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第4話 友交の塔

 湖畔をしばらく歩き塔に近付いてくると、その古びた様子にリーシェは不安を覚えた。

 円柱形で結構な高さのある建物だが、蔦の絡まる外壁はボロボロで、嵐でも来ようものならすぐにでも崩れ落ちてしまいそうだ。

 その佇まいも風情があるというよりは暗い雰囲気で、一人だったなら決して中には入らなかっただろう。


「ルゼはここにずっと住んでるの?」

「ああ。ここは友交ゆうこうの塔と言われている」

「友交?」


 見た目に反して、随分穏やかな名前なのねと思いながら、目の前に迫った塔を見上げる。

 塔の周囲にはガラクタのようなものが山になっていて、誰かが住んでいる雰囲気などまったくない。だがルゼはお構いなしに歩くと、ガラクタを避けてその先にあった塔の扉に向かった。

 古びた黒い木の扉を開けると、ルゼが振り返る。


「中へ入れ」


 促され塔の中を覗くが、真っ暗でなにも見えない。

 お化け屋敷の入口に立つ気分で、足が止まってしまっていると、ルゼはこちらを気にすることなく塔の中へ入っていく。


「ま、待ってよ!」


 リーシェはルゼの背中に声を掛けるが、あっという間にその姿は暗闇に消えてしまう。

 こんなところに置いていかれては困ると、慌ててリーシェも中に入り後を追った。

 塔の中は暗く埃っぽい。かび臭さもあって思わず手で口を覆う。室内を見渡すと水場のようなものがあり、テーブルとイスがある。たぶんキッチンのような場所だろうと思いながら、壁面に沿って2階に上がる。

 狭い階段から中を窺うが、2階から5階まではとにかくガラクタが詰まっていて足の踏み場もない状態だった。

 ルゼの姿もなく上に向かうと、6階はやっと人の住めそうな様子だった。暖炉があり、大きなソファがその前に置かれており、ひざ掛けが落ちている。物が溢れていて片付いてはいないが、ルゼがここで寛いでいるのだろうと思われた。


「どこでも好きなところを使え。俺の部屋は上だが、入るなよ」


 背後から突然声を掛けられ、振り返るとルゼが立っていた。手にランプを持っている。

 ソファの横にあるランプに火を移している姿を見つつ、リーシェは首を傾げる。


「どこでもって、どこも住めるところなんてないじゃない」

「あるだろうが。2階でも3階でも、部屋は余っている」


 ルゼの言葉に唖然としながら、それでも雨風が凌げるならしょうがないかと自分を納得させる。

 期待はしていなかったが、ルゼはどうやらリーシェを甲斐甲斐しく世話する気は毛頭ないらしい。

 背中を見せて階段を上がろうとするルゼを、リーシェは慌てて呼び止めた。


「待って! 服くらいあるでしょ? 貸してよ」

「はあ? ある訳ないだろ。自分でどうにかしろ」

「ルゼの服でいいから貸してよ。濡れてる服を乾かしてる間だけでもいいから」


 水から上がってからずっと濡れた服を着ていたリーシェは、当たり前のことを訴えたつもりだったが、ルゼにはまったく通用しなかった。

 心底嫌そうな顔をして肩を竦める。


「自分でどうにかしろ。塔の中の物は勝手に使っていいから」


 それだけを言うとルゼはさっさと階段を上がっていってしまった。

 ポツンと取り残されたリーシェは、誰もいなくなった階段を見つめそれから振り返る。

 雑然と散らかった部屋に生活感はあっても清潔感はない。あまり神経質なタイプではないが、喜んでここに住む気にはなれそうもない。


「どうしろっていうのよ……」


 濡れた服が張り付いて気持ちが悪い。気温はそれほど気にするほどでもないけれど、このままでいれば風邪をひいてしまうかもしれない。

 リーシェはまったく気持ちが浮上しないまま、仕方なくとぼとぼと階段を下りた。


(とにかくまずは着る物を探そう)


 水場らしい1階には何もないだろうと目星をつけて、2階で足を止める。手にしたランプで部屋を照らし、さきほどよりもしっかり見てみると、本以外にも色々な物が置かれているのに気付いた。相当埃が被っているが、生活で使うような様々な物が積み上げられている。

 たぶんルゼが住む以前、ずっと昔に誰かが住んでいた痕跡だろう。探せば色々使えそうな物があるかもしれないと思ったが、今はとりあえず着る物だと他の階も探してみる。

 3階から上はどうやら書庫か何かだったのか本がやたらと積んであったが、それには目もくれずその奥に押し込められていたクローゼットらしき物に飛びついた。


「なんだ、あるじゃない」


 少しだけ笑顔になって呟くと、木の扉に手を掛ける。扉が歪んでいるのか、力を入れても上手く開かない。鍵穴がないのを確認し、何度かガタガタと扉を揺すったり力を入れて引いたりしていると扉は軋んだ音を立てて開いた。

 中から大量の埃が舞い上がって何度もくしゃみをしながらも中を確認する。


「あったけど……」


 そこには数着ほどのドレスと布の束が置かれていた。とりあえずドレスを引っ張り出してみるが、あまりにもカビ臭くてそのまま袖を通す勇気は出ない。


「洗濯しないと無理ね」


 溜め息混じりに呟き、他にも何かないかとゴソゴソと中を探すと、大きな布の包みを見つけた。開いてみるとシーツのような大判の布が出てきた。

 カビ臭いのは同じだが、ドレスのような使用感はそれほど感じない。

 もう少し探したい気持ちもあったが、これ以上探したところで似たような物しか出てこないだろうと諦めると、リーシェはとりあえず6階に戻った。


「はあ……」


 盛大な溜め息を漏らして濡れた服を脱ぐ。下着も脱いでしまうと、持ってきた布を身体に巻き付ける。

 なんだかどっと疲れが押し寄せてきて、ソファに座り込むと横にバタンと倒れた。


「夢なら早く覚めてよ……」


 現実感しかないが、まだ夢である可能性を捨てたくない。

 寝て起きたら、元の自分の部屋に戻っているはず。願うような気持ちで目を閉じる。

 このまま眠ってしまいたかったが、お腹がぐうと鳴って目をパチリと開けた。


「はあ……、夢の中でもお腹空くのね……」


 ゆっくりと起き上がってまた溜め息を一つ。

 部屋を見回してみても食べ物らしい物など見当たらない。仕方なく立ち上がるとシーツをたくし上げて歩きだす。

 1階まで下りると、何となく食材らしい物は見つけた。当たり前だが中世のような世界観の中で冷蔵庫があるはずもなく、常温のまま置かれた食材は食べられる物なのか判断が付かない。

 それにいつ掃除したのかよく分からないこの場所に置かれた物を食べる気はまったく起きない。

 急速に食欲が失せるのを感じ、リーシェは今日何回目かも分からない溜め息を重く落とした。


「掃除……。掃除よ」


 ぶつぶつと呟きながら階段を上がる。6階に戻ると飛び込むようにソファに寝転がり目をギュッと閉じる。


(明日、まだこの夢が続いているなら、絶対掃除する!!)


 リーシェは意味の分からない誓いを胸に、考えることを放棄して眠ってしまうことにした。

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