3-1「夏祭りに行こうよ」
ここから三章です。
『魔力の正体、及び魔術の新たな可能性に関する考察
魔力を用いて魔術式で物理法則に干渉して超常現象を引き起こす。
魔術の説明と言えばこの一文ですべて事足りるのだが、この一文を深く掘り下げた際、全て詳細を正確に迷いなく答えられる魔術師は実のところいないのではないだろうか。
たとえば魔力の正体。現在一番有力なのは、『魔力とはATPの余剰エネルギーである』説だが、あくまでも有力なだけで確定した情報ではない。
たとえば魔術式という人間の生み出した言語が物理法則に干渉できる理由。これに至っては全く研究が進んでいない。魔力で魔術式を描いていることは常識ともいえるが、それはこの質問の回答にはなりえない。
たとえば魔力というエネルギーから魔術が発動されるまでの実際のプロセス。ここまで掘り下げるともはや哲学じみてもいるが、研究者ならだれもが一度は思ったのではないだろうか。
また、その魔術組織特有の『略式』というものが存在する。短時間でより効果を高め、多重展開も可能にした代物であり、これを知っているか否かで魔術師としての格、実力、戦局がわかる。しかしその実開発手順は愚直で、偶然の極致でたどり着いて改善や秘匿性追加をしただけである。略式がなぜ一般的な魔術式より早いのか?それを知らないことには略式の一般魔術師への実用化、略式を持たない魔術組織の略式開発は困難を極める。
更に似て非なるものに『異能』がある。魔力を要さず魔術式も介さず超常現象を引き起こすものであり、大抵の人はこの事実だけで疎ましく思って避けるのだが、彼らはそもそも異能がどうして略式より早く魔術では再現できていないような超常現象を引き起こせるのかわかっているのだろうか。
以上のことを研究し続けてきた我々秘密結社『John』は、研究の結果一つの結論にたどり着いた。
よって、この論文にて、魔力の正体や魔術の新たな可能性を、略式や異能のケースも考慮して考察していく。
魔力について軽くおさらいする。
魔力は限られた人しか持っていない。有幻覚という実態を持った魔力による思念体を生み出せたり、ただ索敵魔術のように魔力を放つことができたり、と多種多様な活用法が魔力にはある。……まあそれが魔力の正体がまだ明確にされていない原因である。実態があるものかどうかの特定ができないのだ。
一番有力な、『魔力とはATPの余剰エネルギーである』とする説。人体が生命活動を行う際にエネルギーをATPの高エネルギーリン酸結合にため込むのだが、ATPからリン酸を一つ切り離してADPに化学変化する際、当然高エネルギーリン酸結合を切るので、化学エネルギーがそこに発生する。その大半を生命活動にむろん使用するが、その際にごくたまに余剰エネルギーが発生する。そのことを魔力と表現し、より多いものはその余剰エネルギーが発生しやすい、つまりエネルギー効率が高いという理屈である。
仮にそうだとしよう。要するに生命力が魔力の要なわけだ。そして魔力を用いて魔術式を書き、そこに使われた魔術式によって物理法則に干渉、超常現象を引き起こすのが通説だ。
しかし、こう考えることはできないだろうか。魔力は魔術式を書くエネルギー、物理法則に干渉するエネルギー、超常現象を引き起こすエネルギーであり、魔術式はあくまで転換装置でしかない、と。無論魔術式も物理法則に干渉する際に指定などしているかもしれないが、立役者は魔力であるという考え方を我々は提唱したいのだ。
そう考えると、『異能』に関しても似たような理屈で説明可能である。
異能を使用する際、何らかのエネルギーを消費して、何らかの方法で物理法則に干渉、指定し、超常現象を引き起こす。何らかの、というのがみそで、これが不明、もしくはそのような過程を省いているようにしか見られないから差別の対象になる。
しかし、我々はその何らかのエネルギーに心当たりがある。
異能には『異能リビドー』が存在する。いわば副作用なのだが、異能を制御できていない場合は確実に毎回発生する。また、異能を制御できているつもりでも、異能リビドーを抑えつけた結果、本来とは異なる形で発生する場合があるのも立証済みだ。この異能リビドーこそがこの謎を解き明かす鍵ではないか。
すなわち、『制御できないから無意識に使ってしまい、何らかのエネルギーが不足した結果使用者の精神面に影響を及ぼす何かが発生する』のか、『制御できないから何らかのエネルギーを余分に得てしまい、結果使用者の精神面に影響を及ぼしてでもそのエネルギーを何とか使い切ろうとする』のかの二択である。残念ながら正体を特定するには至らないが、これはこれからの研究のテーマに据える所存。
さて、急に話が変わるが、魔術が発動するプロセスの話をする。
魔術を使う際、一般常識で語るなら『魔力で魔術式を描く』過程、『魔術式を起動する』過程、『実際に超常現象を引き起こす』過程の三段階になる。戦闘理論も考慮する場合は略式も考慮して、『魔術式を展開する』過程も含まれ、魔術理論にも片足突っ込めば、『物理法則に干渉する』過程、『物理法則と魔術式の内容から調整、実際に発生する超常現象が決定される』過程が存在するという話になる。
魔術式を構築して、魔力消費して、と何段階か経てやっとその魔術を使えるわけだ。魔術式を起動して実際に発動するまでも若干間がある。略式は魔術式ほどではないが、しかし異能より速さが劣る。異能は本人が使おうと思ってからのタイムラグはほぼないに等しい。
この違いはなぜだろうか。それは順番が原因だと推察する。
人間の神経伝達を例に挙げよう。普通、人間は何らかの外的刺激を得た際、特殊な例を除いて、感覚神経から脊髄、脳に情報が伝達されて脳が指令を出し、今度は脊髄、運動神経を伝って実際の反応につながる。
これを魔術に置き換えると、魔術式で魔力というエネルギーを物理法則に干渉するエネルギーに転換し、魔術式に記載の干渉する内容と合わせて物理法則に干渉、物理法則への干渉、調整が終われば今度は魔術式が超常現象を引き起こすエネルギーに転換して超常現象を引き起こす。先ほどの人間の神経で言えば、脊髄以下が魔術式、脳が物理法則なのである。
しかし、人間には反射がある。脊髄反射、延髄反射などなんでもいい、とにかく早く反応すべき場面において、脳に事後報告をすることで一時的に脊髄が命令権を得るわけだ。
略式がこれに当てはまるのではないかと考えている。物理法則に干渉、調整する過程を省いて、超常現象を引き起こす過程だけに絞ることで転換の手間を一つなくしているのだ。そして超常現象を引き起こした後、改めて干渉して事後承諾を得る。
だから略式はあまり威力調整がされないのではないか。軍や教会の平がやりすぎるパターンで時々『まるで魔術式に込める魔力の調整が成っていない学生』に似た被害状況が報告されるが、略式を使った結果だとすれば未熟な魔術師を組織が引き入れたというよりは説得力がある。
ならば、異能はどうか。異能に関してはそもそも転換すらしていないのではないか?というのが一つある。
元から超常現象を引き起こせるようなエネルギーを所持している、または外からそういう何かしらを引き入れている。そしてそれを制御できていなければ『異能リビドー』が発動する。前者であればともかく後者ならばそのエネルギーは人体に有害なのかもしれない。そして後者かも知れないという漠然とした予感が我々にはある。
ある異能者の例だ。『循環』という異能を持っている彼は『感情の噴出』が異能リビドーになっている。
まだ貴殿と我々は同盟関係にないため詳細は語れない(同盟を組んだ際は詳細を語り貴殿の研究に協力すると約束しよう)が、普段制御ができている彼は時折異能リビドーが暴走してしまうことがある。周囲に悪影響を及ぼすものでもないが、しかしその異能リビドーが発動した際、異能の内容が変化する。それも効果が高くなり、適用範囲が広くなるという方向にである。更に『循環』を前提とした原理では説明不可能な現象を引き起こすことも確認できている。』
「疲れた!暑い!夏なんか消えろ!」
俺は思わず絶叫したが、それに反応できるほど元気のあるやつが今はいなかった。
中学三年生の夏休み。
部活動では大会やコンクールの結果に一喜一憂したり、むしろラストスパートをかけて練習に熱が入ったり、受験勉強に必死だったり、魔術師志望者は魔術の実践訓練や塾の追い込みにひいひい言いながらついていくのだろうし、そもそも委員会の仕事でそれどころじゃない人、帰省して実家の手伝いをしている家庭、ここぞとばかりに家族や友人と旅行するリア充など色々な学生がいると思われる八月半ば。
俺達は帰宅部で、受験勉強も元々高校生だった俺、割と優等生の部類には入る汐宮、そもそも高校に通う気がない夕映は受験勉強に追い込まれているわけでもなく、魔術師志望者ではあるが魔力がないことやそもそも高校で学べることなど微塵もないことを考えると魔術科専攻で対策する意味もない、委員会の仕事もこのお盆の時期にはないし、帰省も何も実家なんてないし、旅行するにしたって友人=家族なこの状況に旅行する意味もない。
つまりこんな時期でも俺らはいつも通り、魔術・異能について研究を家でやっている。
今書いているのは、世界ランク4位、アメリカに本拠地を構える魔術組織『院生室』に提出する論文である。
二年ほど前に秘密結社を結成することを決めた俺達だが、言うは易く行うは難しだ。
そもそも魔術組織は国防を担う重要な機関であり、世界ランクによって相手の国との付き合い方が変化するほどである。同じ国に二つも魔術組織や秘密結社が存在するのは芳しくなく、国際法すれすれの行為である。しかしこちらとしては、現在の異能差別を先導する『軍』が邪魔。『軍』を壊滅させるのは現在不可能なので、秘密結社としての後ろ盾を得て、十分実力をつけてから『軍』をつぶす必要がある。それもスマートにしないと国の混乱は避けられない。後ろ盾とするなら、『日本と対等になれる』かつ『異能者に関しての扱いが緩め』であり、『『軍』に味方する理由がない』組織に限る。
その判断基準が世界ランクだ。国際的な暗黙の了解として、世界ランクが近いなら研究に協力したり同盟を組んだりなどできるが、世界ランクが遥かに下なら支援か侵略、遥かに上なら従属など、平等な付き合い方は不可能だ。無理やり平等にしようにも、上のほうは技術漏洩、下のほうは違う魔術組織からヘイトを集めるなど、確実に互いに不利益が発生するからである。その付き合い方を決める境目は、自国の魔術組織の世界ランクから上下に5つまで。
日本の魔術組織は『軍』であり世界ランクが1位。これは魔術式が日本語に近い言語体系になっていること、そもそも魔術自体が日本で開発されたこと、日本は昔からアニメ、漫画などのサブカルチャーで魔術やそれに類似したものに関して想像力が豊かだったことが理由に挙げられる。
よって日本側が平等に関われるのは世界ランク6位までである。
まず世界ランク2位、イタリアの『教会』。ここは全魔術組織と敵対している。研究があまりにも非人道的で人権が尊重されていないからだ。……異能者の全世界での扱いも大概なんだが。
次に世界ランク3位、ドイツの『御伽学院』。『軍』と同盟関係にある魔術組織だ。女性しか加入しないことで有名でもある。あと、制服が学生服っぽい。
その次、世界ランク4位、アメリカの『院生室』。研究をメインとするが、さすがアメリカというべきか、戦力も日本に負けてない。一応日米同盟を結んではいるが、『サラダボウル』であるように『軍』の異能者排斥には不信感を抱いてもいる。
世界ランク5位、中国の『魔術育成保護連合会議』、通称『評議会』。日本の異能者排斥に最も積極的なところだ。噂では『教会』と同盟を組んでいると小耳にはさんだが、表向きは敵対関係であるとされている。
最後に世界ランク6位、イギリスの『放蕩の茶会』。少数精鋭で、世界の各地を旅している。国防の一環を担っていないが、これは魔術が普及したころから永世中立を唱えていることが大きいか。
この五つが日本の魔術的観点での主なかかわりであり、『John』はそもそもまだ認知されていないが、将来国際社会に『軍』の代わりとして出る場合を想定して、国際法をしっかり守っておく必要がある。活動実績があれば認知のタイミングを早められるし、後ろ盾もあれば、後ろ指をさされる心配もない。
そんなわけで、唯一交渉の余地がある『院生室』を後ろ盾にした。当たり前である。
誰が、倫理観吹っ飛んだやべー組織、仮想敵の『軍』の同盟相手、異能者差別筆頭と組むんだよ。中立してるところに交渉してもせいぜい不干渉くらいのものだろ。
と消去法で『院生室』をチョイスしたが、その条件がきつかった。
まあぽっと出の秘密結社(しかも異能者しかいない)に味方して世界最強をぶっ潰して乗っ取ろうって算段だから、そりゃあ交渉が難航するとは思ってたが、あっさり受け入れてもらえた割に出された条件が、『魔術、異能、もしくは魔力に関しての考察を二年後の8月までにくれ』である。
そしてまさに今締め切り間近。一応、軽い考察程度なら前々に出せなくもなかったが、世界一の研究機関(教会は研究機関と認めたくない)に対してそんな浅い考察を出しても、はねられて交渉が無駄になること必至。
だからがっつり考察したのが、ぜいたくを言えば、異能者が異能を使用する際のエネルギーの正体も論文の内容に含めたい。そんな思いで論文を書きつつ考えているのだが。
「考えすぎて頭いてえ」
「お疲れ様です……」
と汐宮も汗だらだらでアイスティーを差し入れる。俺も汗でびっしょりの状態でそれを飲むが、焼け石に水だろう。……冷房が壊れたのだ。お盆だから修理業者も休み、冷房の代わりになるような魔術を構築してもいいのだが、今はそんな時間すら惜しい。
汐宮が室温を書き換えることも作戦にあったが、どうせすぐ温まるし、そうなると汐宮も手間がかかる。あとは夕映が室温を操作するとか?も似たような理由で却下だ。
暑すぎて思考が碌に回らないし、論文もそんなわけで詰まっている。
そんな中夕映は修理業者を探すとか、アイスを買ってくるとか、ひいきにしてる情報屋から情報を購入するとか、いろいろやってくれている。汐宮も俺の書いた論文の推敲、差し入れの用意などしている。
なんとしてでも間に合わせなければいけない、と使命感だけはあるんだが。
「……なんでこんな時に冷房切れるかなあ」
「あ、明日にはお盆終わりますから。そうすれば修理業者が来てくれますよ」
「そうかあ……」
と手で仰いでいると、ドアが突然開いた。
「お待たせ!アイス買ってきたよ、ガリガリ君!」
「おう、サンキュ」
夕映がアイスをこちらに投げてくるので、うまく受け取って食べ始める。若干ましになった。汐宮も心なしか汗が若干引いている。
そのまま休憩に入り、アイスの棒の当たりはずれで一喜一憂していると、夕映が「論文どう?」とのぞき込んでくる。
「大体仕上がったぞ。ただ、異能を使う際のエネルギーとかについてもう少し考察をしたいが、情報、根拠が足りない」
「うーん……やっぱそれがないとはねられかねないよね?」
「少なくとも俺ならはねるな。後で調査を重ねるって言っててもなしだ。……めぼしい情報は?」
「いや、特にないかな?」
「そうかあ」
とうなだれた。
「研究って難しいんですね……」
「あたぼうよ。軍の推薦論文マジできつかったわ」
「わかるなあ、それ。なんであんな長ったらしいかな、おかげで苦労したことたくさんあるよ」
と愚痴を漏らすも、何か浮かぶわけでもなく沈黙は続いた。
「あ、そうだ」
と夕映が沈黙を破ってかばんを探る。
「ねえ。どうせ何も思いつかないならここでくすぶっても時間の無駄だからさ」
と俺と汐宮に一枚のチラシを見せた。
「夏祭りに行こうよ」