2-2「仕事相手の名前を覚えるのは礼儀だろ?」
二章二話目です。
二章は全体的に難産でした(遠い目)
終盤は結構盛り沢山なんですけどねぇ
【悲報】汐宮宥、初日から堂々のさぼりを実行。
即ち俺の『汐宮宥と関わろう作戦』は失敗、俺の『人生で関わる全ての人が幸せであってほしい』野望もついえたのだった。
---Fin---
……いや、さすがにそれは嫌だ。
考えよう。ちょうど司書が来たから時間をもらうことにした。こんなところであきらめるわけにはいかない。司書もそんなに待てないだろうから、司書がしびれを切らしたら終わりだ。
考える。
まず現状の整理。教室にはカバンがある、靴も残っている、かといって彼女が部活に行ったとは思えない、帰宅部だ。教師と、友人とすれ違っていないのは催促がかかっていないことから明白。誰ともすれ違わないなんてことあるか?夕映の教室は廊下の端、つまり教室にいないなら必然的に誰かとすれ違うし、職員室の前を通らないとどの教室にも行けないはずだ。だめだ、発想を転換する必要がある。
思考する。
すれ違ったけどすれ違っていない、つまりすれ違ったことを認識できなかった場合はありえないか?俺は魔術を使わないと無理だ。魔術は使ったらすぐわかるようセンサーが入っているが、騒ぎになっていないから魔術を使った線は薄い。だが待て、夕映は『透明になっている』と言った。透明になることが汐宮宥にはできるということか。
思案する。
透明になる意味とはなんだ?いやそれこそ夕映の話を思い出せ。神出鬼没?休み時間になるといつも消える?もっと自然にできないか?異能者と知られたらまともな生活ができない、これ常識だろ。そこまで不自然になるのは?制御できてないんじゃないのか。
思索する。
制御できてないんだとして、透明になったタイミングはどこだ。仕事に行くって言ってかばんを置いていくのが見えた、なら教室を出た瞬間だろう。教室にいるときに透明になったとは考えにくい。そして誰からも呼び出しはかからない。もっと情報が欲しい。図書室の情報を出す。
思想する。
図書室はわかりにくい構造だ、利用者もわかりにくい。もとからカギは空いていた。誰が開けた?掃除のときには閉まる、なら汐宮しかいない。監視カメラの映像なら透明でもごまかせない。だがあれは時間がかかる。じゃあどうする?……いや、そんなことをせずとも確認する手段はある。
探知魔術は使えない。監視カメラだと大ごとになる。触れているものも透明になっている。
なら、触れていないが人がいることの証明になる現象はどうだろうか?それなら、魔術反応を出さずにできる方法がある。
あくまで探知魔術は使わない。使わないで探知魔術を再現する。魔力を漂わせ、部屋全体の魔力の密度を均等にする。魔力の密度が薄くなると、それが魔力を呼吸で吸い上げた生命体という仕組みで索敵するのが探知魔術だが、探知魔術の魔術式はあくまでもその流れを最適化し、起動するだけで細かな調整も要さなくなるという代物なのだ。理屈さえ知っていれば再現することができる。魔術式を見られたくない場合に使う手法だ。センサーはあくまで魔術式の起動を検知するから、この手法なら知られない。
……最初からこれをしないのは、これが循環でごまかせないくらい魔力を消耗するからである。司書が仕事しているからあまり俺を見てないだろってことでやったけど。
反応は鈍い。が、確かに三つ反応がある。
一つは俺。一つは司書。もう一つと言えば―。
その反応のある場所にむかう。反応は図書室の一番奥、書庫の中。
相当散らかっていたが、人目がないのは確信していたから問答無用で『循環』で本のベクトルを変えてどかす。本の山だが、確かに一か所だけ、本がきれいにどかされて人が一人座れそうなペースがある。
俺はすうっと息を吸って、
「おい汐宮。なに初日から仕事さぼって書庫にいるんだ。出て来いよ」
と声をかけた。
瞬間、虚空から「……えっ」と女子の透き通った声がして、セーラーの制服を着た姿を現した。
暗い茶色のストレートを腰まで伸ばし、ハーフアップでまとめている。瞳は灰色で、校則を守ってセーラーを着ている。そして胸ポケットに鋏。
とてもきれいな顔立ちなのだが、前髪を目にかかるように長くしているのであまり目立たない。間違いなく、俺が『前回』に確かに殺した女性の面影がそこにはあった。
汐宮は茫然とした表情でそこに立っていたがやがて我を取り戻して、
「……変なことを聞きますけど」
と前置いた。
「どうやって見つけたんですか?」
「そこにいるからだろ。なんか問題でもあるのか?」
敢えて何も明かさず答えた。異能者だと最初に打ち明けてもいいが、まずは普通の人間関係を築きたいという狙いだ。
「……いえ、何も」
と少しうれしそうにはにかんだ汐宮は、
「すみません、見つけてくれてありがとうございます。仕事しましょうか」
と言って俺を見ては言い淀んでいたので、
「丈凪怜」と名乗った。
「……え?」
「丈凪怜。おまえ、当番が同じだっていうのに俺の名前覚えてなさそうでな。ほら、仕事相手の名前を覚えるのは礼儀だろ?」
「そ、それは……」
と汐宮が何かを言いかけて、しかし噤み、と口をパクパクしていたが、辛うじて聞き取れた。
「私、仕事いけないと思って」
……透明になって誰にも見つけてもらえないから、だろうか。
本当、異能の制御って俺はあっさりできたけど、普通はかなり苦労するんだな。
だが、それなら、俺はこう返す。
「はあ?仕事行けない?ははあん。さてはお前、さぼる気だったんだろ」
「ち、ちが」
「だがそれはさせないぜ」
「……え」
「お前はかくれんぼのプロだろ。さぼりするためにかくれんぼの常習犯やってるんだろ。なら話は早い、俺もさぼりの一環としてさっさとお前を見つけ出して仕事に無理やり連れて行ってやるぜ。恐ろしいほどの影の薄さ……かくれんぼの鬼検定一級の俺でなきゃ見逃すな、絶対」
自分で言っててとても突っ込みどころ満載だったが、しかし汐宮には受けたらしい。顔を伏せて肩を震わせ、くすくすと笑っていた。
軈て顔を上げ、汐宮は口を開いた。
「汐宮宥です」
「おう、知ってる。一緒に仕事をする相手だからな」
「そうですよね、さっき思いっきり名前を呼んでましたから。……かくれんぼも仕事もよろしくお願いしますね?」
「こちらこそ」
ファーストコンタクトは好印象に終わった。
委員会の仕事を終え、帰り道が反対方向だという汐宮と別れ、一人の帰り道。
俺はふと思った。
そういや、汐宮の異能とは何だろうか。
幸いにも考察できる材料はそろっている。その情報を一つ一つ、帰りながら考えることにする。
・異能リビドーは『殺人癖』
これに関してはあまり参考にならない。同じ異能でもその異能を所持する人によって異能リビドーが異なっているからだ。ソースは『前回』の丈凪怜。あいつは今の俺と同じく『循環』を所持していたようだが、異能リビドーは夕映の証言を信じるなら『感情の噴出』ではなく『パラノイア』だ。性格に沿ったものだという可能性は汐宮や一条有希の『感覚喪失』もあって薄いだろう。
それでもこれを考察材料と挙げるのは、俺の異能リビドーの話が大きい。
俺の異能リビドーは『感情の噴出』。感情的になりやすいという、本来戦闘では望ましくないものだ。しかしこれを俺は重視している。というのも、異能を使用した際、異能リビドーが発動しているか否かでその効果が大きく異なっているのだ。
発動していないときは単純に『循環』そのままの効果しか発揮されない。これだとできるのはせいぜいベクトル変更、魔術の永久機関の作成くらいだ。
しかし、異能リビドーが発動して感情の制御が甘くなっていると、時折、『循環』とは別の効果が発揮される。魔術の効果の増大、魔力なしで魔術の再現、身体能力の大幅な向上。これは魔術でなんとかなるが、それではカバーできない範囲に、対象のものの逆行や異能、魔術の無効化、致命傷を負った際の瞬時再生など。
流石に致命傷云々に関しては偶然試せただけだが(叔母の戦闘訓練のせいである)、ここまでくるともはや別の異能か『循環』が異能リビドーで一時的に変質しているとは言えないだろうか。
『前回』、感情のブレで魔術の効果が変化することが研究で発表されていて魔術業界で一時期話題になっていたが、それと同じことが異能にもあったりしないか?
夕映には「君はともかくほかの人はそんなことないと思う。現に私はそんな経験ないよ」とバッサリ言われたが、しかしそれでも考察しておいて損はないはず。
・透明になる、殺してるけど致命傷とかそんな状態にできる
これがメインの情報になるだろう。鋏を武器にしてるのも考察材料になる。
透明になるってことは自分の影を薄くしてることの比喩と思っていたが、それはさっき散々分かった。物理的に透明だ。
肉塊なのに生きている状態にできる……いや、誰の肉塊か判別できているということは誰かが殺された証拠ならある、つまりただの肉を生き物にしたのではなく確実に誰かを殺して生きた肉塊にしている。殺す手段は間違いなくその鋏で切り刻むことだろう。切り刻んで肉塊になった時、人はどこまで生きられるのだろう?さすがにわからない。
しかし、切られた後に死なない、失血死すらしないのなら、結果に干渉するような異能ということか?ハサミも元々のものを大きくしていると考えればつじつまは合う。
いや待て、そもそも肉塊って勝手に原型を残している前提でいたが、それなら夕映が肉塊なんて表現をするのか……?その人だとわかるように切り刻むなんて、ただの女子中学生ができるのか?つまり、本当に肉塊、本来ならだれかという区別すらつかないようにして、しかしそこから異能で生かして判別も付くように設定した?汎用性高すぎだろそれ。
……うん、わからん。
夕映に聞くことに決めたところで家に到着した。
入ると、一足先に早く帰っていた夕映が、セーラーでも部屋着でもなく黒コートをまとってフードを深くかぶり、武装をしていた。
「どこか出かけるのか?」
「ああうん、ちょっとやらなきゃいけない調整があって。しばらく帰ってこれないや」
「調整?」
「うん、前にも言ったでしょ?世界軸とか時間軸とか。ちょっとイレギュラーが発生しすぎてるんだよねえ。さすがに怖いから、世界の滅ぶのがさらに縮まってないかだけでもって感じ」
「……そうか」
たしか世界が滅ぶまであと六年弱。俺が高校三年の冬を迎えるころに世界が終わるらしい。なんでかはまだ聞かされてないが……質問投げてそこで聞くか否か判断しようか。
「夕映。イレギュラーって具体的にはどんなことが起こっているんだ?」
「一つは汐宮さんのこと。もう一つは教会のこと。正直、後者が怖いね」
「教会の何がイレギュラーなんだ?」
「今までより異能者狩りが顕著なんだよね。この時期、若干落ち着いてるはずなんだけど……まあ心当たりはあるし、対処は可能だよ」
「物騒な方向に行ったのか……」
「イレギュラーとは言ったけど、今は歴史改変の影響範囲として考慮できる範囲だからまだましなほうだよ。でも、もっと時間経過するともっと狂うだろうね。叔母さんもそこそこ大胆に歴史改変してるから、その時点で、最悪、君の仲間に遭えないかも知れなかった」
「そんな重大な話かよ!?大胆すぎだろ……過去形?」
「うん、私がそうならないように調整するから。大丈夫、穏便に済むよ」
「……それって叔母さんの歴史改変の妨害に該当しないのか?」
「いや、叔母さんの最終目的には影響しないはず」
「そうなのか……」
夕映の目的が『世界の運命を変える』ことだとして、叔母さんの最終目的って何なんだ……?
そういえば。
「軍はどうなんだ?代表も同業者なんだろ」
「あ、そこは毎週ムーブが固定だから気にしなくていいよ。あいつの目的は良くも悪くも私と一緒なんだ。やり方が違うだけ。まあそのやり方が問題で対立するけど」
「なるほど。対立した時、戦闘を避けられないときのために異能を無効化する術式が代表に知られない手段で入手したかったんだな」
「うん、そういう話だね」
黒守と夕映は敵対関係。魔術師も敵対したら殺し合う場合があるのでその辺同じだが、以前に異能者同士の戦闘の光景を聞かされているので、殺し合いに発展するというより互いの存在のゆがめ合いのようなものではないだろうか。
そうなることを前提に聞いておきたいのは。
「夕映は仮に戦闘が発生したとして、勝てるのか?」
「そりゃあ……って、まあ普通の敵の話はしてないよね。黒守ねえ……昔は相性とか良くて、素の実力で負けてたっぽい。逆行前に黒守から聞いた話だけどね。今となっては異能の相性が凄く悪いから、異能を封じない限り勝てない。いや、勝ててないっていうべきかな。あ、逃げるだけなら問題ないよ」
俺の質問にバツが悪そうに答える。
勝ててないだけで生き延びることはできている。まあそうでなきゃ今は逆行者じゃないだろ。もっとも、夕映が逃げるのが精一杯というのが黒守の強さを物語っているが。
……いや、生き延びるのが精一杯といえど、普通ならそれで対立しても逃げて相手にしなければいいのであって、異能を封じる手段は必要ないはずだ。逃げるのは若干楽かもしれないが、魔術を使っているすきにやられる危険が高まる。
つまり。
「……今黒守とやり合うつもりか?」
「まだやらないよ?黒守が来る可能性はすこしあるけど、さっさと逃げる」
俺の考察を肯定され、流石に不安になった。
黒守とやり合う可能性がある、出くわすかもしれない。早く逃げると本人は言うが、逃げられない状況とかあり得るのだ。逃げてもきりがない場合もある。黒守と戦って勝てるなら何も気にしないのだが、前に夕映は、異能を封じれば勝ち目はあると話していた。確実に勝てる、ではない。異能を封じてもなお負ける可能性があるから勝ち目があるとしか言わない、これはそういうことだから。
「……どのくらいで、戻るんだ」
「二週間くらい。ゴールデンウイークには戻るよ」
そう夕映は言って笑っていた。俺は夕映の目的の具体的な話を聞くべきか迷って、
「そうか。教会とやり合うならそのくらい時間いるよな」
「あー、別の理由もあるけど。一応、君がピンチの時には私を呼んで?教会とやり合ってても対応できるから」
「おう、さんきゅ。二週間で戻ってこれそうになかったら連絡入れろよ?誰かと殴り合っていようと助けに行く」
……結局、世界が滅ぶ原因はまだ聞かないことにした。聞いても調整が遅れるだけ、それにこれを最後にしたくない。
だから、「おー、ありがとー」と満面の笑みで玄関の扉を開いた彼女の背中に、
「絶対帰って来い。俺はまだ夕映の目標について具体的には何も知らないんだ」
と声をかけた。
彼女の顔は見えなかったし、それに対する返事はなかったが、手を軽く上げてひらひらさせていた。
しばらく感傷に浸って、暫くして、なんとなく思い出した。
「あ、そういや汐宮の異能についてなんも聞いてない」
……もういいや、なんとかなる。
思考を逆行して初めて放棄し、宿題もさぼって俺はゲームを始めた。
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