―番外編― ルゼオンの正体
ルゼオンの復位の式典の次の日、リーシェはぶらぶらと城の中を散歩していた。ルゼオンは忙しいらしく、今日は一度も会っていない。朝からクロエに勉強を見てもらっていたが、昼を挟んで今は休憩時間だ。
事件が解決し冤罪が晴れたからか、出会う人たちの顔は皆笑顔だ。これまでかなり剣呑な目で見られていたので少し戸惑うが、きつい視線を送られるよりよっぽど嬉しい。騎士やメイドなどは“聖女様”と言って挨拶する人までいた。
長い廊下を進んで行くと、男性二人が脚立に立ち大きな絵画を壁に掛ける作業をしている。リーシェが足を止めると、こちらに気付いた男性が顔を向けた。
「これは聖女様、足元が危のうございます。お気を付け下さいませ」
愛想の良い笑顔を向けて言った男性の言葉に視線を下へ向けると、廊下の床にはこれから掛けられるのか、大小たくさんの絵画が並べられている。
その描かれている人物はすべて金髪で緑色の瞳をしている。
「これ……、全部ルゼ?」
「はい。王太子殿下でございます」
「へぇ……」
絵画には赤ちゃんの姿から少年、青年の姿まで色々とある。どれも煌びやかな格好とポーズで、更になんだか少し美化されているように見えた。
「リーシェ」
背後から声が掛かって振り返ると、ルゼオンが近付いてくる。後ろにはセドリックもいたが、ルゼオンが何事かを言うと、小さく頷いてから背中を見せて立ち去った。
「こんなところで何をしているんだ?」
「散歩よ。勉強の息抜き。あなたは? 仕事中じゃないの?」
「俺も少し休憩だ。なんだ、絵を見ていたのか?」
ルゼオンが来たせいか、作業をしていた男性二人は脚立から下りて、床に膝を突いている。
「手を止めて悪かったな。作業を続けていいぞ。俺のことは気にするな」
その言葉にまた作業を始めた二人の持つ絵を見上げ、ルゼオンはふっと笑みを見せた。
「懐かしい絵だな」
「これ全部ルゼでしょ?」
「そうだ。事件のせいで全部外されていたらしいが、父上がまた掛けるように指示したようだな」
「ああ、そっか……」
そういうこともあったのかと小さく返事をする。こうやってまたルゼオンの居場所が元に戻っていくのねと思いながら他の絵を見ていると、赤ちゃんを抱いた美しい女性の絵があった。たっぷりとした金髪の巻き毛に、緑色の瞳はルゼオンそっくりだ。
「あら……、この人、もしかしてルゼのお母さん?」
「ああ。ニーナ・ゼシア。俺の母だ」
ルゼオンの目が優しく細められる。その表情にリーシェも笑みを浮かべると、二人の顔を見比べた。
「綺麗な人……。ルゼはお母さんと目がそっくりね」
リーシェの言葉にルゼオンは照れたような笑みを返す。
「小さい頃のルゼってとっても可愛かったのね。ほら、これなんて天使みたいな恰好してる」
「それは勝手にそう描かれただけだ。実際にはそんな恰好してないからな」
ルゼオンの反応が面白くて、もうちょっとつついてやろうかと他の絵に目をやると、今の年齢に近い肖像画を見つけた。
(ん? なんかこの絵、見たことあるような……)
そんな訳があるはずないのだが、記憶のどこかに引っ掛かっている。絵自体というかそのシルエットが何かに似ている。
「うーん、なんだっけ……。似たような絵を美術の授業で見たのかなぁ……」
「どうした?」
突然難しい顔で腕を組んで考えだしたリーシェに、ルゼオンが話し掛ける。
「ちょっと待って。なにか思い出せそうなのよ……」
ルゼオンに関係があるならゲームの中かもしれないと思った瞬間、思い出した。
「パッケージの裏!!」
「は? リーシェ?」
「そうよ! このシルエットって黒塗りの枠の中にうっすら見えてたシルエットと同じよ!!」
興奮が抑えきれず大声で言うと、ルゼオンも作業する男性二人も驚いた顔を向ける。
それでもリーシェは興奮を抑えきれず口走った。
「ルゼは隠しキャラだったのよ!! うわあ、すごい!! え!? じゃあこれってやっぱり隠しルートってこと? いやいや、ちょっと待って……」
「リーシェ、お前なにを言ってるんだ?」
「ちょっと黙ってて! 今全部思い出すから!」
ゲームの内容ばかり思い出そうと今までしてきたが、もっと他の情報があったことに今更気付いた。
ゲームの発売前に前情報として出回っていた記事をネットで読んだ。キャラクターの発表があって、シナリオのあらすじが語られて。スタッフの裏話的な記事もあったはずだ。
目を閉じて頭の中に自分の行動と、持っていたスマートフォンの画面を思い出す。
(そうだわ……。どこかで隠しキャラのことが書かれた記事を読んだのよ……)
ゲーム攻略のサイトか何かに書かれていた記事の中に、確かに隠しキャラとそのシナリオに言及するものがあった。だが内容がはっきり思い出せない。
「うーん……、シナリオのことが書いてあったのよね……」
内容が書かれていたのではない。それならばもうとっくの昔に思い出しているだろうし、こんな暗い、恋愛とはだいぶかけ離れた内容なら忘れる訳もないだろう。
「恋愛とかけ離れた内容……。そう……、ああ、思い出してきた……」
ゆっくりと目を開け、目の前で不審な目を向けるルゼオンを見つめる。
「隠しルートに行くためのフラグを立たせるのがすっごく難しいのよ。で、その内容があんまり暗い内容で、酷評されてたんだわ」
「ふらぐ? 酷評? なんの話だ?」
「ルゼ、あなた隠しキャラなのよ。あー、すごいすっきり。確かにこの内容じゃ乙女ゲームとは言えないわよ。どんなシナリオよ、これ」
ルゼオンを見つめながらそう言うと、ルゼオンは困惑した顔で首を傾げる。
(私はゲーム通りに動いたのかしら、それとも違う結果になったのかしら……)
思い出したからといって、本当にこれが隠しルートだったのかを確認するすべはない。ましてや、自分がここにいるということがどういうことなのか、今も分からない。死んでただ夢を見ているのかもしれない。
それでも、この結果で満足している自分がいるのは確かだ。
「リーシェ?」
「ううん、なんでもないわ」
笑顔で首を振ると、リーシェは歩き出す。その隣に並んだルゼオンがが自然に手を取った。一瞬鼓動が跳ねて、チラリと見上げると、優しげな目とぶつかる。
「そうだ。今度、城下町に一緒に行こう」
「え、私行っていいの?」
「もちろん。お前はもう自由だ」
「じゃあ、お買い物とかできる?」
「なんだ、なにか欲しいものがあるのか?」
「そういう訳じゃないわ。見て回るのが楽しいのよ。こんなに大きな町だもの、色々な店があるんでしょ?」
「そうだな。一日じゃ見て回れないかもな」
ルゼオンはなにげなく会話を続けているが、リーシェの心は動揺したままだった。胸のドキドキが治まらない。
昨日キスされたことまで思い出してしまい、なんだか会話が頭に入ってこない。
ルゼオンといつからこんなに近付いたのだろう。思い出そうとしてもよく分からない。
(私はルゼのこと……どう思ってるんだろう……)
ルゼオンから感じる気持ちをまだどう受け取っていいか分からない。
いつかは、まっすぐに気持ちを返すことができるだろうか。
「ゆっくり見て回ればいいさ」
ルゼオンの言葉に意識を戻すと、その顔を見上げる。
「そうね。ゆっくり考えればいいか」
二人の時間はこれからいくらでもあるのだから。
芽生えた気持ちは、ゆっくり育てていけばいい。
笑って答えたリーシェに、ルゼオンが一瞬不思議そうな顔をして、それから笑顔で頷いた。