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新入り修道女 リリィ・ハルバルドでございます





 話は数か月前へともどります。







 ここは、王都にある修道院。



「もう一度! 何度言ったらわかるの! あなた耳はついているの?」


 修道院長であるメリーベル女史の厳しい声が修道院の大食堂内に響きわたった。


 私はびくりと肩を上げて、声の方をちらりと見た。


 怒られているのは、私と同時期にここに入会した修道女のマリアだ。


 皿の置き方やスプーンとナイフの配置なんて毎日毎日繰り返し行っているのだから、覚えられるはずなんだけれど。


 マリアは何度言われてもなかなかうまくいかないみたいだ。


 他の修道女たちは皆、見て見ぬふりをしている。誰も口を開かずに自分の前にあるテーブルに食器を用意していく。


 かちゃかちゃと食器の(こす)れる音だけが響く中、マリアの、すみません、という小さな声が聞こえた。


 手を止めて、それを見ていた私に、目の前にいる他の修道女がつぶやく。


「リリィ、早く手を動かしなさい……”できそこないのマリア”には、かかわっちゃだめよ」


 私は同期をけなされて、ついつい目の前の修道女を睨んだ。その子はプイっと顔を背けて食器を準備している。


 私は気を取り直して、手元のテーブルに食器を並べ始めた。









 プレプトン大聖堂横にある修道院。今の私の生活の場だ。今日は王都に勇者ギルド団の一行が来るらしい。


 昼食をとる場として、この修道院の大食堂が選ばれたそうだ。もてなすための昼食の準備を修道院の全員が朝から総出で行っている。


 ある程度の準備が終わって私達に休憩時間が与えられる。


 さっきまでの大食堂とは違い、私達に与えられる食堂は狭い。


 古びた木のテーブルに、お互いの肩が付きそうな距離で質素な昼食をとる。


 皆の話題はもちろん、これからここに訪れる勇者ギルド団の一行についてだ。


 勇者ギルド団の中でも、特に女性から人気があるのが、聖騎士レイヤード。


 ここは修道院。当たり前だけれど全員女だから黄色い声がそこらじゅうで聞こえて耳がいたい。






「ねぇ! わたし初めて見るんだけど、勇者様の一向にいる聖騎士のレイヤード様って、それはそれは見た目(うるわ)しいおかたですってね」


「黄金になびく髪、透き通るような白い肌に、彫刻のようなお体をしているらしいわよ」


「やだぁ……素敵。はだか、見てみたい」


「ちょっと、あんた何言ってんのよ!」


「お顔もめっぽうお綺麗だとか、それでいて剣術の腕も王国一ともいわれるそうじゃない!」





 私はスープをすくいながら心の中で、けっ、と悪態をつく。


 修道女って清貧だとか、貞操だとか仰々しく理念を(かか)げているわりには意外とみんなミーハーなのだ。


 私は聖騎士レイヤードの顔を思い浮かべる。ありありと。


 なんたって、レイヤードのキス顔まで知っている。実は私と聖騎士レイヤードはもともと同じギルドメンバーだったのだから。


 キスは未遂に終わらせたけれど、いまでも思い出すと鳥肌が立つ。


 確かに、確かによ、女と見まごう程に美しいというのは認める。しかし、あいつは本当に聖騎士というより”性騎士”なのだ。


 あいつに泣かされた女の数をここで上げてやろうかとも思ったけれど、どうせそんな話をしたところで私に何の得もない。


 私は黙ったままスープを飲み切ると、立ち上がり食器を片付ける。そそくさとひとりで裏庭に向かった。







”光の大聖女リリィ・ハルバルド”


 それが私のかつての肩書だった。


 今からここに来る勇者ギルド団一行に、私の名も連なっていたのだ。でも私はそこから抜けた。


 抜けて、何もかもを捨ててこの修道院に入会したのだ。全てが嫌になったから。もちろん修道院のほかの子たちは私の正体なんて知らない。


 ただの新入りの修道女としか見ていない。


 私が所属していたギルド団【聖なる手】のメンバーたちは魔王討伐をした後、見るからに堕落していった。


 地位も名誉も手に入れた人間の生き着く先というのは、ようするに”やりたいことをやる”というところに落ち着いてしまうものなのだ。


 断言できる。ギルド団のメンバーに男女が混ざると、そいつらはほとんどできている。


 私ですら、勇者オドベル、魔法使いミール、そして件の聖騎士レイヤード、彼ら全員から求愛されたことがある。


 だからと言って、皆が私の事を好きだったのかというとそうじゃない。なぜって? 私は見た目も地味だし、とりたてて美人というわけでもない。男たちが私に対してかける誉め言葉と言えば”気立てがよさそう”だの”真面目そう”だの、そういう種類の言葉だ。


 私だってバカじゃない。これはつまり”見た目がよくない”という比喩なのだ。


 皆が私に声をかけるのは、ただ、私の地位が目当てというだけなのだ。王族とつながりのある私の家、ハルバルド侯爵家長女という地位が。


 涼しい顔をして、(たた)えられている人間の裏側なんて汚いものだと思い知った。


 有名になった私の地位や財産をねらい言い寄る男たち、私の魔法をうらやみ何かと利用しようとしてくる人たち。


 私はすべてをリセットしたくなった。世間から離れたくなって、修道院に入会した。


 だというのにこんな形で元メンバーと顔を合わせることになってしまうだなんて。


 神様もきっと男なんだわ。


 私はそんなことを考えながら裏庭に出て、しばらく一人で過ごせそうな場所を探す。


 でも、物事というのはうまくはいかないみたいだ。


 庭の隅に修道女の制服をきた、数人の人影が見えた。


 そこに私の同期であるマリアの姿を見つけた。マリアは一人だけ地面に座らされているし、明らかに泣いている。


 私はそのグループに近寄った。そして声をかけた。


「すみません、何をしているのですか?」


 マリアを囲んでいたグループ全員が振り返る。そしてそのうちの一人が口を開いた。


「リリィ、あんたマリアとおなじ新入りでしょ、部屋も同じよね。連帯責任だわ、あんたもここにひざまずきなさい!」


 そういうと突然周囲の修道女たちが私を押さえつけて、マリアの隣に座らせた。


 私がマリアを横目で見ると、マリアは涙を拭きながら謝った。


「ごめんね、リリィ……アタシのせいで……」


 私は小さくため息をついた。


 私達を見下ろしながら、リーダー格の大柄な修道女ポラルが口を開く。


「できそこないのマリアのせいで、私達まで修道院長に怒られるのよ? 皿の並べ方ぐらいがどうして覚えられないのよ!」


 マリアは何度も、ごめんなさい、ごめんなさい、と口にするばかりで、話にならない。


 私がかわりに口を開いた。


「マリアは覚えが悪いんじゃないんです。とても緊張してしまうんです。修道院長みたいな怒鳴る人がいると委縮して本来の力がだせなくなるの、そうよね」


 マリアはコクリと頷いた。するとポラルが口を開く。


「そんなことは知らないわよ! できるか、できないか。それが問題なの!」


「ポラルさん、あなたマリアに嘘を教えましたよね?」


 ポラルの口元が歪む。


「なんですって?」


「私見てましたよ。マリアが入りたての一番最初の頃に、あなたはマリアに皿とスプーンの位置を反対に教えましたよね?」


 ポラルがくちごもる。苦し紛れに言葉をはく。


「そ、そ、そんなわけないでしょ! どうしてそんなことする必要があるのよ」


「マリアをいじめる為ですよね? 自分ができそこないだからって、誰かをできそこないに仕立て上げるだなんてのは、あんまりいい趣味じゃないですよ?」


「新入りのくせに生意気な!」


 ポラルは手を振り上げて、大きく私の頬をはたいた。


 私の左の頬がじんじんと熱い。私はポラルをきっと睨みつける。


「ふん! 今日はこれくらいにしといてあげる!」


 ポラルはそういうと、仲間を引き連れて去っていった。


 せっかく、一人でゆっくりと過ごそうと思っていた時間がこんな感じになってしまうだなんて。


 やっぱり、今日は朝からついてない。マリアはしきりにごめんね、ごめんね、と繰り返していた。




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