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第47話 覚悟

 久しぶりに城に行きルゼオンに会えたのに、喜ぶ暇もなく王太子妃候補に選ばれたと聞かされ、ルゼオンには告白され、とにかく目まぐるしくて頭が追いつかない。

 この3ヶ月、ひたすら勉強していた。それくらいしかやることがなかっただけだが、家にも両親にも慣れてきて、自分の居場所はここなのだと、やっと落ち着いて考えられるようになった。

 それなのに、また自分の知らないところで勝手に話は進み、巻き込まれてしまうのか。


(ルゼの気持ちは嬉しいけど……)


 あんなにも真っ直ぐに告白されて、喜ばない女性なんていない。それでもリーシェにとっては、手放しで受け取るにはあまりにも重い告白だった。


「まぁ! どうしました!?」


 扉の音で気付いたクロエが続き間から姿を現すと、驚いて走り寄る。


「お具合いが悪いのですか!?」


 床に座り込んでいるリーシェを心配してそう言うクロエに、リーシェは困った顔を向けた。


「クロエ……、どうしよう……」

「とにかくソファにどうぞ」


 クロエに支えられて立ち上がると、よろよろとソファに歩きドサリと腰を下ろす。顔を上げていられず、両手で顔を覆い深く息を吐いた。


「王妃様からなにを言われたのです?」

「……王太子妃選定を始めるって……」

「リーシェ様も選ばれたのですね?」

「そう……、そうよ……。選ばれちゃった……」

「他は、他に何人令嬢は選ばれたのですか?」


 クロエの質問にリーシェは少し考えてからゆっくりと顔を上げる。


「クロエ……、あなたこのこと知ってたの?」


 まさかと思い訊ねると、クロエは真剣な目を向け頷いた。


「王妃様のことはよく知っておりますからね。こうなることくらいは予想できました」

「ならなんで言ってくれなかったの?」


 つい責めるような口調になってしまうと、クロエは申し訳ないというような様子で答えた。


「確信がある訳ではありませんでしたから。やっと落ち着いた生活ができることになったリーシェ様には、あまりに酷なことでしょうし、陛下がお止めして下さる可能性もありました」


 クロエの最もな意見にリーシェは言葉を返せず押し黙る。確かにもしかしたらなどと前提を置かれて言われたとしても、自分は信じなかっただろう。


「ごめん……、クロエ……」

「よろしいのですよ。それよりこれからのことを考えなくては」


 クロエが優しく笑顔を見せて言うと、部屋にノックの音が響いた。クロエが返事をすると、廊下にいたメイドが扉を開ける。中に入ってきたのは、リーシェの父だった。


「リーシェ! 王妃様から話は聞いたか?」


 にこにこと嬉しそうな声を出しながら、足早にリーシェに近付いた父はそのままの勢いでソファにドカッと座る。


「王太子妃選定のことなら、聞いたわ……」

「驚いたであろう?」


 どこまでも上機嫌な父の様子に、リーシェは眉間に皺を寄せ睨み付ける。


「お父様、知ってたの?」

「もちろんだ。城から来た知らせには、お前が王太子妃候補に選ばれたことはしかと書いてあったからな」

「どうして来る前に教えてくれなかったの!?」

「お前を驚かせようと思ってな」


 リーシェの様子などお構いなしに言う父に、リーシェは腹が立った。


「こんな大切なこと、黙っているなんて信じられない!」

「なにを言う。殿下とは良い仲なのだろう? なにをそんなに驚いているんだ」

「そうじゃないってば!!」

「細かいことは気にすることはない。遅かれ早かれ選定は行われるだろうと思っていたのだ。お前はなにも気にせず、ただ選定に全力を尽くせば良い」


 手放しで喜ぶ父に、やっとリーシェは理解した。


「お父様は、私に王太子妃になってほしいのね……」

「当たり前だろう。ウィル殿下のことはしょうがないとしても、今回こそは上手くやるのだ。いいな?」

「上手くって……そんな簡単に……」


 リーシェの感情などまったく意に介さない物言いに、リーシェは両手を握り締める。しかしそれ以上言葉が出ず、唇を噛み締めるとまた扉が開いた。

 大荷物を抱えたメイドと母が慌ただしく入ってくる。


「あなた、リーシェのドレスを持ってきましたわよ」

「良い物を選んだだろうな?」

「もちろんですわ。質もデザインも最高のドレスを選んできましたわ。アクセサリーも誰にも劣らぬ物ばかり。これで大丈夫ですわ」

「そうか、そうか」

「お母様……」


 いそいそとメイドたちに指示を出している母もとても嬉しそうだ。二人は心から喜んでくれている。よく考えれば当たり前だ。一度は諦めた娘を王太子妃にさせるという夢が、また叶うかもしれないのだ。

 けれどリーシェにとっては、そんな簡単な話ではない。


「リーシェ、良かったわね。あなたには殿下からの推薦もあるからきっと大丈夫よ。あなたの実力なら、必ず王妃様に認められるわ」


 二人の言葉にもはや言い返す気力を無くしたリーシェは、ただ小さく頷くしかなかった。

 その後、両親はあれこれとアドバイスのようなことを勝手にリーシェに話し、それから満足顔で二人連れ立って帰って行った。

 やっと静かになった部屋でぐったりとしたリーシェに、クロエが同情的な視線を送る。


「大丈夫でございますか?」

「うん……」

「お茶をお入れ致しましょう」


 クロエがお茶の仕度をしてくれている間、リーシェはどうにか冷静に考えなくてはと深呼吸する。

 けれど考えたところで状況は変わらない。ルゼオンの気持ちを無視して断ることなどできないし、リーシェが懇願したところで待ってくれる訳もない。

 もはや流されるしかないのだ。


「それほどお嫌ですか?」


 お茶をティーカップに注いでいたクロエが静かに訊ねてきて、リーシェは顔を上げた。


「わたくしはてっきり、リーシェ様は殿下のことがお好きなのだと思っておりましたが」

「そう見えた?」

「はい。お二人は両想いのように見えました」


 クロエの言葉にリーシェは苦笑する。


「うん……、そうね。私もルゼのこと、好きなんだと思う」

「ならば、殿下の妻になることをそれほどお悩みになることはないのでは?」

「そんな簡単なことじゃないのよ……」


 目の前に置かれたティーカップから上がる湯気を見つめて深く溜め息を吐く。


「王太子妃というお立場が、怖いのですか?」

「私ってすごく普通なのよ」

「普通?」

「そう。普通の家庭に生まれて、普通に育って、普通に仕事して……。今一生懸命クロエに教わって、どうにか伯爵令嬢の体でいるけど、中身は全然変わってないのよ」


 温かい紅茶を飲み込むと、もう慣れた味がのどを落ちていく。最初は少し癖のあるこの紅茶も飲みにくかった。けれど毎日飲んで、やっと慣れたのだ。


「ルゼオンが望んでくれるのは嬉しい。でも、この国のためにはならないと思う」


 リーシェがはっきりとそう言うと、なぜかクロエは穏やかに笑った。


「クロエ?」

「いえ……。ですが、リーシェ様がそう考えていたとしても、断ることは立場上できません。それは分かっておりますわね?」

「うん……」

「ならば、やるしかありません」

「でも、」

「逃げられないのなら、立ち向かう方が性に合っているのでは?」


 クロエの言葉にリーシェは苦笑を漏らす。ずっと一緒にいたからか、すっかりクロエには性格を把握されたようだ。

 確かに、くよくよ悩み続けるのは性に合わない。開き直った方が、自分は強いのだ。


「そうね。今はやるしかないか」

「はい。わたくしもお助け致します」


 やっと気持ちが浮上して、どうにかやる気が出てくると、リーシェはその場に立ち上がる。

 いくら悩んだところで答えが出ないのなら、今はとにかくやるべきことをやるしかない。

 両手を持ち上げ握りこぶしを作る。


「よし。とにかくルゼに恥をかかせることだけは避けなくちゃね」


 リーシェはやっと吹っ切れてはっきりと声を出すと、覚悟を決めた。

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