1-5「この世界は少しやばいらしい」
一章五話目です。
一章の幕間はないので、今日投稿する分はこれで終わりです。
小学校に入学して数年が経過し、小学四年生になったころ。
俺はいつものように夕映と魔術談義をしながら、ふと思いついたことを口にした。
「そうだ、教育委員会を爆破しよう」
「テロリストかな?」
即座に突っ込んだ夕映に、「まあ。確かにテロはよくないな」と賛同し、考えを改めた。
「仕方ない。それなら『軍』ぶっ壊そう」
「いやなんで?余計物騒なんだけど」
と困惑する夕映だが、一応冗談だ。今勝てるという保証がない。
正確には平なら余裕で勝てるし、幹部も問題ないのだが、ここの代表だけ絶対勝てない。平や幹部をつぶしても『軍』は揺らがないといえるほど代表一強なので、今の時点でこれを画策するのは無謀とまで言える。ソースは『前回』の数少ない友人。マイムマイムしながら『教会』の幹部兵を焼き討ちで一掃していた彼は、スカウトしてもらうべく代表に挑むや否や瞬殺された。俺にも代表の動きが見えなかったので俺がやっても同じ結果になるのは分かっている。
……それとも、夕映なら代表の弱点わかったりしないかなあ……。
ここまで『軍』壊滅にこだわる理由もあって、現在の『異能者差別』を助長しているのが、かの世界ランク一位、日本の政治のみならず世界中の国の政治に干渉しても唯一文句が出ないほど強大な魔術組織『軍』の代表の意向である。
俺が五歳の頃に比較的穏健派であった前代表は暗殺され、その後台頭する現代表の方針、その十年後の命令が問題である。
「異端者徹底撲滅・魔術至上主義」
「異能者は一人残らず捕獲、討伐し、遺体を回収せよ」
この二つが昨今の異能者差別という火に油を注ぐ事態を招いた。
正直、『軍』を壊滅させないと俺の目標達成は不可能である。和解の選択肢があるならそうしたいが、……試みたとて、流血沙汰になるだけだろう。推薦任務の一環として、内定はしているとはいえ素人にまでやらせる始末なのだから、改心すると思えない。そう考えるとあの推薦任務もなかなかおかしかったよなあ。
『前回』の俺の時点ではまだ適う目はなかったが、今の俺は違う。
『循環』の効果で魔術も使えるし、『循環』一つとっても強い。
殺し合いになった場合は俺が若干触ればそれで終わりだ。殺し合いじゃない場合はまた作戦を考えなければいけないが、まあなんとかなる。最悪、今まで異能について様々な検証をしてきたが、『異能リビドー』が発動した時のほうが魔術の威力や効果、異能の効果範囲など広くなり、さらに実用的になることが判明しているので、それに頼る選択肢もありだ。
……『異能リビドー』の話をしたら、「それは君だけじゃない?他にそんな人見たことない」と言われたので、自重したいのに変わりはないが。
あーあ。夕映も協力してくれないかなあ。今挑んだら、まだ力をつけ切ってないとかでワンチャン勝てるかもしれないし。
そんな願いを込めて、夕映に
「なあ、『軍』代表を今からつぶさないか?動きやすくなると思うんだが」
と提案すると、
「無理」
と即答した。
「なんで?イレギュラーだからか?」
「いや、あいつ『同業者』だもん。正直すごく強い」
「りありー?」
「マジもマジ」
今明かされる、代表も逆行者であるという衝撃の真実に全俺が涙した。そりゃあの友人、『イキのいい海パン野郎』として回避タンク業界を震撼させた彼も瞬殺されるな。
「ちなみに、経験はどれほどおありで……?」
「私よりずっと長いんじゃないかな?本来は勝てる相手だったけど、今じゃ分が悪いよねえ」
「うげえ……」
夕映が勝てないってどれだけ。そんな奴に勝たないと俺の異能者差別解消の野望が果たされることはないらしい。
せめて奴の戦い方を知ろうと思ったが、夕映曰く、異能を封じない限りは戦いにすらならないらしい。
「怜は魔術の戦闘には強いだろうけど、異能者には異能者なりの戦い方ってやつがあるんだよ。怜の思いついた『血流逆流』の要領で戦闘にすら持ち込ませないの」
「そうなのか?その割に、俺が戦ったことがある異能者は全員戦いに持ち込めたんだが」
汐宮宥とか一条有希とか本郷拝祢とかあいつとか。
俺の疑問に、夕映は「そりゃあ、」と返しを続けた。
「どんな戦闘かは知らないけど、経験が浅いとそんなもんでしょ。経験を重ねるとだいぶ変わるよ」
「つまり逆行者が断然有利ってことか」
「うん、そういうこと。ある戦闘ではね、代表が物理法則を捻じ曲げて敵の存在をなかったことにしたり、時空をゆがませて自分以外存在できない空間に移動したり、相手の存在を破壊したりして、その度に相手が死ぬんだけど、死んだのをなかったことにしてたから戦闘が何年も終わらず、その間に世界救えてたけど別の原因でやっぱり世界が滅んだって話だよ」
「ちょっと何言ってるかわかんないデスネ……」
「ちなみにその一人は逆行者じゃないよ。つまり君もできる可能性は高い」
「……そんな異能者が何人もいるのか?」
「私もできなくはないから含めるとして、それでも三人だけ」
そういわれると、異能者が怪物と呼ばれる所以がなんとなくわかった気がした。確かにこれは修羅というか魔境というか。代表のやってることはもう人間業じゃないよなあ。
「いや待て、代表も異能者?あんなこと言っておいて?」
「うん。しかも代表は一度見た技はすべて真似してくるよ。異能を複数持ってるといっても過言ではない性能だね。異能を使っても同じ異能でカウンターとられるだけ」
という言葉に、しかし、とさっき聞いた言葉を切り出す。
「……異能を封じるとか言っていたが、それじゃあダメなのか?」
「わかんない。私は一回それで乗り切ったけど、たぶん対策とられてる。別の手段で異能を封じてもいいんだけど、その時に代表、『異能の無効化』ができる異能も見ちゃってるから、今やるならふいうちじゃないと無理だろうね」
「異能を封じたらまともな戦闘になると思うか?」
「普通の戦闘も強いけど、私も含めて五人は勝ち目があると見てる」
「なるほど」
たぶんその五人は逆行者だろう。俺とあいつ、夕映と叔母。叔母がどう強いのかは知らないが。もう一人は知らない。
俺の返事に夕映が、
「作戦とか浮かんだの?」
と聞いてきたので、
「ちょっとした思い付きなんだが、」と続けた。
「魔術で異能を無効化できればいいんじゃないか?機械でもいいが。そうでなければ異能を魔術で再現する。とにかくらちが明かないと思わせて使わない方向に持っていければ」
「えっ……魔術式でそこまで干渉できるかな」
「魔術式は物理法則に逆らって非科学的現象を引き起こす。が、魔術式で干渉できる時点でそれは一種の物理法則じゃないか?」
「……」
「異能も同じだ。どう法則性があるかは知らないが、物理法則に干渉できるなら、……そうだな、その干渉する過程を魔術式で阻害できたりはしないか?」
自分で言っててできる気がする。俺一人なら魔術式の無効化が精々だが、夕映の知識もあれば、完成できないと諦めるのは勿体ない。
うんうんと頷いて魔術式を脳内で浮かべていじっていると
「それはすごい。思いつかなかったけど、たしかに怜の知識と私の知識でなんとかできるかもしれない。理論的には可能だから、無理で無茶だったとしても、無駄なことはないと思う。うん、今からでもそれ開発しようよ」
と夕映がだいぶ乗り気になっていた。夕映が代表に挑む意味はないはずだが、そこまで乗り気なら、頼む手間がなくて大変結構といったところ。
だが、その後に微妙な表情を浮かべて、
「でも、そんな技術があれば、異能差別の根本の『異能者は法則もなく力を使う化物である』っていう前提が崩れて自ずと異能差別は消えるよね?代表に命がけで挑む意味はあるの?」
と言っていた。……俺は脳筋だったかも知れない。
黙り込む俺のことなど意に介さず、夕映は続けた。
「再現したらしたで、魔術師が空間を捻じ曲げて戦闘という概念を覆すようになっちゃわない?代表も真似するだろうし」
……長考し、俺はやっと口を開いた。
「実用レベルじゃないところで収めよう」
「いやいやいやいや、変なこと言ってごめん!実用化しよう、私それを将来的に使いたいよ!」
「いやしかしだな」
「じゃあこうしよう?!開発はするけど、代表倒すまでは秘密!」
「ええ……?差別を長引かせる意味なくね?」
「ほんとにごめんってば!なんでもするから開発だけはさせて!後生だからあああああああ!」
結局、らしくない行動をしてまで夕映がすがっていたので俺が折れ、魔術と異能の無効化術式の開発を進めることになった。
後日。
叔母が来た際も、元のことの発端である「教育委員会を爆破しよう」というテロリズムな発想を話したのだが、理由を問われた。
理由は無論いじめ。陰湿になってきて、俺の品位を下げるような噓で俺の社会的信用を落としにかかるようになってきた。普通は流すのだが、評判は魔術ではごまかせない。
元は一般人と思われているのが原因なのだが、魔術を使えるとアピールしても異能者であることを勘繰られ、逆に立ち回りが難しくなる。その背景もあって軍の壊滅という方向に思考が飛んだら、いつの間にか異能、魔術の無効化術式を開発する流れになり、更に魔力がなくても魔術を再現する方法も開発するのも夕映の要望で決まった。鬼ごっこに使うらしい。それどこのリアル鬼ごっこだ。
「一般人に対しての扱いがうっとうしいんですよ。一般人・異能者差別をなくせばいいと思ったけどすぐは難しいから、教育委員会を爆破して教育に関して一新させればいいかなあと」
「なるほどね。行ってきます」
と叔母がさっさと出て行ってしまい、その一時間後に教育委員会が爆破されたニュース速報を小耳にはさんだ。……俺は悪くない、いじめたやつが悪い、はずである。
そこから数年後の春。
時間の経過は早いもので、もう小学校の卒業式だった。
この数年間にも、魔術を無効化する術式の研究とか、異能を魔術で再現する方法とか、異能を無効化する術式とか、いろいろ進んでいたのだが、完成しただけで魔術を無効化する術式以外は大して実用化も進んでいないので、何も語るようなことはない。
そんなことを言いつつ、この日はその研究の日々以上に何も思うところのない日であった。
夕映が入学式以降六年ぶりの登校をしたこと、ブレザーが最高に似合っていたこと(本人は着納めだと言っていたが)、中学には夕映もまじめに通うと半信半疑になる宣言を聞いたくらいしか特筆すべきこともないだろう、と思われていたが、最後に思い掛けないことが起こった。
卒業式が終わり、下校のときに校門にて。
夕映が「記念に二人で写真撮ろうよ」と俺に提案してきた。
「何の記念だよ。お前、ほとんど通ってないだろ」
「卒業式の記念だよ、決まってるじゃん」
と頬を膨らませるから、げんなりと言った。
「ええ……別に感慨深いことなんてこれっぽっちもないじゃないか。俺は二回目、夕映に至っては何千回目かも」
「うーん、そりゃそうだけど。それでも私にとっては感慨深いよ?」
「なんでまた」
「だって、誰が何といっても、これは私にとって最後の小学校卒業式だから」
「……」
夕映の言葉に俺は固まった。その発想はなかった。
そして満面の笑顔でそう言われると、俺も参ったもので、逆らえる気がしない。俺は結局、なんだかんだ言って、夕映には一生かなわない。
俺はしばらく黙って、やれやれとため息をついた。
「一回だけだぞ」
「お、いいの!?やった!」
俺の返事に目に見えて喜んでいた夕映は、ハッとして鞄を探り、
「やば、オッケーもらえると思ってなくて家に置いてきたんだった!校門で撮りたいし、取ってくるから待ってて!」
と俺の返事を聞かず夕映は家に走っていった。
人の目もあって伝達魔術を使えないので、叔母が買ってきた携帯で連絡を取ろうと試みたが、全く出る気配がない。
「あー……仕方ない、待つか」
と頭をかき、……なんとなく、首を少し曲げた。
瞬間、俺の顔のすぐ真横を投擲されたナイフが飛んでいき、背後の校門に深く突き刺さった。
それには構わず、俺は
「久しぶりだな」
と顔を上げると、フードを深くかぶった男がそこにいた。……顔はよく見えないが俺にはわかる。充喜暁……『前回』の丈凪怜だ。
充喜暁は投げようとしていたナイフをしまい、浮遊魔術を切って俺の隣に着地した。
「やあ。久しぶりだね、充喜暁。僕に気づいてくれて嬉しいよ」
「自分で自分の名前呼んでんじゃねえよ。俺は丈凪怜でお前は充喜暁だろ」
「僕の名前を認識してるから、記憶もしっかりしてそうで助かるよ」
俺の話にへらへらして答える充喜暁に、
「入れ替えも逆行も全部お前がやったことだろ」
と若干苛立ちながら答えると、充喜暁は驚いたように目を見張り、
「『循環』はそんな万能じゃないよ?僕がやったのは逆行だけだ」
と言っていた。
「は?……いや待て、じゃあなんでお前、入れ替われる前提であの時話してたんだよ?」
そう尋ねられ、充喜暁は小ばかにしたように鼻で笑った。
「君がついさっきまで話してた、真白夕映ちゃんの提案と協力があったからさ。いやあ、うまくいってよかった」
「……なるほど、道理で『俺』の事情に詳しかったわけだ」
納得したところで。
「……要件は何だ」
「ああそうそう。本当は夕映ちゃんにお礼言おうと思ってたんだけど、ずいぶんほだされてるからつまんないなあって思って。君がまともに学校に通えてるのと関係あるのかな?それはともかく、君への用事を作ったんだ。褒めて?」
「……いいから早く話せ。それともさっきのナイフが要件か?随分と面白みのない奴だな、もっと場所を選べ」
「つれないなあ。こんなところで殺し合いするわけないじゃん」
とメモを懐から取り出し、俺の服のポケットに無理やりねじ込んだ。
「プレゼントフォーユー、なんてね」
「普通に渡せよ」
苦言を呈しつつねじ込まれたメモを取り出して広げると、三行で年月日が三つ記されていた。今から一か月後と、二年半後、三年半後だ。
「なんだこれ」
「僕の仲間に出会う時期だよ」
「……なんでこんなもの」
「言ったでしょ、君は僕と比べ恵まれすぎとか、僕の人生を理解したとして許してくれるなとか。ちゃんと追体験してくれないと、僕が繰り返した意味がないじゃない?君は結構僕と違う行動に出てるし、その辺は調整しようと思ってさ」
と言うので、俺はそのメモを突き返した。
「あれ、いらないの」
「ああ、何とかなる宛ならあるし、言われずとも俺はあの三人を救う。あんな結末にはしない」
そう言うと充喜暁はニコニコして、
「どうせ救えないよ、クソゲーだった」
と毒を吐く。
お前にとってそうなだけで俺にとってはそうでもない。そういいそうなのをこらえ、
「そうは言うが、お前はどうなんだ」
と聞き返した。
充喜暁は上機嫌に、
「君の人生は素晴らしいよ。恵まれてたんだね」
と嗤っていた。
そのまま「じゃあね。せいぜいがんばれ、バイビ」と離れていく彼を呼び止めた。案外素直に足を止めた彼の背中に、俺は語り掛ける。
「この世界は自分と誰かの人生を入れ替えただけで楽できるほどうまくできてない。自分の人生を悲観してもどうでもいいが、つらいのが自分だけとか香ばしい勘違いだけはするな」
「……よく言うよ、君なら何でも人生イージーモードに持っていくくせに」
「俺の人生を体験してもなんのいいこともない。所詮、俺の過ごした十八年間なんて、大した重みも価値もない空っぽなもので、そのくせ、トラウマだけはいっちょ前にあった。人生舐めてると、痛い目見るぞ」
「……偉そうなことを言う。なんなんだよ」
「俺か?『丈凪怜』だ。人の名前ちゃんと覚えろ」
「そうじゃなくて!」
俺の言葉を聞いているだけだった背中が振り返り、どこか涙目で怒りを抑えきれていないような般若の顔をした充喜暁に胸ぐらをつかまれた。
「……なんで、そんな平気そうなんだよ。自分のしてきた努力を水の泡にされたくせに。これからやべー奴らに会うっていうのに。なんで、僕の人生を普通に生きてるんだよ!お前は本当に何なんだよ!」
と迫る充喜暁は、しかし涙が止まっていなかった。
……俺の回答は決まっていたが、それを本人に聞かせる前に、あっさりと彼は離した。
「……待ってる。六年後、お前を殺すために、あの場所で待ってる。覚悟しろ」
そう言って彼は去った。
すっかり静まり返った校門前。彼が忘れたナイフを抜き、こっそり魔術で修繕してから、彼に言えなかった回答を誰に聞かせるでもなく空に呟いた。
「強いて言えば、俺も、夕映も、運命を変えたいと強く願い、意志を持ち、常に頭を動かして行動してきただけの、普通の人間だ。お前みたいな思考停止野郎じゃない」
そうしなきゃ、この世界は少しやばいらしいぞ。
その言葉は夕映の「お待たせ!」という声にかき消された。
強めの、春先に若干冷たい風が吹いて桜が少しだけ散った。
次回、正統派ヒロイン(メインとは限らない)が登場します。
お楽しみに。
目処は来週。