(レ)起きたら婚約者が追放されてたんですが
さて、時間はすこしさかのぼります。
ここから聖騎士レイヤードのおはなしおはなし……。
ここは城塞都市ガルガンの高級宿屋『堕楽園』の最上階。
長年連れ添った勇者ギルド団【聖なる手】の仲間たちと、ついに魔王を討伐した。その次の日、俺の大事な婚約者、聖女リリィ・ハルバルドは、すでにギルド団から追放されていた。
俺は追放の実行者【聖なる手】リーダーである勇者オドベルに話を聞くためにオドベルの部屋に乗り込んだ。
俺は苛立ちをおさえきれずにオドベルの部屋の頑丈なドアを蹴飛ばして中に入る。
だだっ広い部屋。真っ赤な絨毯に豪華な食卓。上には食い散らされた肉と野菜。部屋に充満するのは酒のニオイだ。ソファやテーブル、床にもワイン瓶がねっ転がり、瓶に寄り添うように裸の女どもも横たわっている。
この土地の娼婦どもか。うす黒い肌が汗ばんで艶めいている。しかし、裸だというのに一向に俺の心も体もざわつかない。やはり女は高貴でなくては。淑やかな女が俺の手で乱れる様こそが至高なのだ。そう、女はやはり貴族でなければ。
しかし皆はこんな俺の本心は知らない。礼儀として女を口説いているだけだというのに、相手が勝手に本気になるのだ。
俺はふと、この宿屋の名前を思い出した。【堕楽園】とはよく言ったものだ。皮肉が効いていて感心すらする。
まったく毎晩本当に尽きないものだ。オドベルの精力というものは。
「オドベル! どこだ!」
俺は足元に転がる堕落どもを蹴散らして寝室に向かった。
「オドベル! 開けるぞ!」
俺は寝室のドアの前で一呼吸する。返事をまったがあるはずもない。俺は一気に両手でドアを押し広げた。
天蓋のついたベッドの中、数人の男女が寝そべっている。その中央、オドベルがこちらにモノを見せつけるような格好で股を開いている。
「うっ……」
その光景と共に更なるアルコールの臭気が俺の目と鼻を突いた。俺はたまらず窓際によりカーテンをザっと開いた。朝日が部屋の奥まで届いた。窓を開けて風を流し込む。
俺はベッドを睨んで反応を待つ。オドベルは目をこすりながらくっと首をもたげてこちらを向いた。
「なんだ? レイヤード……朝から何を騒いでいる……」
「いいから、その汚いものをさっさと隠せ!」
オドベルの周囲で寄り添っていた、異国の男女どもも、ガサゴソと動き始めた。
俺は待ちきれずに、周囲の床に散乱していた男娼や娼婦どもの衣類を次々に拾い上げてまとめると、ばさっと連中に手渡した。連中は不満そうな表情を見せながらも、衣類を簡単に羽織り、部屋からそそくさと逃げていった。
俺は寝室のドアを閉じてから、オドベルに向きあう。オドベルはガウンを体に巻いてベッドの横に座っていた。
俺は事の真偽を確認する。
「おい、リリィを追放したって本当か?」
「その話か……あぁ、本当だよ」
疑いが事実に変わった瞬間。俺は気が付くとオドベルの前に立ち、ガウンの胸ぐらをつかんでオドベルを引っ張り上げていた。
「一体どうしてだ!? あいつは俺の婚約者なんだぞ!」
オドベルは、ぷはぁ、と俺の鼻先に向かって息を吐いた。酒と、乾いた唾液のニオイ、そして夜の残り香が俺の顔じゅうを包む。俺は思わず手を放して一歩後ろに飛びのいた。
オドベルは、鼻で笑って再びベッドに腰かける。乱れたガウンを両手ですっと整えた。
「レイヤード、何を言っている。お前ほどの男ならばいくらでもいい女がいるだろう」
「リリィはハルバルド卿の長女なんだぞ! 俺の……大事な、逆たまの相手だ」
「逆玉の輿? レイヤード、お前一体いつの話をしている。俺たちはもう昔とは違う。一貴族の令嬢なんぞに取り入らなくても、もうとっくに俺たちの方が地位が上だ。それに俺は昔っからリリィは気に喰わなかった」
「なんだと?」
「あいつは俺たちを見下していた。レイヤード、俺とお前は貴族でも何でもない。片田舎から剣の腕一つで成り上がって来たんだ。それに比べてリリィは王族につながる名家ハルバルド家の長女。片手うちわで何不自由ない生活が約束されている。あいつは、いつもいつも俺たちの事を見下していた」
「それはお前のひがみだろう」
「なんだと! レイヤード。お前も追放するぞ! 俺が命じれば何でもできるんだ!」
「やってみろ」
オドベルは血走った目で俺を睨みつける。しかし、その視線はすぐに弱々しく下に向いた。
「ふっ、そんな事……するわけないだろう。お前は俺の唯一の友だ。俺は友にはやさしくする」
「ならばなぜ、リリィには優しくしなかったのだ」
「わかっているだろう、レイヤード。俺の気持ちが」
俺はため息をついた。どうやら酔った勢いで追放したというわけでもなさそうだ。
俺は肩を落としてうなだれているオドベルを見つめて言った。
「とにかく、酒を抜け。今からこの都市での凱旋パレードだぞ」
オドベルは力なく笑った。
堕落園:富豪商人ネールの運営する最高級宿屋。宿泊費は目が飛び出るほど高額。その分、全てのサービスが贅で尽くされている。床に転がるワイン一本で奴隷百人が買えるとも言われており、同業者から蔑視を込めて”堕楽園の100人ワイン”などと揶揄されている。