第52話 試験開始
勉強期間の1ヶ月が過ぎ、ついに試験が始まった。最初は国語、歴史、地理と座学のテストを受けた。リーシェは相当真剣に頑張ったが、もちろん点数は芳しくなかった。
毎回答案用紙が返される度に王妃に嘲笑され心を折られたが、それでもリーシェはどうにか耐え忍んでいる。なんのためにこんなことをしているのか、段々良く分からなくなっていたが、それでもルゼオンのために頑張った。
今日は数術のテストだったが、実はこれだけは自信があって、久しぶりにリーシェは心穏やかにフリント教授が丸付けをしているのを待っている。
なにせテストは小学6年生くらいの内容だったのだ。さすがに令嬢に計算をする場面はあまりないようで、基礎的なことさえ分かっていれば十分ということらしかった。
「やぁ、皆さん、お待たせしましたね」
朗らかな声で言いながらフリント教授が部屋に入ってくる。後ろからは王妃も来て、4人が挨拶をすると王妃はにこやかに笑みを返した。
「では早速答案を返します。今回の最高得点はコーネリア様でした」
(え……?)
答案を返しながら言ったフリント教授の言葉に、リーシェは驚く。
満点だったはずだ。ケアレスミスもしないように2回も見直しした。信じられないと机の上に置かれた答案用紙をガバッと見ると、確かに3つほどバツが付いている。
(嘘……)
文章問題だが、しっかり読めていたはずだ。フリント教授が色々話しているのも聞かず、食い入るように問題をもう一度見つめ解き直す。
「次点はミレイア様ですね。もったいないミスが1つだけありました。次の試験では気を付けるように」
「フリント教授!」
総評に入っているフリント教授の言葉を遮って、リーシェは声を上げると立ち上がった。
「なんですか? リーシェ様」
「この……、この問題は、私、間違っていないと思うのですが……」
王妃が睨み付けているのが分かる。そちらは見ないようにしてフリント教授に訴えるが、答えたのは王妃だった。
「リーシェ、フリント教授が間違えているというの?」
「そ、そういう訳ではなくて……」
「自分の勉強不足を棚に上げて、人を疑うなんて浅ましいこと」
汚いものを見るような目つきで言い放つ王妃に、リーシェはそれでもこれだけは引けないとどうにか口を開く。
「じゃ、じゃあ、他の3人の答案と見比べさせて下さい!」
「リーシェ。いい加減になさい! 教えて下さっているフリント教授を陥れて、あなたはなにがしたいの?」
「陥れるって、そんな……」
王妃の剣幕にどうにかしなくてはと思っていた気持ちが完全に怯んだ。答案を持ったいた手をゆっくりと下ろして俯く。
「リーシェは少し反省しなさい。そしてもっと努力すること。これまでの試験であなたがどれほど怠惰に時間を過ごしてきたか分かったでしょう。いくら表面を繕っても、わたくしは騙されませんわよ」
怠惰になんてしていない。誰より勉強したと自分では思っている。毎日自室に戻ってからも、寝る時間を削ってクロエに教えてもらっていた。
それを否定されて、涙が溢れる。
「お待ち下さい、王妃様」
突然、そばで低い声がした。パッと顔を上げると、厳しい表情のルゼオンがなぜか立っている。
「ルゼ……」
「答案を」
ルゼオンはリーシェの答案に目を通すと、すぐにフリント教授を睨み付けた。
「これは、3問とも合っている。リーシェは全問正解ですよ」
「そ、そんな馬鹿な……」
王妃が驚く中、慌てたフリント教授がルゼオンから答案は奪う。
「あ、あ……、これは、そうですね……。私の間違いです……」
ワタワタと教卓に戻ったフリント教授が、王妃に向かって動揺した顔を向ける。
王妃は真っ赤な顔をしてルゼオンを睨み付けた。
「これでリーシェは、数術はコーネリアと並びトップということだ。それでいいですね? 教授」
「あ、ああ。もちろんですとも」
媚びたような顔をしてフリント教授は頷くと、丸を付け直した答案をリーシェに返した。
「王太子! あなたはこんなことをするためにここに来た訳ではないでしょう!?」
ルゼオンが助けてくれたことを喜んでいたリーシェは、王妃のヒステリックな声に、そういえばなぜルゼオンはこの部屋に突然来たんだろうと思った。
私の様子を見にきてくれたのかしらと、ちらりとルゼオンを見ると視線が合った。
「ルゼ?」
困ったような顔をして目を逸らしたルゼオンは、そのままなぜかコーネリアを見つめる。
「コーネリア、迎えに来た」
「え……?」
リーシェは呆然としてルゼオンを見つめる。コーネリアは嬉しそうに微笑み、静かに頷くと立ち上がった。
「今日はもうこれで授業は終わりだから、二人ともゆっくりお話するといいわ」
勝ち誇ったような王妃の声に、リーシェは愕然とする。
(ど、どういうこと……?)
リーシェが動揺している間にも、二人は部屋を出ていってしまう。
「では皆さん、明日は古語の試験です。よく勉強しておくように。特にリーシェ、あなたは寝ずに勉強しても足りないくらいですからね」
きっちりと嫌みを言ってから、王妃はフリント教授と部屋を出ていった。
扉が閉められると、力を失くしたようにリーシェは椅子に座る。
「リーシェ、あの……、大丈夫?」
エセルが心配そうに話しかけてきてくれて、リーシェはどうにか笑顔を作ろうとしたが上手くいかない。
「災難だったわね」
ミレイアがさきほどのやり取りに同情したのか、優しく声を掛けてくれて嬉しいはずなのに、表情が変えられない。
「フリント教授って少し頼りない感じよね。答え合わせで間違えるなんてどうかしてるわ」
「ミレイア、だめよ、そんなこと言っちゃ……」
「本当のことじゃない。殿下がいてくれなかったら、リーシェの点数はあのままだったわよ、きっと」
二人の会話にやっと顔を上げたリーシェは、コーネリアの席に目をやる。
「ルゼとコーネリアは……、どうして……」
「あれは、順番にお茶会をしているのよ」
「順番……?」
「それぞれお話をしてお互いのことをよく知るようにって王妃様が。私も昨日会ったの。だから、あんまり気にしちゃだめよ」
「そっか……、そういうこともするのか……」
ぼんやりする頭で思い出す。確かにゲームでもデートイベントは発生していた。だがそれを思い出したところで、まったくすっきりしない。
「リーシェ、大丈夫?」
慰めるようにエセルがリーシェの手にそっと手を重ねる。ミレイアも心配そうにこちらを見ている。
「うん……、ありがとう、二人とも」
二人の優しさにほんの少し気持ちが上向きそう言うと、エセルは照れたように笑った。




