第3話:最奥の闇
あと、ありがとう ──半熟震術師 リース
ぐちゃみそになるまで、殺りあおうぜぇぇっ!!! ──【第六魔王】 ドレイク
お前の相手は、俺だっ ──BLADE
解離と集約 真なる空間の摂理 許されし境界を踏み越え万物を圧し潰せ ──???
首洗って待ってろ ──伏魔殿に君臨する大鎌の男 グラナ
半信半疑ながらレグナとリースは南へと歩を進めていた。
魔王エヴァンス──行動は理解不能だったが嘘を言う理由も特に見当たらず手掛かりが全くないよりは少ない可能性に賭けてみたのだ。
そう長くない距離を行ったところで大きな河に当たった。澄んだ水だった。言うまでもなく生活に水は必需だ。エヴァンスの言葉は嘘ではないようだ。とレグナは思った。
「居るとすれば……この向こう岸を少し行ったあたりだろうな」
「どうして?」
「魔物でも水を嫌うやつってのは以外と多いんだ 廃墟のほうに魔物が居たんなら河を挟むだけで遭遇の確率はグッと下がる」
「でも あそこにいた人達がそれを知ってるとは限らないんじゃないの?」
「いや 襲撃を事前に察知して逃げれるだけの魔物に対しての知識を持ったやつがいる、はずだ
そいつがこの程度のことを知らないはずがない」
レグナが言い切ったので2人は橋を探して歩いた。しばらく歩いたが対岸にそれらしき物はなかった。
そのうち河を呑み込んで広がる密林にさしあたった。
「……オイオイ まさかとは思うが」
密林という場所は魔物の巣窟だ。しかし言い換えるならば食料の宝庫でもあり、生活に必要な資源も数多くある。腕の立つ者はあえて森の中を拠点にすることも多い。巨大な植物は雨露を凌ぐ天然の傘となり、毒草や魔物の嫌がる匂いなどを駆使した疑似的な結界を構築することも可能だからだ。
「この中…… か?」
密林を見上げて呟く。
そこまで考えてレグナは矛盾に気付いた。
【戦人】クラスなら恐らく森の中に拠点を構えようなどとは思わないはずだ。
推測があたっていれば【破壊者】クラスの強さを持つ者が居る。ならば、なぜあの廃墟となった街に残って戦おうとしなかったのか?
魔王……?
例え【破壊者】であっても魔王を相手に出来る者はほとんど居ない。彼らのほとんどはもっと下位の悪魔を狩ることを生業としている。
多分だがエヴァンスではない。
奇怪ではあるがエヴァンスは積極的に街を滅ぼしたりするタイプには見えなかったのだ。
つまりは……
(近くに別の魔王が居る可能性もあるわけか)
そして恐らくはレグナ達と同様に姿を消した街人達を探している。
「行くか…… リース」
「うんっ」
めんどうなことになりそうだ…… ぼやきながらもレグナは密林に足を踏み入れた。
密林には一応道らしき物があった。が、4〜5年は前に使われていた物らしく短めの雑草に覆われていた。
(なんか、不気味……)
密林に入ってから恐いぐらいに魔物達が突然襲い掛かって『来なく』なった。リースの側から姿が見えていても襲ってこなものまで居た。
「ねぇ……なんで襲ってこないんだろ」
「ここの魔物がそこそこ強いからだよ」
なんてことのないようにレグナは言うがリースには益々わけがわからなくなってしまう。
レグナが思うに、彼に襲い掛かって来る魔物はおおよそ二種類だ。
ドラゴンのような王者たる自覚ゆえにプライドが引くことを許されない魔物。
食欲と狂暴性だけで行動するがゆえにレグナの強さが理解出来ない魔物。
他の魔物は危険を本能で理解する。
密林という場所で生き残るためには魔物同士ですら勘が必要らしい。
「まっ、気を緩めるなよ ここで襲い掛かって来るやつが居るとすればかなりの強力な魔物だ」
リースは頷いてレグナの三歩程後ろを離れずに歩いた。それ以上離れたら時々口惜しそうにレグナを見送っている魔物にも飛び掛かられそうな気がしたのだ。
「……見ろ」
レグナが少し離れたわき道の地面を指差した。
複数の人間の足跡。それからいくつかの罠の痕跡があった。
どうやらレグナの読みはあたりらしい。
「足跡の続くほうへ行こう」
レグナが獣道に入って行く。リースもそれに続いた。
しばらく行くと太い丸太を組み合わせた簡素な橋があった。真下の流れは速いが躊躇わずに渡る。
鬱蒼とした密林の中で、そこだけが青い空を確認出来てリースはつい足元を疎かにしてそれを見上げた。
「え……」
転けそうになり、レグナに手を掴まれる。
「大丈夫か!?」
コクコクと頷く。
別に目眩がしたわけでも、足を滑らせたわけでもない。
ただ、腰を抜かしたのだ。
リースは真上を指差した。
太陽光に目を細めながらレグナもリースの指差したほうを見た。そしてぺたんっと、端の上に尻餅をついた。
「ワイバーン……か?」
翼のある巨大な竜種が、数十m上空ではあるが優雅に旋回していた……
「不味いな…… とっとと渡り切ろう」
レグナは気を取り直して立ち上がる。
木の葉の防備のない橋の上はあきらかに危険地帯だった。ワイバーンはさして凶暴ではないが、桁外れに強い。気紛れに人を襲うこともある。
だがそれはあくまで気紛れだ。
ワイバーンとは魔物というよりは神格化した動物に近い。そういった生き物には魔王ですら手を出さないモノが多数存在する。
というより手を出す意味がないのかも知れない。悪魔と彼らは別段対立しているわけではないのだ。
橋を渡り終えると、今度は数匹のジャッグウルフの群れが通った。二人は咄嗟に身を隠したが匂いで気付かれたのだろう。
一匹がこちらを見て唸った。レグナが剣を抜いて威嚇すると仲間にたしなめられて去っていく。
「……びっくり箱だな ここは」
二人は深く息を吐いた。
ジャックウルフは『酔い狼』と呼ばれる種族で戦闘になると引くことを一切しなくなる。仲間が何匹死のうが目的を達するか全滅するまでけして引かない、かなり厄介な魔物だ。
しかしその習性のせいで個体数は酷く少ない。
ジャッグウルフが視界から消える寸前でレグナは突然振り返って切っ先をかなり奥にある木のほうへ向けた。
「……で、さっきからあんたはなんで俺に武器を向けてるんだ?」
レグナは樹上で長い筒状の物を持っていて、それが端だけ見えている誰かに視線を向けた。やや大きめの声で呼び掛ける。
リースにはまだ見えないので何がなんやらである。
「死角にいるつもりだろうが、殺気を隠さないと意味がないぞ」
レグナがそう言うと観念したのか男は筒を降ろして樹から飛び降りた。背にその筒を背負いなぜかフレンドリーに片手をあげてこちらに歩いてくる。距離は40mぐらいだろうか。レグナ達も若干警戒しながらも歩み寄る。
「失礼 ごく希に人型の悪魔も出てくるもんで、姿形が人間でも一応警戒するサ」
一目で警戒心を解かせるような人懐っこい笑みを見せる赤い髪の男。細身で身長はレグナより少し低いぐらいか。
その様子にレグナも相好を崩し笑みをかける。
「で、あんたら誰さ?」
「レグナ、こっちはリース 東のほうから旅をしてきた旅人だ」
「俺っちはシーク ヘェ……東か まぁとりあえずみんなのところへ行くサ 俺っちが案内するサ」
二人はシークの先導で歩き出す。
「……変わった武器だな? それ」
大剣…… に近いがあきらかに違う。どちらかと言うとあいつの……
シークは足を止めずに首だけで振り返る。
「俺っちとしてはその黒マントの下の、剣6本もなかなか異様だと思うサ」
……どうやって見抜いたんだか
◇
「ここが俺っち達の隠れ里サ」
レグナは驚いて目を剥いた。
森の中に、結界があった。
それも簡易結界のようなチャチな物じゃない、頑強な結界。
「魔法……結界か……?」
現在の主流は『機械結界』と呼ばれる種類のモノだ。
地中に循環する魔力の一部を機械により吸い上げ流れを変え、元々この世界に存在しなかった悪魔や魔物を阻む。
対して『魔法結界』は土地に魔力を定着させてその威力だけで阻害する。
魔法結界には構築するためにいくつかの条件がある。
先ず一定以上の力を持った術者の存在すること。
強力な魔力の塊が近くに存在すること。
そして魔力の循環を示す『陣』を描くこと。
かなりの知識と高度な魔術を必要とする難易度の高い術だ。
……といっても人間とは本来まったく無縁の物である。
なぜなら魔法結界は『魔術』だからだ。
魔術──、つまり悪魔にしか使えない結界術。それが森の中に堂々と居を構え中に人が生活している。
「……どういうことだ?」
「まっ 細かいことは気にしないサ 入った入った」
シークに背中を押されてレグナは結界の内に足を踏み入れる。
「……普通だな」
急拵えで作られたらしい雨露だけを凌げるような簡単な屋根がいくつかあり、その下に何人かが生活している。
結界はかなり広範囲を包んでいるらしく木の実か果実などをその内で調達してきたり……
普通の村の光景とあまり変わらない景色があった。
結界を除けば悪魔など無縁の景色だった。
「みんな森暮らしに慣れてないけど、ここは物がいっぱいあるからなんとかなってるサ
北のほうに住んでたときから来訪者なんて初めてだからもてなすサっ」
シークは嬉しそうに言って歩き出す。
だがその半分以上がレグナの耳には入っていなかった。
(じゃあ、この結界は誰が……?)
エヴァンス……か?
……違うな。
(あいつはあくまで『傍観者』だ。自分の利にならないことはしない……)
レグナを生かしたのもエヴァンスにとってなんらかのメリットがあったからに過ぎないだろう。
エヴァンスも人間の命を虫けら同然に思っているのは他の魔王と変わらないのだ。
出なければ【Fifth】であるはずがない。
「……まあいいか」
歩きだそうとしてレグナは腰の違和感に気づいた。見るとリースがマントの端をしっかりと掴んでいる。
「どうした?」
「わからない……」
何かを否定するようにリースは首を横に振る。
「でも、さっきの人……なんか」
躊躇うように口を閉じて目を伏せる。
そっと髪を撫でてやると、上目遣いにレグナを見上げて言った。
「……恐い」
「わかった」
レグナもおそらく同様の違和感を感じている。
眼前に魔王がいるような、そんな恐怖を。
「こちら、長老サ」
そんなやりとりがあったことを露とも知らずにシークは相変わらず人懐っこい笑みを見せる。
「どうも 旅人様、満足な宿も用意出来ませんがおもてなしいたします」
枯れ木のような老婆が微笑み軽く頭を下げる。
レグナ達もそれに習い多少の雑談を交わしたあとで、移住の件を切り出してみた。
東に結界のある街があることを説明しそこに移住する意志があるかを訊ねた。
彼女の答えは、ノーだった。
「これだけ大きな結界があれば移り住む必要もないわよねぇ……」
と、リース。
だけどそれは間違いだ。
「魔法結界は時間と共に効果が弱まります 術者がこの地に残っていないと半年と立たずに消えてしまうでしょう…… それでも?」
「知っています だけど大丈夫なんですよ」
老婆は言った。
「どういう──「食事の用意が出来たサ」
「お食事に致しましょうか」
彼女が席を立ったことで流れてしまった。
食事の際にもシークがしきりに旅の話を聴きたがり、結局結界のことを聞き出すタイミングを逃してしまったのだった。
夜になり二人は集落の外れにテントを張った。
「……」
レグナはいつも膝を立て剣を抱えるようにして座ったまま眠る。
その姿は目を閉じているだけなのか眠っているのかいつも判別がつきにくかったけど、今日はしっかり寝息を立てているのがわかった。
「……お疲れ様」
歩幅の違うレグナはずっとリースの歩調にあわせて歩いていた。
なんの役にも立てていないリースを守るために。
「あと、ありがとう」
その顔をなんとなく眺めて、リースは寝袋に入って眠ろうとした。
──その時だった。
「グォオオオオッッッ!!!!!」
耳をつんざく叫び声が夜の闇を引き裂いた。
「……リース」
目を覚ましたレグナが半ば無意識のまま剣を引っ掴む。
「うん………」
リースにも直ぐにわかった。
先程の声は昼間聴いた物と同様であり、それよりも遥かに大きい──ドラゴンの唸り声。
「行くぞっ!」
四本の魔封剣を背負い、ウルスラグナを引き抜いてレグナとリースはテントを飛び出した。
「みんな逃げるサっ!」
シークは叫んだ。
こいつは成龍──、なんかではない。
いつの間にここに近付いたのだろうか…… もしかしたらあの二人をつけてきてこの場所を突き止めたのかも知れないが突き止める術はない。少なくとも剣士のほうはつけられるようなノロマには見えなかったが……
『第六魔王(SIXTH) ドレイク』
人型の、しかし闇に映える淡い光を放つ翡翠の鱗を持つ悪魔──『竜人』と呼ばれる種族の魔王。
「あんた、しつこいサ……」
街を襲った悪魔もこいつだった。
引き連れてきた数頭のドラゴンが鳴らす微かな地響きにシークが気付か無ければ住民は間違いなくみな殺しだっただろう……
どうやら前回と違い今度は一人で来たらしい。だからシークも気付けなかった。
(1匹なら……!)
内心でそう思っていたシークの思考は、次の瞬間消し飛んだ。
「……邪魔、だな」
ドレイクが片腕を振り上げる。
(バカが……何の用意もなしなら腕が消し飛ぶのがオチサ!)
ベキベキベキィッ!!!
唸りを上げて、結界に風穴が開いた。
「っ……」
「なんだ、戦えるのはテメェ一人か?」
興醒めだ。とドレイクの口が動いた。
「!!?」
同時に爆炎がシークを包んだ。吹き飛び、真後ろにあった木に背を打ち付ける。
「ハァッ!」
そして横合いから飛び出したレグナが跳躍と同時にドレイクの腕を斬りつけた。
「!!」
咄嗟に反応したドレイクが腕を下げた。薄い血の筋が走る。
「リース! シークをっ」
「うんっ」
駆け寄ってシークに肩を貸し、その場を離れる。
「悪い ちょっと油断したサ……」
「俺の鱗に剣を通すとはな…… テメェがバオウを殺ったやつか?」
ドレイクの瞳が楽しげに輝く。
レグナは舌打ちする。
「エヴァンスのやつ……なにが『何もしない』だ」
「お前……エヴァンスに会ったのか?」
「お前に俺のことを話したのはエヴァンスじゃないのか?」
少し黙ったあとドレイクはめんど臭そうに手を振った。
「やめだ 問答なんてくだらねぇ」
待ちきれない、とばかりに解放された魔力は巨大な殺気となって距離を殺して伝わる。
いまはただ
この戦いを
楽しもうぜ?
「なぁっ ニンゲンっ!」
バキィッ!
ドレイクは近場にあった木に拳を突き立て、へし折り、
「オラァッ!」
無造作に振り回した。
「人間ね……」
対してレグナは左から来た樹を初太刀で幹を切断し、2撃目に柄で慣性に従いそのまま飛来した先端部分を叩き落とす。
即座に間合いを詰め、振り抜いたドレイクの剥き出しの身体に一閃する。
「痛……」
ドレイクの肩辺りの肉が抉れる。
「『ブレイド』だ、覚えとけ」
「!」
2撃目を繰り出すレグナより僅かに早く、ドレイクが木を振り抜いたままの勢いで半回転した蹴りを繰り出す。
そんな大振りの技に当たってやる義理もなくレグナは後方に跳躍し蹴りから逃れる。
その蹴りが別の木に当たり、木が粉々に砕け散る。
(なんて莫加力……1撃でも当たればヤバいな)
◇
「なるほど…… 『ブレイド』、か」
正攻法だけじゃ難しい……か
呟いたドレイクがパチンっ、と指を鳴らした。
火花のような小さな火がレグナに向かって打ち出される。
(なんだこれは……?)
ウルスラグナでそれを打ち払おうとすると、寸前で
ドゴォンっ!!
はぜた。
「っ!?」
ギリギリで手を翳して目だけは守ったが、耳は当分効きそうもない。ダメージも小さくはない……
2発目の火花。
同時にドレイクが間合いを詰める。
レグナは『炎属性の魔封剣』を抜いた。
ドゴォン!
「何っ!?!?」
爆発が魔封剣を貫通した。
レグナは爆発をモロに受けてしまいよろめく。
拳が目前に迫る。
「くっ……」
かわせない……! 咄嗟にそう判断したレグナはウルスラグナを引き上げて衝撃に備えた。
ゴキィッ
(!?)
しかし予想以上の衝撃に堪えきれずに数本の木をへし折って吹き飛ばされた。
「死んでねぇ……な」
好敵手の生存を確信してドレイクは口端を歪める。
まだ遊べる。そう思うと彼は楽しくて仕方がなかった。
だが先ずは、
「前菜、済ましちまうか」
並みの【戦人】では反応不可能な速度での突進。
レグナだからかわせたその速度の先には、シークを置いて戻ってきたリース……!
「っ……」
間一髪で『リフレクション』を起動する。が、
べきぃっ!
(そん……な……術もなしで……)
ただの素手の一撃でドレイクは『リフレクション』を砕いた。
そのまま鳩尾に拳が食い込む。下段から突き上げられるように打ち出された拳にリースは吹き飛ぶことさえ許されずに、血液の混じった胃液を吐き出す。
「……生半可に障壁に守られて死ねなかったか」
吐血し、地をのたうつリースを一瞥しつまらなさそうに言う。
「苦しいだろ いま楽に──!?」
ドレイクは殺気を感じて飛び退いた。
ドスンッ!
一瞬前までドレイクが居た地面に投合された魔封剣の一本が突き刺さる。
(ほう……)
「お前の相手は、俺だ」
レグナから明確な殺意が、ビリビリと空気を震わせる圧力として伝わってくる。
ドレイクは歓喜する。
戦いはそうで無ければならない。
ドレイクが求めるのは純然たる闘争だ。
圧倒的な強さで打ちのめすのではなく、極限の命のやり取りの中で初めて快楽は見い出せるのだ。
「ぐちゃみそになるまで、殺りあおうぜぇ 『ブレイドォッ!』」
◇
朦朧とする意識の中で、リースは見た……
(悪……魔…………?)
ドレイクではない。
『ブレイド』が、悪魔に見えた。
たった一瞬だった。次の瞬間にはレグナの姿に別段変わったところはなく、それはただの幻覚だったのだろうとリースは思った。
ぽつ……
何かがリースの頬を打った。指で拭うとそれが水滴であることがわかった。
(雨……?)
冷たい水の感触でリースはなんとか意識を保つ。
◇
(あの燃焼は、変だったサ……!)
シークは考える。
(どんだけ炎が強くても、あんな小さな炎がいきなり爆発したりはしない……)
少しでも助けになる可能性があるなら、
「黒雲 停溜と放出 我が魔よ 大いなる自然が機構に僅かに干渉せよ」
シークは術式を広げる。
「俺っちあんま“水”は得意じゃねーけど、降るサ!」
◇
「……雨だとっ」
ドレイクの能力は『塵』だ。ドレイクは魔王にして魔法が得意ではない。魔力量が大きすぎて不安定なのだ、とかつて『Second』に言われた。
だからこの能力で空中に塵を浮遊させ『粉塵爆発』という現象を引き起こして爆炎を行使する。
魔封剣は『魔力によって生み出された炎』は斬ることが可能だが、『その炎によって生み出された爆発』までは斬ることは出来ないのだ。
(この雨、偶然……か!?)
ともかく『塵』が全て叩き落とされて、ドレイクは満足に炎を行使出来なくなった。
◇
ズゥゥン!
レグナが肩のベルトを外すと背に固定していた3本の魔封剣と4本の鞘が落ちて地面に食い込んだ。
(こいつ、いったい何キロ背負って……!?)
ダんっ!
刹那と時間を置かずレグナは地を蹴った。
(はえぇっ!)
ドレイクは斜め下から斬り上げられた切っ先を、半歩下がり紙一重でかわす。更に踏み込んでの2撃目の唐竹割り。寸前で身体を捻りこれもかわした。そのまま側面に回り込み側頭部に向けて拳を繰り出す。
レグナの姿が突然、消えた。
(下っ……!?)
深く身体を沈めたレグナが逆袈裟に一閃する。
拳を突き出した不安定な体勢ながらも踏み込んだ右足に無理矢理に力を込め斜め後ろに身体を倒すことに成功した。逆の足で体勢を立て直しレグナの足を狙って蹴りを放つ。
レグナはそれを易々と真横に跳び回避。離れ際に伸ばされた足に向けて一閃する。
「ちぃっ……浅いか」
「くっ……」
左半身と脛に血の線が浮かぶ。
深くはないがけして浅くもない傷。
(致命傷以外は眼中にねぇ、ってか)
心中で毒づき、再度加速するレグナの突きを上体を僅かに逸らしてかわす。剣先が脇を掠めるがそれを無視して左腕を振るう。唸りを上げてそれは、空を切る。
刹那前に真上に跳躍したレグナがドレイクの顎を爪先で蹴りあげる。鉄板でも仕込んでいるような衝撃がドレイクの脳を揺らす。
空中で無理矢理身体を捻り右手の剣を斜め下に見える首筋を目掛けて振るう。
瞬間、ドレイクが地に伏せるように沈んだ。
「っ!」
剣先がドレイクの髪を掠める。レグナは左の剣を降りおろそうとする。しかしそれよりもドレイクの跳躍のほうが早い。
身体を捻り繰り出された膝蹴りが肋骨に突き刺さりへし折る。重力に逆らって再び浮き上がる身体をドレイクが腕を掴んで引き留める。
「オラァッ!」
荒々しい叫び声と共にレグナは離脱を試みるよりも速く真下の地面に叩きつけられた。
「かっ……」
圧迫を受けた肺のなかの酸素が全て排除され小さく無益な悲鳴があがる。投げられたと、理解するよりも意識がブレるほうが先だった。吸い込め、命じると霞む視界に誰かの腕があった。
その様は死が口を開けて自分を待っているように見えた……
『リフレクション!』
「!?」
しかしその腕が降り下ろされることはなかった。リースの起動した震術による壁が、加速するよりも手前で拳の威力を押し殺したのだ。
す……すき?……隙…隙っっっ──脊椎反射よりも速くレグナの身体は反応した。倒れた体勢のまま目の前に見えたドレイクの首筋を目掛けてウルスラグナを投合する。
(ヤベェ……)
ドレイクはよろめいた。リフレクションが解けた瞬間に勢いあまり転倒しそうになった。投合された剣を回避出来たのはただの偶然だった。
「……っぶねぇ」
後方の地面にウルスラグナの片方が突き刺さる。
ドレイクはなんとか踏み留まり不安定な体勢を立て直そうと2、3歩フラフラと千鳥足で動き、地面をきっちりと踏み締めた。
その隙に全身のバネをフルに行使してレグナが間合いを離脱し、虫の息の金髪の女を庇うように立つ。
「……捨てとけよ」
「……、?」
「認めてやる。テメェは強い、少なくともその女から俺を逸らすような動きを無くせば俺様と、少なくとも互角には戦えるはずだ」
「……それじゃ意味がないんだよ」
「あ……?」
「『刃』は敵を斬るために振るわれるんじゃなく、その後ろにある物を守るためにあるんだ」
死の恐怖を捩じ伏せることは独力では不可能だ。とレグナは知っている。
一人の意志は弱く、容易く折れる。
決意は、覚悟は、
そこに背負う誰かから受け取る物だ。
「くだらねぇ……」
──…わからないか? だからお前は死ぬんだぜ……?
いままでで一、二を争うほど痛快だった時間を終わらせるべく、
ドレイクは息を吸い込み肺に限界まで空気を溜め込む。
竜人の容量は人間のそれよりも遥かに大きく風船のように身体が膨らむ。
「っっ……」
そして、吐き出した。
◇
ドレイクの身体が膨らんだ瞬間から、回避は不可能だな……と、レグナは思考を開始していた。
龍種とは何度か戦ったことがあり、その『吐息』こそが彼らの最大の切り札であることも知っている。
が、放たれたそれはレグナの知る『ドラゴンブレス』のどれともそれは違った。違い過ぎた。
肺の中で『粉塵爆発』により爆発的に高められた炎が、吸い込んだ酸素により助燃されさらに魔力と混合し超圧縮された、『ドラゴンブレス』が直線上の全てを薙ぎ倒して猛進してくる。
あまりにも魔力の量が大きすぎる。もしかわせたとしても後ろにリースもいる。
(出来れば頼りたくなかったが……)
レグナは剣のはらに掌を沿わせた。
《一之太刀 刃神》
ウルスラグナを両手持ちに構えて、ブレスに突っ込んだ。
「オオォッ!!!」
ずどぉぉおんっっ!!!
「はっ……ははっ……」
信じらんねぇ……
ドレイクの『ドラゴンブレス』は魔王の魔術と竜種の元々持つ特異な能力を混合させた最大の切り札だ。
ワイバーン、セラフィム、サタンウォーグ。
『ドラゴン』がこれらの“神獣”を差し置いて『最強の生物』と呼ばれるのは地上最強の攻撃、ドラゴンブレスを持つからに他ならない。それに独自の改良を加え魔王としての魔術をミックスした超破壊閃光。威力だけならばかつてみた『Second』の最大魔術にすら負けないと自負している。
それを……
生身の人間が、
斬りやがった……
「1ついいかい?」
守るための、刃……か
「エヴァンスといいお前といい、なんで俺より強いやつは腹の立つクソ野郎ばっかりなんだ?」
ずしゃっ……
ドレイクの上半身だけが、残りの半身を置いて斜めにズレた。
「立てるか? リース」
「ん…… なんとか」
「そうか、俺は無理だ」
レグナはがっくりと膝を折りそのまま地面に突っ伏した。リースが慌てて駆け寄る。がこちらも蛞蝓のように鈍い。
「くそっ……年だな」
たしかベリアルの時は2、3発は撃てたはずだ。6年間のあいだに錆び付いたか……
レグナは自嘲気味に笑みを浮かべ、吐血した。
「………ぁれ……?」
思ったよりダメージは深刻らしい。
あの膝蹴りで骨が何本か逝ったか。
「ぁー……くそ……」
喉の奥に血が詰まりそうだったので横を向いて耳を地面につける。
そうすると複数の足音が大地を踏むのが聴こえてきた。
集落の人間が戻ってきたのだろう。
助けて貰うか……
何気なく足音のほうに視線を向けて、
(!?)
レグナは無理矢理身体を起こした。
「っ……こんなときに よりによってジャッグウルフかよ……!」
狼の群れが二人を取り囲むように動く。
構える。が、『刃神』を放った自身に既に満足にそれを振るうだけの力が残されていないのはわかっている……
「リース お前は……逃げろ あのシークって野郎連れてこい」
「嫌っ…… わたしも、戦うよ」
よろけながら言われても死体が2つになるだけだ。
(絶体絶命……)
「あの……連れてこいって言われても俺っちもうここにいるサ?」
木陰から聴こえてきた声に、レグナは肩から力を抜いた。
「……はぁ」
おもわずため息を吐く。
「あ、心配しなくてもあんたら恩人だからちゃんと助けるサ」
飛び出したシークが何もない空間に剣を突き出す。と、空中に何かの紋章のように見える模様が広がって行く。
「解離と集約 真なる空間の摂理 許されし境界を踏み越え万物を圧し潰せ」
『群がる弾圧』
周囲の風が、剣先の一点に向かって猛烈に動いた。
ジャッグウルフは一匹残らず空間の一点に圧縮され、互いの身体をぶつけあいながら絶叫する。
(これ……《風の魔術》!?)
シークが大剣を担ぐように構え、それが──変形した。
「《機械仕掛けの神 (デウス・エクス・マキナ)》起動っ!」
振り下ろす。
同時に光線状のエネルギーが放出され、巨大な刃になり密集させられていたジャックウルフの群れを一撃で消し飛ばした。
「一丁上がりサっ」
変形していた剣が元の形に組み直される。
「……やっぱり【半神】か」
「デミ……ゴッ……ド…………?
「そ、俺っちは特別製 だけどみんなが逃げ切る前にこの力は使いたくなかったのサ」
リースとレグナに向かって剣ともう片方の手を翳す。先程と別の形の魔方陣が浮かび上がる。
「……ここで俺っちが最大魔法発動したら、あんた確実に死ぬサ」
リースの肩が微細に揺れる。
レグナは微動だにせずに平坦な声で言う。
「《機械仕掛けの神》で突き刺されても死ぬだろ さっさとやれ」
「……つまんないサ」
魔方陣が光を放った。すると、
「あくまで応急措置 痛んだらまた言うサ」
2人の身体から傷が、消えた。
少なくとも外傷は全て。
「か……活性治癒震術……? 魔術と震術を、両方使えるの……!?」
魔術はともかく、震術はけして人間にしか使えないということはない。
魔物や悪魔にも震術を行使するモノは多く存在する。
ただ技術や適正において人間は他の種族を凌駕する。
魔法への理解、陣の解釈、操ることの出来る言語の総数。
悪魔ですら震術という分野に置いて人間を越えることはない。
だからそれらを組み合わせ、駆使して人間はこれまで悪魔を退けてきたのだ。
『活性治癒術』─早い話が『回復魔法』はそうした他を凌駕した、人間のみが使える高等震術のはず。
彼は魔術を行使出来る存在でありながら、それを使った。
つまり…──
「『半神』って……人間と悪魔の……」
「そ、混血サ みんなには内緒にしてて欲しいサ ビビらせたくないから」
リースが真っ先に思ったのは、敵か?、味方か? だった……
味方に決まっている。
現に彼はレグナとリースを助けたではないか。
それでもリースは、人間は疑ってしまう……
「……いいサ 慣れてる」
視線の意味を察したシークが先回りする。
「ご……ごめんなさい」
「みんなのとこ行くサ」
シークが微笑む。微細な痛みが滲んだ気がした。
レグナとリースは一晩泊まり、そこを出た。
「俺達と一緒に行かないか?」と、レグナはシークを誘ったが彼の答えはノーだった。
「俺っちは昔、ベリアルが攻めてきたときに魔族の血のせいで元いた街を追われた ここの人達が拾ってくれなかったら死んでたサ
俺っちはその恩を返したい……だからここを守るサ」
「そうか」
「代わりにいいものあげるサ」
と言って丸まった紙のような物を渡された。
開いて見るとそれは地図だった。
「もうこんなところまで来てたんだな……」
「ん どこどこ?」
レグナの広げた地図をリースが覗き込む。レグナは現在地を指差して言う。
「近くに《城壁都市ヴァルクリフ》がある 装備もボロボロだしとりあえずはそこを目指そうか」
◇
伏魔殿
レグナ達が居る地から遥か南にそう呼ばれる1つの大陸がある。
そこはかつて『暴君』と呼ばれた1人の魔王が君臨した大陸だった。
「いい場所だな」
水平線に昇る朝日を眺めて大きな鎌を持った男は嘲笑とも取れる笑みを浮かべる。
男は地上の人間が希望の象徴とするあの太陽を、黒く塗り潰すところを想像する。
「はっ」
正面から太陽を見据えて子供が手のひらの血管を透かすように手を翳し、握り潰す。
(首洗って待ってろ)
心中で宣言する。
1つの世界に向かってそのセリフを吐くだけの力が、その手にはあった。
「グラナ」
「あ?」
名を呼ばれて男は特におもしろくもなさそうに首だけを動かす。
「……Secondか」
そこには服装から髪や肌まで、なにもかもが色素の薄い白い女と、たしかドレイクが使い魔にしていた一頭の飛龍が居た。
Secondと呼ばれた白い女は連れていた龍を飛び立たせ、グラナの隣に立つ。
「端的に報告だけするけど『Sixth ドレイク』が死んだわ」
「……なに?」
最奥の闇が動き出す。
いまだから言える話。
初期のタイトルは『半熟魔導師と天才剣士』だったこと
『ブレイド』は女でレグナはその弟子だったこと
その『ブレイド』はゴミ屋敷に住んでてゴミ溜めから『ウルスラグナ』を引っ張り出してくるのが第一話だったこと
シークとレグナの性格は逆だったこと
まだあるけどとりあえずはこのくらい




