第27話:殺害の王子
殺す ──“半神”カイゼル・グランローグ
【四人の王】みたいな『王の証』……?! にしてもこの威力は、 ──【裁断者】ナタク・エルステイン
「………何…?」
ナタク・エルステインは馬上から、少し離れた位置に土煙を見つけた。
(悪魔の群れ……?! 王都からこんなに近い場所で、どうして……ヴァルクリフからは何の連絡も…… どのみち内乱なんて起きてる王都をいま攻められたら……!)
ナタクは馬上から高く跳躍した。眼下に見える土煙の渦に向かって、グローブから伸びる鋼線を一閃する。
着地。同時に身体をコマのように回転させ分解震を纏わせた長い鋼線で周囲の全てを切り刻んだ。
【裁断者】、ゼクゥやスティアに比べると攻撃術は地味ではあるがそれでも大震の1人。
並の悪魔を捻ることなど造作もないことだ。
ただ、1人だけその場に立つことを許された力量を持った少年が居た。
血染めの大地の中でナタクとその少年は睨み合う。
「……人…間?」
感じる圧力は悪魔の物でしかないのに、ナタクはそれから『人間』を感じ取る。
「殺す……」
「!!」
「人間……、殺す! コロォスッ!!!」
“悪魔を望む者”カイゼル・グランローグは刀の柄が軋むほどにそれを握り締めた。
同時に、疾走。
迎え撃つようにナタクが片腕から鋼線を走らせる。
《血染めの刃》
──軌道上の鋼線が全て切断された。
(!!?)
《リフレクション》
命中の直前で展開された“壁”がドス黒い刃を受け止める。
刃はそれすらも、貫く。
「……っ」
咄嗟に片腕を盾に急所への衝撃を防ぐ。分解震に包まれた鋼線を引き裂いたことと障壁による威力の緩和で切断こそまのがれたが、それでもかなり深くまで肉が抉れる。
「人間……っ…… コロォス!」
カイゼルは2撃目を放とうと振り被る。
(左の3本を切られた、残りの鋼線は7本……あの刃を正面から止めるのは無理、な、ら、……!)
大振りの攻撃に対してナタクは真横へと跳ぶ。対象を失ったドス黒い刃が地面に巨大な亀裂を生んだ。
(信じられない威力……! 魔力はそう高くないのに、どうして……もしかして……【四人の王】みたいな『王の証』……?! にしてもこの威力は、)
「ぅー………ヴー……」
(息が荒い、たった2撃で疲労してる……、いや………)
出血……?
剣を握る手元から滴る血──、あれはナタクのつけた傷ではない。
「!!?」
ナタクは見た。カイゼルの皮膚の下を伝う無数の触手を。それが、カイゼルの血を吸っているのを。
「………『殺害の……王子』………?!」
『殺害の王子』
王国の武器庫に封印されていた魔剣の1振り。
術者に“寄生”し術者を『武器』として振るうことからその名が付いた。
「……!、!…!、……!!」
火花が散る。不可視に近い鋼線と、刃が幾度も重なる。
押しているのはナタク・エルステインだった。手数が違うのだ。ナタクは5本の鋼線を指の動きだけで操る。
対してカイゼルは一本の刃だけでそれを凌がなければならない。
それでもナタクがカイゼルを殺せないのは、
ぶしゅっ
(っ……、まただ)
身体のあちこちが傷だらけになりながらもカイゼルは止まらない。
命知らずとも言える特攻。しかしそれが既に腕に深手を負っているナタクを退かせる。
これ以上の傷を負えばおそらく死ぬ。
だけどそれ以上に──
「殺す、コロス、コロォス、コロォォス!」
《血染めの刃》
その正体をナタクは既に看破していた。
超高圧で噴射される血液のウォーターカッター。
(あの圧力を叩き出すには先ず武器本体の加速が必須、それに加えてかなりの魔圧──魔力の放出が小さく見えたのは武器の内部での消費が極端に大きいから、ならっ!)
《六柱障壁》
──リースがドレイクの時にやったように、加速の直前部分に障壁を作り出して速度を殺すことは出来た。
だがナタクはあえてそれをしなかった。
ナタクは加速後の武器に向かって障壁を作り出した。
べきゃ
嫌な音を立てて殺害の王子が砕ける。ナタクの障壁の硬度は並の金属など遥かに超える。
『殺害の王子』はテスタメントではない。
グレイプニルのようにウルスラグナの斬撃に耐えきるような能力は存在しないのだ。
ブシュっ
──ナタクは知っていた。それでは殺害の王子を砕くことは出来ても
《血染めの刃》を止めることは出来ない──、と
死ぬ。とナタクは思う。
──だけどそれ以上に、
かつて『大震』が産み出した悲しいベリアルホープをナタクは助けたかった……
「息は、まだあるの……?」
カイゼル・グランローグは自分の血で汚れた右手をナタクに添えた。硬い障壁に叩きつけられたことでその手首の骨はぐちゃぐちゃだった。だけどそんなことはカイゼルに取ってはどうでもよかった。
ナタクはコクりと首を縦に動かす。
「どうして、助けたの? 俺は自分の手で《殺害の王子》を盗んで使ってたんだよ……」
ナタクは首を横に振る。
「俺を“作った”人間なんて滅びてしまえばいい……俺はそう思ったんだよ?」
人間なんて滅びてしまえばいい。
ナタクもかつてそう思ったことがあった。
『第一BH計画実験体』
ナタク・エルステインが最初に選ばれた母体だからだ。
それまで信じていた人間の、明確な裏切り、絶望。
結局、最初期の計画は失敗する。
そしてナタクは実験で得た“悪魔に近い力”を『大震』として戦線に投じられる。
誰も彼も身勝手だと思った。
全て消し去ってしまいたいと思った。
それ以来ナタクは言葉を発することを嫌った。自分の思いを口にすることを拒んだ。
そんなときに戦場で見たのが、レグナ・ゼオングスだった。
例え代価の払われない戦いでも彼は無償で人々を守り抜いた。
力があるから、たったそれだけの理由で。
殺す。と目の前の少年は言った。その強さが自分にもあれば──、『BH計画』は止められたのかも知れない。
ナタク・エルステインは笑う。
死を目前に笑う。
「どうしてそんなにキレイに笑えるのさ…… 俺はあなたを殺したんだよ……? 俺が憎くないの?」
「……だって……あなたは……泣いてる……でしょう?」
──それきりナタクは何も言わなくなった。
無機質な人形のように目を閉じた。
カイゼル・グランローグは思う。
死なせない──、この人を絶対死なせたくない。




