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第10話:消える炎



ゼクゥはここに何をしにきた……? ──王国最強の震術師 スティア・クロイツ・マグナビュート


だってお前の家、ぶっ壊されてるぞ? ──ヴァルクリフの道具屋の主人


慣れたくないね…… 人が死ぬことに ──【銃の王】 シャルツ・ディバイト・アークエッジ


どういうことだ 現行の戦力じゃ足りないのか? ──BLADE


やぁーだぁー!!! ──半熟震術師 リース






 ゼクゥ・フィアレスは、死んだ。


 刃物で喉を貫かれたあとに資料室ごとかなり高位の火炎系の震術で焼き払われていた……


 最初にそれを見つけたナタク・エルステインは、のちに駆け付けたレグナが止めるまでボロボロと冗談のような量の涙を流しながら何度も治癒震術を使い続けていた。


 死体には効果がないというのに……


 スティア・クロイツ・マグナビュートは極めて事務的にそれを処置した。

 少し暇が出来たとき、彼が1人で長い黙祷を捧げていたことをアルムだけが知っている。




 資料室の火炎はゼクゥ自身の抵抗のあとではないか?、という者もいたがスティアはそれを否定した。


 ゼクゥが本気で炎を放てば建物全体が灰となってもおかしくない。

 それには部屋1つという焼け跡は小さすぎるのだ。最低でも廊下までは炭と化していなければ、おかしい。


 炎はなんらかの資料を焼却するために放った物、とスティアは考えていた。




 翌朝、



「ゼクゥはここに何をしにきた……?」


 スティアは焦げた匂いの蔓延る、ほぼ全焼した資料室に居た。

 ナタクが言うには兵士の話を聴いて急に顔色を変えて飛び出していったというが、あの場には百近い人数が居たためにどの兵士か特定することが出来なかったのだ……


 どのみち大抵の資料は全て燃え尽きてしまっている。


 だがスティアはこの場を離れなかった。



「……クソ」


 スティアはその場に座り込む。



「スティア……」


「……リースか」


 廊下に背を向けていたスティアは振り返らずに言い当てた。

 金髪の少女がスティアの後ろに歩み寄る。


「スティア、これ……」


 リースはスティアの肩越しに短剣を差し出した。



 ベットリと赤い血の付着した短剣を──


「貴様……、これを」


 どこで、と言おうとして気づく。それはスティアがリースに渡した同じデザインをした12本の短剣の1つだと……


 スティアがリースの震術の攻撃力を補うために持たせた物だ。昔、雷撃を増幅させるように特注で作らせた物なので同じデザインの物は他に存在しない。


「どういう、ことだ……」


「わからない 知らないうちに一本だけ無くなってて、それで今日起きたら……」


 涙を浮かべて震えているリースが嘘をついているようには、スティアには思えなかった。

 第一もし本当にリースが殺ったならそんなもの隠してしまえばいい。


「……わかった、これのことは一先ず私の胸にだけ留めておく 誰にも話すな」


 コクッ、と頷くとリースはふらつく足取りで資料室から出ていった……






    ◇


 シャルツは軍の詰所から帰宅しようと大通りを歩いていた。


「リトル」


 すると、向かいから歩いてきた道具屋の主人が声をかけてきた。


 リトルというのは【銃の王】としてシャルツという名前は有名なので名乗っているシャルツの偽名だ。


「ん、何?」


 シャルツは呼び止められたのが少し面倒だった。

 早く風呂に入って寝たい…… とか考えていた。


「お前、昨日避難所にいなかったけど何処にいたんだ?」


「警報を聞き逃したんだよ…… いつも通り自宅に引き込もってた」


「そんなわけないだろ」


 男は随分と断定的に言い放った。シャルツは眉を寄せる。


(東門で戦ってたのを見られたのかな……? だとしたらちょっと面倒なことになった)


 シャルツはいくつか男の口を封じる言い訳を考えたが、男の口から出た言葉はシャルツの打算を完全に吹き飛ばした。


「だってお前の家、ぶっ壊されてるぞ?」


「…………へ?」




 彼女の家のあった場所は、いまやただの瓦礫の山だった。

 【星の隷属者】とルシフの交戦に巻き込まれたことは容易に想像がつく。


 なんとかレグナの簡易結界だけは掘り出して破損してなかったことにとりあえず安堵する。


 それはともかくとして、


(どうしよう……)


 シャルツ・ディバイト・アークエッジは途方に暮れる。



「簡易結界を取りに来たんだが、なんだこの様は……?」


 そこへレグナが歩いてきた。


「見ての通り…… 途方に暮れてたところ」


「……どうするんだ?」


「……どうしよう?」


「俺らと一緒に来るか?」


 シャルツは眉を寄せる。


「えーっと、今回は街がピンチだったから仕方なく戦っただけで僕的にはやっぱり戦闘とかそっち系はNGなわけで」


「じゃあ、これは?」


 瓦礫の山を指す。


「うっ……」


「軍を頼れば【星の隷属者】ことだから多分なんとかするだろうが、間違いなく偽名使ってでも逃れたかった【銃の王】としての扱いをされるぞ? お前の顔覚えてるやつも居るだろうし」


「あぅっ……」


「次の街まででもいいからとりあえずは一緒に行かないか? 引っ越すにしてもヴァルクリフの土地って高いんだろ」


「……丸め込まれた」


 シャルツはがっくりと肩を落とした。




「……それと、ゼクゥの葬儀があるらしいがどうする?」



    ◇




「慣れたくないね…… 人が死ぬことに」


 ゼクゥ・フィアレスの葬儀の際にシャルツがポツリと言った。


「そうだな」


 だけどもう慣れてしまった…… とレグナも、シャルツも思う。


 6年前、魔物に襲われたゼクゥを救いだしたのはレグナだった。

 6年前、ゼクゥに最初に震術を教えたのはシャルツだった。


 当時10歳だったゼクゥはよくなついてきた。

 だけど2人に涙はない。

 大戦を経て、2人はそれだけ多くの死を経験してしまった……




 レグナはふと辺りを見回す。


 ベルが沈痛な面持ちで奥歯を噛んでいて、

 ナタクはずっと目頭をハンカチで押さえて、身体を震わせている。


 スティアとリースの姿がない。レグナは今朝からリースを探しているのだが、なかなか見つからないのだ。

 リースが資料室に行っているあいだにすれ違いになったのだが、レグナはそれを知るよしもない。



 棺が火の中にくべられる寸前で、葬儀場の扉が開いた。


「少し待ってくれ」


 息を切らして入ってきたのはスティア・クロイツ・マグナビュートだった。両手に何かを抱えている。



「……貴様が20歳にでもなったら要らぬと言おうが突き返してやろうと思っていたが、こうなってはやむを得まい」


 彼は乱れた息を整えて棺に歩み寄ると抱えていたそれを乱雑に棺の中に放り込んだ。


 それは、スティアがいままで取り上げたゼクゥの煙草のケースだった。


「向こうで存分に楽しむがいい」


 邪魔をしたな、と神父に告げてスティアは踵を返す。



 遺体を焼くと同時に煙草くさい煙が葬儀場包んだ。


 それがスティアに出来る精一杯の手向けだった。




    ◇


 レグナはスティアを追って葬儀場を出た。


「おい、【星の隷属者(アストラル)】」


「……なんだ?」


「こんなときに悪いが、『テスタメント』って何かわかるか?」


「……魔術語で『遺言』という意味だがそれがどうかしたのか?」


「大したことじゃないんだが、俺が戦った悪魔が『ウルスラグナ』のことを“拒絶のテスタメント”って呼んだんだ」


「テスタメント、か……」


「お前ならなんか知ってるんじゃないかと思ったんだが……」


「いや、私も『四人の王(貴様ら)』の武器について詳しいことは知らん 20数年前に特注で造られた物らしいが……」


「そうか……呼び止めて悪かったな」


「私からも頼みがあるのだが、構わんか?」


 踵を返そうとしたレグナを今度はスティアが呼び止める。


「構わないけど、なんだ?」


「結界の修復が済むまでのあいだこの街に滞在して貰えんか? 1週間ほどで済むはずなのだが」


「どういうことだ? 現行の戦力じゃ足りないのか?」


「いや 私が一度王国へと戻る必要があるのだが、そのあいだナタクだけでは心許なくてな」


「首都に? 何の理由で」


「《図書館》に用がある ついでだ、貴様の言うテスタメントとやらのことも調べておいてやる」


「図書館……ね まぁいいか 頼むわ」


「あと、リースと言ったか? あれを借りていくぞ」




    ◇


 レグナは宿に戻ろうと歩いていた。


「……ところでシャルツ、お前どこまでついてくる気だ」


「えっとね、僕、いま家がないんだよね」


「そうだな」


「ってことは宿に泊まるのは当たり前じゃん?」


 ぎっ、ぎっ、と木の床が2人分の体重で軋む。


「ああ だけどそれは下でチェックインした人間の物言いだよな? お前してないだろ?


「え 一緒でいいじゃん? ここライセンス示せば部屋代だけでしょ、2倍お金払うの面倒だし」


「お前なぁ ガキの頃と違ってもう18歳だろうが……」


 と、大きく嘆息しながらも一応閉め出したりはしない。


「ところでさっきスティアとなに話してたの?」


「ん? 結界が直るまでこの街に居てくれってよ スティアもゼクゥもいないからいま軍の最高指導者はナタクってことになってて、不安なんだとさ」


「……? ナタクって、あのナタクだよね? 【裁断者】の」


「そうだが、それがどうかしたか?」


「……あの人がスティアみたいに無線に向かって守備隊に指示だすの?」


「………あ」


「…………」




 …………………


「「アハハハハハ」」


 2人は力なく笑った。


 そして思う。


 やっべぇ………


 と。





    ◇



 リースは駄々を捏ねていた。


「ヤダヤダヤダヤダぜぇっっったいレグナと一緒じゃないとこの街出ていかない!!!」


 ……朝方の資料室での落ち込みっぷりが嘘のようだった。


「阿呆め……」



 王国最強の震術師、【星の隷属者】の苦手の物を3つ挙げよう。


 1つ目は、


 ザックフォード・WS(ダブルエス)・エクセリオン。

 4つの結界都市を束ねるこの国の王だ。


 2つ目は、


 激怒したときのアルムだ。

 結局のところ男は本気で怒った妻には勝てない物なのだ。 と、昨日TVで離活の実例を見て筆者は痛感した。ガクガクブルブルだった。


 3つ目は、


 ……子供だ。



「お前はゼクゥを殺ったかもしれん凶器を所持してるんだぞ? ほとぼりが褪めるまではどこか別の場所で「やぁーだぁー!!!」


 ……とまあ、こんな調子だからだ。


(ガキは理屈に合わないから嫌いだ……)


 スティアは嘆息する。


「選べ」


「……何を?」


「気絶させられて強制連行か、いまの内に大人しく従うかを だ」






 ・初期の設定資料



《ウルスラグナ》 『勝利』を意味するエンシェントアーツ。刃渡り80cm近い異様な双剣。非常に硬度が高くほとんど刃こぼれしない。錆びない。相応の使い手が持てば鋼だろうが城壁だろうが豆腐の如くぶったぎる。



 『勝利』

 →『拒絶』


 『エンシェントアーツ』

 →『テスタメント』に


 この変更にはいろいろ意味をつける……つもりです



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