第32話 バレット公爵邸
「ローズの誕生日パーティー?」
ルゼオンが差し出した封筒の中身を見てリーシェは驚いた。まさかこんな状況の中で誕生日パーティーが開かれるのも驚きだが、それに自分が呼ばれるなんてもっと驚きだ。
「ああ。俺も呼ばれた」
「え、でも、私はダメでしょ? 城から出られないし」
「許可は出ている」
「許可って……、でもローズは嫌じゃないのかしら……」
以前ケンカをしたままそれきり会っていない。ローズは表向きは優しい態度だったが、やはり自分のことを犯人だと思っている。そんな相手が誕生日パーティーに来るなんて絶対に嫌に決まっている。
「俺の招待状に二人は冤罪であると信じていると書かれていた。リーシェの招待状にはローズからぜひ来てほしいと書かれている」
「それってバレット公爵は味方ってこと?」
「……ローズはこれから王太子妃になる娘だからな。大々的にやりたいんだろう。公爵は貴族の中でもかなり力がある存在だし、今回は相当の数が呼ばれるだろうな」
「ウィルって……、来るの?」
ウィルとはもう二度と会いたくないと思い確かめると、ルゼオンは当たり前だろうと頷く。
「ウィルはローズの婚約者だし、バレット公爵とも懇意にしているからな、もちろん主賓として呼ばれている」
「そう……」
「とにかく準備をしてくれ」
「断っちゃダメなの?」
できればあまり公の場には出たくない。大人数のパーティーなんてボロが出るに決まっているし、何を言われるかたまったものではない。
リーシェの言葉にけれどルゼオンは首を振った。
「ダメだ。リーシェには絶対に出てもらう」
「絶対?」
ルゼオンの言葉に引っ掛かったリーシェが聞き返すと、ルゼオンは真剣な目で頷く。
「もしかして……、なにかあるの?」
リーシェの質問にルゼオンは答えなかった。ただ「警戒は怠るな」とそれだけを言い置いて部屋を後にした。
◇◇◇
馬車に乗って一時間ほどでバレット公爵の領地に入った。王都に最も近い領地は広い農地が広がる美しい土地だった。大きな街もあり、相当の賑わいがある。
多くの人が行き交うレンガ道を進み、丘の上に聳える城のような屋敷に着くと、リーシェは口を大きく開けてそれを見上げた。
「大きい家……。お城みたいね」
「この規模なら城と言ってもいいくらいだ。あの池も人口池だろうが、相当金が掛かっているだろうな」
ルゼオンの視線の先には、屋敷に接地した池がある。王城でもこれほど広い池は見たことがない。この辺りに大きな川はなかったから、もし人工池だというのが本当なら、作るのに相当の労力が必要だっただろう。
屋敷の大きさから見ても、バレット公爵がどれほど財力があるのか見て取れた。
「お待ちしておりました。ルゼオン殿下、リーシェ様」
屋敷から出てきたフットマンが声を掛けてくる。リーシェは慌てて背筋を伸ばすと挨拶をした。
「お招きいただき、ありがとうございます」
「……どうぞ、中へ」
フットマンは冷めた目をリーシェに向けると、屋敷の中へ促す。何か間違っていたかしらと戸惑っていると、一緒に来てくれたクロエがそっと後ろから囁いた。
「そのご挨拶は、バレット公爵にすればよいのですよ。リーシェ様」
「そ、そうなの?」
まだまだ貴族の生活に慣れないリーシェは先行きを不安に思いながら、通された部屋に入った。
一緒にルゼオンも入ってくれて少しホッとする。
「お時間までこちらでお過ごし下さい」
「ああ、ご苦労」
ルゼオンが答えるとフットマンは部屋を出て行く。ただ屋敷に入っただけでどっと疲れてしまったリーシェは、大きく息を吐いてソファに座った。
「リーシェはここでゆっくりしていろ。俺はちょっと用事があるから、しばらくここを離れる」
「ええ? 私ひとり?」
「大丈夫だ。クロエもそばにいる。パーティーは俺がエスコートするから、心配しなくていい」
リーシェの不安をよそに、ルゼオンはそれだけ言うと、さっさと部屋を出て行ってしまう。
広い部屋に取り残されたリーシェは、不安な目をクロエに向ける。
「クロエ……」
「心配いりません。お茶でもお入れ致しましょう」
「うん……」
リーシェは力なく頷くと、まずは落ち着かなくてはと自分に言い聞かせた。
空が赤く染まり始めると、続々と馬車が到着し始めた。それを窓から見下ろしていたリーシェは、扉からノックの音が聞こえて振り返った。
「失礼致します。準備が整いましたので、どうぞ大広間にお越し下さいませ」
「あ、え……でも……」
まだルゼオンが戻っていないのにと戸惑った声を出し、クロエにどうしようと視線を移すと、タイミング良くルゼオンが戻ってきた。
「間に合ったな」
「ルゼ!」
「クロエ、手袋を」
「はい」
つかつかと部屋に入ってきたルゼオンは、クロエに手渡された手袋を嵌めながらリーシェに視線を合わせた。
「そう緊張するな」
「無理なこと言わないで」
「俺がそばにいる」
その真っ直ぐな言葉に胸がドキッとした。頬が熱くなって強い視線から逃れるように俯く。
突然ルゼオンを意識してしまった。
(こんな……カッコいいこと言う人だっけ……)
すっかり王子様な格好にも慣れたつもりでいたが、今こうして目の前にいる男性は、塔で一緒に暮らしていた男性とは似ても似つかない。
逆によくもこんな人と平気で暮らしていたものだと思う。
「リーシェ?」
名前を呼ばれ恐る恐る顔を上げると、ルゼオンは緩く笑って手を差し出してくる。
「行こう」
「うん……」
促され、そっと手を重ねると、二人は大広間に向かって歩きだした。




