第8話 邪魔なもの
「そんな破廉恥な格好で外に出るなぞ、気でも狂ったか!?」
「破廉恥って……。そんな言い方ないでしょ? これ水着よ。自分で作ったんだから」
上手くできたと褒めてくれたっていいじゃないのとリーシェは口を尖らせるが、ルゼはついに背中を向けて肩をいからせている。
(へえ……。ルゼって結構シャイなのかしら……)
水着姿くらいで真っ赤になるなんて可愛いところもあるわねと笑いを漏らし、頭に置いていた布を身体を隠すように巻く。
「ほら、これでいいでしょ」
「あ、足が丸見えだろうが!! 早く着替えろ!!」
「足ぃ?」
面倒くさい人だなと思いながらも、リーシェはしっかりと布を身体に巻き付けできるだけ足が隠れるようにした。
そのまま塔に戻り5階に上がると、のろのろと着替えを済ませる。できればもっと身軽な格好になりたいのだが、ドレスしかない以上これを着るしかない。
「セドリックみたいなシャツとズボンってないのかしら」
こんな足首まで隠れるスカートなんて穿いたことがないので、なにをするにも邪魔で仕方ない。
水着を作っている時に、このドレスも裾を短くしようかとも考えていたのだが、あのルゼの反応を見る限り、やめておいた方がよさそうだ。
溜め息を吐きつつ、髪の水気を拭きとる。たださっきから布で拭いている割にはまったく乾く気がしない。
(ドライヤーなんてないしなぁ……)
こんなに長い髪を毎日乾かさないといけないのかと思うと、少しうんざりする。
美しいプラチナブロンドで最初こそ嬉しかったが、水に入るとなると途端に邪魔に思えた。
「あ、そうだ」
朝使っていた裁縫箱が視界に入ったリーシェは、軽い声を上げて箱の蓋を開ける。
中のハサミを取り出すと濡れた髪を持ち上げた。
ジャキンと潔く髪を切り落とす。顎の下辺りで切り揃えていくと頭が段々軽くなってくる。昔から髪型はショートボブから変えたことがなかったので、やはりこっちの方がしっくりくる。
粗方切り終わりヒビの入った鏡を覗き込み確認する。少し癖のあるリーシェの髪は、乾くと自然にふわっとしたウェーブが戻る。今も切っている内に乾いてきて、緩くパーマを当てたようになった。
「うん。大丈夫そう」
襟足も上手く切れたと満足し、頭を軽く振ってみる。
「軽くなったわ」
いつもの感覚になって、少し自分を取り戻したような気がして嬉しくなる。
そのまま気分良く洗濯物を取り込み、夕食の準備に取り掛かった。
古いキッチンにもだいぶ慣れて、手際よく料理を作り終わると、ルゼを呼びに階段を上がる。
そこに下りてくるルゼとばったり会った。
「あ、ちょうど良かった。夕食できたわよ」
「お前……、髪……、その髪は……」
唖然とした顔で言ってくるルゼに、リーシェは笑顔で答える。
「どう? 似合ってる? ちょっとガタガタしてるけど、結構上手く切れたでしょ?」
ルゼはその言葉には返事をせず盛大な溜め息を漏らすと、リーシェの肩をがっしりと掴んだ。
「なんなんだ、お前は……」
「さっきからなんなの? ちょっと失礼じゃない?」
人のことを見て溜め息なんて失礼だわと反論したが、それは鼻で笑われた。
ルゼは弱く首を振るとリーシェを追い越して下へ歩きだす。仕方なくリーシェも後を追うと、キッチンに戻った。
テーブルに並んだ料理を見ながら椅子に座ったルゼが、ちらりとこちらを見るので自分も椅子に座る。
「お前は破天荒過ぎる」
「破天荒?」
「お前は伯爵令嬢だろう?」
「伯爵? あ、ああ、そうだっけ……」
唐突に言われて忘れていたが、ゲームの中でリーシェは伯爵令嬢だった。それを指摘されて曖昧に頷くと、ルゼはまた溜め息を吐いた。
「その髪はどうした」
「切ったのよ。水に入るなら邪魔だし、これならすぐ乾くから風邪をひかないわ」
「邪魔……」
これは明らかに咎められているのだわと察し、少し言い訳のような言い方をする。ルゼは難しい顔をして顎に手を当てるとしばらく考え込む。
リーシェはお説教を受けている気分で下を向いた。
「お前は名を捨てて実を取るタイプか……。まぁ、その方が合理的ではあるな」
「ルゼ?」
「お前が本気なのは分かった。だがその髪や、あの水着とかいう格好は、他の人間に絶対に見られるな。いいな?」
なんとなく腑に落ちないところはあったが、幾分念押しするようなルゼの言い方に反論する気は起きなかった。
「分かった……」
「食事にしよう」
「うん」
ルゼに促されてリーシェは素直に頷くと、二人で食べ始める。
最初は静かに食べていたのだが、今日の報告をしなくてはとリーシェはルゼに話し掛けた。
「今日潜ってみて思ったんだけど」
「ああ」
「水自体は綺麗だから、泳ぎやすかった。水深が深いところもちょっと行ってみたけど、太陽が出てる限りは水底まで光が届いてるから探せると思う」
「なるほどな……」
ルゼが手を止めてリーシェを見つめる。長い前髪からちらりと見える緑色の瞳に、少しだけドキッとしながらもリーシェは続ける。
「でもやっぱり広いから、私一人で探すとなると、相当時間が掛かると思う」
「それは、まぁ……、分かっていることだ」
「ねぇ、本当に王笏がどこら辺に落ちているか分からないの?」
リーシェの質問に、ルゼは少し考えてから答えた。
「分からない。だいぶ調べてみたが、どういう風に投げ込まれたかもよく分からないんだ」
「どうしてそれが必要なの? 王笏が見つかったらなにかあるの?」
重ねて質問するが、ルゼはそれ以上答えてはくれなかった。
後はただ食事を続けた。
「リーシェ」
食事が終わり後片付けをしていると、部屋を出ようとしたルゼが背後から声を掛けた。
皿洗いの手を止めて振り返ると目が合う。
「なに?」
「その……、美味かった」
少しぶっきらぼうに言うと、ルゼはそのまま階段を上がって行ってしまった。
リーシェはポカンとしたまま誰もいなくなった階段を見つめる。
「なに……? ツンデレ?」
驚いて呟き、少ししてプッと噴き出した。
いつも偉そうな態度だが、もしかしたら今日お説教をしたことを気にしたのかもしれない。
取っつきにくいと思っていたが、少しはルゼと仲良くなれるかも思いながら皿洗いを続けた。