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第7話 初泳ぎ

 朝食を食べ終わったリーシェは水際に立って湖を見つめる。今日から本格的に王笏の捜索を始める。

 広い湖のどこに沈んでいるのかも分からない杖ひとつを探すには、相当時間が掛かるだろう。はっきり言って見つかるとは思っていない。だがあの塔に住むための条件なのだからやるしかない。

 空は晴れ渡っていて、空気も暖かい。水に入っても風邪をひくことはないだろう。だがそれよりも大きな問題がある。


「水着がないのよねぇ……」


 ポツリと呟き自分の着ているドレスを見下ろす。昨日洗濯したドレスは分厚い生地で、乾いた状態で着ていても結構重たい。こんなものを着て水に入れる訳がない。

 だからといってここで裸になって泳ぐというのは、誰かに見られた時のことを考えると絶対に無理だ。

 そうなると水着が必要なのだが、ルゼに水着が欲しいと訴えれば「水着とはなんだ」と返ってきて、この国に根本的に水着がないのを知った。


「作るしかないか」


 とぼとぼと塔に戻り、昨日洗濯した中から色の濃いドレスを広げる。裁縫があまり得意ではないので、かなり不安はあったがやるしかない。

 ガラクタの中から裁縫道具も探し当てていたので、これで十分水着は作れる。大振りのハサミを手にしてドレスを広げ考える。そうしてなんとなく目星を付けると大胆にハサミを入れた。

 黙々と縫う作業を続け二時間後、出来上がった水着を両手で広げリーシェは声を上げた。


「出来たー!! 私だってやればできるじゃない!」


 上はタンクトップ、下はショートパンツのセパレートタイプの水着を目指して作ってみたが、思いの外上手くできた。

 早速試着してみる。ゴムがないのでウエストは紐を入れてみたが、結んでしまえばずり下がることもなさそうだ。

 黒の厚い布地だから、水に濡れても透ける心配もない。


「完璧だわ」


 早く水に入って試してみたくて、急いで身体を拭く布を手にすると小走りで階段を下りる。

 水際まで来ると、準備運動もそこそこに水に入った。


「はぁ、気持ちいい」


 真夏の暑さの中、水の冷たさに思わず声が漏れる。水着の着心地も上々だ。

 足が付かない深さまで来ると、平泳ぎで少し泳いでみる。ここに落とされた時は必死で分からなかったが、この湖の透明度は相当高い。

 遠く泳ぐ魚の姿まで見えるほど綺麗な水に、王笏のことをすっかり忘れてしばらく泳ぎを楽しんだ。


(よく考えるとこんな風に泳ぐのなんて何年ぶりかしら……)


 子供の頃、夏は海やプールで毎日のように泳いでいたが、大人になってからはまったく泳いでいなかった。

 仕事が忙しく、遊びに行く余力なんてなかった。旅行さえ行く暇がなかったので、ここがまるで湖畔のリゾート地のように感じられた。

 背泳ぎで水に浮くと、ハアと息を吐く。

 静かな森の中、聞こえるのは鳥のさえずりと風の音くらいだ。自分の立てる小さな水音は涼やかで耳に心地良い。


(癒されるわぁ……)


 ここが夢の中だったとしても、こういう内容なら受け入れられる。

 何も考えずにしばらくの間、ぼんやりと水に浮かんでいたが、やっと踏ん切りがついて姿勢を戻した。


「さて、現実逃避はこのくらいにして、これからどうするか……」


 一度岸に上がると湖を見渡す。王笏が沈んだ場所がまったく分からない以上、しらみつぶしに探すしかない。

 水の透明度は申し分ないので、あとは自分の体力勝負となる。


「よし、行くか」


 気合いを入れて水に入り直すと、勢いよく潜る。潜水は得意なので、真下に向かって泳ぐとすぐに湖底が見えた。

 湖底には岩が転がっているだけで、それほど水草は生えていない。これなら丹念に湖底を探さなくても、見て回る程度で発見できそうだ。

 少しだけ安堵し水面に顔を出す。息を整えながら、もう一度だけ湖を見渡す。

 色々と不安はあったが、それを飲み込みまた水に潜った。



◇◇◇



 午後まで泳ぎ続けたリーシェは、陽が傾き始めた頃、やっと岸に上がった。

 どっと疲れが足に来てその場に座り込む。肩で息をしながら湖を見つめる。成果はもちろんなかった。

 まさか一日で見つかるなどとは思ってはいなかったが、やはり何も見つからないと落ち込むものだ。


「お腹すいた……」


 昼食のサンドイッチの他には何も食べずにずっと泳ぎ続けていて、お腹はペコペコだった。

 朝洗濯した服を取り込んで、夕食を作らなければと思い浮かべるとげんなりしてくる。

 なんとなくリゾート気分だったが、一気にリアルな生活感が戻ってきた。


「はぁ。夢でこんなに一生懸命なことってあるかしら……」


 ぼやきながら重い身体を持ち上げて立ち上がる。今日泳いだ範囲を一度確認すると、塔に戻るかと歩きだした。

 乾いた布で長い髪を拭きながら歩いていると、塔から出てくる人影があった。


「あ、ルゼ。約束通り、王笏探し始めたわよ」


 たぶん様子を見に出てきたのだろうと気さくに声を掛けたリーシェだったが、視線の合ったルゼが酷い形相で足を止めたのに首を傾げた。


「なによ、その顔」


 ルゼはあっという間に真っ赤になった顔を横に背けると叫んだ。


「なんて格好してるんだ!! お前は!!」

「は?」


 明らかに動揺した様子のルゼに、リーシェは間抜けな声を漏らしたのだった。

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