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最強の魔王様、転生して“貴族”の学園で無双する! ~平民だとバカにされるけど、双子のいじめられっ子とともに最高の青春を送る~

作者: 有岡白鷺

 後年、大戦時代と呼ばれた魑魅魍魎が跋扈していた時。

 その時代を制していた王……魔王が時代に幕を降ろそうとしていた。



◇◇◇



 ここは嵐騒魔境『テンペスト』。常に竜巻が巻き起こり、一番緩やかな入り口で風速五〇メートルある恐ろしい魔境だ。

 そこの最奥にある翡翠の城……世にも恐ろしき魔王“暴風王”の魔王城は今日、震撼した。


「ランゼ! 俺は人間に転生して学校に通って青春を送る!!」


「……へ?」


 震撼……は違うかもしれない。

 まるで真空のように一切の音が消えた。


「ゼ、ゼノ様! い、今なんと仰いましたか!?」


 翡翠の魔王城の最上階、テンペストの主である“暴風王”ゼノの部屋である玉座の間で、圧倒的な魔力を擁する魔王と彼に及ばないまでも絶大な量の魔力を持つ老人がいた。

 老人――名を風の魔王軍最高幹部“斬鬼”のランゼは、愕然とゼノに尋ねる。


「ああ。俺は……」


 ゼノは、ランゼが聞き間違わないようにゆっくりと告げる。


「俺は、これから転生して、人間として学園に通って青春を謳歌する。夢だったんだ。友達とトランプするの」


「え……ええええーーーーーーーっ!?」


 崇拝する魔王の衝撃的な言葉に、冷静沈着で風の魔王軍の頭脳とも呼ばれるランゼは、人生で一番の絶叫を上げた。



◇◇◇



「……落ち着いたか?」


「は、はい……取り乱してしまい申し訳ございませんでした」


「いや。俺もあそこまで驚かれるとは思わなかったぞ」


 城中どころか魔境中に響くのではないかと思われる絶叫を上げたランゼは、なんとか落ち着きを取り戻した。

 しかし、その顔には未だに戸惑いの表情を浮かべている。


「そ、それで、学園に通う……ですか?」


「ああ。夢だったんだ。友達とトランプするの」


 再度同じことを答えるゼノ。

 どうやら、彼の意志は固いようだ。


「トランプなら我々もできまする」


「いや。お前らは接待するだろ。言っておくが、接待トランプって死ぬほどつまらないんだぞ……あと、この前見た劇みたいな恋をしたい」


「……あなたが言えば、いつでも美女を愛人にできまする。貴方が一声かければ、すぐに応じるでしょう」


「俺は恋をしたい」


 真剣な表情で答えるゼノに、ランゼはハア……とため息をついた。


「まあ、そう悲観するな! お前らの今後の生活は保証してやる!」


「し、しかッ!?」


 笑顔で告げるゼノに、ランゼはまだ言い募ろうとするが、ゼノが自分基準で少しの魔力を出したことで言葉が続けられなかった。


(さ、さすがは上位存在である悪魔の王……なんて魔力量だ)


 悪魔はおとぎ話の存在だと言われているが、魔王の側近であるランゼは見たことがある。といっても、目の前の主に蹂躙される姿だけだが。

 角が生えているのが特徴で、人間よりも魔力が多いとされている。

 目の前の男も神すらも超える魔力を持ち、さらには立派な角が二本生えている。


「そういえば、魔王としての役割も終えるし、これはいらないな」


 しかし、ゼノはすぽっと、その双角をとってしまった。


「……え、ええええええーーーーっ!?」


 これにはランゼも大絶叫。本日二度目。


「そ、そそそれ、とれたんですかーー!?」


「ん? 言ってなかったけ? これはそれっぽい雰囲気を出すために作ったコスプレだぞ。ちなみに俺が作った」


「えぇ……」


 若干引き気味のランゼに、ゼノはクックと楽しそうに笑った後、いつになく真剣な表情で語った。


「わかっただろ? ランゼ。俺は人間だ。寿命がある。魔力で繋ぎとめていたが、それももう限界なんだ。寿命で死んだ奴は蘇生の魔法でも治らないしな」


「…………」


「それに、退屈なんだ。強い英雄はいるけど、伝説のような勇者は現れず。だから、俺は進歩した未来の人間とともに歩みたい」


「…………」


「ランゼ、俺の代わりにお前がみんなを導け」


「……は」


 後のことをランゼに任せた後、ゼノは瞼を閉じた。

 それから徐々にゼノの体が塵になっていき……同時に玉座の間に夥しい数の魔法陣が描かれた。


 こうして、一つの神話が幕を閉じた。



◇◇◇



「……ん……んぅ」


 もはや誰も住まなくなった翡翠の魔王城。

 そこの玉座の間に、一人の男が生まれた。


 産まれたというには既にある程度育っている。年齢は一五ほどだろうか。顔の出来じたいは平凡だが、優しい風を感じさせる翡翠の瞳が特徴的だ。

 男は、自分の玉座の間に備え付けられている鏡で自分の姿を確認する。


「……転生は成功だな。やっぱり、慣れ親しんだ姿が一番だ」


 男――三〇〇〇年前にあったとされる神話で語り継がれている“暴風王”ゼノは、うーん……と伸びをした後、玉座にかけていた服を着る。

 衣服には彼の魔法がかけられており、三〇〇〇年経っても綺麗なままだ。


「……ん?」


 着終わった彼は豪奢な椅子に貼り付けられていた紙を見つけた。

 それにも風化防止の魔法がかかっている。


「これは、常に情報を更新し続ける『永久紙』じゃないか! しかも、世界中の学校すべてが載ってる!」


 ゼノの頭に一人の老人が浮かんだ。

 晩年の彼の右腕、“斬鬼”のランゼが残してくれたんだと一瞬で理解した。


「……相変わらず、俺にはもったいない部下だぜ」


 彼は目頭を押さえ、その後、紙を見始めた。


「へ~。俺が死んでから三〇〇〇年経ったのか。結構変わってるな。アルラカ王国とかノプイヤレ共和国とか知らない国ができてるし、大陸統一に一番近いと言われていたユーグラット帝国が滅んでる……と、いけないけない。良さげな学校を探さないと」


 すっかり変わった世界事情に興味深々だが、今はそんな場合じゃないと彼は欲を抑えて学校探しに没頭した。


「うーん、大体の学校は武器と魔法、そして座学の勉強ばっかだな。でも、俺的には生産系も学びたいんだよな」


 今の時代は技術革新が起こっているとはいえ、未だに生産系の職業は職人に直接弟子入りして鍛えるのがメジャーだ。

 しかし、転生したばかりでそんなことを知る由もないゼノは、『生産系も学びに入るんだから、学校の授業で取り扱っている場所もあるはず』と思い込んでいた。


 そして、世界中の学校を探しきった彼は、三つの学校に的を絞った。


「『グランヘルム王立学園』、『ミリティア王立学園』、『アストロイ帝立学園』の三つが有力候補だな。グランヘルムとミリティアは俺の要望通り、戦闘・魔法・座学・生産が揃ってる。アストロイは生産はないが、生徒の質が一番高い」


 大切な学園選びだ。ここを間違えてはならない。

 そう力強く考えたゼノは……やがて一つの学校に決めた。


「グランヘルムだな! 校風の自由かつ実践的っていうのにめっちゃ惹かれるぜ! 自分たちで作ったものを売って、その収益で成績が決まる商売のカリキュラムも魅力的だ!」


 どこか説明的な言葉を述べながら、彼はグランヘルム王立学園に通うことを決心した。


「よし! 善は急げ! まずは平民として住民票を創って――」


 起きたばかりで若干ハイテンションな彼は、受験に必要なものを調べながらすぐに玉座の間から出た。


『グランヘルム王立学園は王侯貴族主義。建前で平民の編入も認めているが、差別されること必至』


 この一文を読むことなく。



◇◇◇



 翡翠の魔王城を出たゼノを襲ったのは秒速一〇〇メートルの暴風だ。秒速五〇メートルもあれば家が倒壊することを考えれば、脅威と言うほかない災害だ。

 だが、風の魔王である彼にとってはそよ風程度でしかない。


「グランヘルム王国は……あっちか」


 ゼノが左を向き……次の瞬間、ここら一帯の風を吹き飛ばす風とともに彼の姿が消えた。



◇◇◇



「ぎゃははは! 今日も大漁だぜーー!!」


「そりゃそうさ! なんせ、俺たちはこの国一の盗賊団だぜ!!」


「帝国の元宮廷魔導師のお頭がいれば百人力よ!!」


「お頭バンザーイ!!」


 ここはグランヘルム王国。

 そこの王都から少し離れたところに、とある盗賊団がいた。

 三〇〇を超える大所帯だが、それでも毎日どんちゃん騒ぎができる程度には稼いでいる大盗賊団だ。

 王都近郊の各地に散らばり、騎士や冒険者に拠点を特定させない知恵も持っている。


「よっと。グランヘルム王立学園の編入試験がある王都はこの辺か。これなら試験に間に合うな」


 しかし、その命運は一人の男が空から降りてきたことで尽きることになる。

 男の名はゼノ。ご存知“暴風王”だ。


「誰だてめえは!? 冒険者か!?」


「ん? ああ、人の家に降りたのか? それは悪かったな。すぐ出ていくよ……出口どこ?」


 ゼノは、申し訳なさそうに頭を下げながら出口を探すが、彼の周りを盗賊が囲う。


「ああ!? アジトを見たやつをおめおめと帰らせるわけねえだろ!!」


「俺たちバンバン盗賊団のアジトは――」


 すごむ盗賊たちだが、一瞬で凍り付いた。

 盗賊という単語を聞いたゼノが少しだけ威圧したからだ。

 たったそれだけで、国一番の盗賊である彼らは死を直感した。


「……盗賊? じゃあ、殺してもいいな。寝起きの運動に丁度いい」


 ゼノが緊張感を解き、そう尋ねた。

 その時、一瞬だけだが、彼は盗賊に向けて殺気を放った。

 ただそれだけ。しかし、それによって盗賊のほとんどが……死んだ。否、ほとんどというには多すぎる。たった一人――先ほどお頭と呼ばれていた男以外のすべてが息をしなくなった。


「……な、なにをしやがった!?」


「……こっちが知りたいわ。なんで殺気を出しただけで死ぬんだよ」


 三〇〇〇年前はゼノの殺気に気を失う者はいても、死ぬ者なんてそれこそ戦闘を生業にしていない雑魚くらいだった。

 それなのに、戦う必要がある盗賊が殺気だけで死んでしまうとは……ゼノは、目の前の王国一と呼ばれている盗賊団のことを、運がいいだけの雑魚集団だと認識した。脆弱すぎて同情を覚えるほどだ。


「それよりも蘇生しなくていいのか?」


「そ、蘇生だと!? そんな御伽噺の中だけの魔法を使えるわけねえだろ!!」


「……え?」


 頭の反論に、ゼノは固まり、オロオロとし始めた。


「ど、どうしよう! 蘇生できないなんて知らなかった! あんな初歩魔法もできない盗賊がいるなんて!!」


 ゼノがいた大戦時代において蘇生の魔法は基本だった。

 寿命による死には効かないとはいえ、戦場で仲間が死ぬなんて何度もあったのだから。


「ク、《蘇生(クァイア)》。い、一応、蘇生させとくわ。悪かったな、そんなに魔法が苦手とは思わなかった。もしかしたら、蘇生の魔法を使える奴は他の人だったのかな」


「バ、バカなあああ!? 本当に死んだ奴が蘇っただとおおお!?」


 ゼノが蘇生の魔法を行使する。

 それによって、死んでいた約三〇〇の盗賊が起き上がった。


「……こ、ここは?」


「お、お前たちいいいい!!」


「わっ! お、お頭!?」


 もう二度と喋れないかもしれない……そんなことを考えていた頭は、自分の部下が再び喋ったことに対して感動の涙を流した。


「あっ! てめえ! 何をしやがっ――「やめろ!!」お、お頭?」


 起き上がった盗賊がゼノに突っかかるが、頭がそれを止める。

 そして、恥も外聞もなく土下座をした。


「た、頼むうううう!! もう二度と悪いことはしないから許して下さああああああい!!」


 極悪非道だった頭の態度に盗賊たちは困惑する。なんなら、言われた本人であるゼノも困惑している。あの程度で命乞いされるなど予想外だったのだ。

 しかし、魔王の一端を垣間見た頭は土下座を止めるわけにはいかないという強迫観念に迫られていた。


「いや……お前たちを裁くのは騎士団だろ? 命乞いされても困るよ」


 ゼノは、そんな盗賊の姿に戸惑いながらも、パンと拍手をした。

 たったそれだけで、盗賊団全員が気を失った。


 これは“暴風王”ゼノが雑魚を蹴散らす時に使う技。

 指定した範囲の空気を失くす技術だ。

 彼にとっては魔法ですらないもので……他の魔法使いは容易に真似できない超高等技術だ。


「さーて、『騎士団のみなさーん! バン……バンだっけ? うん。バンバン盗賊団だ。その盗賊団はここで捕まえているぜー! 竜巻が起きた場所なー!!』」


 風で遠方に声を届ける魔法を無詠唱で使い、王都中に知らせる。

 そして、竜巻を起こして一仕事終えた彼は王都に向かって再びジャンプした。



◇◇◇



 王都の民は困惑した。


 空から声が聞こえたと思ったら、それを裏付けるように竜巻が一瞬だけ起こったのだから。

 自然現象を超えたこの現象に、人々は神のおかげだと湧きたった。


「うおおおおお!! 神が極悪非道なバンバン盗賊団をやっつけてくださったんだ!!」


 まさか、魔王がやったとは露程も思わない人々が諸手を上げて喜ぶ中、支え合うように歩く二人の少女は喜ぶ気にどうしてもなれなかった。


「……神様……すごい……」


「……そうね」


 少女たちは灰色の髪をしている。一人は一房が金色の灰髪、もう一人は一房が銀色の灰髪。どちらも可憐な美少女だが、雰囲気で幸薄な印象を受けた。


「……できれば私も」


 思わずといった感じで呟いたその言葉に、銀色の方の少女は自分でブンブンと首を横に振った。


「……レラ」


「……私なんかを助けてくれるわけないよね……私、なんか、を……」


「……大丈夫……大丈夫だから。私がついているから……私が……うぅ……」


「あのー」


 どんどんとマイナス思考になっていく二人の少女に、黒髪の青年が声を掛けた。


「「はい――」」


「やっぱり!」


 振り返って返事をすると、青年はガシッと少女たちの肩をつかんで興奮気味に叫ぶ。


「グランヘルム王立学園の生徒だよね! 俺の名前はゼノ!! 今年編入する予定なんだけど、君たちは先輩かな!? ま、何はともあれよろしくね!!」


「……ひぅ」


 ゼノの勢いに銀色の方の少女は押され……目を回した。


「あの……」


「……あ、ごめん。テンション上がっちゃった」


「……い、いえ……わ、私の方こそビックリしちゃってすみません。私はレラといいます……こ、これは中等部の制服で、私も今年から王立学園に通うんです」


「……私はシンディ。レラの姉です」



◇◇◇



「へ~。シンディとレラは新入生のチェックしに来てたのか」


「うん……お父様に言いつけられたの」


 予定通り、編入試験の会場がある王都にたどり着いたゼノは、偶然出会ったグランヘルム王立学園の女生徒兼未来の同級生であるシンディとレラの双子の姉妹と会場まで歩いていた。

 姉のシンディは金がかった灰色の髪で、妹のレラは銀がかった灰色の髪だ。どちらも、思わず振り向いてしまうような美少女だ。


「……父さんか」


 一瞬、悲しそうに顔を伏せたゼノは、それを明るい表情に変えて気になっていたことを聞いた。


「ところで、編入試験は何をするんだ? 俺、そういうのに疎くてさ」


「えっと……毎年、実技の試験をする……らしい」


「実技だけなのか? 座学や生産系のテストは?」


「し、しないと聞いてるよ……座学はできること前提だし、生産系は学園で一から学ぶらしいから……そうだよね……レラ」


「うん……そう聞いてる」


 ゼノは思わず、胸をなでおろした。

 学園に通うと決めたはいいものの、三〇〇〇年も経った現在の座学のテストが心配だったからだ。


(これなら、入学式までの自由期間に勉強すれば最低限はできる)


 勉強はしておこうと心の中で決める。

 ……ちなみに、座学のテストがあった場合は魔法でカンニングしようと彼は考えていた。やはり魔王。学園に通うという野望を叶えるためにどんな卑怯な手段も使う。


「……ところで、どうしてそんなに離れて歩くんだ?」


 ゼノがシンディとレラに尋ねる。

 そりゃあ、初対面だし、いきなり近すぎるのはおかしいが、それでもこの双子の距離感はおかしい。一メートル位離れている。

 事あるごとにゼノは二人と距離を詰めようとするのだが、彼女たちはその分離れてしまう。一体何事かと問えば、彼女たちは暗い表情で語った。


「……私たちと一緒に居るのが知られたら、迷惑をかける……」


「……うん……試験に影響があるかもしれない……」


「迷惑? 影響? そんなのあるわけねえだろ。そんなことよりも、もっと近くにいてくれたほうが嬉しいぜ……避けられると、昔を思い出すからな」


 横に並んで歩くように促す。自分を置いて先に行く様子もないゼノに二人も諦めが付いたのか、重い足取りで歩き始めた。その姿を見て、周囲の同年代の少年少女たちが何故か注目を集めた。


「見て! あれが例の魔物の双子よ」

「あれが……暗くて不気味ですわ」

「気をつけなよ。何してくるかわかんないからさ」

「まあ、魔物って言っても、どうせゴブリンとかカスみたいな魔物だろ!? 何もできねえよ!」


「……ねえ……やっぱり、離れて歩こ? 迷惑が掛かってしまうわ……」


「……うん……嫌な思いさせちゃう……」


「お前じゃなくてゼノって呼んでくれ。べつに陰口くらいどうってことないさ。それよりも、なんでこんなに……?」


「それは、私たちが……魔物から生まれたからよ。聞いたことくらいあると思う……トレメイン家の魔物の双子のこと……」


「……嫌な思いさせてごめんね……」


 二人の表情がどんどんと暗い表情になっていく。

 しかし、言われた本人であるゼノは真剣な表情で応えた。


「……は? 魔物から人間が産まれるわけねえだろ。それよりもトランプしないか?」


「「……え?」」


 落ち込んだ雰囲気で告げるシンディに、貴族の事情なんて何も知らないゼノはキョトンとした顔で答えた。

 そして、三〇〇〇年前に購入していたトランプを取り出す。


「トランプ?」


「……それってカードの?」


「ああ! 夢だったんだ!」


「……たぶん……やってたら、受付に間に合わなくなると思う……」


「そ、そうなのか!?」


「……ふふ」


 ゼノがガーン! と、雷が落ちたようなショックを受けた。

 そんな彼の様子に二人は少し楽しそうに笑い……その後、周りから聞こえた声で再び暗い表情になった。


「見てよ。魔物の双子ちゃんたちがいるわ~。金色の方が姉のシンデちゃん、銀色の方が……なにちゃんだっけ~」

「ぷっくすくす。相変わらず暗いわね」

「それにしても、シンデなんて名前をつけられるなんて……よっぽど親からも嫌われてたのね。死んでなんて!」

「そりゃあそうでしょ! なんせ、あいつの母親はまも――」


 再び聞こえてきた同級生たちの陰口に双子はどんどんと顔を下げていき……しかし、ゼノのパンという拍手の音で反射的に顔を上げることになった。


「ここが試験場か! 俺、手続きに行ってくるわ」


 受付はこちらと書かれた看板を見て、ゼノはその矢印に従って進む。

 その直前、彼は灰髪の双子の方を向いた。


「そうだ! もっと顔を上げろよ。せっかく可愛い顔をしているんだから。お前らは俺の友達第一号だからな! 同率一位だ!」


「「友達……」」


「おう!」


 ゼノの笑顔に、魔物と揶揄された双子は呆然とする。

 ゼノは、そんな彼女の様子に気づいているのかいないのか、ルンルン気分で受付に向かった。


 ――二人の耳に、もう陰口は入らなかった。


「…………」

「…………」

「…………」

「…………」


「うおっ! グランヘルム王立学園の中等部の生徒が気絶してるぞ! 誰か治癒術師を呼べーー!!」



◇◇◇



「すんませーん。編入試験の受付お願いしまーす」


 シンディとレラの双子と別れたゼノは、自分と同年代と思われる男女が並んでいる場所に向かった。

 少し並んだ後、自分の番になった彼は受付の人に話しかける。


「……ハア―」


「え? ため息?」


 先程までは愛想よく対応していた受付の女性が、いきなりため息をついたことに首をかしげるが、別にいいか! と楽観的なゼノは書類を渡した。


「……家名が抜けていますが?」


「家名? ああ、俺はないぜ。平民だから」


「……やっぱり平民か。面倒くさい。はい」


「? ……どうも~」


 急に乱雑になった受付に疑問を抱くも気にせず、ゼノは楽しそうに受験票を受け取って周囲を見渡した。


(友達候補がこんなにたくさん! よーし! とりあえず声をかけまくろう!!)


 瞳を輝かせて、周りの同年代の少年少女に近づく。


「ねえねえ! 俺はゼノって言うんだけど、試験が始まるまでトランプしない?」


「ん? ああ……って平民かよ」


「けっ! 貧乏人が近づいてきてんじゃねえよ!」


 声を掛けた少年たちは、ゼノの受験票を見た瞬間、つばを吐き捨てて離れていってしまった。

 あれ? と思ったが、構わずに今度は別の人に声をかけようとすると……


「おいおい、何で栄えある王立学園の編入試験に平民が混じってるんだぁ?」


「ん?」


 明らかにこちらを見下すような声が聞こえてきた。振り返ってみると、受付付近に短髪の男が立っている。


「お、おい……あの風を纏ってる虎の紋章ってまさか」

「ハーブリーズ王国の名門、ギュリオン公爵家の紋章じゃないか」

「ということは、あいつが最近噂の留学生にして、例の候補の一人であるジャコンドか? 傍若無人だが、風魔法の天才だっていう」


 周りの受験者がひそひそと話す。

 どうやら有名人らしいが、ここ三〇〇〇年の事情を全然知らないゼノが知っているはずもなく、彼はなんとなく強い人なんだなーというカスみたいな感想しか出なかった。


「ハッ、田舎者が! 貴様のような奴が王立学園に入れるわけないだろ!!」


 見下した目と口調のジャコンドに、ゼノはというと……


「アドバイスありがとう!! でも、大丈夫だ!! 戦闘には自信があるからな!!」


 サムズアップと嬉しそうな笑顔で応じた。


「は?」


「いやー! 優しい人がいて良かったー!! 俺はゼノ! お互い頑張ろうな!!」


 魔王であった彼にとって、悪意とは「頼むから死んでくれ」といった明確な殺意だ。

 それに何百年もさらされ続けた彼にとって、純粋な殺意以外の悪意などどこ吹く風。風の魔王だけに。


「ふれんな! 汚らわしい平民がっ!! 貴族に触れてんじゃねえよ!!」


 しかし、さすがに明確な言葉で拒絶されたら、彼でも気づく。

 大戦時代にも貴族と平民の格差はあったし、彼も魔王になる前はそれを浴びていた。

 だからこそ、彼はひどく驚いた。


「う、噓だろっ? 三〇〇〇年も経ったのに、まだ差別なんてやってるのか? ……もうちょい成長しようぜ。平民も貴族も一緒だよ」


 ポンと優しい表情で肩に手を置いたゼノに、周りがざわっと波立つ。


「おいおい、あいつ何言ってんだ? 貴族と平民が違うなんて当たり前だろ」

「どんだけ田舎者なんだよ」

「それよりもヤバくねえか。ジャコンド、キレそうだぜ」

「……まあ、貴族である俺たちがヤバくなりそうだったら係の人が止めるだろ。あの平民は死んだけど」


 周りの人がひそひそと喋る間に、さらにゼノはジャコンドをさらに諭していく(傍目から見たら完全に煽りだが)。


「あのなぁ、そういうの……七光りっていうの? それ、嫌われるからあんまりしない方がいいぞ」


「……は?」


「親は親、子どもは子ども。少なくとも、何もなしていないお前が貴族は偉いって嘯いても滑稽なだけだ」


 ジャコンドは呆気を取られた表情で思考を停止させていた。

 ゼノはそんなジャコンドの肩をもう一回ポンと叩いて、今度は憐憫の微笑と共に語りかける。


「あのな、そうやって親の力を振り回して入学しても、その後は……裏口入学っていうの? そういうレッテル張られて周りから冷たい目で見られる日常だけだぜ。お前もこの試験のために頑張ってきたんだろ? だったら、キチンと貴族平民関係なく敬意を持とうぜ? 器の小ささが疑われちまうぞ」


「…………っ!」


 ジャコンドはゼノの言葉に大きな屈辱を受け、ゼノの手を強く払いのけた。


「貴様ぁ……! この俺を栄えあるギュリオン公爵家の天才であると知ってのことか……!?」


「……いや、ごめん。よくよく考えたらお前の名前聞いてないわ……え? 誰?」


「貴様ぁ……!!」


 煽りとしか考えられない言葉(実際は心の底からの純粋な疑問だったが)に、ジャコンドは真っ赤な顔に青筋まで浮かべると、両掌を前に突き出し、魔法陣を描いた。

 大きさは一メートルほどだろうか……それが収縮されるようにして消えた瞬間、彼の手のひらに小さな竜巻が発生する。


「発言を撤回し、今すぐ地べたに額を擦り付けろ!! さもなければ、俺の竜巻撃(ストルム)が貴様を命ごと吹き飛ばすぞッ!!」


「……竜巻撃(ストルム)? それが?」


「ふん、薄汚い平民でも知っているようだな。そう、小規模でありながら上級魔法並みの威力を誇る高等魔法。これこれが。風魔法の天才たる俺の得意魔法だ。この魔法1つとってみても、俺と貴様との間にある隔絶とした――――」


「おいおい! そんなちんけな魔力と雑な魔法陣の魔法なんて弱いだろ! よくて、魔法で強化していない家を一軒吹き飛ばせるかどうかだ! 俺が平民だからって、下手くそのふりすんなよ! そんな雑魚技、俺に対する侮辱だぜ!!」


「貴様ああああああああ!!」


 頭から湯気が出そうなほど怒り心頭なジャコンドは、ついにゼノの顔面目掛けて竜巻を発射した。

 周りにいる人たちは、ゼノの首が吹き飛ぶ姿がはっきりと頭に浮かんだ。……だが。


「な、なにいいいい!?」


 家すら吹き飛ばす竜巻が直撃したにも関わらず、ピンピンとしているゼノに驚きを隠せないジャコンド。


「そ、そうか! 俺としたことが外したのか!!」


 外したという割には周囲に被害の跡がないことにも気づかず、ジャコンドは自分に都合がいいように思い込んだ。


「……貴様! 試験本番ではこうはいかない!! 首を洗って待っとけ!!」


 三下みたいな言葉を発して試験場の控室に走って逃げるジャコンドに、ゼノは戸惑いながらも首を縦に振った。


「え? あ、はい……」


 ゼノは苛立たしそうに部屋から出ていくジャコンドの背中を見送り、そして、何事もなかったように別の人をトランプに誘った。

 ……余談だが、悪目立ちした彼のトランプに応じる者は誰一人としていなかった。



◇◇◇



「くっそお! 俺をコケにしやがって!! おい! 試験官!!」


「は、はい! 何でしょうか?」


「わかってるだろうな! あの男は民衆の前で俺様が直々に叩き潰す!!」


「は、はいー! もちろんでございます!!」



◇◇◇



 そしていよいよ試験が始まった。


 試験会場は闘技場。普段は魔物同士を戦わせたりしている娯楽場だ。

 試験内容はシンディが言った通り、受験者同士の1対1の試合で、勝利することが出来れば合格という、実にシンプルな内容だ。


 ゼノの受験番号は87番だが、どうやら数字順で進むというわけではなく、147番と148番の試合が終わった後の最終試合でようやく番号を呼ばれた。

 自分以外は数字通りに戦っているのに、なんで自分は数字通りじゃないんだろうと疑問に思いながらそわそわとしていたゼノは、漸くの出番に一人で並べていたトランプを片付ける。

 そして、闘技場に行くと、興奮のるつぼに包まれた観客と、円形の闘技場の中心に立つ一人の男が見えた。


「待ってたぜ」


 ギュリオン公爵家の麒麟児ことジャコンドである。

 見下した攻撃的な視線をゼノに向けている。


「残念だったな、俺の家はこの国にも大きなコネを持っている。こうして試験の対戦相手を選ぶくらい訳がないんだよ」


「コネって……やっぱり七光りじゃないか」


「……どこまでも舐めた口を……! いいだろう、この俺を怒らせたことを後悔させてやる」


 ジャコンドの怒気を真正面から受けても柳に風、ゼノは周囲を見渡す。

 中央の2人をグルリと囲む観客席には、興味深そうにこちらを眺める者が何百人といる。

 あの噂(・・・)を知らないゼノは、こんなに人がいるんだ~と暢気なことを考えながら、彼は先程友達になった双子を見つける。

 二人に手を振ると、彼女らは少し戸惑いながらも振り返してくれた。


『どっちか勝つと思う?』

『そりゃあジャコンドだろ。何せ名門ギュリオン家の天才だ。あの年で、風属性の上級魔法をいくつか使えるらしいし』

『それに、学園側としては多額の支援を約束してくれているギュリオン家の倅を入れたいだろうしな』

『ゼノだったか? 冒険者として名を上げたってわけでもないし、家名がないってことは平民だろ? あーあ、こりゃあ戦う前に決まってるってやつだな』

『相手があのジャコンドじゃ、ご愁傷さまってやつだ』

『ジャコンドが参ったって言わない限りは勝てないだろうな』


 どうやら観客はジャコンドが勝利するものだと思っているらしい。魔法で地獄耳になっているゼノはこれが聞こえているので少しムッとしたが、まあ知名度の違いか、と納得した。そして、本気(・・)で頑張ろうと決意した。

 審判がルール説明をする。


「これより、ジャコンド・ギュリオンと、ゼノの編入試験を行います。ルールは武器、魔道具の使用は禁止。格闘術及び、魔法のみでの戦いになります。勝敗は戦闘不能、またはギブアップ宣言によって決着とさせていただきます。当然ながら、相手を殺してしまった場合は失格になります」


 ジャコンドが、審判にわかってるんだろうなという視線をぶつける。

 が、ゼノはそういうのに気づくこともなく、暢気に構えた。


(くくく……言っただろ? 俺はコネがあるって。審判を買収したから、止めるタイミングはこっちで決めれる。てめえが死ぬ直前までいたぶってやるぜ)


「それでは……始め!!」


「井の中の蛙に教えてや――」


「よっし! まずは小手調べ!」


 開始宣言とほぼ同時に闘技場の中に嵐が吹き荒れた。鎌鼬もかくやと言わんばかりの風に襲われたジャコンドは全身を細切れにされてしまった。

 地面に血が飛び散るが、それも嵐によって消され、最終的にゼノ以外何もない空間ができあがった。


『い、いやああああああああっ!?』

『し、ししし死んだっ!? なんだあの魔法は!?』

『だ、誰か救護隊を! 救護隊を呼んで来い!』


 官局全員の度肝をぬく瞬殺劇。騒然となる観客たちの視線を一身に浴びるゼノは……めちゃくちゃ狼狽えた。


「う、噓だろっ! 今の魔法、ミスリルくらいしか切り裂けない雑魚専用なのに!! や、やべえ! 失格になっちまう! 《蘇生(クァイア)》!!」


 本当に意外そうに(実際そうなのだが)驚くゼノは、失格を言われる前に蘇生の魔法でジャコンドを復活させた。

 ……ちなみに、失格を告げる審判も彼の魔法に巻き込まれて死んでいるのだが、あまりにも予想外の展開に狼狽えているゼノは気づかなかった。


『な、何だ!? どうなってる!? 死んでたジャコンドが生き返ったぞ!!』

『い、生き返っただと!? ……ま、まままさか、蘇生魔法か!?』

『ば、馬鹿言え! そんなもの、御伽噺とか神話の中だけの魔法だろ!?』


 治癒魔法の領域の極致の一つであり、神や天使といった上位存在にしか使えないと言い伝えられてきた蘇生魔法に観客席がどよめく。

 そんな周囲の反応が耳に入らなかった、そして、しでかしたことの大きさを自覚していないゼノは心配そうな顔でジャコンドを見る。突然、あっけなく死に、蘇った彼は未だに事態が呑み込めていないようだ。


「い、一体なにが!? ……そ、そうか! 幻覚魔法だな!? 俺が死ぬという幻覚を見せ、そのまま終わらせようとしたんだろ!?」


「え?」


 どうやらあっさり殺されすぎて、ジャコンドは死んだという事実をうまく受け入れていないらしい。


「この俺様にあんなリアルな幻覚を見せつけるとは、どうやらお前は幻覚魔法が得意みたいだな?」


「いや、何の話?」


「よりにもよって、風魔法の天才である俺様にあんな幻覚を見せるとは! こんな屈辱は初めてだ! だが、残念だったな!! 大賢者くらいしか使えないであろう最上級魔法は誇大し過ぎてて、リアルさがなかったからな!」


「と、とにかく、続行ってことでいいんだな?」


「笑止! 幻覚魔法は気づかれると無力になる! これで終わりだぁ!! 《空撃衝(エアリル)》!!」


 雨の如き空気の爆弾がゼノに襲い掛かる。

 だが、ゼノはそれをハエを追い払うように手で弾きながら、どうすればいいのかを考えていた。


(あの程度の魔法で死ぬってことは他の魔法でもダメだろうな……物理でいくか)


 方針を決めたゼノがジャコンドに向き合う。


「くっ……! また姑息な魔法だな……! 今度は分身か!? もっと男らしく戦え! これだから平民は!」


「いや……手で弾いてるだけなんだが」


「嘘を吐くな! それは一発一発が岩も貫通する威力だぞ!」


 だからまともに防御できているはずがない……とジャコンドは思っているが、ゼノとしては岩程度じゃダメージを与えるのは無理だろと首をかしげるばかりだ。


「貴様の卑劣な魔法……俺が暴いてやるぶはあッ!?」


 ジャコンドが殺意を漲らせながらゼノを睨むが、目で追いつけないほどの速さで踏み込んだ彼の拳によって再び弾け……死んでしまった。


「ええ!? 《蘇生》!」


 ビックリしながらも甦らせる。


「魔法、物理どっちもダメなんだけど……相手が弱すぎるっていうのも困ったもんだな」


「き、貴様……ッ」


「なあ、もう降参してくれないか? きつい言葉だけど、そんなに弱かったら学園に通ってもついていけないだろ? もっと鍛えて、来年もう一回受けたら?」


「だ、黙れぇ! どうせ、また幻覚の類だろ! どこまでも卑怯な奴め!」


「あの……だからさ」


「だか攻撃魔法はからっきしのようだな! この俺を何度も侮辱した罰として、俺が真の魔法を見せてやる!」


 話を聞いてくれないジャコンドは手のひらを掲げる。

 そして、上空に十メートルはあろう巨大な魔法陣を構築していった。

 それを見た観客たちが、ざわざわと騒ぎ出す。


『な、なんだ!? この巨大な魔法陣は!?』

『ま、まさか……ギュリオン家の秘術にして、かつて戦争においてたった一発で敵軍を崩壊させたっていうあの魔法か!?』

『だ、大丈夫か!? 結界破られないか!?』

『……だ、大丈夫だろ。この結界は、大賢者様の最強の魔法でも破れないらしいし』

『あの平民は……死んだな。審判は逃げたようだけど』

『死ぬのが平民で良かったぜ』


 ジャコンドは勝利を確信しているのだろう。嗜虐的な笑みを浮かべる。

 それに対してゼノはどこか……呆れた表情を浮かべていた。


「もう貴様は終わりだ!!! これこそ、風魔法の一族と呼ばれるギュリオン家が三〇〇〇年前の大戦時代から受け継いだ、最強の風魔法、《天裂烈風破(ゲイル・スラッシャー)》!!!!」


 地面どころか天すらも切り裂く最強の鎌鼬がゼノを襲う。

 もはや、防御どころか避けることすら想像できないその魔法の直撃を受けたゼノの死を誰もが確信した。……だが。


 ……だが、ゼノはそれを右手の掌で受け止めると、鎌鼬は収束していき……綺麗に消え去った。


「な、なにいいいい!? どうして、天裂烈風破を喰らって生きているぅ!?」


「ハア……」


「ひっ!」


 もはや恐怖を隠せないといった様子で、ジャコンドは逃げるように後ずさる。


「あのな、お前は親の権力で周りから忖度されていたから知らないかもしれないけど、今の魔法は世間的に言えば雑魚技だぜ?」


 呆れてしょうがないといった様子のゼノの言葉に、周りは「そんな馬鹿な」と心の中でツッコむ。


「本当の魔法を見せてやるから、それを目指して頑張ってくれ。ああ、安心してくれ。直撃したら死んじゃうかもだから、ちゃんと威力を落として結界に向けて撃つ」


 掌を左側に向ける。

 そこから描かれた魔法陣は……受付の場所でジャコンドが見せたやつだ。


「……は、ハッ! 竜巻撃(ストルム)がどうし――」


「《竜巻撃(ストルム)》」


 ゼノの魔法陣から出た竜巻は、ジャコンドが受付で出したものと比べるのもおこがましいほどの大きさで、結界を破り、観客席を蹂躙し、王都の建物を破壊し、草原を巻き上げ、山を跡形もなく抉り取った。


「…………」

「…………」

「…………」


「……う、噓つきいいいいい!!」


 誰も何も言えなくなった状況で、ゼノの絶叫だけが響き渡った。


「《蘇生》! 《蘇生》! 《蘇生》! ……良かった。全部治った。……なにが結界だ! そんなもん全然ないじゃねえか!!」


 蘇生の魔法を使うことで、死んだ生物や壊れた建物、草原、山がすべて元通りになった。

 そして、しばらく結界に対する文句を言った後……思い出したかのようにジャコンドに近づいた。


「……ひ、ひぃっ!」


「なあ――」


「ひいやあああああああああああっ!!」


「……え?」


 ようやく彼我の差がわかったのか、ジャコンドは恥も外聞もなく叫び、気絶した。


「……し、勝者、ゼノッ!!」


 そして、ジャコンドに買収されていた審判も、これ以上の続行は不可能と思ったのか勝ち名乗りをあげた。

 彼もまた、ゼノの魔法を見て心が折れてしまったのだ。



◇◇◇



 時は遡る。

 父親の言いつけで試験を見に来ていたシンディとレラは、何人かの少年少女に絡まれていた。


「あらあら。誰かと思ったら魔物から生まれたシンデちゃんとレ……誰だっけ? まあいいわ。まーだ生きてたのね」


「……ッ!?」


「……あ、お姉さ――」


「私を姉と呼ぶな!! 薄汚い魔物の子どもどもめ!!」


「キャッ!!」


「……レラ!!」


「あんたも生意気なのよ!」


「キャアッ!」


 レラのくすんだ灰色の髪とは違って、キラキラと輝く銀色の髪を靡かせる女が二人を蹴る。

 それを、彼女の取り巻きたちがヒューと囃し立て、悲鳴を上げる双子を嘲笑う。


 この銀髪の少女の名前はアナスタシア。シンディとレラと同じくトレメイン公爵家の令嬢で次女にあたる。年は彼女たちと同じで、二人とは異母姉妹だ。


「……ど、どうして……ここに……」


「……うぅ……」


「どうしてって、私の婚約者であるジャコンドが試験を受けるからよ。彼ったら、私にいいところを見せたいらしくて、わざわざ呼びつけたのよ。で、そのついでに彼や他の編入生に、貴方が薄汚れた魔物の娘だって教えてあげようと思ってね。お父様にも頼んだら喜んで褒めてくれたわ」


 だから、自分にここに行くように指示を出したのか……と二人は同時に思った。

 父の仕打ちに涙を出しそうになるが、一方でよくあることであるのでなんとか我慢する。そんなことよりも言わないといけないことがあるからだ。


「わ、私たちのお母さんは魔物なんかじゃない!」


「それだけは訂正して……ッ!」


 二人の母は平民だった。公爵だった父が無理やり連れ去った哀れな女だ。

 そんな女の娘であるシンディとレラは庶子だと侮られ、家の中だけでも敵が多かった。

 そんなシンディにとって母は姉妹以外で唯一の味方だった。

 だから、母を侮辱するのはどうしても許せなかった。


「は? なに? 私に逆らうの? このゴブリンどもが――」


 見下していた二人に逆らわれたことにキレた義姉が、再び彼女たちに殴りかかろうと近づく。二人は反射的に目を閉じて顔を覆った。

 ……が、その時、奇跡が起こった。

 恐る恐る瞼を開けた双子の視界に映るのは、突然現れた竜巻。それは、アナスタシアやその取り巻きがいた場所を吹き飛ばしながら、さらにこの世を蹂躙している。


「「……え?」」


 シンディとレラがキョトンと瞬きをする。

 その瞬きの後、闘技場から「噓つきいいいいい!!」という絶叫が聞こえる。

 彼女たちも聞き覚えのある声だ。

 自分たちが決して言いたくないことを言ってまで遠ざけたのに、それを一蹴してトランプに誘ってきた変わった少年。


 その少年が《クァイア》という謎の呪文を唱えた後、消えていた義姉たちが復活した。

 しかし、彼女たちに先ほどのような威勢はなく、股からじょーと床を濡らしていた。お漏らしだ。

 それからすぐに、義姉の婚約者だという少年が気絶し、ゼノが合格した。義姉たちは、そのことにも反応できない程放心していた。

 そして、ゼノがシンディとレラのところに一飛びで到達し、とびきりの笑顔を見せた。


「よおシンディ、レラ! 編入試験も無事終わったから、俺と打ち上げに行かないか? 夢だったんだ。友達と打ち上げするの!」


 この時の三人は知る由もないだろう。

 彼らの学園生活、そこで新たな伝説が始まることを。


 片や最強の一角を担った魔王、片やいじめられている双子の少女。この凸凹トリオの伝説は、本日をもって幕開けた。

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