指をパチンと
私とマリアはひとまず立ち上がり庭の隅にあるしなびた木の椅子に腰を降ろす。
マリアはぐすんと鼻をすすりながら、私をちらりと見た。
「ね……リリィ」
「なぁに?」
「どうしてあなたって、あんなふうに言い返せるの? アタシったら大きな声で怒鳴る人を前にすると、心臓がバクバクして思うように体が動かなくなるの……こわくなっちゃう」
「私だって怖いわよ?」
「うそ? 平気だと思ってた」
「私を何だと思ってるのよ」
「ごめんなさい……」
「そうやってすぐ謝らないの」
マリアは力なく笑った。
ここで、相手をカボチャだとか人参だと思えばいいのよ、という忠告を言ったところで、それがマリアに効くとも思えない。マリアは子供のころに両親を亡くし、親戚の家をたらいまわしにされていたと聞いた。それに、そこで色々とひどい扱いを受けたとも。私は何と言ったらいいのか頭を悩ませる。
「そうだ! マリア、おまじないを教えてあげる」
「おまじない?」
「そう。もしも次に誰かに何かひどい事を言われたとき、言い返す勇気がない時は、こうして指をはじいてみて」
私はそういって、マリアの顔の前に右手をかざし親指と薬指を滑らせて、パチン、とはじいた。
マリアは不思議そうに私を真似て指をはじいた。そして、これでいいの?とつぶやいた。私は笑顔でうなずいた。次に何かあったとき、こっそり、私の魔法を使ってやろう。
「あ、もう休憩終わっちゃうよ、行こう、マリア」
私たちは急いで大食堂に向かった。
私たちが大食堂に入ると、すでに全員が壁際に並んでいる。修道院長のメリーベル女史がこちらに目をやる。私は少しお辞儀をして、急いでマリアと一緒に列の端っこに並んだ。姿勢を正して周囲を見渡す。
大食堂のテーブルは全部で10。それぞれの席に4人ずつが座れるようになっている。勇者ギルド団員は総勢で39名。そう、残り1名の空席というのは私なのだ。私が抜けてからは特に団員の補充はしていないようだった。すでに魔王討伐は終わっているのだから、特に必要もないのだろう。
今彼らギルド団【聖なる手】は、あちこちの地方から呼ばれて歓待を受けている。ようするに世界中を旅行して、ただ飯を食らって回っているのだ。こんな修道院を歓待場所に選んでいる時点で怪しい。
ようするに、女の園とやらを物見遊山であちこちまわっているのだろう。
マリアの声が耳元で聞こえた。
「ね、リリィ……」
「どうしたの?」
「お願い、アタシのそばにいてね……」
「食事と飲み物を順番通りに運ぶだけよ」
「アタシにはそれが難しいのよ、あぁ緊張してきた」
私はさっきのおまじないを伝える。
「いい? なにかあったらさっきのおまじないをしてね、指をはじいて」
「うん……わかった。指をパチンと、ね」
その時、大食堂の入り口が仰々しく開かれた。