表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
46/77

第44話 ゼシリーア教会

 オーヴェル教皇は白髪で白い髭を蓄えた優しそうなおじいさんという感じだった。目尻には笑うとたくさん皺ができて、より一層穏やかな印象だ。


「ああ、これはこれは王太子殿下。ご足労頂き、誠に申し訳ない」

「いいえ、こちらこそリーシェを連れて来るのが遅くなって申し訳ありませんでした」

「いやいや……。ではこちらのご令嬢が……」


 オーヴェル教皇の視線がこちらに向いて、リーシェは背筋を伸ばした。


「あ、あの! リーシェ・エルナンドです。あの、私……」

「なるほど……。遠目にも美しい方だと思ったが、近くで見ると益々美しい方ですな」


 朗らかにそう言われてリーシェは困ってしまう。どうしようとルゼオンを見ると、ルゼオンはただ笑っているだけだ。


「立ち話もなんです。どうぞ教会にお入り下さい」

「あ、はい!」


 オーヴェル教皇の案内で教会に入ると、室内は外見と同様、質素な様子だった。広い空間に長椅子が置かれ、奥には一段高いところに祭壇のようなものがある。正面の壁には竜の形をした銅像があるが、それもそれほど大きい訳でもない。

 華やかさというほどでもないが、椅子やテーブルに飾られた花飾りは素朴で可愛らしく、リーシェは好感を覚えた。


「こんなところでなんですが、どうぞお座り下さい」


 長椅子に座るように促されてリーシェが腰を下ろすと、ルゼオンも隣に座る。

 オーヴェル教皇は竜の銅像に向かって手を合わせた。


「ゼシリーアよ。この出会いに感謝致します」


 そう小さく呟いたオーヴェル教皇は、改めてリーシェを見るとにこりと笑った。


「では自己紹介を致しましょう。私はゼシリーア教会の教皇をさせて頂いている、オーヴェルと申します」

「は、はい。よろしくお願い致します」


 リーシェがぎこちなく挨拶を返すと、オーヴェルはゆっくりとした動きでよっこらせと近くの長椅子に腰を下ろす。


「お呼び立てして申し訳ない。私はあまり城に行けないのでね」

「私の方こそ、ご挨拶が遅れて申し訳ありませんでした」

「いやいや。……ゼシリーアの降臨の噂を聞き驚きましたが、王笏も国に戻り誠に喜ばしいことです」

「あの、そのことですが……」


 ちゃんとした説明をしておいた方が良いだろうとリーシェは口を開くが、オーヴェル教皇は笑顔で首を振った。


「話は聞いておりますよ。どうやらリーシェ様はご自身の力ではないと、『聖女』という名で呼ばれることに抵抗があるということですが」

「そうです……。私はそんなすごい人間ではありません。『聖女』だなんて、おこがましくて……」


 オーヴェル教皇は髭を撫でつけながら、楽しげに笑って頷く。


「謙虚な方だと殿下には聞いておりましたが、なるほど確かに。だがリーシェ様、それほど『聖女』という名を重く考えないで頂きたい」

「重く……」

「はい。『聖女』とはいわばゼシリーアと心を交わした者という意味です。それ以上でも以下でもない」

「心を交わした者……」


 リーシェが不安な目をオーヴェル教皇に向けると、真っ直ぐに見つめた目が細められ何度も頷かれる。


「ゼシリーアはゼシアを見守る竜です。神と称えてはおりますが、決して過剰な救いを求めるものではありません。ゼシリーアがそこにいて、我等を見ていて下さる。それを伝えてくれるのが『聖女』です」


 オーヴェルの言葉にゼシリーアが語った言葉を思い出した。確かにゼシリーアは『見守る』と約束してくれた。


「リーシェ様がゼシリーアの言葉を我等に伝えて下さった、それだけで十分でございます。ただ、もしリーシェ様が神職をご希望ならば、それ相応の立場で教会はお迎え致しますが」

「神職なんて、そんな滅相もない!」


 リーシェが慌てて手を横に振ると、オーヴェルは楽しげに肩を揺らして笑った。

 その様子にやっとリーシェの肩の荷が下りた気がした。


「民は『聖女』だと期待を込めた目で見るとは思いますが、それはほれ、笑顔で受け取っておけばいい」

「それでいいのでしょうか」

「ええ、それがまぁ『聖女』の仕事とでも思って下され」


 茶目っ気たっぷりにウィンクされて、リーシェは面食らった。もっとずっと厳しいことを言われると思っていたのに、こんな教会に入ってすぐのところにある長椅子に座って、気軽に話せるとは思っていなかった。

 それに教会で一番偉い人だろう教皇が、これほど気さくな人だとは思いもしなかった。


「さてさて、もうすぐ昼食かね」

「では、私たちはこれでお暇します」

「ああ、お気を付けてお帰り下さい」


 ルゼオンがそう言い立ち上がるのでリーシェも一緒に立ち上がると、最後にオーヴェル教皇に訊ねた。


「また来てもいいですか?」

「もちろんですとも」


 目尻に深い皺を作ってにっこりと笑ったオーヴェル教皇の顔に、リーシェも心から笑顔を返して頷いた。

 教会を出て城に帰る道を歩きながら、来て良かったと思っていると、ルゼオンが口を開いた。


「良い人だったろ?」

「うん。良いおじいちゃんって感じだった」

「あの方は昔からあんな感じで、いつもにこにこしているんだ」

「連れて来てくれて、ありがとうね。ルゼ」


 そう言うとルゼオンは少し嬉しそうに笑う。その横顔を見つめていると、ルゼオンに手を取られた。


「ゼシリーア教会は元々城の中にあったんだ」

「国教だった頃?」

「ああ、そうだ。150年前に王笏を手放し国教をハルニエ教に改宗してしまってからは、ずっとあの場所だ」

「ちょっとこぢんまりしてたわよね」

「そうだな。肩身の狭い思いをさせている」


 ルゼオンの話を聞きながら、そういえばとリーシェは思い出した。


「ハルニエ教って宣教師によってこの国に入ってきたんでしょ?」

「ああ、そうだ。ちゃんと勉強しているようだな」


 ルゼオンは笑いながら頷くと話を続ける。


「ハルニエ教は大陸で最も広まっている宗教だな。500年ほど前に現れたハルニエによってもたらされたものと言われている」

「ハルニエって人なの? 竜とか神じゃなくて?」

「『この世界を救うために神が遣わした救世主』という定義だな」


 どこかで聞いたような話ねと思いながら、リーシェは耳を傾ける。


「ハルニエの最も大切な教義は、統一言語を大陸に広めること。言葉が違うから意思疎通ができず、争いを生む。言葉を統一し、ハルニエの教育を広めることでより良き世界を作るという」

「言葉かぁ、確かにそうかも……」

「お前が勉強しているのも、その統一言語だな」

「へぇ……」

「我が国はハルニエ教の恩恵にすがり発展してきたが、ゼシリーアとの絆が戻ったのなら、いつかゼシリーア教も復権できればと思っているんだ」

「え! それってゼシリーア教に改宗するってこと?」


 ルゼオンの発言に驚き訊ねると、ルゼオンは前を向いたまま頷く。


「でも国の宗教を変えるってすごい大変なことじゃないの?」

「そうだな。だが俺はゼシリーアの姿を間近で見てそうしたいと思った。いつかそうしたいと……」


 ルゼオンはきっと自分が国王になった時、その未来を考えているのだとリーシェには分かった。

 そんなルゼオンが頼もしくもあり、少し遠くにも感じる。

 繋いだ手をそっと見下ろして、リーシェは無理に笑みを作ると顔を上げた。


「すごいじゃない、ルゼ。国のこと、ちゃんと考えてるのね。塔でダラダラしてた人とは思えないわ!」

「あれは! あれでも色々考えていたんだ!」

「えー? 四六時中昼寝してなかった?」


 リーシェが明るい声でからかうと、ルゼオンは怒った顔を作りながらも、すぐにふっと笑みを見せた。


「懐かしいな……。あの頃が、本当に懐かしい」


 リーシェの手をギュッと握り、呟くように言ったルゼオンに、リーシェも頷く。


「そうね……。ほんの少し前なのに、私も懐かしいわ……」


 二人は視線を合わせて微笑み合うと、ゆっくりと歩幅を合わせて城に戻る道を進んだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ