第36話:戦いの終わり
そう…… 覚えてて、くれたんだ…… ──【本の王】アルカディア
ほぅ…… よもや人間がグラナを破るとは我々の誰もが思いもしなかっただろうな ──???
せっかくだから俺にエグくサクッとやられとくか? ──【拳の王】クリーヴァ・ライオネル
あたしの中で誰かが…… ──リース
限界……か ──BLADE
お前は消えるな、レグナ ──“ありとあらゆる者”
アルカディア・WS・エクセリオン
クグルル・セント・エクセリオンの実娘にして『穢れ名の姫君』と呼ばれた王国の姫。
彼女は天才だった。聖痕以外のクグルルの全ての才能を受け継いでいた。
それが、幸運だったのか、仇となったのか、
幼少の頃に誘拐され暴行を加えられた際にその力を暴走させて実行犯を皆殺しにした。それからの彼女の扱いは、皇女ではなくただの爆弾だった。暴走させないように、みな一様に彼女を恐れた。
不安定、だったのだ。彼女の力は。
クグルルの絶大な力を受け継ぎながら、それを制御する聖痕がない。
そしてのちに現れたザックフォードがクグルルの長男だと判明し、彼女は王国を逐われた。
恨みしかなかった。なぜ? どうして? 泥を啜らざるを得ないような空腹と貧困の中で彼女は考える。私は王国を逐われるようなことをしたのだろうか?
やがて彼女は病にかかる。必ず死に至る不治の病。それがベリアルとの戦いの2年ほど前だ。
このまま死んでなるものか
焦る彼女は古文書にあった1つの秘術を完成させる。
魂の悪魔化、他人の身体を乗っ取る術。
目をつけている肉体は既にある。半天使、シファ・バルバローネの身体だ。だが1つだけ障害があった。魂を悪魔化するには強靭な悪魔の魂が必要なのだ──、だから“暴君”ベリアルの存在に彼女は驚喜した。彼女は王国戻る。言葉使いから容貌まで何もかもが変わった彼女をアルカディアだと気づいた者は誰1人居なかった──、はずだった。
ああ そういえばそんなんだったわねェ……あたしの、ほんとの名前
「6年前にあんたの前で、名乗った覚えはないん……だけ……どォ……?」
「覚えてるよ…… 20年も前のことだが」
20年前──、医者にも手の施しようのなかった原因不明の激痛 (いま思えば悪魔の細胞を埋め込んだ拒絶反応だったのだろう) をその小さな掌で治めてくれたのはそんな名前の小さな女の子だった。
「そう…… 覚えてて、くれたんだ……」
不意に彼女は憑き物が落ちたような笑みを浮かべた。それは怒っていない、嘆いていない、ましてや狂ってなどいるはずもない、“ただ”の笑み。
シュゥ……
何かが溶けるのに似た音がして、リースの身体から細い煙が立ち上った。
さよなら……
どちらからともなく彼らは呟いた。リースの身体は土に横たわった。念のために脈を取るとしっかりと鼓動を刻んでいる。目覚めるのも時間の問題だろう。
不死と化した魂は穢れが抜け落ちて、たったいま死んだ。
「ほぅ…… よもや人間がグラナを破るとは我々の誰もが思いもしなかっただろうな」
悪魔の声──、レグナは咄嗟に剣を引き抜き声のしたほうへ振り返った。が、圧倒的な疲労感がそれを阻害し倒れ込む。
「止めよ 最早互いに戦う力など一片も残ってはおらんだろう?」
悪魔は驚くほど敵意のない声で言った。
姿、形こそ違うがそれはレグナが一度対峙した悪魔の仕草と相違なかった。
「Fourth エメトか……? 生きてたのか」
「我はEMETHの魔術師などと呼ばれて久しいがその本懐は“死体行使術”にあるのだ 最も鞍替えしたばかりの慣れない身体では満足に動けもしないがな」
「そうか…… あんたは『屍喰らい』の魔王なのか」
エメトは頷いた。
『屍喰らい』とは死体を乗っ取って扱う種族だ。そのせいで彼らの集団に襲われれば戦場から死体が消えるという奇怪な現象が起こる。
その本体が彼等の操る身体に刻み込まれたEMETHの文字であることを知る物は極めて少ない。
「ラーシャルやエヴァンスも死に、7人居た魔王も最早我1人
人間と戦ったところでタカが知れているだろうし、グラナを失ったいま我に戦う意思も存在しない
我と同胞を魔界へ帰すと約束するならば、我が説得するが、どうだ 我と取り引きせぬか?」
「んなこと言っても……お前らを呼んだやつはもう居ないんだし……」
エメトは横たわるリースを指す。
「その娘はどうだろうか おそらくシファ・バルバローネの魂に内蔵されていた力が大量に残っているだろう、加えて『神に似た者』という加速器付きだ
送還の術を使える可能性は高い」
「……わかった こいつが起きたらもう一度同じ話をしてくれ」
「かぁー またエグいぐらいボロボロだなぁ ブレイド せっかくだから俺にエグくサクッとやられとくか?」
ズタボロの僕達の前に【拳の王】クリーヴァ・ライオネルが現れ、エメトの説得に応じなかった悪魔を殲滅して、リースの目覚めを待った。
やがて、目を覚ましたリースはぼんやりと視線をさまよわせてそれからレグナの顔を見た。
「大丈夫か?」
柔らかい声でレグナが訊ねる。
「うん…… だけど……」
リースはゆっくりと半身を起こし目尻に指をやった。
「あたしの中で誰かが泣いてた……」
ホロリと一粒だけ涙が溢れた。
リースが大多数の悪魔を送還することに成功しボロボロの身体をクリーヴァに引き摺られてレグナ達はヴァルクリフに戻った。
大陸間を隔てる海はクリーヴァの持つテスタメント、ミョルニルの物体の結合能力を使って水面の空気を固体化し渡った。
帰還。送還の行使による大多数の悪魔の消滅。
その日、ヴァルクリフは沸きに沸いた。
シャルツは自分が【銃の王】だったことを街人に開かし、“怠け者のリトル”として改めて受け入れられた。
みんな、シャルツが突然居なくなったことへの心配のほうが大きかった。
宴は幾日も続き、人々は平和を噛み締める。
そして、
レグナが、倒れた。
医者の診断では下半身の神経が丸々ぷっつりと切断されているらしい。
半身不随。戦人としての終わり。
「限界……か」
だけど重要なことはそんなことではない。
違和感はずっと感じていた。最初に感じたのはベリアルとの戦い。
20歳を過ぎたあたりからより一層違和感は酷くなっていった。そしてそれ以来戦闘の時に意識した以上の力を引き出せたことがあった。
ドレイクとの戦いが、それだった。
グラナとの戦いで見せたのは謂わば蝋燭の最後の輝きだったのかも知れない。そして遂にレヴィアタンが──、レグナの中の悪魔が意識の表層に現れた。
悪魔の侵食、25年の歳月を経てゆっくりと増殖した悪魔の細胞がレグナを食らっていたのだ。
力の対価。それが早すぎる寿命。
「普通に生きても30……までは持たないかな」
薄ら笑い。死にたくない、と考えたことはなかった。殺すには覚悟が要った。死線を潜り抜ける戦いが全てだった。
この程度で済んだら安いモノだ。
レグナは思う。充分に生きた。なのになぜだろう。
死にたくない、と考えたことはなかったはずだった。
だけど考えてしまった。生きたい、と……
最早悪魔の胎動さえ感じ取れる。動かない下半身の悪魔化がはっきりとわかる。
魔王レヴィアタン、この世界に伝わっている魔界の伝説の中で72人の魔王の第4位とされる、大悪魔。
かつて人間が裏切った悪魔。身体を切り刻まれてウルスラグナという剣とレグナという半神に詰め込まれた悪魔。
人間を恨んでいるだろう。これを解き放ってはいけない。
レグナは、死ななければいけない。
「はぁ……」
レグナは一度大きく息を吐いた。ウルスラグナを抜く。自分の首を断つのは意外に力を入れ辛い。
「約束、守れなかったな……」
結婚しよう。って言ったのに……
──レグナは剣を振り抜いた。
「諦めるのはまだ早いんじゃないか」
グチュ 増殖した“なにか”の細胞がウルスラグナを阻んでいた。
「王、ザックフォード……?」
「あぁ 王様ならクビになった」
あっさりとザックフォードは言う。
「『BH計画』を中心にした人体実験が露見してな 引きずりおろされたわ」
「……俺に何の用だ?」
「堅いねぇ おたくは相変わらず」
やれやれ と言った表情を作るとザックフォードはレグナの腹辺りに手を添えた。
「わりぃ ちょっと寝てけ」
唐突にレグナの意識が飛んだ。
「もしもーし、聴こえるか? レヴィアタン」
──お? なんだ、お前は
「いまからお前の肉体を再構築するから、お前 そっちに移れ
出来れば魔界への門も開いてやる」
この世の全ての生物である“ありとあらゆる者”ならばそれが出来る。
──バカかお前は んなことしたら肉体だけ貰ってお前と人間を殺しておさらばに決まってんだろ
「やってみろよ その前に俺がお前を滅してやるよ」
──、、、お前 サタンか?
「……どうする?」
──どーりで『三つ首の赤き竜の王』なんて伝説が伝わってるはずだ、OK ただし肉体が不完全ならお前に殺られる前に殺れるだけやってやるゼ?
「行くぞ……!」
神獣──、力を持つモノに相応の願いを叶える存在。
道を開き閉ざす力を持つセラフィム
滅ぼし肥やす力を持つワイバーン
そして、進化と減衰の力を持つサタンウォーグ
「お前は消えるな、レグナ」
お前はクグルルとは違う。かつて悪魔との戦いの際に、ミカエルを100%で起動して弾け飛んだクグルルと同じ運命を辿ってはならない。
同じにさせはしない……!
自身の存在をかけて神の従者は契約を果たす。
──再びレグナが目覚めたときには誰も居なかった。ザックフォードも、レヴィアタンも。
相変わらず半身は動かない。だけど悪魔の疼きも消えていた。
(ザックフォードが……何かしたのか……?)
「レグナ いきなり病院運ばれたって聴いたけど大丈夫?」
リトルが入ってきた。
「なぁ、リトル 俺は、生きてて、いいのか……?」
「なに言ってんだよ、当たり前──
レグナは細い身体を抱き寄せた。
「どう……したの?」
「約束……したろ?」
レグナは紅潮するリトルの頬の隣で囁いた。
結婚しよう リトル
多分次で最終話です




