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第62話 アジト

「よし、一仕事して腹が減ったな。飯はあるか?」

「お頭、女がいるんだ。作らせやしょうぜ」

「おお! そりゃいい!」


 ガタガタの古いテーブルに着いたお頭が、膝を打ってこちらを見る。


「おい、お前ら。飯作れる奴いるか?」


 お頭の質問に3人はぶんぶんと首を横に振る。


「なんだ、使えねぇ奴らだなぁ」

「私、作れるわ」

「え? リーシェ?」


 やっと気持ちが落ち着いてきたリーシェが声を上げると、ミレイアが驚いた顔をこちらに向ける。


「おお! 聖女様の料理か! そりゃいい! おい、縄を解いてやれ」

「へい」


 料理を作れるのは本当だし、作るには縄を解かなくてはいけない。もしかしたら逃げる手だてが見つかるかもしれない。

 縄を解かれ立ち上がると、お頭がぎろりと睨み付ける。


「いいか、余計な事考えるんじゃねぇぞ。お前が逃げたら他の女たちをすぐに殺す。いいな?」

「分かってるわ」


 釘を刺されて、リーシェは真剣な目をお頭に向け頷く。

 それに何かやろうにもこの家は入口からすぐの部屋が土間のキッチンになっていて、男たちはこの部屋から出て行く様子はない。

 ガタガタのテーブルにお頭と手下の一人が席に着いてこちらを見ていて、リーシェはそれをちらりと確認しながら部屋の隅に作られているかまどの前に立った。


「食材は適当に使っていいの?」

「ああ。俺たち4人分だ。いいか?」

「分かったわ」


 かまどのそばには麻袋に入った野菜や肉が適当に置かれている。量は少ないが、どうにかスープくらいはできそうだ。

 どこもかしこもボロボロだし、掃除もまったくしていない雰囲気だが、そんなものは塔で十分経験している。

 怯むこともなくリーシェは袖を捲し上げると、刃こぼれしている包丁を手にして料理を始めた。


「いやぁ、女が料理してる姿はいいですねぇ、お頭」

「そうだなぁ。おめぇたちの飯はまずくて食えたもんじゃねぇからな」

「お頭、酷いっすよぉ」


 男二人が楽しげに会話を始め、リーシェはちらりと背後に目を配る。テーブルの下に置いてあった酒を飲み始めたようで、もはや二人の視線はこちらにはない。


(よし……)


 料理を続けながら、ちらちらと視線を動かし使えそうなものを探す。部屋の造りも確認しながらできるだけゆっくりと料理を作っていると、さすがに待ちきれなくなったのか、お頭がドンと机を叩いた。


「おい! まだ出来ねぇのか?」

「もう出来たわ。皿はどこ?」

「お、おお。そこにあるのを使え」


 すぐに返答するリーシェに、お頭は少し驚いた様子で頷く。

 リーシェは皿を4つ用意し、作った野菜スープをよそうと、固いパンを切りそれも皿に並べた。テーブルにすべて運び、カトラリーも並べるとお頭の顔が綻ぶ。


「おい! 牢の準備はできたか!? もう食うぞ!!」

「へーい!」


 隣の部屋でガタガタと何かをしていた男二人が戻ってくる。テーブルに並べられた料理を見て驚くと、小走りに近付き慌てて椅子に座った。


「おー!! すげぇ!! まともな飯だ!!」

「よし、おめぇら。食うぞ!!」


 お頭の号令で4人が猛烈に食べだす。それを呆然と見つめていたリーシェは、ふとこちらを見ている3人と目が合った。

 3人は驚きの表情を浮かべている。確かに伯爵令嬢が料理ができるなんて、誰も思わないだろう。


(塔で散々料理しておいて良かった……)


 こんなところで役に立つとは思わなかった。

 勢いよく食べる男たちはどんどんおかわりを要求し、リーシェはその都度皿にスープをよそった。

 そうしてお腹いっぱいになった4人は満足の声を上げた。


「うわぁ、食ったぁ……」

「腹パンパンだ」

「美味かったぁ」


 それぞれが腹を撫でたり叩いたりしながら笑顔で言うのを見て、リーシェはホッとする。

 お頭も膨れた腹をさすりながら立ち上がると、リーシェを一度見てそれから手下に指示を出した。


「よし。女たちは隣の牢に入れておけ。一人櫓で見張りに立て。もしかしたら森を探索されてるかもしれねぇからな。用心しろよ」

「へい」


 お頭はそう言うと、外に出て行く。それを見送って男たちもやおら立ち上がった。


「よし、お前、付いてこい」


 リーシェに向かって男が顎をしゃくる。コーネリアたちはまた男たちに担がれると、隣に部屋に運ばれた。

 キッチンの隣の部屋に入ると、中はがらんとした何もない空間だった。小さな窓はあるが、錆びた鉄格子が嵌っている。


「一晩、大人しくしてろよ」


 そう言いながら男たちは3人の縄を解き、部屋を出て行った。

 やっと男たちの視線が無くなり、安堵したリーシェはその場にぺたりと座り込む。

 エセルはミレイアに抱きつき、その背中を優しくミレイアが撫でている。コーネリアは、縛られたままだった腕をさすりながら、リーシェに顔を向けた。


「どうにか殺されずに済んだわね」

「コーネリアのおかげよ」


 微かに笑ってそう言うと、コーネリアは弱く首を振る。


「笑ってる場合? あなたのせいでこんなことになったのよ?」


 ミレイアが怒って言ってきて、リーシェは申し訳なくなる。確かに自分のせいで、巻き込んでしまったことは事実だ。

 リーシェは言葉を返すこともできず、目を伏せる。


「今はリーシェを責めても仕方ないわ。それより逃げる方法を探さないと」


 コーネリアが冷静にミレイアを諭すと、ミレイアは口を噤んだ。


「リーシェはどうしてお料理ができるの?」


 ミレイアに抱きついていたエセルがやっと口を開いた。捕まってからずっと泣いていたけれど、ようやく落ち着いたようだ。

 リーシェは笑って答える。


「断罪の湖で、ルゼと一緒に暮らしていた時、私が料理を作っていたのよ。だから料理は得意なの」

「へえ、すごいわ。あの人たちもいっぱい食べていたし、なんだかとっても美味しそうだったもの」

「ありがとう」


 エセルの言葉に微笑むと、リーシェのお腹がタイミング良くぐうと鳴る。


「こんな時に暢気なお腹ね」


 そう嫌味を言ったミレイアのお腹もぐうと鳴って、隣にいたエセルがプッと笑った。

 真っ赤になるミレイアにリーシェは笑い掛けながら、スカートのポケットからパンと蒸かした芋を取り出す。


「あなた、それ……」

「どんな時だってお腹は空くものよ。ちょっとしかないけどないよりましでしょ。皆で食べましょ」

「いつの間に……」


 驚く3人に、パンを四等分にしながら答える。


「さっき料理してる時にくすねておいたの。どうせ私たちに食事なんて出さないだろうと思ってね」

「抜け目ないわね」


 パンを渡すとミレイアが感心する。エセルに蒸かした芋を差し出すと、少し困ったように首を傾げた。


「これ、そのまま食べるの?」

「そうよ。持って食べて。このお芋、とっても甘いから味付けとかしなくても十分美味しいのよ」


 リーシェがエセルに芋を渡すと、エセルは両手で芋を持ち、おずおずと小さく口を開けて食べてみる。その顔がみるみる笑顔になった。


「甘い……、美味しい……」


 嬉しそうにエセルが言うと、ミレイアとコーネリアも続いて芋を口にする。3人は目を合わせて笑顔になった。

 リーシェもパンを口に入れながら、何気なく格子の嵌った窓を見上げる。

 雪が降っているのが見える。部屋の中は暖炉もなにもないからとても冷え切っていて、吐く息は白い。

 4人は自然に身を寄せ合って、少ない食べ物をゆっくりと食べた。


「もう離宮では騒ぎになってるわよね」

「そうね……。きっと探しに来てくれるわ」

「助けがくるのを待ちましょう」


 3人が小さな声で話をしている。


(助けか……)


 お頭は明日の朝にはここを出発すると言っていた。ということは離宮から更に遠く移動することになる。

 この闇の中、今夜中にルゼオンたちがここを探し当てられるとは到底思えない。

 小さな窓から吹き込む雪を見上げ、リーシェは胸に迫る不安を押し殺した。



◇◇◇



 食事が終わると、緊張から疲れ切った3人は眠ってしまった。

 リーシェはここからどうにか逃げられないかと部屋を調べてみたが、唯一外に繋がっている窓の格子は外れそうもなく、仕方なく諦めると座り込んだ。

 少しでも眠って体力を温存しておこうと思うが眠れず、頭の中でずっとこれが誰の差し金かを考えていた。


(花畑に誘ったのはフリント教授だけど、フリント教授が私を狙っているとは思えない……)


 フリント教授とはこの選定試験で初めて会ったのだ。恨まれることなどないはずだ。どちらかと言えば王妃に頼まれてやったという方がしっくりくる。


(王妃様が……私を殺そうとしてるの?)


 ウィルのことが許せなかったのだろうか。殺したいほど自分が憎いのだろうか。

 リーシェは唇を噛み締める。


「ちょろい仕事だったな」

「これでしばらく安泰ですね、お頭」

「まだ油断すんじゃねぇ。森中人の気配がする。離宮から兵士が探しに出てるんだろう」


 考え込んでいるリーシェの耳に微かに声が聞こえてきた。チャリチャリと金属の擦り合う音も聞こえる。

 リーシェはそっと膝で歩くと、扉に耳を寄せる。


「上手いこと峠を越えることができればこっちのもんだ」

「本当にあの女は殺さなくても大丈夫でしょうか」

「わかりゃしねぇよ。それより聖女なんてもんが、どれほどの金に化けるか楽しみだ」

「どんな高貴な人間でも、殺したい奴はいるもんですねぇ」

「恨みなんてもんは、どこにでも転がってるもんさ。前金でこれだけ出したんだ。後払いの金も相当踏んだくれる。女たちをさっさと売っぱらって、豪遊だ」

「なぁ、お頭。一人くらいこっちに連れてきませんか? ちっと味見してぇな、俺」

「ダメだ。傷物にしちまったら、半額にもなりゃしねぇ。ああいうのを好む奴らは、とにかく清純な娘しか買わねぇんだ。我慢しろ」

「ちぇ……」


 ジャラジャラという音にお頭の声が掻き消される。たぶんお金を数えているのだろう。

 それきり声が聞こえなくなると、リーシェは扉からそっと離れた。

 少し冷や冷やしたが、どうやらこの夜は安全に過ごせそうだ。そうして安堵しながらコーネリアの隣に身を寄せ膝を抱える。


(高貴な人間……)


 “高貴な人間”といって思い浮かぶのは、一人しかいない。


(やっぱり王妃様が……)


 この野盗たちは王妃から金を受け取って、自分を殺そうとしているのだ。

 リーシェはそう思い至ると、眉を歪めて目を閉じる。

 そうして、やるせない気持ちでぐるぐると考えながらも、少しだけ眠ると朝を迎えた。



◇◇◇



 朝日が昇り始め、部屋の中が明るくなり始めると、突然ドカンと音がして扉が開いた。


「おら、起きろ! 出発するぞ!」


 驚いて跳ね起きた4人が戸惑っている間に、男たちはまた荒縄で縛り上げさるぐつわをすると、一人ずつ荷馬車に乗せた。


「暴れるんじゃねぇぞ」


 扉を閉める前にそう言った男は、ガチャガチャと音を立てて鍵を掛けた。

 すぐに荷馬車は動き出し、リーシェは焦燥感に駆られながらも、どうにか逃げる算段を考えていた。

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