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第56話 ルゼオンと王妃

 リーシェを抱き締めながら、ルゼオンはまだ血の気が引くような感覚が拭えなかった。

 縛り上げた男たちは明らかに街のごろつきだろう。こういうことが起こることは予想していたはずなのに油断した。

 もっとリーシェに言い聞かせなくてはならなかった。


(いや、違う……。俺がもっと用心すべきだったんだ……)


 何も分かっていないリーシェに、いくら警戒しろと言ってもしょうがないことだ。リーシェは良くも悪くも自身を特別視していない。どこまでも平凡で、どこにでもいる人間だと思っている。


「殿下!!」


 やっと駆け付けた兵士たちが集まってくる。ルゼオンは腕を解くと、リーシェを解放し兵士たちに身体を向けた。


「周囲を警戒しろ! まだ仲間がいるかもしれん。怪しい者はすべて捕まえろ!」


 怒りを露わに命令するルゼオンに、兵士たちが背筋を伸ばして返事をし慌てて散開する。


「誰に命令された?」

「知らねぇなぁ」

「目的はなんだ。お前等のような街のごろつきが、聖女様などに手を出してなんの得がある」

「へっ。ちっとからかっただけだろうが」


 セドリックが問い詰めるが、男は不貞腐れたように顔を背ける。その様子をリーシェが不安そうに見ているのに気付き、ルゼオンは肩を抱いた。


「歩けるようなら移動しよう。ゼシリーア教会はすぐそこだ。そこで少し休もう」

「う、うん……」

「セドリック、頼んだぞ」

「はっ」


 この場はセドリックに任せて、リーシェをまずは安心させなければと歩きだす。

 大通りに出ると騒ぎを聞きつけて人々が集まっていたが、兵士たちが近付かないように声を上げている。それを横目にルゼオンは教会へ向かった。

 少し歩き教会の中へ入ると、ルゼオンの顔を見た若い修道士が驚いて走り寄る。


「殿下! 聖女様まで! 突然のお越しですね。なにかご用でしょうか?」

「え? 私、オーヴェル教皇様に呼ばれて来たんだけど……」

「え? 教皇様に? そんな話は聞いておりませんが……」


 お互い驚きリーシェも修道士も首を捻る。


「すまないがオーヴェル教皇を呼んできてくれるか?」

「あ、はい。それはもちろん。少々お待ち下さい」


 修道士はパタパタと急ぎ足で奥に入っていく。リーシェは眉を顰めてまだ困惑した顔をしていた。


「リーシェ、ここに座れ」


 長椅子に促しリーシェを座らせると、その前に膝を突く。


「どうして二人で城を出たんだ?」

「ゼシリーア教会でオーヴェル教皇が用事があるから行ってきなさいって、王妃様が……」

「王妃が……。クロエ、なぜ護衛を付けなかった」

「申し訳ありません」

「クロエを叱らないで。私がいらないと言ったのよ。ちょっと行くだけだと思って……」


 クロエを庇うリーシェに目を合わせる。自分の迂闊な行動に反省はしているのか、リーシェは肩を落としている。

 だが根本的な問題はそこではない。


「王妃が直接行けと言ったんだな?」

「うん」


 しょんぼりと頷くリーシェから視線を外し考える。考えたくないことだが、王妃が関与しているのではないかと頭に過る。


「お待たせ致しました」


 黙って考えていると、落ち着いた声が後ろから聞こえた。振り返るとオーヴェル教皇が穏やかな笑みを浮かべてそばに歩み寄る。


「急なお越しで驚きました。なにか私に用があるとか」

「教皇様、リーシェを寄越すように城に連絡を入れましたか?」


 ルゼオンが立ち上がり訊ねると、オーヴェル教皇はゆっくりと首を振る。


「いいえ、そのようなことはしておりませんよ」

「そうですか……」

「どうされました?」

「いや……。こちらの連絡ミスのようです。お邪魔しました」

「いやいや、いつでもお越し下さい。歓迎致しますよ」

「はい」


 にこにことそう言うと、オーヴェル教皇はまた奥の部屋に戻って行く。

 それを見届けてから、リーシェが口を開いた。


「どういうこと? 教皇様が呼んでないって……、じゃあ……」

「リーシェの言いたいことは分かる。だがこれは俺に任せてくれないか」

「それはもちろん……、でも大丈夫?」


 リーシェはたぶんもしこれが王妃の差し金だとして、それを糾弾するのは危険なんじゃないかと言いたいのだろう。

 それでもこれを不問にすることはできない。


「帰れそうか?」

「もう大丈夫。ごめんね、心配掛けて」

「いい。それより、しばらくは自重してくれ」

「うん、分かった」


 教会を出て城に戻る途中、まだ検分を続けているセドリックに会った。


「ルゼ様」

「どうだ?」

「他に仲間はいなかったようです。懐に見合わない金額を持っていましたので、誰かに頼まれたのは確かかと」

「そうか……。俺はリーシェを城に送ってくる。お前はそのまま捜査を続けろ」

「はっ」


 セドリックに指示を出していると、リーシェがセドリックの足元をうろついていた大福を抱き上げた。


「そういえば、本当にルゼは大福を追い掛けてきたの?」


 また歩き始めたリーシェに聞かれ、ルゼオンは苦笑して頷く。


「本当に偶然見掛けたんだ。うるさく鳴きながら城門を出て行く姿を見て、どうにも胸騒ぎがしてな」

「よく大福だって分かったわね」

「首に青いリボンがあったからな」


 リーシェの胸に大人しく抱かれる大福の首の青いリボンに目を留める。それがなければたぶん見過ごしていただろう。


「城門を守る衛兵に何か変わったことはないかと訊ねたら、少し前にお前が城を出たと聞いて、慌てて追い掛けたんだ」

「じゃあ、本当に大福のお手柄だったのね」

「ああ。あやつらに上から飛び掛かってくれたお陰で、隙を上手く突けたしな。今回は大手柄だ」


 リーシェに頭を撫でられて大福はどこか嬉しそうだ。

 そうして兵士に警護されながら城に戻ると、リーシェを部屋に送り届けた。


「今日はもう部屋から出るなよ」

「うん。大人しくしてる」

「クロエ、よろしく頼む」

「お任せくださいませ」


 別れ際もう一度だけリーシェに腕を伸ばすと、リーシェの方から身を寄せてくれる。その変化に嬉しさを噛み締めながらギュッと抱き締める。

 だがあまり時間もなく、名残惜しく身を離し、リーシェの部屋を後にした。


(とにかく確かめてみるしかないか……)


 王妃が犯人だとしても尻尾を出すことはないだろう。それならば直接問い質し反応を見たい。

 そう思ったルゼオンは、その足で王妃の執務室に向かった。だが途中の廊下で、ハルニエ教のバイエ司教にばったりと会い足を止めた。


「ああ、殿下。お久しぶりでございますね」

「バイエ司教」

「お時間があればぜひ教会に顔をお出し下さい。皆待っております」

「すみません。時間が取れず」

「お忙しいのは分かりますが、神に祈る時間を疎かにしてはいけませんよ」

「申し訳ありません」

「王妃様にも申し上げましたので、お時間をお作り下さい」


 やんわりとだが、決して許していないという雰囲気が伝わってくる。バイエ司教はいつもにこやかにしているが、どこか威圧感を醸し出している。

 それが王妃と似通っていて、つい遠ざけてしまっていた。


「分かりました。必ず近い内に参りますので」


 早く話を終わらせたくてそう返事をすると、バイエ司教は満足したのかそれで話を終わらせた。

 やっと解放されてまた歩き出したルゼオンは、ちらりと後ろを振り返り、遠ざかるバイエ司教の背中を見つめる。

 王妃に告げ口に来たのか、妙な時にかち合うものだと溜め息を吐いた。

 やっと王妃の執務室に着いたルゼオンが、中に入るための許可を取ってくれと扉を守る騎士に告げると、すぐに騎士は室内に入った。


「どうぞ、お入りください」


 すぐにまた扉を開けた騎士が、ルゼオンと入れ違いで廊下に出て行く。


「失礼します、王妃様」

「珍しいわね、あなたが来るなんて」


 足早に部屋を横切り、暖炉のそばでくつろいでいる王妃の前に進み出る。


「突然で申し訳ありません。急ぎ確認したいことがありまして」

「あら、なにかしら」


 こちらを見ずに手元の本に目を落としたままの王妃は小首を傾げる。


「リーシェがゼシリーア教会に行く途中、暴漢に襲われました」

「え?」


 固い声で告げると、王妃はこちらを見た。怪訝そうな顔をして本をテーブルに置く。


「襲われたですって?」

「ええ。幸いにもすぐに助けに入ることができましたので、リーシェは怪我などはせず、すでに城に戻っています」

「そ、そう……」


 動揺したように視線を揺らす王妃をじっと見つめ、ルゼオンは続ける。


「王妃様がリーシェをゼシリーア教会に向かわせたと聞きました」

「ええ、そうよ。連絡が来て……」

「オーヴェル教皇はそのような連絡はしていないと言っていましたが」


 ルゼオンの言葉に王妃は明らかに動揺を見せた。けれどすぐに顔を歪め、ルゼオンを睨み付ける。


「わたくしのせいだと言いたいの?」

「なぜ騎士をお付けにならなかったのですか?」

「騎士? わたくしは指示を出しましたよ」

「そんな連絡は騎士には来ていません」


 帰り際、騎士の詰所で確認を取ったが、王妃からそのような命令は来ていない。

 城門の衛兵にもリーシェを通すようにとしか連絡は来ておらず、そのためリーシェはすんなり城門を抜けてしまえたのだ。


「王太子、リーシェが護衛も付けず城下に行ったのは、あの子の落ち度です」


 王妃は語気を強めて言ってくる。その目は怒りに満ちていて、突き刺すようにルゼオンを睨み付ける。


「あなたがどう庇おうと、あの子はやはり王太子妃には向いていないわ。貴族の娘でありながら、自覚もなく自分勝手に行動するから、こんなことになるのよ」


 吐き捨てるように言われ、ルゼオンは拳を握り締める。証拠もない今、感情のままに言い返したところで、王妃を追い詰めることはできない。

 悔しくて腸が煮えくり返る思いだったが、それでもどうにか言葉を飲み込んだ。


「分かりました。ですが今後、このようなことが起こらないよう、警備は十分にさせて頂きます」

「……分かったわ。下がりなさい」


 ルゼオンの言葉に、王妃は少しだけ間を空けて返事をすると、それきり顔を背け、また本に手を伸ばした。

 部屋から退出したルゼオンは、どうにも治まらない怒りに奥歯を噛み締める。

 王妃の反応は怪しいものだった。まだ断定はできないものの、今リーシェを恨む者といえば、王妃くらいしか思い浮かばない。

 その命までも狙っているとしたら、絶対に許せない。

 それがどれほど手強い敵であろうと、必ずこの手でリーシェを守ってみせると、ルゼオンは心に固く誓った。

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