっきまで入浴する事に対して後ろ向きだったが、入るとやはり癒される。この時間も私の中で心と体を癒す大切なひとときなのだ。