1-1「君がようやく特別になっただけ」
一章一話目です。
一章は主に主人公の幼稚園~小学校時代の話です。
異能と魔術は、物理法則に逆らっているという意味では、全く同じものである。
しかし、男女差別、人種差別、LGBTに関しての問題や宗教的対立など、どの時代でも対立して少数派が冷遇、排除されるように、百万人に一人の割合でしかいない異能所持者、一般的に言うなれば異能者も、魔術師、更には一般人にまで差別を受けることがある。
差別の内容は人それぞれだが、俺、否、『丈凪怜』という人間は、俺の見聞きした限りでは、ネグレクトや親の殺害、義務教育の不履行、無視や恐喝、暴力さらには暴言などを含む不当な対応などを受けていたようだ。
大人になっていれば、職業選択や結婚、財産管理まで不利益を被っていたであろうことは間違いない。
異能者であるか否かだけで人生が変わる。異能があることを知らせてもまともに過ごせるのは、異能だとわかりにくい効果の異能であった場合か、親や親戚の頭がよほど花畑であった場合、もしくは自力で異能を隠していた場合ぐらいではないか。
丈凪怜がどんな過程を経て、いつ頃、異能者だと気づかれるのかは俺には知る由もない。異能者と親戚に気づかれていると思っていたが、早とちりなだけかもしれない。
なにはともあれ、極力人前では発動しないようにすべきだろう。
まあ、発動の仕方がそもそもわからないという問題がまずあるんですけどね!!
閑話休題。
魔術も異能も大雑把に言ってしまえば同じ。
なら異能にそこまで過剰に反応しなくてよくない???
といいたいところだが、そうは問屋が卸さない。
魔術と異能ではその発動プロセスに大きく違いがあり、結果、異能者は化け物で魔術師はエリートだというふざけた方程式が出来上がっているわけである。
俺も、推薦任務において、魔術師を殺戮している標的がたまたま異能者というだけで、異能者を魔女狩りとして潰すほど頭がぱっぱらぱーなわけではない。異能者だけでなく、一般人が魔術師を殺戮しようと、魔術師が魔術師を殺戮しようと、俺は人生初の人殺しという推薦任務に取り組んだことであろう。俺はリアリストなのである。
さてさて、発動プロセスの違いについてだが、魔術は体内にある魔力(正体はまだ明らかになっていない。最も有力なのはATPから得られるエネルギーという説であり、その説を採るなら、魔力が多いほどATPから得られるエネルギーが多いか、エネルギー効率が良いことになる)をエネルギー源とし、法則性のある文字列『魔術式(正式名称魔術化学方程式)』を用いて物理法則に干渉、一時的に無視することで非科学的現象を引き起こすものである。簡潔に言うなら、法則性、再現性がある。
しかし、異能の場合、魔力も魔術式も使わずに非科学的現象を引き起こす。しかも魔術で再現できるものはなく、異能も同じものを複数人が持っているわけではないので、どうしても再現性に欠けてしまう。同一人物が同じように異能を発動させるにも、その時々で効果が微妙に変化する場合もある。誰にどの異能があるという法則性すらないのだ。
ここまでくるとあとは自明の理。人は理屈で説明できないものに悪感情を向けることはあれど、好意的に受け取る例はあまりない。好意的に受け取っていた場合でも、興味、面白半分、モルモットや見世物としてのそれがほとんどである。そして自分に害があれば敵対的になる可能性が高い。
さすがにそんな場面で損得より情が勝つという楽観的思考はできない。
魔術師は奇跡を物理法則に逆らいつつ法則性をもって引き起こすエリート。
一般人は奇跡を引き起こせないただの凡人。
異能者は奇跡を物理法則に逆らいつつ法則性もなく引き起こす天災。
ゆえに、魔術師は嫉妬や軽蔑、一般人は恐怖を異能者に向けるしかないというわけである。
なぜこんな話をしだしたかというと。
俺、充喜暁……今の丈凪怜は、現在進行形で、保護者代わりになった叔母の連れてきた少女に、生殺与奪の権を握られているからだったりする。
話は今朝、ついさっき、もっと細かく言うなら逆行憑依した翌朝8時にさかのぼる。
俺が朝起きると、リビングに、昨日不干渉をお願いしたはずの叔母がいた。
今更遺産をあさるつもりなのか、と警戒したが、叔母は俺を見るや否や、
「おはよう」
とだけ言って、何をするでもなく、ただそこのソファでじっと座っているだけだ。そわそわと俺を見つめてはいたが、少なくとも自分から動く気はないようだ。ダイニングの椅子に腰を掛けると、叔母はすくっと立ち上がって、俺の前に陣取った。
どうやら、スーツの恰好だった叔母は、いつ来たかは知らないが俺を待っていたらしい。確かによく見れば、コーヒーを入れた痕跡や冷めたコーヒーの入ったカップがリビングに見受けられる。仕事か大事な要件前に俺に用事があり、そこそこ待たせたことが窺えた。まだ不可解な点を挙げるなら、カップが二つ出ていたことくらいだ。
俺の前に陣取った叔母は暫し、何かを探すように視線を右往左往させ、やがてあきらめたのか視線を俺に戻し、口を開いた。
「今日はよく寝られたかな」
「あ、はい」
「うん、よかった。一杯ほど飲み物を頂戴したけど、問題あれば払おうか」
「いや、どうせ飲みませんから」
「そうか。じゃあありがたくいただくとするよ」
そう言うと叔母はコーヒーを少量口に含み、カップが空になった。
意外だった。ぎこちないが、しかし日常会話でもよくありそうな会話もできるのなら、結構この人はまともかもしれない。
そう思っていると、叔母は席を立ち、俺を一瞥して声をかけてきた。
「君…怜といったかな?飲み物はどうするんだ」
「いや、飲み物はいらないです。仕事か用事がこれからあるなら、先に本題話したらどうですか」
わりと突き放したようなものの言い方だが、叔母は不機嫌な様子を見せるでもなく、
「そうか。それはありがたい」
と微笑みながら再び腰を下ろした。
「それで。今日の要件は?」
「二つあるんだけど……先にこちらから話そうか」
と叔母はカバンから何枚か書類を出した。
「君の進退について」
と差し出された書類には、戸籍謄本や魔力測定結果証明書(四歳になると日本国民は全員魔力を測定する義務が生じる)などがあり、魔力は「7」しかなかった。
前回の俺は魔力が「1000」前後、一般の魔術師で「900」前後、初級の攻撃魔術に必要な魔力量が「50」であることを考えると、かなり頼りない。
こりゃあ魔力操作に手ごたえを感じるわけがない。
叔母は戸籍謄本を指さし、
「君の両親は死んだ。君も、君の妹もそこに居合わせたはずだが、警察が駆け付けると無傷な君しかいなかった。両親の死因は、私が見る限りは破裂。魔術師の犯行ということになる。妹の死体は確認できなかったが、さらわれたかもしれないね」
と説明し始めた。五歳児に話す内容だろうか。
首をかしげると、叔母も怪訝そうに、
「む、君ならわかると思うのだけど、さすがにショッキングすぎていたかな」
と言った。
「あ、いや。わかるし、別に、思うところはそこまでないんですけど。五歳児に話す内容じゃなくないですか」
「ああ、わかっているなら首をかしげるな。私だって、普通の五歳児にそんなことしない。君だから話すんだよ」
と不満げにされ、なんとなく腑に落ちないまま説明の続きが始まった。
「しかし、魔術師優勢なこのご時世、どうしても一般人やごく一部の人間に容疑がかけられやすくてね。君が実は異能者ではないかという嫌疑まである」
「ええ……」
思わず顔をしかめた。
そこでばれるのか。さすがに何の自衛手段も整っていない。今異能者だと知られて攻撃されたら、体術の心得はあるから少しは抗えるだろうが、しかし難しい。
俺が顔をしかめたのをどう思ったか、叔母は
「まあ、安心してよ。私は君の仕業と思っちゃあいない」
と微笑みを浮かべた。
「なんでそう思うんです?」
「君は賢い。ギフテッドか、頭脳明晰になる異能者だろう。先に言っておくがね、あの血も涙もないような親戚どもにすがるか何もしないのなら私は君の保護者になる気がなかった」
ふぁっ!?
叔母の衝撃的なカミングアウトである。
頭脳明晰になる異能者……ではないだろうが、異能者ではある(内容不明)である意味ギフテッドみたいなもの(見た目は子供、頭脳は大人という生の某名探偵)だろう。
そして、前回こいつが不幸になった原因の一部がわかった気もしている。
おそらくだが、親戚にすがるか何もしないかという行動で、血縁者のまとも枠の叔母に見限られ、両親を殺した奴と思われ、異能者と政府にも知られた結果がアレだったのだろう。両親に関してのその推測が熱い風評被害かは知らないが、しかしそんな判断を純粋な五歳児ができるとも思えない。周回前提のやりこみ要素(但しリセットもセーブもロードもできないものとする)。クソゲーだな???
まあ、頭脳明晰になる異能者と思われていたほうが都合がよいのは確実である。別に叔母が言うほどものを考えていたのではなく、単に金と拠点と仲間手にして丈凪怜をぶっとばす、としか思っていなかったが、早速丈凪怜の不幸フラグをつぶしていたようだ。
尚も話は続く。
「しかし君は、遺産を自分で管理し、基本放任してもらうという判断をとった。私は子供が嫌いだが、頭脳が大人相応のものなら話は別だ。面倒事は嫌いだが、君への殺人容疑を晴らすぐらいはしてあげよう。そう思って保護者を名乗っているが、基本、世間でいう親らしいことはしない。遺産もいじらないから、警戒しなくても構わないよ。他人の金をあさる趣味はないからね。それでいいかな?」
「大丈夫です」
「あと、異能者かもしれないことは伏せておくが、赤の他人に知られた場合に私は関与しない」
「ええ、問題ないです」
そう答えると、叔母は目を見張り、
「君は危険な目に遭うかもしれないが、自衛手段があるからそんなに自信ありげなのか」
と言っていた。俺は無表情でいたが、内心少し焦っていた。
頭脳派な異能とごまかすうえではあの返答じゃまずかったか。魔力はない、異能も攻撃性がない、普通の五歳児より賢いとはいえ強硬手段に出られたら、普通勝ち目はないと傍からはそう思われるはずだ。いや、まだごまかせるか?
「まあ。思いつかなくはないですけど、少々頼りないですかね」
と返し反応を見ると、叔母は勝手に納得した様子でうなずいていた。
「あてがあるなら、まあ。魔力もからっきしだから何もできないだろう?異能者だとして、君の異能はぱっと見ではわからないのだから、警察に相談しなさい。いざとなれば、ギフテッドとごまかせばいい。無能警察も一般人には優しいからね」
「子供が嫌いで不干渉な割には、俺のこと結構気にかけてくれるんですね」
俺の言葉に叔母は苦笑いを浮かべた。
「まあね。子供が嫌いなのは間違いないが、君の母親はそこまで嫌いじゃなかったし、君に異能差別なんかで死なれても面白くない」
「面白い面白くないって……」
「いいじゃないか。人に優しくする理由など、『面白そうだから』で十分」
変に正義感に酔ったり損得を求めたりするからややこしいんだよ、と話していた叔母は、その瞬間だけ格好よく見えた。
「まあ、これは私の憧れの受け売りだけれど」
という一言で台無しだったが。
「そういや、二件目ってなんです」
「ああ、そうだった。トイレからさすがに戻っているでしょ、おいで」
俺が話を促すと叔母はどこへというわけでもなく手招きをし、いつの間にいたのか、一人の少女がリビングのソファの影から姿を現した。
青色のボブヘアに黒のカチューシャ、髪より若干濃い青の瞳はまるで空のように澄んでいて、俺と同年代くらいの少女。モノクロに差し色で赤の入ったワンピースを着ている少女は、そこからダイニングにマイペースに歩き、叔母の隣の椅子に腰かけた。
「誰ですか?」
「この子は私の友人の娘、真白夕映ちゃん。両親とも海外出張に行ったんだけど、その出張先が物騒というか、治安が悪いから預かってほしいと頼まれたんだ」
「へえ。娘を置いて行くって、どんだけ治安悪いんですか?発展途上国じゃあるまいに」
「イタリアと言っていたよ」
「ああ、納得しました。そりゃあ無理ですね」
魔術が発展している以上、発展途上国でもよほど原始的な国以外は平和なのでそのような質問をしたのだが、イタリアだといわれると納得だった。
魔術組織が各国に必ず一つは存在し、世界ランクと呼ばれる国際連合の裁定する実力ランキング(規模や実力で判断される)で格付けが行われる。世界ランクが高い場合、実質的に国の政治を牛耳っている場合も珍しくはなく、日本はまさにその例に当てはまる。世界ランク1位は伊達ではなく、何の比喩もなく、『軍』への加入は出世コースの第一歩であると言える。
イタリアも日本と同じケースに該当するが、その魔術組織がかなり不穏だ。乳幼児の誘拐、少年兵は当たり前。人体実験を行っているというのもよほど情報弱者でなければ暗黙の了解といえるほどには知れ渡っている。何を隠そう、先述の魔術や異能者に関する考察も、この世界ランク2位『教会』の発表したものである。
同じような研究に手を出しているのは、世界ランク4位、アメリカの魔術組織『院生室』が有名で、そこは人権を尊重したものになっているが、やはり、倫理的観点に目をつむれば、『教会』の方が何歩もリードするだろう。
ちなみに世界ランク3位はドイツにあるが、今は関係ないので割愛する。
こんな人権が辞書に載っているかも怪しいような国に娘を連れて行くなど、まともな親ならできないだろう。
しかし、実はこの叔母、子供が好きではないのか。
俺といい、この少女といい。まあ、俺はそりゃあ、逆行憑依してる時点で普通よりずれているだろうけど、もう一人はぱっと見普通の女の子ではないか。真意が全く読めないんだけど。
俺の思考が顔に出ていたのか、叔母は
「もう一度言おうか。私は子供が嫌いだ。けど、普通とずれた子供ならその限りでもない」
と言うと腰を上げ、出した書類をてきぱきと片付けていく。十中八九照れ隠しと思いそれ以上この件は言及しないことに決めた。が、女の子は動こうとしない。
「この子はどうするんですか」
「言ってなかったっけ。私の手続きが終わるまではここに住まわせる」
「ええ?」
「安心してよ。数週間で片が付くから、その後はただのお隣さんだ」
俺に見向きもせずそう答えた叔母は、すたすたと玄関に向かい、慌ただしく靴を履き、特に乱れてもいない髪を整えた。そしてようやっとこちらを向き、さっきまで笑顔だったのを真顔にした。
「これだけ覚えておきなよ。君が特別なんじゃない、君がようやく特別になっただけで、ほかにも特別な奴なんかいくらでもいる。自分が主役だと誇大妄想するのもたいがいにしてよね。私は私のやるべきことをする、君の援護なんてそのついで。面白そうってそれだけだから」
「え」
意味が分からなかった。
言葉の真意を聞こうと思ったが既に姿はなかった。
「何だあのおばさん。まともと思ったけど違う意味でヤバいじゃねえか」
もやもやするのを頭をかいてごまかし、朝食の支度をしようと振り向くと、先ほどの少女、真白夕映が目の前にいた。
「うおっ!?」
つい驚いてのけぞったが、真白に表情はなく、ただ棒立ちしているだけだった。
不気味に感じながら体勢を整え、
「俺の叔母がごめんな」
と謝ってみると、
「好都合」
とだけ返しまた無表情になる。
なんというか、人間味のない、人形みたいな女の子だ。
そうやって違和感をごまかし、
「おなか減っただろ。朝ごはんにでもするか」
と真白とすれ違うように歩き、リビングに入る瞬間―殺気が背後からした。
即座に振り向くと真白の姿が見当たらず、背中に衝撃が走ってバランスを崩し、床にうつぶせで倒れ込んだ。応戦しようと体を起こしてあおむけに体勢を変えたが、即座にナイフを首に突き付けられた。
襲ってきたのは、真白だ。
「チェックメイト」
そう嘲笑う彼女は、ひどく空っぽな、うつろな表情を浮かべていた。