第63話 捜索
ヴェメールの離宮でルゼオンは少しくらい暇になるかもと期待していたが、仕事は後から湧いて出た。
離宮自体少し老朽化している場所もあり、その修復を国王から指示されたのだ。建物全体を見て回り修復箇所を確認していく。周囲の森にある道や橋なども、整備が不十分な場所があり、ルゼオンはエヴァンと共に馬に乗り、それらを修復するため兵士たちに指示を出して回った。
今日も朝から離宮の外に出て小さな橋の修復を直接指揮していると、夕方近くになってベルナールが険しい表情で馬を走らせ近付いてきた。
「殿下!!」
「どうした、ベルナール」
「至急離宮へお戻りを!」
「なにかあったのか?」
「王太子妃候補が消えました!」
「なんだと!? どういうことだ!?」
ベルナールの言葉にルゼオンは声を上げる。リーシェに何かあったのではなく、『王太子妃候補』というのはどういうことだろう。
「4人がどこにもいないのです! 離宮内は探させましたがおらず、今は外を探させております!」
「ルゼ様、馬を」
セドリックが急いで馬を引いてくる。エヴァンは自身の愛馬に跨り、こちらに真剣な目を向けてくる。
「殿下、話は走りながら聞こう」
「ああ」
エヴァンに促されて馬に跨ると、走り出す。
「4人がいないと分かったのはいつ頃だ」
「午後4時頃です。2時過ぎに散歩に行くと4人で離宮を出たそうです」
「散歩?」
「花畑に行くと侍女には言っていたそうです」
「どこの花畑だ?」
「離宮のそばにある赤い花が咲く場所です」
木立を走り抜けながら説明するベルナールに視線を向ける。
「そこにはいなかったのか?」
「ええ。そこは離宮から5分も掛からない場所ですので、たぶん他の場所へ移動してしまったのではないかと」
「森で道に迷ったということか?」
「そうかもしれません」
ルゼオンの頭の中には、すぐに王妃の顔が浮かんだ。だが4人ともならば単に迷子ということも十分に考えられる。
「とにかく急ごう」
まもなく日が暮れ始めてしまう。女性の足ではそう遠くには行けないだろうが、雪の中途方に暮れているかもしれない。
4人の安否を祈りながら離宮に戻ると、室内は総出で4人を探している最中だった。メイドやフットマンたちが扉という扉を開けて、4人の名前を呼んでいる。
庭でも兵士が必死に低木を掻き分けて探している。
「隊長!」
「見つかったか!?」
4人が馬から降りている姿を見掛けた騎士が駆け付ける。険しい表情で騎士は首を横に振った。
「いえ……。離宮内も、庭にもやはりおりません。捜索は森を中心に行う方向で指示を出した方が良さそうです」
「そうか……。殿下、どう致しますか?」
「室内の捜索はメイドたちに引き続きさせろ。男たちは庭と離宮の周辺を。兵士と騎士は編成をして森を捜索する。ベルナール、任せるぞ」
「はっ!」
「俺たちは花畑に行く。案内しろ!」
「こちらです!」
再び馬に跨った3人は案内の騎士に付いて花畑に向かった。ベルナールの話の通り、本当に離宮の近くで、どれだけゆっくり歩いても往復で10分も掛からないように感じた。
木立の中にぽっかりと空いた空間に赤い花が咲き乱れている。降り始めた雪と相まって幻想的な雰囲気だった。
だがそこに人の気配はない。
ルゼオンは馬を下りると花畑の中を歩く。
「女の子たちのことだから、花摘みでもしたと思うけど、ここからまた歩いてどこかに行ってしまったのかな……」
エヴァンも馬から降りて周囲を見渡している。確かに花畑の先にも道は続いている。だが明らかに離宮から離れて行くような道に4人が進むだろうか。
リーシェには警戒しろと強く言ってある。同行者がいるとしても、そんな無謀なことはしない気がする。
「兵士たちもこの辺りは探している。見つからないということは、もっと遠くに行ってしまったということか?」
「この雪の中で? まぁさっきまで雪は降ってなかったけど、この先はもう道も雪に埋もれているし、歩きにくいよ。そんなところにわざわざ行くかなぁ?」
エヴァンが首を捻って呟くように言う言葉に、ルゼオンも頷く。この雪の積もった道を進むというなら、何か強い理由がなければ行かないだろう。
4人は散歩と言っていたのだ。もっと何か目的があって外に出たならば、誰かに告げていただろう。
「それにしても4人だけで外に出たとは思えないよ。こんな森の中だし、護衛はどうしたんだろう」
「護衛……、そうだな……、確かに……」
ルゼオンは花畑を睨み付けながら考える。とはいえ時間はあまりない。あれこれ考えていては日が暮れてしまう。
「殿下!」
ベルナールの声に振り返ると、数人の部下を連れたベルナールが馬から飛び降り走り寄る。
「こちらに向かう4人の姿を見たという兵士がおりました!」
ベルナールが背後の兵士に目をやると、兵士は緊張した面持ちで前に出た。
「本当に4人を見たのか?」
「はい。こちらに向かう姿を確かに見ました」
「4人だけで歩いていたのか?」
「いえ、騎士が後ろにおりました」
「騎士が!?」
「はい。護衛がいるので安心だろうと、見送ってしまったのですが……」
申し訳なさそうに下を向く兵士に、ルゼオンは顔を険しくしベルナールを見る。
「誰だ」
「ショーン・アストンという下級騎士です」
「これは、迷子ではないな……」
「だね。騎士が一緒なら、こんなことにはならないよ。なにかに巻き込まれたと考えた方がいいだろうね」
ベルナールが答えると、いつも柔和な顔のエヴァンが眉を歪めて続けた。
「ルゼ様、こちらに!」
会話には入らず花畑を検分していたセドリックが突然声を上げた。急いでそばに寄ると、セドリックは花畑の中心で膝を突いている。
「ここをご覧ください」
セドリックはそう言うと、赤い花を掻き分ける。
「なんだ?」
「ここに人が倒れた痕跡が」
「本当か!?」
セドリックの言葉に、ベルナールとエヴァンも走り寄る。
「兵士も探しに来てだいぶ花が倒されてしまっていますが、たぶん間違ってはいないかと」
「倒れた……」
ルゼオンは呟きながら立ち上がると、木立の奥の闇を睨み付けて考える。
「ここで何かがあったのは確かなようだ……」
「殿下」
「ベルナール、捜索の範囲を広げる。敵がいるという可能性を全員に伝えろ。間もなく日が暮れる。全力で捜索に当たれ」
「はっ!」
ベルナールが部下たちとそこを去ると、ルゼオンはセドリックがまだ地面を食い入るように見つめているのに気付いた。
「セドリック、まだなにか分かるか?」
「兵士たちの足跡とは違う足跡があるような気がするんです」
「追えるか!?」
セドリックは頷き、顔を上げると木立の方を向く。目を細めゆっくりと移動しながら、道のない森の奥を見た。
「足跡は複数。男のものですね」
「この先か?」
「そうなのですが……、すでに雪で消えかけています。森に入ったところで足取りは追えないでしょう」
ルゼオンは奥歯を噛み締める。雪はだいぶ強く降っている。すでに自分たちが付けた足跡も消えかけているのだ。2時間以上も前の足跡など、もう消えてしまうだろう。
「殿下、道のない場所を探すのは無謀すぎる。とにかく街道沿いを探してみよう。敵がいるとして、そいつらだって闇雲に雪の中を進むとは思えない」
「……そうだな」
二人の意見は最もで、このまま足跡を追いたい気持ちをぐっと堪える。
「よし。街道を進もう」
ルゼオンがそう決めると、3人はまた馬に乗って花畑の先へ続く道を走り出した。
◇◇◇
探索のためあまり速度を上げず、森の奥に目を配りながら3人は先に進む。
花畑を離れてしばらくすると、街道にも雪が覆い始める。はっきりとした足跡も見えず、人の気配もなく、ただ焦る気持ちだけが募っていく。
「誰かいるなら返事をしてくれー!!」
後ろでセドリックが声を上げている。
敵がいるのなら、こちらに場所を教えているようなものだが、もはやそれを言っている余裕はない。
辺りはもう薄暗くなり始めている。真っ暗になってしまえば、捜索は相当困難になってしまう。
「待って、殿下」
道が二手になり、上り坂に向かおうと馬の首を巡らせると、エヴァンが声を掛けた。
「なんだ?」
「止まって。これ以上は行かない方がいい」
「は? なにを言ってるんだ。もう暗くなってしまうんだぞ!」
「だから言ってるんだ! 灯りも持たずこれ以上は進めないよ!」
エヴァンの言うことは最もだが、ルゼオンは従うつもりはなかった。今離宮に戻ってしまうなど出来る訳がない。
ルゼオンはエヴァンを無視して馬を動かそうとしたが、それをエヴァンが引き留める。
「殿下!」
「エヴァン!」
「ルゼ様! お待ち下さい!!」
二人が睨み合った瞬間、セドリックが割って入った。「止めるな」とセドリックに視線を移すと、セドリックはなぜか馬を降りている。
「これをご覧ください!」
セドリックが街道から横に逸れて雪を歩くと、何かを拾い上げる。また戻ってくると、手にした物を差し出した。
「なんだ? ハンカチ?」
ルゼオンが受け取って広げたそれは、貴婦人が持つレースのハンカチだった。
「待って! ちょっとそれ貸して!!」
突然エヴァンが手を伸ばすと、ハンカチを奪う。それを見下ろしたエヴァンは眉間に深い皺を寄せた。
「エヴァン? どうした?」
「これ……、エセルのものだ……」
「え!?」
「この刺繍……、絶対エセルのだ……」
「本当か!?」
エヴァンは頷き、ルゼオンに目を向ける。
「間違う訳ないよ。ここをエセルが、4人が通ったのは間違いない……」
「よし!」
「待って!」
「なぜだ!? 今行けばすぐに追いつくかもしれないだろう!?」
やっと手掛かりが見つかり喜び勇んで進もうとすると、またエヴァンが引き留めた。
「ダメだ。灯りも持たず、街道を逸れるなんてできない。土地勘もないのに、森の中を進んで、僕たちまで迷子になったらどうするんだ!?」
「だが!!」
「君の命だって大切なんだぞ!」
「お前は4人が心配じゃないのか!?」
「心配に決まってるだろ!!」
エヴァンの大声に思わずルゼオンは言葉を止めた。エヴァンは顔を歪め、ハンカチを握りしめる。
「この暗闇の中で、どうやって敵を見つけるんだ。もし奇跡的に見つかったとして、お前一人が突っ込んでいって、相手が大人数であったならどうする?」
低い声が言われて、ルゼオンは奥歯を噛み締める。
「今は冷静になるんだ。彼女らはここを通った。それが分かったんだ。一度戻って装備を整え、兵士たちをこちらに展開させよう」
すでにもう目の前にいるエヴァンの姿が見えにくくなるほど暗くなりつつある。ルゼオンはエヴァンの目を見つめ考えると、大きく息を吐いて頷いた。
「分かった……。戻ろう」
「うん」
ルゼオンの言葉にエヴァンは少し安堵した顔をして、元来た道に馬を進める。
そうして3人は全速力で離宮に戻ると、兵士たちへの指示はエヴァンに任せ、ルゼオンは国王の元に向かった。
「ルゼオン、戻ったか」
「父上。……王妃様」
国王の私室に急いで向かうと、中には王妃とバイエ司教もいた。一瞬戸惑ったが、足を止めることはなく国王の前に進む。
「4人は見つかったか?」
「いえ……」
「こちらも指示を出してはいるが、如何せん森は広いからな……」
「4人はたぶん何者かに捕らえられたのだと思います」
「なに!?」
ルゼオンの報告に国王は驚く。王妃は目を見開き、国王の腕に手を添えた。
その顔をちらりと見ながら、ルゼオンは報告を続ける。
「4人が行った花畑にその痕跡が。街道の先でエセルの落としたハンカチも見つけました」
「なんということだ……」
「捜索はそちらを中心に行います。指揮は私が取ってよろしいですか?」
「もちろんだ。引き続き陣頭指揮を取れ」
国王に許可を取ったルゼオンは、一瞬間を置いてから王妃を見た。
「王妃様、……なにか、思い当たることはございませんか?」
「わたくし? なにもないけれど」
王妃は心配げな顔をしながら首を横に振る。
本当はもっと聞きたいことがあったが、今この場で聞けるはずもない。
「皆様の無事を祈りましょう」
「ああ、バイエ司教。それはありがたい」
胸に手を当ててそう言ったバイエ司教に、国王は感謝し、大きく頷いた。
ルゼオンは踵を返し庭に出ると、ベルナールを見つけ駆け寄る。
「ベルナール!」
「殿下! スウィニー伯爵から話は聞きました。今伝令を飛ばして、兵士を戻しております。すぐに編成をし直し、あちらに向かいます」
「ああ。俺たちは先行して向かう。お前たちは森に兵士を展開しながら、出来るだけ灯りを点けていってくれ」
「ルゼ様、準備ができました」
ベルナールと話していると、セドリックとエヴァンがサドルバッグを付けた馬を引いて近付いてくる。
「行こう、殿下」
「ああ!」
森はすでに漆黒の闇に落ちている。暗闇の道をルゼオンは皆の無事を祈りながら走り続けた。




