第13話:鬼が出るか蛇が出るか
お…、お前が、ゼクゥ、様を? ──第6守備隊隊長 ベル・バークライト
それでェ、あんたも死ぬのォ? ──青い炎を操る震術師
……化け物 ──【裁断者】 ナタク・エルステイン
え あれ? スティア? 居ない? ──半熟震術師 リース
さて、鬼が出るか蛇が出るか ──王国最強の震術師 スティア・クロイツ・マグナビュート
ベル・バークラントは本の国からの行商の元を訪れた。
遠くから馬車を引いて来てきたそれにベルは客の振りをして商品を覗き込む。
「……」
なんというか、変わった品が多い。
まじないの道具か何かだろうか? 木彫りの人形や水晶などが中心だった。
震術師ならばなんらかの意味を見い出せるのかも知れないがベルには何に使う物なのかさっぱりわからなかった。
「あんた、買うのかい?」
目の下に隈のある不健康そうな男が出てきて言う。
「いや 少し見ているだけだ」
ベルが品から顔を上げた。
「……?」
ベルの顔を、正確にはその肩にある軍の紋章を見て、男は震え出した。
「ああんた? 軍人か?」
吃りのある口調ですがるような目付きになる。
「た、頼む 助けてくれ あの女が帰ってくる前にどっかに匿っ……」
唐突に男の言葉が切れた。
爆発した。
「?!」
男の身体が内側から、何の予兆もなく唐突に。
「あらァ ダメじゃない裏切っちゃあ、ねェ?」
背後から声が聴こえた。15歳前後の少女の声だった。
語尾の跳ね上がる女の声は、どこまでも愉悦に満ちていた。目の前の血と肉塊をオモチャか何かとして見ているかのような声だった。
(人……、間…………?)
ベルは震える身体を御することが出来なかった。
圧倒的な殺意に呑まれてしまっていた。
「お…、お前が、ゼクゥ、様を?」
「ゼクゥ? あぁ、あの煙草吸ってた子ォ? ちょっと困ったことに気付かれそうだったから殺っちゃったわァ」
死ぬ。とベルは確信した。
空気に喉を押し潰されているような錯覚があった。
そもそもゼクゥ・フィアレスですらベルにとっては『怪物』の域だ。おそらくベルが1000人いても勝てないだろう。
いくらあのときゼクゥが疲労していたとはいえ、それを殺したやつを相手にどう戦えというのだ。
それでも震える手をなんとか腰の剣まで持って行く。
「それでェ、あんたも死ぬのォ?」
びくん、とベルの肩が大きく上下した。
直後。
青い炎がベルを包み込んだ。
「あ……れ……?」
奇妙な感覚だった。
炎の中に居るのに熱くない。
皮膚の上に一枚薄い壁があるような、って違う。
本当に壁がある。
「ナタク……様っ?!」
ナタク・エルステインの《六柱障壁》が炎を打ち消す。
「……何事?」
「ふぅん、【裁断者】ねェ?」
語尾が跳ねる。圧倒的な戦力を持つはずの『大震』を前にして尚、女の声には殺意と狂気と愉悦しかない。
「……」
ナタクは無言のまま横薙ぎに片手を振るった。
女が後ろに跳び、一瞬遅れて地面が削れる。
(鋼線……?!)
チカッと一瞬、光ったそれはナタクのグローブの五指からそれぞれ一本ずつ伸びていた。
「“分解震”ねェ おもしろい術使うじゃないのォ?」
『分解震』 無属性震術の一種で物体を左右に引き裂くように震力を作用させる高等震術だ。
治癒震術に限らず無属性震術は極端にリーチが短い。
ナタクはそれを鋼線を使うことでカバーしている。
「……!」
ナタクが腕を振るう度に周囲の物体が切り裂かれるが、不規則な軌道を描く十本の鋼線を女は易々とかわす。
見切り辛いはずの鋼線のリーチと位置を完全に把握している。
「死、死、死、数多の屍の上に我が火は立つ」
女が詠唱する。
ナタクは咄嗟に鋼線を引き戻した。
《神へ還す火》
青い炎が舞う。
(まさか、ゼクゥ様の術より……?!)
“炎”に於いてゼクゥの右に出る者などいない、とベルはそれまで思っていた。
だがゼクゥの炎はあくまで赤だった。炎というのはその温度によって赤、青、白と色を変える。
対して女の炎は青い。
「……六、……」
《六柱障壁》を発動しようとしてナタクは手を止めた。
目の前の炎が、それで止まるとは思え無かったのだ。
「……、十柱障壁」
ナタクの障壁震術は鋼線を柱として見立てて多角形を作り《リフレクション》に力を流す『点』を増やして強化する物だ。
手の内にある鋼線は10本。《十柱障壁》はいまのナタクの中で最大の防壁だった。
ズドォォン!!!
「……っ!!」
それが、破られた。
が、直撃すれば灰と化していたであろう炎が障壁を突き破ったことにより緩和され、ナタクとベルは生きていた。
「……撤退」
短くナタクが言い、真下に腕を一閃した。
鋼線から伝わる分解震によって大きく大地が裂ける。
「あらァ? 逃げるわけェ? もっと遊びましょうよォ?」
「……化け物」
ボロボロのナタクが小さく呟いたのを、ベルは聞いた。
◇
「え あれ? スティア? 居ない?」
リースは置いて行かれたことに気付いた。
とはいえ王都の国立図書館だ。国内外のほとんどの本が集まって来るここはそれ相応の広さがある。むしろ広大と言っていい。
「もしかしたらその辺に居るかな?」
その後、2時間ほどたっぷり館内をさまよい最終的に迷子になって保護されるのだがそのことを彼女は知るよしもない。
◇
「さて、王国の設備ならば『これ』の解析も可能か」
第一震術研究所。スティアは王城を出て研究所に居た。
スティアは何もない背に手をやって長い棒のような物を取り出す。そんな物を持って歩けば異様に目立つため光の術式で視覚的に消失させていたのだ。
ちなみにこの『視覚的に消す』術式は便利なのだが組むのに時間がかかる上に急激に動いたり、他の術を使ったりして震力が乱れると直ぐに解けてしまうので戦闘に応用し辛い。
「あ、アストラルさまっ?! お越しくださるなら連絡して戴ければ迎えにあがりましたのに……」
「構わん、今日は視察ではなく私用だ 震力解析機と魔力解析機を借りるぞ」
「どうぞお使いください!」
白衣の女は嬉しそうに言った。
『解析機』とはレントゲンのような物だ。
スティアは以前、リースの震力を暴走によって見極めたが、それはスティアとリースのあいだに圧倒的な力量の差があったから出来たことで並の術者が同じことをやれば死ぬことも珍しくない。
レグナが「喰われるな」と言ったのはそういう意味だ。
が、解析機を使えば暴走させずともその性質を直接見ることで属性や、同じ属性の中でもどんな術に向いているを調べることが出来るのだ。
スティアは先ず震力用の解析機にそれを通した。
(反応なし……か)
震術的にはこれはただの棒切れということになる。
「さて、鬼が出るか蛇が出るか」
次に魔術用の解析機に通した。
即座に反応があがり様々な数値が機械から吐き出される。
(これは……!?)
バカな、と唇だけが動いた。
喉がひき吊って声が出なかった。スティアは絶句していた。
それは、『悪魔』そのモノだった。
『欲望のテスタメント、グレイプニル』はその材料の一部に、かつて魔王クラスの悪魔の死体が使われていたのだ。
だがスティアが驚愕したのは『そこ』ではない。
『テスタメント』と呼ばれる武器がもし魔王と呼ばれるほどの力を持つ悪魔の死体を利用したものなら、
人間が作ったはずの『ウルスラグナ』や『カイン&アベル』はどうなる──?
(ベリアルが現れるまで、魔王と呼ばれるほどの悪魔の侵略はなかったはずだ……)
『ウルスラグナ』や『カイン&アベル』は20数年前に作られた物だとスティアは聴いている。
即ち20数年前にも魔王級の力を持つものがこの世界に現れた証明に他ならない。
なら、たった『20年程度』前のことをなぜ誰も知らないのだ……?
スティアの没セリフ
「まったく……『四人の王』というのは行方不明になるのが特技らしいな」
ってか、やっべ
四人の王って書いといて
『刃』、『銃』、『本(名前だけ出た)』ときて最後の1人が出る予定ない;;;




